第38章 万象水晶橋
万象水晶橋は、啓明地塔第一層と第二層をつなぐ必経路である。
庄莫言、樊清雪、高天の三人は、いま橋上の三角形の水晶枠内に現れていた。長い眠りから覚めたような、ほんのりめまいがする。どこからか風が吹き渡り、ささやくような、あるいは名も知れぬ子守唄のような声がそよぎながら漂う。
庄莫言は頭を振って意識を落ち着け、周囲を見渡す。予想どおり、樊清雪と高天しか見当たらない。だが、心配はいらない――月夜無霜がいる。
「莫言、司南と元垠、元坎の居場所、確かめられる?」
樊清雪も正気に戻り、不安そうに問う。
「俺が周囲を探ってくる。すぐ戻る」
高天は無言で枠を抜け、右手の方向へと足を進めた。
庄莫言は脳内で月夜無霜を呼び出した。しばらくして、いつもの通り引路飛天の装いをした彼女が「霜霜空間」から現れる。
「莫莫、気をつけて。ここは二つの亜空間の狭間で、橋面だけが安定した空間構造なの。もし橋外に転落したら、最良でも空間渦の中に永遠に迷うことに。運が悪ければ、空間の力に引き裂かれてしまうわ」
「霜霜、橋の輝く範囲には高さ制限もある?」
「そう、高く飛び出したらアウトよ。必ず光の覆う範囲内にいて」
「司南たち三人の位置は?」
月夜無霜は目を閉じて探知し、「あちらよ。私たちの左手側、三つ上流の転送地点だわ」と告げる。
「三つの区域……霜霜、ここでいう“区域”はどう区分されているの? 他に水晶橋の情報、何かある?」
「この橋は『万象水晶橋』というの。水晶の門で区切られて78の区画があるわ。いま私たちは“聖杯・三”エリア、司南さんたちは“聖杯・六”エリアにいるの。どう抜けられるかは、小さな水母からも詳しい情報はもらえなかった……」
話すうちに、探路に出た高天が戻ってきた。
「こっちだ。およそ一キロ先に水晶門がある。行ってみよう」
──それは大人二人分ほどの高さの水晶門だった。門には三人の姫が浮かび彫られている。ひとりは金髪の女が金色の聖杯を高く掲げ、もうひとりは黒髪の女が同様に叫ぶように杯を上げる。正面の女は赤い髪、赤い衣で杯を掲げ、三人は輪になって収穫の花環を頭に載せ、幸福の微笑みを浮かべながら互いの杯を祝福しあう。南瓜や瓢箪が周囲を飾り、『聖杯・三』と扉上に刻まれた文句が「風の歌に耳を澄ませ、万象の物語を感じよ」と続く。
──研究室では、萧元圣が椅子に腰掛けて目を閉じていた。卓上の十字型クリスタル模型から、啓明塔のコア光脳モイライ・パルシーの声が響く。
「現在、五隊が万象水晶橋に転送されました。特別番号999の高天、666の司南、番号空欄の冷戦と庄莫言を含む、計XX名です」
伊莱・パルシーの報告を聞いた萧元圣はゆっくりと目を開き、静かに言った。
「幻魔獣の配置と、幻象物語の起動を命ずる」
光脳パルシーは凍りつくような背筋の寒さを覚える。万象水晶橋というこの特異な環境で、幻魔獣と幻象物語の組み合わせなど到底突破できる者はいるまい。学員たちの――いや、監考官ですら、生存率はゼロに等しいのだから。