第32章 霜至
碧緑色の長射手の矢。
粉々に砕け散った三本の黒木の矢が、ひとつの新たな碧緑色の長射手の矢へと再結合するとは――高天も庄莫言も予想だにしなかった。
啓明塔の新学期試練は重要だが、あくまで“試練”に過ぎない。ここで命が失われる事態など、誰が想像しただろうか。しかも、箫木が木化能力を用いて三本の破片をひとつに結合させた長射手の矢は、悪魔銃“暗の翼”の弾丸をも防ぎ得ない“命を賭けた一撃”だったのだ。庄莫言はその真意をまったく理解できずにいた。
「これじゃ、霜霜にはもう会えない……!ああ、もうダメかも!」
庄莫言は諦めの思いで目を閉じた。何しろその矢はあまりにも近く、わずかに身を躱す時間すら与えられないほどだったのだ。しかし、寸前で胸元に紫色の拳印が浮かび上がるのを感じた。
――「チンッ」
青白い奈落の針が、碧緑色の矢尻をしっかりと貫き止めた。月夜無霜は天鵬迅速鎧を身にまとい、頭に金翅の宝珠冠を戴いて背後に黄金の翼を広げていた。まさに彼女が奈落の針で矢を撃ち砕いたのだ。
霜霜の小さな顔には氷霜が張り付き、表情は氷の如く冷たかった。もし直前の不安に駆られて天鵬迅速を発動しなかったら、莫莫――庄莫言は本当に命を落としていただろう。己が命を賭して駆けつけた月夜無霜は、ほとんど力を使い果たし、さらに“不動明王”の忿怒の法相が核心たる“天演之球”からほのかに顕現していた。小さな手で一押しすると、奈落の針は碧緑色の矢を粉々に打ち砕いた。
庄莫言が目を開けると、目の前には小さなその姿と、不動明王の法相の煌めきがあった。すかさず手を伸ばして月夜無霜をそっと掬い上げ、そのまま胸の中へ抱き寄せる。
――「霜霜、僕は大丈夫だ。まずは休んでくれ」
脳内にそう伝えると、月夜無霜はぱちりと瞳を開き、
「もう、本当にびっくりしたよ、莫莫!あなたが無事でよかった……私、すごく疲れたし、すごく眠いの」
と打ち明けた。二度にわたり莫伊莱·帕西の空間を切り破り、さらに天鵬迅速で駆けつけたことで、月夜無霜のエネルギーはほぼ尽きていた。しかも“不動明王”の忿怒法相は、現在の彼女には禁止された禁術。素直に目を閉じ、深い眠りに落ちていった。
————
庄莫言が視線を横に移すと、箫水が己の右腕を犠牲にして高天の風矢を受け止め、矢が貫通した右腕を血液で結界となし、司南の極秘技「定風波」を破って水の壁となり箫木の前に立ちはだかっていた。血紅の水壁は螺旋紋の金属弾丸をぴたりと阻み、断たれたはずの右腕は水化能力で無理やり継ぎ接がれ、血色の水壁はその厚みを増し、箫水の身体は乾いた老人のように痩せ細っていた。箫木は懸命に兄弟の背を支え、自らの生命力を箫水へ注ぎ込んでいる。
一方、元艮と元坎の手斧と銀盾は、箫金の金の長槍と箫土の黒い巨石槌にぎゅうぎゅうに押さえつけられていた。
「葉軽雪、もうやめよう!両者とも傷つき続け、終わりなき死闘になるだけだ。何の意味がある?」 最初に声を上げたのは庄莫言だった。
葉軽雪は既に黒白の水晶槍頭で樊清雪の無念刀を十文字に貫き固定している。成熟し理知的な彼女は即座に戦況を分析した。五行衛の五行戦陣を組み、自分の幻夢銃法を合わせれば、たとえ白虎槍の達人・葉辰心でも一時的に封じ込めることが可能だ。しかし“六三”部隊の実力は想像以上に強大であり、庄莫言が己と“命交換”(ディール)した挙句、高天まで加われば勝敗は読めない。
「樊清雪、われら“双雪の争い”は試練が終わったら改めて再開しよう」 そう言い放つと、葉軽雪は銃を引き抜き、
――「おまえのものは返してやる!」
と叫びながら高天へ向けて黒白の銃弾を二発撃ち込んだ。
高天は黒々とした剣のような眉をきりりと寄せると、左手の“悪魔銃・暗の翼”の銃把に刻まれた悪魔の顔が大口を開き、不思議な磁場で飛んできた金属製螺旋弾を丸ごと吸い込み、闇に呑み込んでしまった。
その傍らで、箫金と箫土も氷解したばかりの箫火を助けつつ箫木と箫水の側へ駆け寄り、元艮と元坎は背中合わせに立ちすくんでいた。
「行くぞ!」と葉軽雪は高天をにらみつけた後、五行衛を率いて漆黒の闇へと消えていった。