異世界に来てなんでも頼りになる幼馴染が片思いしてきてるんだけど両片思いなことに気付かない
「ふんふんふーん♪」
異世界の森の中、鼻歌交じりに鍋をかき混ぜる私、キャロア。
元々はどこにでもいる普通の女子大生だったが、気が付いたらこの見慣れない世界にポーンと放り出されたのだ。
「おーい」
唯一のサバイバル術は、なぜかレベルMAXだった料理スキル。
「あっ」
この力で、なんとか生きていけてる……はず。
「キャロア、今日の夕食は何だ?」
背後から、ちょっと低いけれど優しい声が聞こえる。
振り返ると、幼馴染のルーカスが心配そうな顔で立っていた。
金色の髪に、吸い込まれそうな蒼い瞳。
顔立ちは整っているし、腕っぷしも強い。
昔から私のことを何かと気にかけてくれる、頼れる存在だ。
……まあ、ちょっと過保護なところはあるけれど。
「今日はね、森で採れたキノコをたっぷり使ったクリームシチュー。 隠し味に、この前見つけた不思議な香草を少し入れてみた。きっと美味しいと思うよ」
満面の笑みで答えると、ルーカスの表情がほんの少しだけ強張った気がした。
「そうか……」
と、どこか寂しそうな声。
「どうかしたの、ルーカス?」
「いや……別に。キャロアの手料理はいつも美味しいからな」
そう言って、私の頭をポンと軽く撫でてくれる。
その手つきは優しくて、ドキッとしてしまう。
……って、いけないいけない。
ルーカスはただの幼馴染。
私のことを妹みたいに思っているだけなんだから。
夕食の時間になり、熱々のキノコクリームシチューを二人で囲んだ。
香草のいい香りが食欲をそそる。
「ん!美味しい!やっぱりキャロアの料理は最高だ!」
ルーカスは目をキラキラさせて、シチューを頬張っている。
男の子だなぁ。
その様子を見て、嬉しくなった。
「そうでしょ?この香草、結構いい仕事してくれるみたい!」
「ああ……キャロアが作ったものなら、何でも美味しいよ」
ルーカスの言葉に、またドキッ。……って、だから。
これはただの幼馴染フィルター。
私の料理が特別美味しいわけじゃない。
きっと、長年一緒にいるから、私の作る家庭料理に慣れているだけ。
食後、二人で焚火を囲んでいると、ルーカスが少し真剣な表情になった。
「キャロア……この世界に来てから、つらいことや不安なことはないか?」
ルーカスには、こちらの事情を説明してある。
「うーん、まあ、たまに心細くなることもあるけど、ルーカスが一緒にいてくれるから大丈夫だよ!」
私が笑顔でそう答えると、ルーカスの瞳が深く、熱を帯びたように見えた。
「おれは……いつだってキャロアのそばにいる。決して離れない」
その言葉は、なんだかすごく重くて、ドキドキした。
……って、また。
ルーカスは心配性なだけ。
「あと、アップルダイヤがあるから、見てて面白いよ」
異世界で一人ぼっちの私を、見捨てるわけにはいかないと思っているだけだから。
「そうか。アップルダイヤは綺麗だもんな」
うん、きっとそうだ。
こうして、今日もまた一つ、すれ違う夜が更けていく。
翌朝、少し寝坊してしまったキャロアは、慌てて朝食の準備に取り掛かった。
昨日のキノコクリームシチューが、まだ残っていたから。
温め直して、あとは簡単に焼いたパンとサラダで済ませよう。
「おはよう、ルーカス」
声をかけると、ルーカスはすでに起きていて、なにやら難しい顔で地図を広げていた。
「ああ、おはよう、キャロア」
「何かあったの?難しい顔をして」
「いや……この先の街道に、少し厄介な魔物が出るという情報があってな。警戒しておこうと思って」
なるほど、頼りになる幼馴染は、私の知らないところで色々考えてくれているんだ。
感謝しないとね。
朝食を二人で済ませ、出発の準備をしていると、彼が少し疲れているように見えた。
昨晩も遅くまで、地図を見ていたみたいだし。
「ルーカス、昨日は遅くまでありがとうね。今日は私が荷物を持つよ。ルーカスは少し休んでて」
そう言うと、ルーカスは驚いたように目を丸くした。
「いや、そんな必要はない。おれは平気だ」
「遠慮しないで。いつもルーカスに頼りっぱなしだから、たまには私も役に立ちたいの」
そう言って、彼のリュックサックを受け取ろうとすると、彼は少し抵抗したけれど、私の強い視線に根負けしたのか、おとなしく背負わせてくれた。
街道を歩き始めてしばらくすると、ルーカスの歩みが少し遅くなる。
やっぱり疲れているんだな。
「ねえ、ルーカス。あそこの木陰で少し休憩しない?お茶でも淹れるよ」
私がそう提案すると、彼はホッとした表情で頷いた。
「ああ、そうだな。少し休もう」
木陰に腰を下ろし、持ってきた水と魔法で沸かしたお湯で、温かいお茶を淹れてあげる。
こういうときこそ、行動するべし。
彼のはそれをゆっくりと味わいながら、少しずつ元気を取り戻してきたようだ。
「ありがとう、キャロア。助かるよ」
「どういたしまして。ルーカスがいつも頑張ってくれるから、私も何かお返しがしたくてね」
にっこり笑うと、ルーカスの表情がまた少し複雑になった。
「キャロア……お前は本当に優しいな」
その優しい声が、なんだか胸にズキンと響いた 。
……って、またこのドキドキは何。
ルーカスはただ、私が親切にしてくれたことに感謝しているだけ。
幼馴染としての友情。
休憩後、少し元気を取り戻した彼は、再び先頭を歩き始めた。
彼の少し後ろをついていく。
時折、振り返ってこちらのことを気遣ってくれるルーカスの優しさが、本当にありがたい。
(ルーカスって、本当にいい人だよね。私みたいな、ちょっとドジな人間をいつも守ってくれるんだから)
そんなことを考えていると、前を歩くルーカスの背中から、なんだか強い決意のようなものが感じられた気がした。
オーラがある。
(キャロア……おれのこの気持ちが、いつかお前に伝わる日は来るのだろうか……いや、必ず振り向かせてみせる。お前を誰にも渡さない)
もちろん、そんなルーカスの心の声が、鈍感な女に届くはずもなかった。
今日もまた。
優しい労わりと重すぎる想いが、静かにすれ違っていくのだ。
街道をしばらく歩き、少し開けた草原で再び休憩を取ることにした。
木陰は心地よく、疲れた体を休めるにはちょうどいい。
「ルーカス、ちょっと疲れたでしょう?よかったら、私の膝で少し休んでいかない?」
そう言って、私は自分の太ももを軽く叩いてみた。
ルーカスは、私の言葉に一瞬目を丸くし、それから少し顔を赤らめたように見える。
「い、いや……そんな、悪いだろう」
「遠慮しないで。私も座って休憩したいし。それに、ルーカスにはいつも助けられてばかりだから、これくらいさせてほしいの」
そう促すと、ルーカスは少し躊躇しながらも、ゆっくりと私の前に腰を下ろした。
そして、意を決したように、そっと頭を膝の上に預けてきた。
彼の金色の髪が、私の太ももにふわりと触れる。
ほんのりとした温かさと、かすかに香る草の匂いが心地いい。
ルーカスの呼吸は静かで、少し眠たそうにも見える。
彼の柔らかな髪を、そっと撫でてみた。
さらさらとした手触りが、なんだか不思議な気持ちにさせる。
(ルーカスの寝顔って、なんだか子供みたいで可愛いな……)
そんなことを考えていると、私の心臓が少しドキドキしていることに気が付いた。
これはただの幼馴染に対する親愛の情。
決して、それ以上の感情なんかじゃないのである。
膝の上で、ルーカスは穏やかな寝息を立て始めた。
その寝顔を見ていると、彼がいつも守ってくれていることへの感謝の気持ちが改めて湧いてくる。
(いつもありがとう、ルーカス。頼りになる幼馴染がいてくれて、本当に心強いよ)
そう心の中でつぶやくと、ルーカスの寝顔がほんの少しだけ綻んだような気がした。
(キャロア……お前の優しさが、痛いほどにおれの胸に突き刺さる。こんなにも近くにいられるのに、お前の気持ちはまだ遠い……それでも、この温もりを、少しでも長く感じていたいんだ)
もちろん、そんなルーカスの切ない願いが、耳に届くことはない。
ただ、眠る彼の髪を優しく撫で続ける。
穏やかな時間が流れる中、キャロアの心臓は、なぜか少しだけ早鐘を打っていた。
この優しい温もりが、ただの幼馴染としてのものなのか。
それとも……。
鈍感な私には、まだその答えを見つけることはできないのだった。
末永く爆破しろという方も⭐︎の評価をしていただければ幸いです。