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風水師ケイ・ラムはスマホで除霊する 後編

 それ以上の接触は避けるべきだと、ケイは判断した。

 応急処置の封印をスマホで再度確認すると、「今日はここまで」と告げ、あっさりと帰っていった。

「情報整理しておく。続きはまた連絡するわ。あんたも……あまり妙な夢を見るなよ」

 サングラス越しの視線を最後に残して、ケイはエレベーターへ消えた。

 それ以降、不思議なことにエレベーターの誤作動も止まり、社内での異変報告もぴたりと収まった。


 そして、数日後──

「いやー、頼んでよかったよ、佐久間くん!」

 上司は満足げに言った。

「お祓いが効いたのかねぇ、あの霊感風水師? ま、変なトラブルなくなったんだから良しとしよう!」

 オフィスは通常営業に戻っていた。

 あの夜のことは、なかったかのように──

 だが、佐久間にとってはそうではなかった。

 コピー機の隅、給湯室のドア、会議室の窓── ふとした瞬間、何もないはずの場所に、妙な視線を感じてしまう。

 誰もいないとわかっているのに、あの女が立っていた気配だけが、肌にまとわりつくように残っていた。

 目を閉じれば、赤いワンピースの女が視界の裏側に立っているような錯覚。

 何も語らず、ただ見ていたあの瞳が、今も網膜に焼き付いている。

 ──忘れようとしても、思い出してしまう。

 佐久間は、そういう体になってしまった。

 誰かが隣に立っている気がして、振り返っても誰もいない。

 資料棚の奥に、赤い布のようなものが見えた気がして、目をこすっても、何もなかった。

 「……はは……まさか、俺がね」

 自嘲気味に笑ってごまかす。

 だが、その胸の奥に、今も小さな冷たさが──氷の欠片のように──残っていた。



 封印から五日後の夜。

 ケイ・ラムは、事務所の奥でひとり、再調整中の羅盤アプリの動きを見つめていた。

 異常値。

 昨日までは静かだった像の反応が、妙に騒がしい。

 封印したはずの符が、Bluetoothの接続ログから強制遮断されている。

「……やっぱりな。動いたか」

 霊符を自壊させるほどの力。

 それは、目覚めかけている証拠だった。

 ケイはスマホを取り上げ、佐久間の携帯の番号をタップする。

 ──出ない。

「……おいおい、まさか」

 軽口も冗談も、すっと引いた。

 再度、発信。

 ……出ない。

 いやな予感が、背骨を這い上がってきた。

「見えたやつってのはな……ほんと、引き寄せんだよ……」

 苛立ちが混じる声が出る。

 ケイは立ち上がると、符とスマホと霊符デバイスをまとめてボディバッグに放り込み、上着を羽織ってドアを蹴飛ばすようにして外に出た。


 

 その頃。

 十二階オフィスフロア。

 佐久間遼は、事務処理のためにひとり残業していた。

 同僚たちは皆帰り、フロアには自分だけ。

 ──と、思っていた。

「……まただ」

 コピー機が勝手に動いた。

 紙を入れていないはずなのに、ガシャコン、と重い音を立てて。

 給湯室のドアが、すぅ……とゆっくり開いて、そして、音もなく閉まる。

 ここ最近、鳴りを潜めていた現象が──再び、始まった。

 ピリ、と首筋が粟立つ。

 空気の密度が、急に変わったような気がした。

 ふと。フロアの奥。

 ──赤い。

 視界の隅。

 人の形をした何かが、じっとこちらを見ていた。

 赤いワンピース。黒く長い髪。

 首筋を冷や汗が流れていった。

 そこにはあの女が、いた。

「う、そ、だろ……」

 椅子を引く音が、やけに大きく響く。

 立ち上がった瞬間、天井の照明が──バチン、と音を立てて、すべて消えた。

 真っ暗なフロア。

 その中に、いる。

 それは、闇の中から、ゆっくりと──

 ──歩いてくる。

 ヒールの音もしない。

 ただ、すうっと滑るように、まっすぐ、佐久間に向かって。

 足がすくむ。

 身体が凍りついたように動かない。

 喉がひゅっと締まり、声が出ない。

 ポケットからそっとスマホを取り出し、震える指でケイの名前を押す。

 ──圏外。

「……なん、で……」

 背筋に、冷たい汗が流れる。

 目の前まで迫ってくる気配。

 逃げる余裕なんて、どこにもなかった。

 闇の中で、赤い女の輪郭だけが、確かにそこにあった。

 佐久間は、無意識のうちにポケットをまさぐる。指先にあたったのはケイにもらった、小さな護符。

 震える手で、それを握りしめる。

「……頼む……っ」

 次の瞬間、護符がかすかに発光した。

 ぱち、と小さな音がして、結界のような気配が彼の周囲に張られる。

 赤い女が、一瞬だけ立ち止まった。

 目には見えない薄膜のような何かが、距離を取らせたのだ。

 だが、赤い女は立ち止まったまま、ゆっくりと手を伸ばした。

 見えない何かに触れるように、護符の結界を指先でなぞる。

 ピシ……と空間が歪む音がした。

 まるで、もう一歩で破られそうなシャボン膜のように──。

 手の中の護符がかすかに熱を帯びてきた。

結界が、もたない──

 冷たい指先が、もうすぐそこに触れそうだった。

 耳の奥で、何かが軋む音がする。

 ──あと一歩。もう、終わる。


 その瞬間。


「佐久間ぁあああッ!!」

 怒鳴り声とともに、ドアが強引に開かれた。

 飛び込んできたケイの手が、懐から何かを投げる。

 パシンッ!!

 白熱した霊符が空中で弾け、閃光のように赤い女の前で炸裂した。

 光に遮られ、女の影が消える。

 佐久間は、その場に崩れ落ちた。

「……っは、あ……っ、ケイ……さん……」

 ケイはすぐに駆け寄り、肩を貸した。c

「ったく、電話出ろっつったろ……ったく……マジでギリだぞ」

 佐久間の体は、冷え切っていた。

 でも、まだ間に合った。

「大丈夫だ。……とりあえず、今のは追い払った」

 そう言ったケイの目は、すでにその先を見据えていた。

「──本体は、やっぱ地下だ」

「地下って……」

「一度、簡易の封印を張った。でもそれが破られたってことは──もう同じ手は通用しないってことだ」

「……じゃあ……」

「二度目があるとしても、すぐに解ける。だから──元を絶つ。あの像の根っこを経なきゃ、終わらない」


 十二階からエレベーターで降りる途中、ケイはスマホの羅盤アプリを確認しながら呟いた。

「……階を降りるたびに気が濃くなるな。これは、相当根が深い」

「地下って……倉庫か何かがあるんですか?」

「地下三階まである。うち二つは封鎖されてるはずだが──そのはずが一番怖ぇんだよな」

 ロビーまで降りたふたりは、管理室に顔を出し、ケイが勝手知ったる様子で「工事の下見」と言いながら通行証をもらっていた。

「……いつの間にあんな準備を……」

 佐久間は聞き耳を立てていたが、正直どこまでが本当の説明で、どこまでがケイのハッタリなのか、よくわからなかった。

「備えあれば憑かれないってな」

 ケイはそう言って肩をすくめ、エレベーター横の非常階段へと向かう。

「封印してる間に気になって、ちょっとだけこのビルの歴史調べたんだよ」

「歴史?」

「ここ、元は戦前の水処理施設の跡地。その後、放置されてスラム化しかけてた場所に、再開発で無理やりビル建てた。で、その時に地鎮祭……っぽいことはしたけど、中途半端だったらしい」

「中途半端……」

「祀った神像を途中で取り壊せって命令が出た。でも撤去できなかった。中身だけそのまま埋めて──蓋して、なかったことにした」

「……それって、まさか」

「そう。あの像だよ。何十年も、誰にも思い出されず、ただそこで祀られ続けてたんだ。供物も、言葉も、誰にも届かないままな」

 ケイの声が、少しだけ低くなった。

「それが、今になって動き出した──ってわけだ」

 階段の手すりに手をかけたとき、佐久間はふと足を止めた。

 足元から、じわじわと冷たい気配が這い上がってくる気がする。

「なんだ、怖気付いたのか?」

「……正直、行きたくないですよ」

 それは本音だった。

 理屈じゃない、ただ本能がやめろと警鐘を鳴らしていた。

 けれど、脳裏に浮かぶのは──あの女の姿。

 あの、凍てつくような気配。

「でも……放っておけない。俺が見たのは、夢なんかじゃなかった。だから──俺も、ちゃんと向き合わないと」

 その呟きを聞いたケイが、ちらりと視線を向けて笑った。

「お、ようやくサラリーマンの殻が割れてきたか?」

「……冗談きついですよ」

 ぼやきながらも、佐久間はケイの後を追って階段を降りていった。


 エレベーター横の非常階段を降りた先、地下への扉を開ける。

 冷気とともに、ひんやりとした空気が押し寄せてきた。

 地下二階、物品倉庫。

 薄暗い照明の下、古い什器や段ボールが積まれている。

 その一番奥──封鎖された扉には申し訳程度に札が貼ってあった。

「……ここから先が、通常は立入禁止ってことになってる」

 ケイが手のひらで壁を撫で、扉の継ぎ目に触れる。

 指先が小さく跳ねた。

「反応アリ。ここが本体の在処だな」

 ボディバッグから符を数枚取り出し、手際よく扉の上下に貼りつける。

 その中心にスマホをかざし、詠唱のような短い言葉を呟く。

「伏氣封印,鎮萬象(フーチーフォンイン、ジェンワンシャン)」


 ──ピィィ……ン……。


 かすかな共鳴音とともに、符が青白く光った。

「よし。いける。中、開けるぞ」

 鈍い音を立てて、封鎖扉が開き、冷気が一気にこちら側に流れ込む。

 まるで封じていたものが出てきた様に。

 肌にまとわりつく湿気、耳鳴りのような圧迫感。

 地下三階は、半ば使われなくなった旧式の貯水施設──その跡地だった。

 コンクリートの床にはうっすらと苔が広がり、湿った匂いが鼻をつく。

 そして──その中央に、あの像の本体。

 調べなくてもすぐにそれだとわかった。

 しかし、こちらは破損もなく、供物皿も整っていた。

「……本尊だな。あれが全部の起点だ」

 ケイは像の前に膝をつき、指先で床をなぞる。

「ここ……五行の均衡、完全に崩れてるな」

「ごぎょう……?」

「木・火・土・金・水。風水はこれが基盤。通常はどれかが突出しても、他が抑えてバランスを取るんだけど……」

 ケイは床に貼った霊符をじっと見つめた。

「火が強すぎる。つまり、感情が燃えすぎてる状態。思念とか、怨念とか、そういう類い」

「……像が怒ってるってことですか」

「怒ってるっていうより──思い出されたいんだろうな。忘れられた信仰ほど、怨念に変わりやすい」

 ケイの声が低くなる。

 佐久間も、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 その像が。こちらを、見ていた──気がした。

 照明の届かない薄闇の中、その眼孔は空洞のはずなのに、妙に意識を引きつけられる。

「……あれ、本当に……動くんですか」

 佐久間の問いに、ケイは短く答えた。

「動くっていうか、呼んでるってのが正しいな」

「……呼んでる……」

 思わず佐久間は一歩、像へと足を踏み出す。

 その瞬間──


 カタ……カタ……カタカタ……ッ。


 像の台座が、わずかに震えた。

「……っ!」

 空気が変わった。冷たい湿気が、足元から這い上がってくるような錯覚。

 佐久間の背筋に、先日の赤い女の気配が蘇る。

 ケイがぴたりと動きを止めた。

「まただ……反応が、前より強くなってる。こっちは覚えてやがるな」

「覚えて……?」

「お前が視たってことだよ。一度目が合ったら、ああいうのは忘れねぇ」

 ケイの手が、静かに霊符へ伸びる。

 像は動かない。

 だが、揺れはまだ止んでいなかった。

 まるで、こちらの出方をうかがうように。

 ケイはボディバッグから、束ねた霊符と電子式の符具を取り出した。

 真剣な表情。

 いつもの軽口は消え、そこにはプロの顔があった。

「封じに入る。お前は──絶対に、あれに触れるなよ」

「……は、はい」

 佐久間も緊張に喉を鳴らす。

 霊的なことには素人のはずの自分が、こんな場所でこんな存在と向き合っている。

 それでも、逃げようとは思わなかった。

 ケイは符具を像の周囲に円を描くように並べ、四方に霊符を貼る。

 手際は早い。指先でスマホを操作し、各符具に信号を送る。

 ──次の瞬間、空間に電子音と古代語の交差が走った。

 スマホから微かに発される電子のビープ音と、ケイの口から紡がれる古いまじないの響きが重なり合い、空間の気がざわつき始める。


「伏氣封印,鎮萬象(フーチーフォンイン、ジェンワンシャン)」


 低く、短く、ケイが呟いた。

 同時に、全ての霊符が青白く光り出す。

 像が、再び震えた。

 カタ……カタカタ……。

 今度は明確な拒絶のように、台座が揺れる。

「くそ、起きる気だ……!」

 ケイが素早く符を一枚、像の額に向かって投げ放つ。

 だが、寸前で空中に弾かれた。

「防壁張ってる。こっちも本気だ」

 周囲の空気が、ぐんと重くなる。

 湿気ではない。

 気配だ。

 圧倒的な“何か”が、空間そのものに浸透していく。

 佐久間の手が、自然と拳を握っていた。

 その視線の先、像の影が、ゆっくりと立ち上がるように見えた。

「……ケイさん……っ」

「落ち着け、まだいける──」

 だがそのとき。

 像の瞳に、淡く、赤い光が灯った。

「っ……まずい、来るぞ……ッ」

 ケイが符を追加で展開する。

 光る線が像の周囲に幾何学模様を描き、結界を強化する。

 だが。

 結界の内側から、まるで裂けるように、像の影が揺れ始めた。

 その影が伸びる。

 床を這うように、佐久間の足元へ──

「──っあ……!」

 足がすくんだ。

 影が、足首に触れた気がした。

 ぞわりと、全身に寒気が走る。

「動くな佐久間ッ!! 今、気を取られたら──」

 ケイの叫びが届く前に、佐久間の視界がぐにゃりと歪んだ。

 赤いワンピース。

 女の姿。

 自分の目の前に、あの女が── 笑っていた。

「──やめろぉッ!!」

 佐久間は叫び、振り払うように片腕を振り上げた。

 空気を裂く音。

 幻影は、すっと霧のように溶けた。

 だがその一瞬で、佐久間の胸の奥に残った何かは確かだった。


 ──見られていた。

 ──選ばれていた。


「佐久間!」

 ケイの声。

 彼の手には、最終封印の符──朱と金で描かれた特製の一枚。

「奴の視線、そっちに向いてる。お前が気を引いてくれ。時間稼げば、封印できる」

「……わかりました!」

 佐久間は一歩前に出た。

 震える足を、無理やり前へ。

 赤い像の目が、自分を見ている。

 だけど、もう目を逸らさなかった。

「……視たのは、俺だ……!」

 その言葉と同時に、ケイが符を放った。

 ひらりと舞った一枚が、像の額にぴたりと貼りついた。

 風もないはずなのに、空気がざわざわと揺れはじめる。

 像の前に貼った符がぴんと張り詰め、ケイの指がそれをなぞる。

「伏氣封印,鎮萬象。」(邪気を封じ、万象を鎮めよ)

 低く呟かれた詠唱とともに、霊符が淡く光り始める。

 光は波紋のように広がり、空間そのものがきしむような音を立てた。


 ──ぎぃ……っ……!


 耳鳴りがする。

 重力が一瞬、逆転したような感覚。

 世界が傾く。

 佐久間は歯を食いしばり、思わず壁に手をついた。 心臓がバクバクと暴れて、手先が冷えていく。

 像のまわりに張られた封印の光が、まるで押し返されるように波打った。

「……来るぞ」

 ケイが言った直後だった。

 像の背後から、赤い影がすうっと伸びてくる。

 それは形を持たないまま、床や壁に溶けるようににじんでいき──

 ──次の瞬間、爆音のような風が、地下を吹き抜けた。

 灯りが明滅し、金属が軋む音。  霊符のひとつが弾け飛び、ケイがすかさず別の符を重ねて貼る。

「佐久間! 集中しろ、気を散らすな!」

「集中って言われても、これっ……!」

 佐久間は必死に耐える。  

音が歪み、視界が揺れる。

 でも、どこかで──  

あの赤い女の気配を、確かに感じていた。  

像の中に、まだ“あれ”はいる。

「──もう一押し……!」

 ケイが最後の符をかざし、詠唱のトーンを変える。

「地氣鎮封、破祟歸源ッ!」(地の気を鎮め、祟りを源へ還せ)

 その瞬間、地下全体が光に包まれた。

まるで光が炸裂するように、闇を断ち切った。


 ──パァンッ!


 像がひときわ大きく震え──そして、止まった。

 赤い光が、ふっと、消えた。

 静寂が、戻ってきた。

 佐久間は、その場にへたりこんだ。

 ケイが、ゆっくりと歩み寄ってきて、苦笑する。

「……やるじゃん、佐久間」

「……もう、勘弁してくださいよ……」

 佐久間の震える笑いが、地下にかすかに響いた。

「……腹、減ったろ。茶餐廳でも行くか。ワンタンメン、うまい店知ってんだ」

 ケイがそう言って、いつもの調子の声で言った。


 *


 ビルの外に出ると、夜が明けていた。

 人気のない朝の湾仔。

 夜市の喧騒も消え、通勤前の街が静かに息を潜めている。

 小さな茶餐廳チャーチャンテンの片隅。

 佐久間とケイは、湯気の立つエビワンタンメンをすすっていた。

「……マジで、死ぬかと思いましたよ」

「はは、まあ、死んでねぇならいいじゃん」

 ケイはのんきに答える。

 佐久間はスーツの袖をまくり、スープをひとくち飲んだ。

 胃の底からようやく温かさが戻ってくるような気がした。

「……あの像、結局、何だったんですか?」

「ああいうのは、信仰の忘れ形見だよ。誰かが祀って、でも忘れ去られた。思い出されることなく、ただそこに居続ける……ってやつ」

「……寂しいですね」

「寂しいから、視てくれる奴を探すのさ。で、お前が視えた」

 ケイはずずっと麺をすする。

「ていうか、そういうトコだぞ……だからお前みたいなの、目ぇつけられやすいから、気をつけろよ」

「──っ」

 佐久間の箸が止まり、肩がぴくりと震える。

「……今、それ、冗談ですよね?」

 ケイは答えなかった。

 ただ、薄く笑って、スープを飲んだ。

 その笑顔が冗談なのか、本気なのか──佐久間には、わからなかった。

 そのとき、ケイのスマホから着信音が鳴った。画面をタップして確認すると、ふっと小さく舌打ちする。

「……ったく、今度は南湾の港沿いかよ」

「えっ?」

「ほら、再開発地区。工事始めた途端に、夜中に誰もいないはずの現場で機材が勝手に動いたとか、監視カメラが──ま、よくあるパターン」

 佐久間は箸を置いて、顔をしかめた。

「……ちょっと待ってください。俺はもう、行きませんからね」

「はは、一緒に行くなんて言ってねぇじゃん」

 ケイはにやっと笑って、最後の一口をすすった。

 ──そして、ふと。

 佐久間は思い出したように言った。

「そういえば……ケイさんって風水師なんですよね。でも、やってることって……なんか、除霊っぽいというか……」

「ん? まぁな」

 ケイは湯飲みをくるくる回しながら、気だるげに答える。

「香港の風水師ってのは、ただの土地鑑定士じゃない。気を読むってことは、そこに霊や念が絡むのも当然ってわけ、だから道士と風水師のハイブリットって感じだな」

「じゃあ……風水と、道士の除霊って、似てるようで違うんですか?」

「元は別物だけど、こっちじゃもう融合してんのよ。羅盤で気を測って、符で結界張って、悪いもん追い払って──これが、いわゆる現代式の霊符風水ってやつだ」

 ケイはスマホを取り出し、指で軽く画面を弾く。

 そこには例の羅盤アプリと、Bluetooth接続された霊符デバイスの管理画面。

「見ての通り、デジタル化も進んでるしな。でも、使ってる理論は──数千年前から、変わってない」

「……なんか、すごい話ですね」

「ま、結局は視える奴が何を信じてるか、ってことだ」

 ケイはそう言って、残ったスープを飲み干した。

 その視線は、もう誰も見なくなった何かを──たしかに、捉えていた。

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