風水師ケイ・ラムはスマホで除霊する 後編
それ以上の接触は避けるべきだと、ケイは判断した。
応急処置の封印をスマホで再度確認すると、「今日はここまで」と告げ、あっさりと帰っていった。
「情報整理しておく。続きはまた連絡するわ。あんたも……あまり妙な夢を見るなよ」
サングラス越しの視線を最後に残して、ケイはエレベーターへ消えた。
それ以降、不思議なことにエレベーターの誤作動も止まり、社内での異変報告もぴたりと収まった。
そして、数日後──
「いやー、頼んでよかったよ、佐久間くん!」
上司は満足げに言った。
「お祓いが効いたのかねぇ、あの霊感風水師? ま、変なトラブルなくなったんだから良しとしよう!」
オフィスは通常営業に戻っていた。
あの夜のことは、なかったかのように──
だが、佐久間にとってはそうではなかった。
コピー機の隅、給湯室のドア、会議室の窓── ふとした瞬間、何もないはずの場所に、妙な視線を感じてしまう。
誰もいないとわかっているのに、あの女が立っていた気配だけが、肌にまとわりつくように残っていた。
目を閉じれば、赤いワンピースの女が視界の裏側に立っているような錯覚。
何も語らず、ただ見ていたあの瞳が、今も網膜に焼き付いている。
──忘れようとしても、思い出してしまう。
佐久間は、そういう体になってしまった。
誰かが隣に立っている気がして、振り返っても誰もいない。
資料棚の奥に、赤い布のようなものが見えた気がして、目をこすっても、何もなかった。
「……はは……まさか、俺がね」
自嘲気味に笑ってごまかす。
だが、その胸の奥に、今も小さな冷たさが──氷の欠片のように──残っていた。
※
封印から五日後の夜。
ケイ・ラムは、事務所の奥でひとり、再調整中の羅盤アプリの動きを見つめていた。
異常値。
昨日までは静かだった像の反応が、妙に騒がしい。
封印したはずの符が、Bluetoothの接続ログから強制遮断されている。
「……やっぱりな。動いたか」
霊符を自壊させるほどの力。
それは、目覚めかけている証拠だった。
ケイはスマホを取り上げ、佐久間の携帯の番号をタップする。
──出ない。
「……おいおい、まさか」
軽口も冗談も、すっと引いた。
再度、発信。
……出ない。
いやな予感が、背骨を這い上がってきた。
「見えたやつってのはな……ほんと、引き寄せんだよ……」
苛立ちが混じる声が出る。
ケイは立ち上がると、符とスマホと霊符デバイスをまとめてボディバッグに放り込み、上着を羽織ってドアを蹴飛ばすようにして外に出た。
その頃。
十二階オフィスフロア。
佐久間遼は、事務処理のためにひとり残業していた。
同僚たちは皆帰り、フロアには自分だけ。
──と、思っていた。
「……まただ」
コピー機が勝手に動いた。
紙を入れていないはずなのに、ガシャコン、と重い音を立てて。
給湯室のドアが、すぅ……とゆっくり開いて、そして、音もなく閉まる。
ここ最近、鳴りを潜めていた現象が──再び、始まった。
ピリ、と首筋が粟立つ。
空気の密度が、急に変わったような気がした。
ふと。フロアの奥。
──赤い。
視界の隅。
人の形をした何かが、じっとこちらを見ていた。
赤いワンピース。黒く長い髪。
首筋を冷や汗が流れていった。
そこにはあの女が、いた。
「う、そ、だろ……」
椅子を引く音が、やけに大きく響く。
立ち上がった瞬間、天井の照明が──バチン、と音を立てて、すべて消えた。
真っ暗なフロア。
その中に、いる。
それは、闇の中から、ゆっくりと──
──歩いてくる。
ヒールの音もしない。
ただ、すうっと滑るように、まっすぐ、佐久間に向かって。
足がすくむ。
身体が凍りついたように動かない。
喉がひゅっと締まり、声が出ない。
ポケットからそっとスマホを取り出し、震える指でケイの名前を押す。
──圏外。
「……なん、で……」
背筋に、冷たい汗が流れる。
目の前まで迫ってくる気配。
逃げる余裕なんて、どこにもなかった。
闇の中で、赤い女の輪郭だけが、確かにそこにあった。
佐久間は、無意識のうちにポケットをまさぐる。指先にあたったのはケイにもらった、小さな護符。
震える手で、それを握りしめる。
「……頼む……っ」
次の瞬間、護符がかすかに発光した。
ぱち、と小さな音がして、結界のような気配が彼の周囲に張られる。
赤い女が、一瞬だけ立ち止まった。
目には見えない薄膜のような何かが、距離を取らせたのだ。
だが、赤い女は立ち止まったまま、ゆっくりと手を伸ばした。
見えない何かに触れるように、護符の結界を指先でなぞる。
ピシ……と空間が歪む音がした。
まるで、もう一歩で破られそうなシャボン膜のように──。
手の中の護符がかすかに熱を帯びてきた。
結界が、もたない──
冷たい指先が、もうすぐそこに触れそうだった。
耳の奥で、何かが軋む音がする。
──あと一歩。もう、終わる。
その瞬間。
「佐久間ぁあああッ!!」
怒鳴り声とともに、ドアが強引に開かれた。
飛び込んできたケイの手が、懐から何かを投げる。
パシンッ!!
白熱した霊符が空中で弾け、閃光のように赤い女の前で炸裂した。
光に遮られ、女の影が消える。
佐久間は、その場に崩れ落ちた。
「……っは、あ……っ、ケイ……さん……」
ケイはすぐに駆け寄り、肩を貸した。c
「ったく、電話出ろっつったろ……ったく……マジでギリだぞ」
佐久間の体は、冷え切っていた。
でも、まだ間に合った。
「大丈夫だ。……とりあえず、今のは追い払った」
そう言ったケイの目は、すでにその先を見据えていた。
「──本体は、やっぱ地下だ」
「地下って……」
「一度、簡易の封印を張った。でもそれが破られたってことは──もう同じ手は通用しないってことだ」
「……じゃあ……」
「二度目があるとしても、すぐに解ける。だから──元を絶つ。あの像の根っこを経なきゃ、終わらない」
十二階からエレベーターで降りる途中、ケイはスマホの羅盤アプリを確認しながら呟いた。
「……階を降りるたびに気が濃くなるな。これは、相当根が深い」
「地下って……倉庫か何かがあるんですか?」
「地下三階まである。うち二つは封鎖されてるはずだが──そのはずが一番怖ぇんだよな」
ロビーまで降りたふたりは、管理室に顔を出し、ケイが勝手知ったる様子で「工事の下見」と言いながら通行証をもらっていた。
「……いつの間にあんな準備を……」
佐久間は聞き耳を立てていたが、正直どこまでが本当の説明で、どこまでがケイのハッタリなのか、よくわからなかった。
「備えあれば憑かれないってな」
ケイはそう言って肩をすくめ、エレベーター横の非常階段へと向かう。
「封印してる間に気になって、ちょっとだけこのビルの歴史調べたんだよ」
「歴史?」
「ここ、元は戦前の水処理施設の跡地。その後、放置されてスラム化しかけてた場所に、再開発で無理やりビル建てた。で、その時に地鎮祭……っぽいことはしたけど、中途半端だったらしい」
「中途半端……」
「祀った神像を途中で取り壊せって命令が出た。でも撤去できなかった。中身だけそのまま埋めて──蓋して、なかったことにした」
「……それって、まさか」
「そう。あの像だよ。何十年も、誰にも思い出されず、ただそこで祀られ続けてたんだ。供物も、言葉も、誰にも届かないままな」
ケイの声が、少しだけ低くなった。
「それが、今になって動き出した──ってわけだ」
階段の手すりに手をかけたとき、佐久間はふと足を止めた。
足元から、じわじわと冷たい気配が這い上がってくる気がする。
「なんだ、怖気付いたのか?」
「……正直、行きたくないですよ」
それは本音だった。
理屈じゃない、ただ本能がやめろと警鐘を鳴らしていた。
けれど、脳裏に浮かぶのは──あの女の姿。
あの、凍てつくような気配。
「でも……放っておけない。俺が見たのは、夢なんかじゃなかった。だから──俺も、ちゃんと向き合わないと」
その呟きを聞いたケイが、ちらりと視線を向けて笑った。
「お、ようやくサラリーマンの殻が割れてきたか?」
「……冗談きついですよ」
ぼやきながらも、佐久間はケイの後を追って階段を降りていった。
エレベーター横の非常階段を降りた先、地下への扉を開ける。
冷気とともに、ひんやりとした空気が押し寄せてきた。
地下二階、物品倉庫。
薄暗い照明の下、古い什器や段ボールが積まれている。
その一番奥──封鎖された扉には申し訳程度に札が貼ってあった。
「……ここから先が、通常は立入禁止ってことになってる」
ケイが手のひらで壁を撫で、扉の継ぎ目に触れる。
指先が小さく跳ねた。
「反応アリ。ここが本体の在処だな」
ボディバッグから符を数枚取り出し、手際よく扉の上下に貼りつける。
その中心にスマホをかざし、詠唱のような短い言葉を呟く。
「伏氣封印,鎮萬象(フーチーフォンイン、ジェンワンシャン)」
──ピィィ……ン……。
かすかな共鳴音とともに、符が青白く光った。
「よし。いける。中、開けるぞ」
鈍い音を立てて、封鎖扉が開き、冷気が一気にこちら側に流れ込む。
まるで封じていたものが出てきた様に。
肌にまとわりつく湿気、耳鳴りのような圧迫感。
地下三階は、半ば使われなくなった旧式の貯水施設──その跡地だった。
コンクリートの床にはうっすらと苔が広がり、湿った匂いが鼻をつく。
そして──その中央に、あの像の本体。
調べなくてもすぐにそれだとわかった。
しかし、こちらは破損もなく、供物皿も整っていた。
「……本尊だな。あれが全部の起点だ」
ケイは像の前に膝をつき、指先で床をなぞる。
「ここ……五行の均衡、完全に崩れてるな」
「ごぎょう……?」
「木・火・土・金・水。風水はこれが基盤。通常はどれかが突出しても、他が抑えてバランスを取るんだけど……」
ケイは床に貼った霊符をじっと見つめた。
「火が強すぎる。つまり、感情が燃えすぎてる状態。思念とか、怨念とか、そういう類い」
「……像が怒ってるってことですか」
「怒ってるっていうより──思い出されたいんだろうな。忘れられた信仰ほど、怨念に変わりやすい」
ケイの声が低くなる。
佐久間も、ただ呆然と立ち尽くしていた。
その像が。こちらを、見ていた──気がした。
照明の届かない薄闇の中、その眼孔は空洞のはずなのに、妙に意識を引きつけられる。
「……あれ、本当に……動くんですか」
佐久間の問いに、ケイは短く答えた。
「動くっていうか、呼んでるってのが正しいな」
「……呼んでる……」
思わず佐久間は一歩、像へと足を踏み出す。
その瞬間──
カタ……カタ……カタカタ……ッ。
像の台座が、わずかに震えた。
「……っ!」
空気が変わった。冷たい湿気が、足元から這い上がってくるような錯覚。
佐久間の背筋に、先日の赤い女の気配が蘇る。
ケイがぴたりと動きを止めた。
「まただ……反応が、前より強くなってる。こっちは覚えてやがるな」
「覚えて……?」
「お前が視たってことだよ。一度目が合ったら、ああいうのは忘れねぇ」
ケイの手が、静かに霊符へ伸びる。
像は動かない。
だが、揺れはまだ止んでいなかった。
まるで、こちらの出方をうかがうように。
ケイはボディバッグから、束ねた霊符と電子式の符具を取り出した。
真剣な表情。
いつもの軽口は消え、そこにはプロの顔があった。
「封じに入る。お前は──絶対に、あれに触れるなよ」
「……は、はい」
佐久間も緊張に喉を鳴らす。
霊的なことには素人のはずの自分が、こんな場所でこんな存在と向き合っている。
それでも、逃げようとは思わなかった。
ケイは符具を像の周囲に円を描くように並べ、四方に霊符を貼る。
手際は早い。指先でスマホを操作し、各符具に信号を送る。
──次の瞬間、空間に電子音と古代語の交差が走った。
スマホから微かに発される電子のビープ音と、ケイの口から紡がれる古い呪の響きが重なり合い、空間の気がざわつき始める。
「伏氣封印,鎮萬象(フーチーフォンイン、ジェンワンシャン)」
低く、短く、ケイが呟いた。
同時に、全ての霊符が青白く光り出す。
像が、再び震えた。
カタ……カタカタ……。
今度は明確な拒絶のように、台座が揺れる。
「くそ、起きる気だ……!」
ケイが素早く符を一枚、像の額に向かって投げ放つ。
だが、寸前で空中に弾かれた。
「防壁張ってる。こっちも本気だ」
周囲の空気が、ぐんと重くなる。
湿気ではない。
気配だ。
圧倒的な“何か”が、空間そのものに浸透していく。
佐久間の手が、自然と拳を握っていた。
その視線の先、像の影が、ゆっくりと立ち上がるように見えた。
「……ケイさん……っ」
「落ち着け、まだいける──」
だがそのとき。
像の瞳に、淡く、赤い光が灯った。
「っ……まずい、来るぞ……ッ」
ケイが符を追加で展開する。
光る線が像の周囲に幾何学模様を描き、結界を強化する。
だが。
結界の内側から、まるで裂けるように、像の影が揺れ始めた。
その影が伸びる。
床を這うように、佐久間の足元へ──
「──っあ……!」
足がすくんだ。
影が、足首に触れた気がした。
ぞわりと、全身に寒気が走る。
「動くな佐久間ッ!! 今、気を取られたら──」
ケイの叫びが届く前に、佐久間の視界がぐにゃりと歪んだ。
赤いワンピース。
女の姿。
自分の目の前に、あの女が── 笑っていた。
「──やめろぉッ!!」
佐久間は叫び、振り払うように片腕を振り上げた。
空気を裂く音。
幻影は、すっと霧のように溶けた。
だがその一瞬で、佐久間の胸の奥に残った何かは確かだった。
──見られていた。
──選ばれていた。
「佐久間!」
ケイの声。
彼の手には、最終封印の符──朱と金で描かれた特製の一枚。
「奴の視線、そっちに向いてる。お前が気を引いてくれ。時間稼げば、封印できる」
「……わかりました!」
佐久間は一歩前に出た。
震える足を、無理やり前へ。
赤い像の目が、自分を見ている。
だけど、もう目を逸らさなかった。
「……視たのは、俺だ……!」
その言葉と同時に、ケイが符を放った。
ひらりと舞った一枚が、像の額にぴたりと貼りついた。
風もないはずなのに、空気がざわざわと揺れはじめる。
像の前に貼った符がぴんと張り詰め、ケイの指がそれをなぞる。
「伏氣封印,鎮萬象。」(邪気を封じ、万象を鎮めよ)
低く呟かれた詠唱とともに、霊符が淡く光り始める。
光は波紋のように広がり、空間そのものがきしむような音を立てた。
──ぎぃ……っ……!
耳鳴りがする。
重力が一瞬、逆転したような感覚。
世界が傾く。
佐久間は歯を食いしばり、思わず壁に手をついた。 心臓がバクバクと暴れて、手先が冷えていく。
像のまわりに張られた封印の光が、まるで押し返されるように波打った。
「……来るぞ」
ケイが言った直後だった。
像の背後から、赤い影がすうっと伸びてくる。
それは形を持たないまま、床や壁に溶けるようににじんでいき──
──次の瞬間、爆音のような風が、地下を吹き抜けた。
灯りが明滅し、金属が軋む音。 霊符のひとつが弾け飛び、ケイがすかさず別の符を重ねて貼る。
「佐久間! 集中しろ、気を散らすな!」
「集中って言われても、これっ……!」
佐久間は必死に耐える。
音が歪み、視界が揺れる。
でも、どこかで──
あの赤い女の気配を、確かに感じていた。
像の中に、まだ“あれ”はいる。
「──もう一押し……!」
ケイが最後の符をかざし、詠唱のトーンを変える。
「地氣鎮封、破祟歸源ッ!」(地の気を鎮め、祟りを源へ還せ)
その瞬間、地下全体が光に包まれた。
まるで光が炸裂するように、闇を断ち切った。
──パァンッ!
像がひときわ大きく震え──そして、止まった。
赤い光が、ふっと、消えた。
静寂が、戻ってきた。
佐久間は、その場にへたりこんだ。
ケイが、ゆっくりと歩み寄ってきて、苦笑する。
「……やるじゃん、佐久間」
「……もう、勘弁してくださいよ……」
佐久間の震える笑いが、地下にかすかに響いた。
「……腹、減ったろ。茶餐廳でも行くか。ワンタンメン、うまい店知ってんだ」
ケイがそう言って、いつもの調子の声で言った。
*
ビルの外に出ると、夜が明けていた。
人気のない朝の湾仔。
夜市の喧騒も消え、通勤前の街が静かに息を潜めている。
小さな茶餐廳の片隅。
佐久間とケイは、湯気の立つエビワンタンメンをすすっていた。
「……マジで、死ぬかと思いましたよ」
「はは、まあ、死んでねぇならいいじゃん」
ケイはのんきに答える。
佐久間はスーツの袖をまくり、スープをひとくち飲んだ。
胃の底からようやく温かさが戻ってくるような気がした。
「……あの像、結局、何だったんですか?」
「ああいうのは、信仰の忘れ形見だよ。誰かが祀って、でも忘れ去られた。思い出されることなく、ただそこに居続ける……ってやつ」
「……寂しいですね」
「寂しいから、視てくれる奴を探すのさ。で、お前が視えた」
ケイはずずっと麺をすする。
「ていうか、そういうトコだぞ……だからお前みたいなの、目ぇつけられやすいから、気をつけろよ」
「──っ」
佐久間の箸が止まり、肩がぴくりと震える。
「……今、それ、冗談ですよね?」
ケイは答えなかった。
ただ、薄く笑って、スープを飲んだ。
その笑顔が冗談なのか、本気なのか──佐久間には、わからなかった。
そのとき、ケイのスマホから着信音が鳴った。画面をタップして確認すると、ふっと小さく舌打ちする。
「……ったく、今度は南湾の港沿いかよ」
「えっ?」
「ほら、再開発地区。工事始めた途端に、夜中に誰もいないはずの現場で機材が勝手に動いたとか、監視カメラが──ま、よくあるパターン」
佐久間は箸を置いて、顔をしかめた。
「……ちょっと待ってください。俺はもう、行きませんからね」
「はは、一緒に行くなんて言ってねぇじゃん」
ケイはにやっと笑って、最後の一口をすすった。
──そして、ふと。
佐久間は思い出したように言った。
「そういえば……ケイさんって風水師なんですよね。でも、やってることって……なんか、除霊っぽいというか……」
「ん? まぁな」
ケイは湯飲みをくるくる回しながら、気だるげに答える。
「香港の風水師ってのは、ただの土地鑑定士じゃない。気を読むってことは、そこに霊や念が絡むのも当然ってわけ、だから道士と風水師のハイブリットって感じだな」
「じゃあ……風水と、道士の除霊って、似てるようで違うんですか?」
「元は別物だけど、こっちじゃもう融合してんのよ。羅盤で気を測って、符で結界張って、悪いもん追い払って──これが、いわゆる現代式の霊符風水ってやつだ」
ケイはスマホを取り出し、指で軽く画面を弾く。
そこには例の羅盤アプリと、Bluetooth接続された霊符デバイスの管理画面。
「見ての通り、デジタル化も進んでるしな。でも、使ってる理論は──数千年前から、変わってない」
「……なんか、すごい話ですね」
「ま、結局は視える奴が何を信じてるか、ってことだ」
ケイはそう言って、残ったスープを飲み干した。
その視線は、もう誰も見なくなった何かを──たしかに、捉えていた。