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風水師ケイ・ラムはスマホで除霊する 前編

 香港島、湾仔。

 湿った夜風がビルの谷間をすり抜け、街路樹の葉をかすかに揺らす。

 佐久間遼は、汗ばむ背中にネクタイが張りつくのを感じながら、オフィスビルの前に立ち尽くしていた。

「……また、だ」

 ビルの自動ドアが音もなく開いた。オフィスの中には誰もいない。

 人感センサーの誤作動にしては、回数が多すぎる。

 三日連続、同じ時間帯、同じように。

 そのたびにセキュリティ会社から通報が入り、対応に追われるのは決まって佐久間の仕事だった。

 そして今日も深夜に呼び出され電気も付いていないオフィスの中に立っている。


 上司の言葉が脳裏に蘇る。


 ──現地のスタッフが、風水が乱れてるって言っててさぁ。そのスタッフが前に一度、頼んだ事のある風水師が評判がいいんだって。だからさ、行ってきてくれよ、佐久間くん──。



 翌晩、アポイントを取った佐久間は、額の汗を拭いながらスマホの地図を確認しつつ、指定された住所へと向かっていた。

 半信半疑というより、ほとんど信じてなどいない。

 それでも上司の命令だ。

 …………だが、目に見えない何かが、この街では生きている──そんな気配は、確かにあった。

 ここは香港。

 大陸と西洋の文化が入り混じり、摩擦と融合を繰り返す街。

 高層ビルが空を突き刺すように林立し、その足元には、戦前から残るコロニアル様式の建物が肩を並べる。

 道教の祠とカトリックの教会が同じ通りに存在し、看板の文字には英語と漢字がごちゃまぜに踊っていた。

 温故知新、いや──混沌と秩序。

 ここでは、あらゆるものが対立し共存していた。

 そしてこの街には、いまだに九龍城砦が残っている。

 地図から消されたはずのあの迷宮は、今もどこかにあると信じられている。


 風水師の事務所として教えられた住所はオフィスからタクシーに乗るほどの距離ではなかった。

 だが湿気を含んだ空気は、体にまとわりつくように重い。

 4月だというのに、この街の空気は重く湿っていた。日本より南にあるせいか、春は短く、気づけば夏の気配が忍び寄っている。

 ビル街を抜け、古びたアーケードの下を通り、ネオンのちらつく路地へと足を進める。雑多な看板が折り重なるように垂れ下がり、薬局、マッサージ、占い、金物屋、謎の「開運印鑑専門店」が並んでいた。

 中国語と英語と日本語がごちゃ混ぜになった看板は、まるで混沌の縮図だ。

 遠くからは潮の匂いが漂ってくる。

 トラムのベルがチリンと音を立てて通り過ぎてゆく。

 ビニール椅子に腰かけた老人が、ペットボトルに水を移して線香を挿し、何かに手を合わせていた。

 指定された住所は、香港によくある古びた雑居ビルの三階だった。

 佐久間は立ち止まり、ビルを見上げる。外壁には幾重にも重なった配線、くすんだ色の看板、その隙間に無造作に取りつけられた室外機が何台もぶら下がっている。

 ゴウン……ゴウン……と唸る重たい排気音とともに、生ぬるい空気が顔にまとわりついた。

 湿度の高い夜気に押され、額の汗がじわりと滲む。

 入り口をくぐると、エレベーターは止まったまま沈黙している。

 横の非常階段の鉄扉には、広東語で書かれた手書きの張り紙が一枚──


──「壊れてるから、階段で」


 階段を上がるたび、どこかから線香の匂いが漂ってくる。

 かすかに、鈴の音が耳を打った。

 三階、端の部屋──そこだけ、空気が違っていた。

 看板も、表札もない。

 ただ、扉の上に小さな五行の札が貼られている。

 佐久間は深く息を吸い込み、インターホンを押した。

「はいはい、開いてるよー」

 数秒後、ドアの向こうから気の抜けた炭酸のような声がした。

 重いドアを押し開けると、そこは想像以上に雑然とした空間だった。

 部屋の一角には線香の煙がゆらめき、棚には羅盤、香炉、符術の束、電子機器のパーツ。

 テーブルの上にはパソコンにタブレット、そしてスマートフォンが何台か置いてあり、何本もの未開封の栄養ドリンクが並んでいた。

 そして、その中心。

 黒髪をオールバックに撫でつけ、後ろで無造作に束ねた男がいた。少しだけ前髪が垂れて、目元をかすめている。大きめの丸いサングラスは薄い色が入り、照明の反射で瞳が見えない。

 黒いシャツのボタンは適当に外れ、首元には赤い紐で結ばれた小さな符が揺れていた。

「あぁ……あんたか。依頼主ってのは」

 サングラス越しにじろりと見られ、佐久間は思わず数歩、後ずさった。


 ──第一印象:絶対、インチキ臭い。


「俺は風水師のケイ・ラム。ま、座んなよ、スーツの兄ちゃん」

 軽い口調に、佐久間はこめかみに手をやった。

 なんで自分がこんな場所に──。

「……上司の命令で来ました。自社の入っているオフィスで不可解な現象が続いていて……風水、ですか? そういうの、詳しくはないんですが……」

「あー、信じてない感じ、出てる出てる。顔に書いてある」

 ケイはにやにやと笑いながら、机の上のスマホをひと撫でして、羅盤アプリを立ち上げる。画面には、方位磁針と八卦の模様が重なった円盤のようなインターフェースが表示され、中心がくるくると回っていた。

 続けて、机の隅にあった札──赤い印と金の線が描かれた護符のような紙──をひょいとつまみ、スマホに近づけると、Bluetoothの接続音が鳴る。

「これ、霊符のセンサー付きデバイス。磁場や気の流れを拾って、スマホに送ってくれる。時代は進化してんの」

 ぽかんとしている佐久間に、ケイは悪戯っぽく片目をつぶる。

「でもな、あんた。素質はあるよ。霊感ってのは、強い奴が視えるんじゃなくて、無意識に引き寄せる奴が一番タチ悪いんだ」

「……何ですかそれ、嫌な言い方ですね」

「つまり、そこのビルで起きてる不可解ってやつ、もしかすると──あんたが呼んでんのかもよ?」

 ぞくり、と佐久間の背筋に悪寒が走った。

「……はは、またまた冗談はやめてくださいよ」

 無理に笑みを浮かべながら、佐久間はネクタイを直し、姿勢を正す。

「佐久間です。佐久間遼。一応、日本の商社からこちらの支社に出向してまして……風水もお祓いも素人ですが、とにかく会社としては一度見てほしいとのことです」

 ケイはその様子を観察するように見つめながら、ふっと鼻で笑った。

「うん、平凡で真面目なタイプ。こういうのがいちばん、巻き込まれやすいんだよなあ」

 笑った顔はこの上なく胡散臭かったが、佐久間はあいまいな笑みを浮かべて返すしかなかった。


 *


 雑居ビルを出た瞬間、街の喧騒が全身に押し寄せた。

 広東語の怒鳴り声、クラクション、甘ったるい香辛料のにおい、湿気を含んだ夜風──

 屋台から漂う油と八角の匂いが鼻を刺し、頭上の電光看板が瞬いていた。

 街頭テレビが流す音楽がどこからか混ざって、世界全体がざわざわと震えているようだった。

 喧騒の余韻を残す湾仔の夜、二人は無言のまま歩いていた。

 夜の方が見えないものも見えるらしい──

 ケイは手持ち無沙汰な様子で、スマホの羅盤アプリを開いたまま、画面をくるくると回していた。

 その動きが気になった佐久間が尋ねる。

「それ……何か意味があるんですか?」

「羅盤。風水師の基本道具ってやつ。まあ、これはアプリ版だけどな」

 ケイは画面を傾けながら続ける。

「建物の気の流れを見てる。コンパスと違って、これは風水的な方位と磁場の揺れも拾ってくれる」

「……そんなの、スマホでわかるんですか?」

「わかるようにしてんだよ。昔は木製の羅盤に真鍮の針だったけど、今は……さっきも見せたとおり、Bluetoothで霊符と連携できる時代」

 佐久間は、いまいちピンと来ていない表情を浮かべながらも頷いた。

「……なるほど……たぶん、理解しました……」

 ケイはにやりと笑った。

「で、そのオフィスビル、場所は?」

「ここから歩いて十五分ほどです。セントラル寄りの再開発地区にあります。三年前に建った新しいビルですが、ここ一週間、何故か夜になると妙な現象が……」

「再開発ねぇ……」

 ケイは鼻を鳴らした。

「そ。たとえば、そのビル。外観はバッチリでも、まだ一部に竹の足組、残してるだろ?」

「……竹の足場、ですか?」

 佐久間は通勤の通り道を思い出しながら答える。

「……あ、確かに。裏手の非常階段あたりに、まだ……ありました」

「それ、たぶんビルが建つ前は土地の気を封じてた結界の一部があったかもしれない。で──工事して、足場取っ払ったら、なにか出てきちゃった、ってワケ」

 ケイは悪戯っぽく肩をすくめたが、佐久間は唖然とした顔でケイを見た。

「……ちょっと待ってください、それ本当に──」

「本当かどうかは、現場で視てみりゃわかるさ」

 ケイのサングラスの奥、瞳がふっと細くなった。


 二人がたどり着いたのは、再開発された一角にそびえる、ガラス張りのオフィスビルだった。

 ビルの足元には照明が仕込まれ、夜でも美しく浮かび上がるように設計されている。

 だが、ケイはその光景をじっと見上げ、短く呟いた。

「うーん……きれいに整いすぎてる。逆に、不自然だな」

 人の気配のないロビーには冷たい空調の風が音もなく吹き抜けていった。

 ロビーの中央に立ち、ケイはスマホの羅盤アプリを起動した。

 画面の円環をなぞりながら、ぽつりと呟く。

「真北がズレてる……干支盤が逆流してるな」

 指先で画面を拡大し、十二支の配置を確認すると、眉をひそめた。

「この配置……建物の中軸が龍脈を断ってる。地面の気を無理やり切って、風だけを流してる構造だ」

「風だけを……?」

「うん。気は本来、龍の背骨、いわゆる龍脈を伝って流れる。ここはその背骨を真っ二つにして、空気だけを循環させてる──気のない風は、死霊を呼びやすいんだよ」

 ケイの声が低くなった。

 その瞬間、ロビーの奥にあるエレベーターが、小さくチンという音を立てて、ひとりでに開いた。

 まるで二人を迎えに来たかのように。

 誰も、乗ってはいなかった。

「…──うちのオフィスがあるのは、十二階です」

 開いたエレベーターを見ながら佐久間が手で指す。

 ケイは無言で一歩踏み出し、乗り込んだ。

 続いて佐久間も乗り込むと、無言のまま十二階のボタンを押した、軽く揺れて、エレベーターは上昇を始める。

「毎晩のようにセンサーが誤作動を起こして、警備が来ても誰もいないんです。監視カメラにも妙なノイズが入ってて……中には赤い服の女を見たなんて言い出すスタッフもいて……」

「赤い服ね。香港じゃ定番のやつだ」

「……え、そうなんですか」

「赤は生と死を両方引っかける色。あと、飛び降りた霊はたいてい赤い服着てるって話もある」

「……やめてくださいって、そういうの」

 チン、という軽い音とともに、十二階の扉が開いた。

 オフィスフロアは消灯されていて、非常灯と、天井のセンサーライトが点滅している。

 整然と並んだデスク。

 コピー機。

 ミーティングルームのガラス壁。

 しかしその静寂のなかに、確かに何かの気配があった。

「鍵、開けます」

 佐久間がカードキーをかざし、自社のオフィスのドアを開ける。

 ケイは入るなり、スマホを掲げて羅盤を起動する。

 アプリの中心がぐるりと回転し、赤と黒の交差点でピタリと止まった。

「……中央の柱だな。そこがこのフロアの軸だ」

 佐久間もそれを見ようと近づいた──その瞬間、天井の照明がパチン、と明滅した。

「……うわ」

 佐久間が思わず足を止めた。

 事務机の列、その向こう。

 そこに── 人の気配が、あった。

 いや、姿があった。

 赤い。

 赤いワンピースの女が、デスクの間に立っていた。

 動いていない。

 ただ、じっと、こちらを見ている──気がした。

「……っ……あ……あれ……っ……赤い服、着て、女の人がっ!」

 声が震える。

 ケイが佐久間の隣に並び、ぽんと肩を叩いた。

「あー、見えちゃったか。こりゃ、マジで出てんな」

「出て……って……あれ、なんなんですか……っ……!」

「赤い女か…たぶん残留型だな。ここで何かあったわけじゃない。引っ張られて来た可能性が高い」

 ケイは視線を向けたまま、指先でスマホの羅盤アプリをタップした。画面の中央に黒点が浮かび、それがじわじわとブレ始める。

「視えるってことは、あんたには素質あるってことだ。ま、今さらだけどな」

「……あれ、こっち来たりは……?」

「いや、今んとこは見てるだけだ。ああいうのはな、触れたら負け」

「負けって、何に……?」

「自分の記憶か、感情か、命か──だな」

 ケイは淡々とそう言って、女の姿から視線をそらさず、佐久間に言う。

「怖くても、目を逸らさないことだ」

 佐久間は躊躇いながらも、もう一度そこに立つ女を見た。

 けれど次の瞬間、何かがフロアの奥でカタリと音を立てたかと思えば、女の姿は、そこには、もう──なかった。

 だが、佐久間の呼吸は浅く、全身に冷たい汗が浮かんでいた。


 “視えるってことは、素質あるってこと”

 “触れたら負け”

 “自分の記憶か、感情か、命か”


 ケイの言葉が頭の中で反響し続ける。


 ──今のは、幻じゃない。

 ──見間違いでも、気のせいでもない。


 いや、でも、そんなことが……。

 足元がふらつく。心臓がやけにうるさい。

 呼吸が、うまくできない。

 さっきの視線が、まだどこかにある気がして、肩をすくめてしまう。

「……な、なんで……俺なんですか……」

 かすれた声が漏れた。

 ケイは一瞬だけこちらを見て、いつも通りの調子で言った。

「さあね。でも霊ってのは、目立つ奴より気づかない奴にくっつくもんなんだよ」

「……気づかない……?」

「そう。ちゃんと視て、対処して、距離を測れる奴はいい。でも、あんたみたいに普通で真面目で、これくらい大丈夫だろって思う奴。そーいうのが、いちばん引っ張られる」

 佐久間は反論もできず、ただ立ち尽くしていた。


 “俺は……俺は、何を見たんだ”

 “なんで俺が……こんなことに”


 脳内をぐるぐると回る思考の渦が、まるで出口のない迷路のように広がっていく。

 ケイはそれを放っておくように、ふいに背を向けた。

「とりあえず、視たもんは視た。なら、次は──原因を探る番だな」

 ケイは事務机の間をすたすたと歩き、床にしゃがみ込んだ。

 スマホの羅盤を床にかざし、何かを見極めているようだった。

「このフロアの気の流れ、どう見ても不自然だ。人工的に整えたはずなのに、ぐちゃぐちゃに歪んでる」

「人工的って……設計段階から、ですか?」

「ああ。たぶんこのビル、風水はちゃんとやったんだ。図面上ではな」

 ケイは指を鳴らすと、デスク下から金属の蓋を見つけて開けた。

 そこにはLANケーブルや配線が通る、ちいさな配電ハッチ。

「でも、現場施工のときにズレてる。この配線の通し方、完全に龍脈を切ってるわ」

「龍脈……」

「まあ、気の流れって思っとけ。で、切れた気がどこに向かうかっていうと……」

 ケイは立ち上がり、フロアの隅へと向かった。  

 社内の供用スペース──給湯室の横に、小さな収納スペースがある。

 ふだんは誰も気にしない、ただの物置。

 だが、ケイはそのドアの前でピタリと止まった。

「……ここだな」

「え、そこ……?」

「この空間、妙に気が濃い。流れが滞ってる。なんかある」

 ケイはスマホの画面を見ながら、ポケットから小さな紙符を取り出した。

 何かの符号が書かれたそれを、指で折りながら呟く。

「開けるぞ。何が出るかは、知らねぇけど」

 佐久間は思わず身構えた。

 カチリ、と収納扉の取っ手が回る。

 ギィィ、と鈍い音を立てて、ドアが開いた。

 中は暗く、小さな蛍光灯が点滅している。

 その奥、雑然と積まれた清掃用具の隙間に、何かがあった。

 ──石像。

 高さは膝ほど、仏像とも神像ともつかない彫刻。

 ただ、顔が削れており、判別がつかない。

 足元には、干からびた線香と、割れた供物皿が転がっていた。

「……像?」

「だろうな。たぶん、地元の業者が地鎮のつもりで置いたんだろ」

 ケイはしゃがみ込み、像を一瞥した。

「でも、供物が切れて久しい。それに、この像──本来ここに置くもんじゃねぇ」

「じゃあ……どうするんですか?」

 ケイはふっと笑った。

「どうもしねぇよ。まだ動きはない。けど──このままなら、そう遠くねぇな」

 その言葉に、佐久間は思わず像のほうへ一歩、近づいた。

 石像は、そこにじっと鎮座している。

 ……ように、見えた。

 だが次の瞬間──


 カタ……カタカタ……ッ。


 何の前触れもなく、像がわずかに揺れた。

 誰も触れていないはずなのに、まるで反応するように。

「っ──」

 佐久間がさらに近づこうとした、その瞬間。

「動くな!」

 ケイの声が鋭く飛んだ。

 振り返ると、ケイが指を立てて制止していた。

 いつもの軽い雰囲気が一変し、目の奥に鋭い光が宿っている。

「今のは触れてほしがってる動きだ。あれに近づいたら、引き込まれるぞ」

「……っ、そんな……」

「まだ起きてない。でも、今のは夢を見てるやつの動きだ。下手に関わると──目を覚ます」

 佐久間は息を呑み、足を止めた。

 像の揺れは止まっていた。

 ただ、さっきまでの静けさとは、確かに何かが違っていた。

 ケイはひとつ息をつき、ボディバッグから小さな布袋を取り出した。

「……応急処置する。しばらくは大人しくなるはず」

 布袋の中から取り出したのは、複数の霊符。

 朱色の筆で複雑な印が書かれているそれを、ケイは像の四方に手際よく貼りつけていく。

 さらにスマホを操作し、Bluetoothで繋がった符の端末に指示を送ると、微かにチッという電子音が鳴った。

「起動完了。これで一応、封じた形になる」

「これで……大丈夫なんですか?」

「仮止めだ。根本は別の場所にある。像は結界の鍵みたいなもんだろ」

 ケイは立ち上がり、再び像を見下ろす。

 霊符の光が淡く瞬き、像から滲み出ていた気が、少しずつ落ち着いていくのがわかる。

「このまま封じときゃ、すぐには暴れない。でも、完全に黙らせるには本体を探さなきゃな」

「本体……って、これじゃなくて?」

「違う。これは置かれただけの像。霊の中心じゃない。多分、地下にある」

 佐久間の喉が、ごくりと鳴った。

「……まさか、地下に……あの女の正体が?」

 ケイのサングラス越しに、わずかに目が細められる。

「さぁな。でも、あいつはまだ──夢の中にいる」

 ケイは軽くボディバッグを探ると、小さな護符をひとつ取り出した。

 折り畳まれた紙に、赤い印が走っている。

「ほら、これ持っとけ。しばらくは寄ってくる可能性あるからな」

「……え、これ、護符ですか?」

「効くかどうかは──お前の気合い次第」

 ケイはにやっと笑った。


 護符を手にしたとき、どこか懐かしいような、冷たいような感覚が走った。

 不意に──忘れていた記憶がよみがえる。

 子どものころ、祖母の家で。

 誰もいないはずの仏間で、誰かが立っていた気がして、金縛りに遭ったように動けなくなった。

 あのときの、冷たい視線。


 ──でも、あれは……夢じゃなかったのか?

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