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すれ違いのその先に


「え? 仲川(なかがわ)?」


「ん? ……?! 中山(なかやま)?! マジかっ!」


「えー! ホントに仲川?! 久しぶりー」


 中途の新人が高校の同級生だった件。

 物語ではありきたりだけど、我が身に起こるとは思わなかった。

 ……何せ、物語の定石(セオリー)通り、ヤツは同級生で……私の初恋の相手なんだから。


「なになにー?! どゆこと?! 仁科(にしな)せんぱい、仲川さんとお知り合いなんですか?!」


 後輩の女の子が目をキラキラ、いやギラギラさせてこちらに迫ってきた。


 にしな……? と呟いた仲川にちらりと視線を上げれば、コチラを見ていたらしいヤツと目が合った。

 ちょっと目じりが下がった切れ長の目と、すっとした鼻梁、色素が薄い唇。

 その唇の右下にポツリとあるホクロが印象的な、優しげな雰囲気イケメン。それが仲川(なかがわ)泰晴(たいせい)の昔から変わらぬ印象だった。


 だけど……。


 スッキリと短めに整えられた清潔感のある黒髪とか。

 紺のピンストライプのスーツは、ヤツの長身にピッタリと合っていて。

 スラリと長い手足と相まって細身に見えるのに、スーツの袖口から覗く手首はがっしりと男らしくて。

 そこに巻かれたスマートウォッチは私と同じ物の筈なのに、全然違う物に見える。

 そんな大人の男性になった仲川が、別人のようで、それでも好きだったあの頃の彼のようで……何だかモヤモヤする。


 あぁ、我ながら執念深い。

 叶わない想いなど捨てて、忘れて、無かった事にすればイイのに。イイはずなのに。


「…しなセンパイ?」


「っ! あ、ごめん。何かな?」


 後輩の女の子に話しかけられて、過去に引き摺られていた意識が戻る。


「だからぁ! わたしが仲川さんに社内を案内してきますねっ!」


 そう言って、フワフワとカールさせたロングヘアと、女性らしいふわりとしたシルエットのスカートを踊らせて、中川の腕に手を添えてあっという間に去っていく。


 ……その光景は、高校の卒業式後に見た光景と被って、チクリと胸を刺した。





「なかや……あー、仁科だっけ? 今は……」


 お昼休み、休憩室でコーヒーを飲んでたら、若干気まずげに仲川が話しかけてきた。

 ていうか、そんな気まずげになる必要ある?


「うん。むしろ私が中山だったって知ってるの、仲川くらいじゃないかなぁ?」


「そ、そうか……。……いつから? ……いつ……」


 最後の言葉が聞き取れなかったけど、まぁ、なんとなく聞きたいことが分かったので答えを返す。


「あぁ、高校卒業と同時にね。というか、私の卒業を待ってもらってた感じだったから……」


 悪い事しちゃったよね、とへへっと笑うと、何故かものすごくショックを受けた顔の仲川がいた。


「そ、それじゃ……高校の時には付き合ってたって事か……?」


「う、うん。そうなる……ね? お付き合い自体は結構前からしてたんだけど、私の成人を待っててくれた感じ」


「そ、そうか……。……相手は……」


「いい人だよー。私の事も大事にしてくれるしねー」


 そう告げるごとに段々顔色が悪くなる仲川。昼食の食べ過ぎでお腹痛くなってきたとか?

 そう言えば昔も……。

 なんて、高校時代の仲川のヤラカシを思い出す。

 文化祭で残ったホイップクリームを一気飲みするなんて、若気の至りが過ぎる。顔中真っ白にして笑ってた仲川の顔を思い出して、ふふっと笑いがこみ上げてきた。

 何故か、そんな私を見てショックを受けた表情をする仲川。仲川の黒歴史を思い出していた事がバレたのかしら?


「そ、そうか……よかった……ヨカッタ……」


 何故かフラフラと覚束ない足取りで去って行く仲川の背を見ながら、今度は高校の卒業式の日の事を思い出していた。


 あの日私は……仲川に想いを告げる予定だった。

 仲川とは高校三年間ずっと同じクラスで、名字が同じ『な』から始まるのもあって、それなりに仲が良かった。

 最初は性別を超えた友人枠だったはずなのに……。

 いつからだろう、仲川に対して特別な想いを持つようになったのは。

 だけど、それまでずっと友人枠として一緒になってバカやってたから、この変わった気持ちは仲川に対する裏切りなんじゃないかとか思ってしまって。

 あっさりと捨てる事も、きっぱりと告げる事も出来ず、私の中に蓄積されていった。


 そして迎えた卒業式。

 

 高校卒業と同時に家の事情で遠くに引っ越すことが決まっていた私は一大決心したのだ。

 決して仲川とどうこうなりたいとか、そんな烏滸がましい事は考えていなかった。

 ただ、高校の三年間、寄せて焦がれて煮詰めて思い詰まったこのぐちゃぐちゃな恋心を、餞別と卒業代わりに告げてもこの日なら許されるんじゃないかなって、自分だけに都合のイイことを考えていた。


 ……だから罰が当たったんだろう。


 仲川を探して校内をうろついていた私が見たのは、告白スポットとして有名な校舎裏で、学年一可愛いと言われている女の子と、キスしてる仲川の姿だったんだから。


 もちろん、私の邪な、不純な、汚い気持ちなんて告げられる訳もなく、私はその場を、その土地を後にした。


 名字が変わるのを良い事に、今まで使っていたスマホ自体も、色々なアカウントも全部ぜぇんぶ白紙にして。

 心機一転もココに極めりってほどに、全部を新しくしたのだ。


 それから六年も経った今、まさか再会するとは思わなかった、ある意味一番再会したくない人と再会するとは思ってもみなかった。

 そしてその結果、私は全然捨てきれてなかった自分の気持ちを突き付けられ、戸惑うことしかできない。


 だから......妙に構ってくる仲川の態度は、なかなかキツイ。

 ついでに、仲川にロックオンしてる後輩ちゃんの視線もキツイ。


 そんな何とも言えない日々が過ぎていく中、転機は訪れた。





「お先に失礼しまーす」


 定時と同時に席を立つと、後輩ちゃんが半泣きで縋りついてきた。……でも多分ウソ泣き。


「にしなさぁん! これ手伝ってくださいぃ!」


 ちらっとパソコン画面に視線を投げるとほぼ終わっていない仕事が。いつもなら手伝うけど今日はダメだ。


「……今日は保育園にお迎えに行くから無理かなー?」


 ガタッと結構大きい物音がオフィスのどこかから聞こえた。


「そんなこと言わないでくださいよぉ! ご両親にお任せしてくださいよぉ!!」


「……そのご両親が行けないから、私が行くんだけど……」


「そ、そこを何とかっ!」


 そう言われてもなぁと困っていると上司の席から後輩ちゃんを諫める声が飛んできた。


「こらっ! それは元々お前の仕事だろう! 仁科に迷惑かけんなっ! 仁科、行っていいぞ~」


 上司の言葉にぺこりと頭を下げて、職場を後にする。後輩ちゃんの今日の合コンがぁ!という叫びは聞こえないふりをした。





「ちょ! ちょっと待って! 中山っ!!」


 足早に街を抜けていると、背後から私を懐かしい名字で呼び止める声がした。


「仲川? どしたの?

 て、あー、ごめん。時間ないから歩きながらでもいい?」


 ちらりとスマートウォッチに視線を落とすと、お迎えの時間まで結構ギリギリの時間だ。

 両親達の職場が近い事もあって決めた保育園だから、徒歩で行けるのはありがたい。


「いや、急いでるとこ悪い。……今から……保育園に迎えに行くの……か?」


「うん、今年中さんでさ。ちょっと生意気になってきたけど、可愛いよ!」


「……そうか……」


 そう言って黙り込んでしまう仲川。ホント最近様子が変だ。

 そしてたどり着いた保育園。

 オフィス街にある保育園だから、ビル内のテナントの一部だ。


「仁科アユムのお迎えに来ました~」


 出迎えてくれた顔見知りの先生にそう伝えると、今呼んできますね~とこれまたにこやかに去って行った。

 

「っ! あのさっ!!」

 

 アユムくんを待つ間、なんだかとても悲壮な顔で仲川が私に呼びかける。


「どうしたの?」


 コテンと首を傾げるも、口を開いたり閉じたりと挙動不審な様子。


「……っ! あの……「おねーちゃぁん!!」 へ?」


 保育園の玄関から弾丸のようにアユムくんが飛び出して、私の足にしがみつく。


「きょうは! おねぇちゃんがおむかえなのっ?!」


「そうなの。ごめんねぇ。パパとママ、おしごとでおとまりだから、きょうはおねえちゃんのおうちでおとまりしよう?」


「うんっ! ……ねぇ、おねぇちゃん。このひとだれ?」


 ニッコニコで飛びついてきたアユムくんが、びっくりした表情のまま固まっている仲川を指差す。


「……お、おねえちゃん……?」


「うん! アユムくんのおねぇちゃんだよっ! おじさんだれ?」


「お、おじさん……」


 無邪気な五歳児にナニカを抉られたらしい仲川をこのまま放置していくわけにもいかず、気づけば自宅へと連れ帰っていた。まぁ、アユムくんもいるしねってこの時は安直に判断してしまったのだ。




「……結婚したから名字が変わったんだと思ってた」


「へ?」


 アユムくんがスヤスヤと眠りに落ちた後、一人暮らし用のテーブルを挟んだ私と仲川の間には、微妙な空気が流れていた。


「アユムくんはお前の子だと思ってた」


「は?」


 流石にこの年で五歳児の母は珍しい部類だろう。ていうか、明らかモテない私がそんな展開ないない。


「俺、お前が好きだ」


「…はっ?!」


「高校の時から好きだった」

 

「はぁぁぁ?!」


 思わぬ展開に、頬が燃えるように熱くなる。

 それでも……その言葉がどこか嬉しいと思う自分もいて。


「卒業式の後、告白するつもりだった。なのに……お前はとっとと帰るし、いつの間にか引っ越してるし、連絡つかねぇし……。

 再会したと思ったら、名字変わってるし、変わった時期は高校卒業したすぐ後だっていうし……。

 今日は保育園に迎えに行くとか言うし……」


 どんよりと頭を下げていく仲川を見て……なんだか気分が高揚してきた。


「……名字が変わったのはシンママだった母が結婚したからだし。お相手のお義父さんは、私が年頃の娘だからって事で、私の成人を待っててくれた優しい人だし。

 アユムくんはそんな二人の間に生まれた、私の異父弟よ?」


「流石にわっかんねぇよ」


 テーブルにおでこが付きそうな程頭垂れる仲川の後頭部に手を伸ばす。

 てのひらに感じる黒髪は、硬質そうに見えて意外に柔らかかった。


「……私も好きだった。卒業式の後、想いだけでも告げようと思ってたんだけど……。仲川が女の子とキスしてるの見ちゃって……」


「はぁっ!?」


 思い切り顔を上げた仲川の顔には何とも言えない表情が浮かんでいた。驚きと喜びと後悔とあとなんか色々。


「あれはっ!! 急に告られてっ! 近づいてこられて!! でも避けたしっ!!」


「学年一可愛いって評判の子だったのに……」


 私の言葉にハクハクと口を開閉していた仲川が、顔を真っ赤にしながら言葉を吐き出す。


「俺は! お前が可愛かった!! ついでに! 今でも可愛いと思ってるっ!

 お前が既婚者でも、ちょっとでも不幸だったら奪ってやろうかって思う位にはっ!!」


「……うにゅー」


 仲川の大声にアユムくんの寝ている部屋から声が聞こえてきて、慌てて仲川の口を塞ぐ。

 ……それがテーブル越しとは言え、二人の距離を近づける。


 緊迫した、それでいて甘やかな空気が近づいてくる二人の間を流れていく。


 仲川の口を塞いでた手をそっと握られて、ちゅっと僅かな擦過音を立てて、二人の間の距離がゼロになる。


「……今でも…いや、仕事してる大人の女性になった中山も好きだ。だから俺と……」


 少しだけ隙間の開いた二人の間を仲川の言葉が通り過ぎていく。


 だから私は……。


 テーブルを飛び越えて、真正面から仲川に抱きついたのだった。

 

 

 

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騙された!騙された!騙された! この感情はどこにぶつければ! 末永く仲良く暮らしやがれ!
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