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後編


 後編



 不動閣に滞在中、弥生と刹那は他の情報を仕入れる為に町の中を手分けして歩き回っていた。求めていた情報も入手することが出来、夜は旅館の庭で花火を楽しむ事にした。


「弥生は、そのドラゴン花火が好きだね 」


 弥生は地面に置いて火花が高く噴出するドラゴン花火に好んで点火していた。


「だって華やかで良いじゃないですか この花火を見ていると心が癒されるんですよ それより、刹那こそ線香花火ばかりで意外ですね 」


「この儚さがたまらないんだよね 最後にポトッと落ちるところなんか涙が出てくるよ 」


「成る程、蓬莱刹那は名前の通り刹那的なんですね 」


「勿論さ、弥生 どんな時でも大切に生きなければね 悔いが残る人生にはしたくないからね 」


「そうですね、私たちの仕事はいつ命を落とすか分からないですからね 今を大切にしたいですね 」


 弥生はそう言うと、またドラゴン花火に火を点けた。ドラゴンからシューッと青白い火花が大きく噴き上がる。その炎に照らされた弥生と刹那の顔は、この事件を早急に解決する決意に溢れていた。


 2日後不動閣に村岡が訪ねてきた。仲山某が分かったのでこれから伺いましょうと意気込んでいる。弥生と刹那も急いで支度をし3人で、その仲山邸に向かった。仲山邸は広い庭に平屋の大きな屋敷の豪邸だった。そこで庭に水を撒いていた女性に声をかけ、この家の一番の年長者である”仲山美ね”に会いたいと伝える。その女性は突然の訪問で驚いていたが、駐在の村岡が一緒なので美ねの居室に案内してくれた。美ねはもう110歳を超える高齢だが、しっかりとしていて弥生と刹那は驚きながら大正5年の出来事について話をする。


「その”於菊虫(おきくむし)”が現れて町民の皆さんが被害に遭っています ”於菊虫”を成仏させる為に私たちと一緒に古井戸の先まで来てもらえませんか 」


 が、美ねが返事をするより先に、一緒に話を聞いていた庭で水を撒いていた女性が、私が行きますと立ち上がっていた。


「としょ婆様(注1)は高齢です 私も子孫なので問題ないですよね それに首刈り魔の事件の原因がうちだったなんて被害に遭った方に申し訳ないです 私が行く事で解決出来るなら是非もありません 」


 女性は美子と言いますと名乗り、すぐに仕度をして庭に出てきた。一行は古井戸の先の倒れた祠まで行くと”於菊虫”の形相が変わった。


・・・こいつだ だが少し違う ・・・


 自分を陥れた者の子孫を見て”於菊虫”の激しい思念が流れ込んでくる。


「刹那、急いで それでは美子さん、打ち合わせ通り 」


 美子は頷き、刹那は本部から送ってもらった梓弓の弦を弾き始めた。


「彼女は何をされているのですか? 」


 村岡は小さい声で弥生に尋ねる。


「刹那は梓巫女(あずさみこ)でもあるのです 東北のイタコの人や沖縄のユタの方と同様過去の霊を呼べるのですよ その霊を美子さんに憑依してもらって”於菊虫”に本人から謝罪してもらうつもりです 」


 弥生が話してるうちに美子には霊が憑依していた。


「すまん、お菊 私が間違っていた 」


 美子に乗り移った霊が”於菊虫”に頭を下げる。


「ぬううっ、千代 会いたかったぞ お前のお陰で私は罪に落とされた この恨み、ここで晴らさせてもらう 」


 ”於菊虫”はその(かま)のような鋭い前足で美子の首を刈ろうとしたが、千代は後生だからそれは許してくれと頭を下げた。


「私はお前に何をされても構わない けれど、この私の子孫は何の罪もないではないか この娘は許してやってくれ 」


「ふざけるな、私だって何の罪もないのに罪人扱いにされた 貴様の子孫も当然報復を受けるべきだ 」


 ”於菊虫”は前肢の鎌で再び美子の首を刈ろうとするが、今度は弥生が扇子を広げそれを止めた。


「お菊さん、貴方は何人も人間を襲いながら殺さなかった 貴方は本来は優しい人だと思います 千代さんもこうして貴方に謝罪しています 人間というのは弱いものです 時には過ちを犯してしまう事もあるでしょう お菊さん、貴方にとってそれは勿論許せる事ではないでしょう けれど、こんな事になって千代さんも激しく後悔しています この町の中に点在する祠 これは千代さんが貴方を祀る為に一つずつ気持ちを込めて作っていった物 この祠の数をみても千代さんがどれだけ後悔していたのか分かるでしょう 貴方にとって無実の罪に問われた事は誰にも分からない辛い事でしょう でも貴方に無実の罪をきせてしまった千代さんも同じように自分を責めて辛かったでしょう お菊さん、どうかその心を理解してあげて下さいませんか 」


「ふざけるな 私に身寄りがないからと犠牲にしたくせに今さら何を言う 後悔するくらいなら何故私を犯人に仕立て上げたのだ 」


「わしじゃ…… 」


「えっ…… 」


 その場の全員が驚いて後ろを振り向いた。


 そこには家に残って居る筈の仲山美ねが杖をついて立っていた。その美ねに向かって美子に憑依している千代が怒鳴りつける。


「美ねっ、お前は黙っていなさいっ! 」


「いいえ、お母様 悪いのは私 私がお菊さん、貴方を怪しいと言ったのじゃ 子供だった私は貴方が一人で苦労して生きている事など分からなかった 家族も居ないで一人で森の中の家で暮らしている貴方が妖怪のようで不気味で怖かったのじゃ それに、井戸の周りで遊んでいると何時も必ず怖い顔で棒を持って追い払いに来た だから、私がお母様に貴方が怪しいと大袈裟に言ったのじゃ だけど、大きくなるにつれ一人で生きていくのがどれ程大変か分かった 貴方がどれだけ苦労して頑張って生きていたのか それに、わしを怒って追い払ったのは井戸に落ちては危険だからだったと気が付いた 全てはわしが悪いのじゃ わしは死ぬのが怖かった 死んで貴方に会ったら、どれだけ責められるかと思うと怖くて堪らなかった だがこれでわしの心は晴れた お菊さんに会わせてくれたあなた方には心から感謝する 」


 美ねは、お菊に頭を下げ、弥生と刹那に微笑むとゆっくりと静かに、まるでスローモーションのように倒れていった。そして、そのまま動かなくなる。その美ねの姿を全員が言葉もなく見下ろしていた。


「悪いのは私だ 私は生きるのに精一杯で、お前みたいな子供に恐怖を与えているなんて考えた事もなかった 私の方こそ許してくれ 小さな子供だったお前の心に傷を作ってしまって…… 今まで辛かっただろう…… 」


 ”於菊虫”は力なく項垂(うなだ)れると、そのまま体が薄くなっていき消滅していった。そして、千代の魂も倒れた美ねから分かれた魂と共に静かに消えていった。


「としょ婆様っ 」


 意識が戻った美子が倒れている美ねに声をかけるが、美ねはもう動く事はなかった。美ねの顔が、スッキリと憑き物が落ちたような穏やかな顔で亡くなっていた事が救いだったと弥生たちは感じた。



 * * *



 本部に戻った弥生と刹那は如月に結果を報告していた。その時、窓からグラウンドを走るブルマ姿の八千穂と柚希が見えたが、その二人に厳しくしごかれている男性二人も目に入った。


「如月様、あの男性二人は新しい職員さんですか? 」


 弥生が不思議そうに如月に尋ねると、如月は笑いながらいやいやと手を振る。


「海でナンパしてきて、その後弟子にしてくれと泣きつかれたそうですよ それで、無下に断るのも可哀想だから少し鍛えてやるんだと言ってましたね 」


「ありゃ、逆に可哀想だね あいつらにしごかれたら逃げ出すしかないだろうねぇ 」


 刹那が同情した顔で言うが如月はまた手を振る。


「私もそう思ったのですが、もう三日目ですからね 頑張っていますよ なかなか見所がある青年たちですね 事によると…… 」


「事によると……? 」


 弥生と刹那が声を揃える。


「過去に一度だけ存在したとされる”白鬼”と”玄鬼”が誕生するかもしれませんね 」


 如月はそう言うとクスリと笑った。





(注1)曾祖母の意。千葉、茨城や東北地方で使われる方言らしいです。私も子供の頃、使っていました。


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