前編
前編
弥生の元に刹那がやって来た。
「如月様の話は何だったの、弥生 」
「ええ、I県のS町で首を切りつけられる事件が頻発しているそうなのです 警察が捜査しても何の手懸かりが得られないようなので、それで妖怪の仕業とも考えられるので調査に向かってほしいとの事でした 」
「へーっ なら、すぐに行こうよ 町の人、困ってるだろうからさ 」
「それでは、八千穂と柚希にも声かけて…… 」
「あっ、あの二人は今は休暇とって海に行ってるからいないよ お土産忘れるなと言ってあるから 」
「そうですか それでは二人で行きますか 」
こうして西園寺弥生と蓬莱刹那の二人はS町へ向かった。
* * *
「うわっ、暑いねぇ 」
電車を降りてから、さらにバスに乗ってやって来たS町への刹那の第一声がこれだった。白いTシャツに薄いピンクのミニスカートの刹那は、これだけでもうダウンしそうなほど大袈裟に手で顔を扇いでいた。
「弥生はそんな格好でよく暑くないな 」
「これは浴衣ですからね 涼しいですよ 」
「あれっいつもの着物じゃないの? 」
「薄物の夏着物もありますが着物の場合、襦袢も着なければなりませんからね 浴衣の方が涼しいですよ 」
「ふーん よくわからないけど、まあいいや じゃあ、行こうよ 」
蝉の鳴き声が激しく降り注ぐなか刹那はさっさと歩き出す。薄いブルーの金魚の柄の浴衣を着た弥生も後をついて歩きだし、まず駐在所に向かった。駐在所に着くと村岡という駐在さんが冷たい麦茶を出してくれ二人はそのあまりの美味しさに感激したが、まずさっそく気付いた事を切り出す。
「来る途中、祠をたくさん見かけたのですが、何か謂れがあるのでしょうか? 」
「この地域には昔から噂があるのですよ 夏の暑い夜には首刈り魔が人の首を刈って歩くというんですな それから守る為の祠だとお年寄りの人達は言っています まあ、暑い夏の夜にはおかしな奴も出歩きそうだから外に出るなという戒めだと思うのですがね 」
「それでは事件の捜査の進捗は? 」
「切られた者はみんな一人の時に襲われて犯人を見ておりませんが、”違う”という言葉を聞いたそうです それと襲われた場所が町外れの森の中を通る道に集中しているので、今は規制線を張って通行を禁止しています 他には手掛かりらしいものがありませんで それで、もしやと思い魍魎討伐者の皆さんに連絡した次第です 」
「成る程、分かりました それでは私たちに規制線の中に入る許可をいただけますか 」
「ええ、それは勿論 ですが大丈夫ですか? かなり危険だと思いますが 」
「御心配ありがとうございます でも大丈夫ですよ 私たちは危険には慣れていますので 」
駐在所を後にした二人はすぐに町外れの森に向かい通りに張られた黄色い規制線を目にする。そして、それを潜って中に入った。途端にそれまでの雰囲気とガラリと変わり濁ったどす黒い気配が漂う。
「なんだか嫌な汗が出てくるね 」
「油断しないで下さい ここはもう敵のテリトリーの中のようです 」
刹那は背中に背負っていた獣刀を握り、弥生も帯から扇子を出し広げた。すると何か小さなものが首を狙ってヒュッと飛んでくる。弥生と刹那が扇子と獣刀で叩き落としてみると、それは”つつが虫”と呼ばれる妖怪だった。そして、続けて大量の”つつが虫”が襲ってきた。まるで、それが死神の持つ巨大な黒い鎌に見える程の数である。
「斬舞”伊邪那美” 」
両手に広げた扇子を持った弥生が独楽のように高速で回転する。襲ってきた”つつが虫”は次々に叩き落とされていった。
「裏蓬莱抜刀”サターン” 」
刹那の獣刀から発せられた何重にも重なった環の斬撃が”つつが虫”を一閃する。二人の技で”つつが虫”は殲滅されていた。
「コイツらが実行犯ってところかなぁ 」
「そうでしょうね、でも操っていた何かがまだいる筈です 」
弥生と刹那はさらに奥に進んで行くと古びて枯れた井戸があった。
「どうしてこんな所に井戸が? 」
「昔は共同の水汲み場だったのかも知れませんね 」
二人は一応井戸の周辺を調べたが、妖怪が潜んでいる気配はなかった。そして、さらに道を進んで行くと、祠が倒れていてその奥にそれはいた。巨大な芋虫のような体に人間の頭がついている。
「うわっ 私、こういうグニョグニョした虫系は苦手 」
刹那が目を背けるようにして言うが、弥生は冷静に見つめ正体を見極めようとしていた。
「この妖怪は”於菊虫”ですね 江戸時代に現れたという記録が残っています 生活が苦しくて、つい盗みを働いてしまい、捕まって処刑されたのが悔しくて化けて出たようですが 」
「とにかく、こいつを倒せば一件落着なんだよね 」
刹那が獣刀を構えて技を発動しようとするが、弥生はそれを止める。
「待って下さい、刹那 ”於菊虫”は倒してもまた復活してしまいます ”於菊虫”はこの世に悔いや恨みを残して亡くなった者が成仏仕切れずに妖怪化したモノです この妖怪を本当に倒すなら、その恨みを消して成仏させる必要があります 」
「恨みなんてどうやって探るの? 」
「おそらく、さっきの古井戸 あれが関係していると思いますよ この周辺には他に怪しい場所はありませんでした きっと、あの井戸に因縁があるのだと思います 」
「そうか でもどうやって調べるつもり? 」
「駐在さんに戻りましょう でも、その前に…… 」
弥生と刹那は印契を結ぶと真言を唱え、結界を張り”於菊虫”の動きを封じる。
「これでしばらくは安全でしょう それでは急ぎますよ 」
駐在所まで戻ってきた二人は村岡に経緯を話し、この町の古い資料を探してもらう。
「あの森の井戸が使われていたのは相当前ですな これにも記載が無いという事は”昭和”ではないという事か 」
後半は独り言のように呟いた村岡は、さらに古い資料を開く。
「弥生、昭和の前ってなんだ? 」
「んもぉ、それくらい分からないのですか ”大正”ですよ 」
弥生が呆れたように言うが刹那は、ふと何かに気付いたようで村岡の邪魔をしないように小さな声で弥生に言う。
「そんな昔の話しになるなら、私の弓もあった方が良いかな? 」
「そうですね 本部に連絡して急いで届けてもらいましょう 」
「あったぞ 大正5年だ みんなが共同で使っていたあの井戸が突然枯れている 」
村岡が興奮して叫ぶように言う。その資料に書かれていた内容は、大正5年8月、それまで普通に使用していた森の井戸の水が突然枯れ、汲み上げる事が出来なくなり誰かが水神様の怒りをかったのだと一人の女性が先頭に立ち犯人探しが始まった。そして、お菊という女性が犯人として捕らえられた。お菊は何もしていないと訴えていたが、先頭に立っていた仲山某がお菊で間違いないと断定し私刑が行われ、その結果お菊は枯れた井戸に飛び込んで自殺してしまった。後に井戸が枯れた原因は地震で水脈が塞き止められた為と判明し、別の場所に新しい井戸が掘られ人々の生活は元に戻ったとある。なぜ、お菊が犯人だとされてしまったのか。それはお菊が身寄りのない一人身だったからなのではと記載されていた。
「ひどい話ですな こんな事が108年前にあったとは…… 」
「まったく、やりきれないですね おそらくあの妖怪はここに書かれているお菊で間違いないでしょう そこで村岡さん この仲山某という女性の子孫の方を探してもらえませんか 」
「分かりました ただこの町で仲山姓の方はたくさんおりますので2、3日時間をください 」
「分かりました 私たちもその間に準備を整えておきます ”於菊虫”は結界で捕えてありますので安心して下さい 」
弥生たちが駐在所を出ようとすると奥から村岡の奥さんがスイカを1玉持って出てきた。そして、暑い中御苦労様です。このスイカ、ここで採れたものですので是非お食べになってください。それと御滞在されるようなので宿を取っておきました。この先に不動閣という旅館がございます。そちらにお泊まりになって下さいと笑顔で言う。そこへ白い自転車にまたがった村岡が出てきた。
「それじゃ行ってくる 」
「行ってらっしゃい 」
村岡を見送る奥さんの笑顔に弥生たちもなぜか胸がほっこりしていた。
「駐在さん夫婦って良いね 」
「そうですね 本当に地域密着で素晴らしいですね 」
紹介された不動閣へスイカをぶら下げて歩きながら弥生と刹那は何となく気分が良くなっていた。