水中図書館
三題噺もどき―にひゃくろく。
灰色の雲が立ち込める。
太陽はその姿を厚い壁の後ろに隠し、その光をひとかけらも地に落とさない。
どこまでも暗く、思いその空から。
1つ1つ。
水が落ちてくる。
「……」
それは少しずつ勢いを増し、数を増やす。光の代わりだとでもいうように、地に落ち続ける。
その中を、人々はあちらへこちらへ。走り掛けていく。
雨具を開くものも居れば、被るものもいる。急な来訪だったのだ。まぁ、対応もまちまちだろう。
「……」
人々があわただしく歩くその中を、1人。静かに歩いている。
もちろん、雨具を開いて。何せ、水が降り始めてから外に出てきた人間なもので。それで、雨具を持たないのは、単に持っていないかモノ好きかだろう。
それに今は手ぶらではない。いや、雨具を持っているから手ぶらではないのは言うまでもないのだが。濡れてしまうと困るものを抱えているので、雨具を持たないわけにはいかないのだ。
「……」
一応ビニール袋に入れたうえで、鞄に入れて抱えてはいるが、濡れるのは普通に困るし、自分にとってもストレスだ。
借りものとなればなおさらだろう。
個人的な意見だが、そこらの他人より今抱えている“本”の方が大切なのだ。
「……」
まぁそこはいいとして。
さっさと目的地に向かおう。
この様子だと、今日これからはずっとこの調子だろうけど。早めにいかないと閉まってしまう可能性がある。何度かそれで逃した。
「……」
開いた雨具が他人に当たらないよう気にかけながら、人ごみを抜けていく。
靴が多少濡れてきたが、本が濡れるよりはマシだろう。
「……」
ざわざわと蠢く人の中を抜け、一本の路地裏に入る。
そこは不思議と、雨具を広げていても余裕があるほどの広さがある。何ににも引っかかることなく、するすると歩けてしまう。
「……」
そうやって、一本の路地裏を抜けると。
突然開けた場所が目に飛び込んでくる。
「……」
毎度思うが、よくこんな雑踏に開けた場所があるものだと感心する。
何度、ここは別のどこかではないかと思ったことか。
実際そうなのかもしれないが。
それはそれで面白いから、いいかもしれない。
「……」
そこにあるのは、見上げるほどの高さがある巨大なドーム状の建物。
広さ自体はさほど大きくない。きっと。
正確な広さは知らないが。中を歩き回っても疲れない程度だ。
「……」
雨具を閉じ、入り口にある箱の中に立てる。
どうやらすでに数人来ているようだ。
自動ドアをくぐると、そこに広がるのは本の森。
ぐるりと本で囲まれた室内が広がる。
ジャンルごとに分けられた棚。
そこから少し離れたところに、椅子が数台。
「……」
司書さんは居るにはいるが。カウンターで無言で本を読んでいる。
ここに会話はない。お静かにだ。
ペラ―と本をめくる音と。
スーと本を抜く音。
「……」
ポツン――と、雨がドームを叩く音が響く。
「……」
返却するために持ってきた本は、そのまま自分の手で棚に返す。
分からなければ、検索すればいいし。最悪司書にでも頼める。
「……」
一直線に本棚へと向かい、とりあえず今日の返却分をかえす。
そのままの流れで、次の本を手に取り、近場の椅子に座る。
「……」
きぃ―
と揺れるそれは、椅子というには少しあれか。
公園でよく見るような、ブランコと言われるものだ。
1人用。もちろん。
点々と置かれる椅子は、揺れていたり、止まったままだったり。
それはまぁ、人それぞれ。
「……」
軽く足で地を蹴って。
ゆらりと揺れる椅子の上で。
ペラ―と本をめくっていく。
ドームを叩く雨の音が、内側に響き、跳ねて、消えて。
ブランコに乗っているせいか、浮遊感も相まって。
水中にいるように思えてしまう。
「……」
ここは雨の日にだけ開かれる図書館。
返却期限は、次の雨が降る日。
お題:雨・ブランコ・図書館