デイドリーム・スクール
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うーん、やっぱり風呂入った後の布団は、格別ですわあ。
ときおり、こうして横になって思うことがある。俺はあと何回、こうしていられるのかと。
いや、別に体のどこかが悪いってわけじゃないんだ。だがセンチな気分になるときは、つい「残り回数」を考えてしまうんだよな。
人生3万日しかない、という言葉を聞いたときから、俺はどこかリミットを意識するようになってしまっている。住み慣れた環境、扱いなれた道具、そして自分の触れ合った人にも、いつかはさよならをしないといけないんだなあ、とね。
扱い方にもよるが、おそらく家具たちは俺より長く居続けるだろう。心臓が止まると同時に、ご丁寧に灰と化してくれることなんかないはずだ。最後に身を横たえる瞬間も、彼らはずっとあり続けてくれるだろう。
そうして、生きるも死ぬも支えてくれる家具たちだ。何も人間に関する問題ばかりじゃないらしい。
俺の少し前の話なんだが、聞いてみないか?
前の学校にいるとき、俺の周りでは「眠り病」が流行っていた。
ああ、別に「アフリカ睡眠病」みたいな厄介な病を指すわけじゃないぞ。集団でかかるときはあるけれどな。
こいつの訪れは、本当に急だ。たとえば授業中、そうと分からないような睡魔に、突如として襲われる。
覚醒して、机に突っ伏した姿勢をかんがみて、このときはじめて、自分が寝入ってしまったことを知るんだ。だがそれは、自分一人にとどまらない。
まわりのみんなが、自分に前後して目を覚まし出す。先生も同じで、黒板か教卓に寄りかかるような形でまどろみ、ときには俺たちに声をかけられて、はっと起きる始末。
誰も声をあげず、動かず、授業の進まない数十秒。
これが一度や二度ならまだしも、一コマに一度はあるという事態だ。みんながみんな寝不足のデイドリームビリーバーなぞあり得るか?
ホームルームのたび、生徒たちにきちんと睡眠を取るようにと呼びかける先生方は、なぜかどなたも、いつもよりぴっしりした格好。
おおかた、学校から帰ってきた生徒の誰かが「先生が授業中に寝てた〜」などと親御さんにちくり、これまで熱心な親御さんが学校へお小言を伝えにいって、職員会議で議題にあがる……などと邪推してしまうんだ。
しかし、こいつはいったいどうしたことだと、首をかしげるのはロングスリーパーな諸君。
俺とて、当時は11時間睡眠をとる人間。休みの日なぞ一日中寝ていられる自信はあったが、それだけ寝たなら活動している間は、いささかも眠気に襲われない。
あの授業中をのぞいてだ。
有志との情報収集により、どうやらこの奇妙な病気は校舎内のみで起こっていることを確かめる。もし外で運転中、作業中の人にも起こっていたら、いつ大事故が起こるか分からなかったところ。ひとまずは安心。
だが、それならそれで、どうして校内の生徒や先生ばかりなのか?
真っ先に有力視したのが給食。生徒も教員も同じものを食べる給食であれば、その中に何かしらの仕込みをした可能性がある。発覚すれば給食のおばちゃんたちの、立場あやうし。
しかし、この現象は午前中にも起きている。給食で仕込みをしたとて、その効果が食べずして現れるなどおかしい。
ならば、実は俺たちの家庭それぞれがやっているのか? 何か示し合わせて? そうだとすれば、発覚したら今度は両親の立場あやうし。
だが、それなら先生方も被害に遭うのはどういうことだ? 一人暮らしの先生もいると聞いているが、わざわざ自分の料理に毒を盛るのか?
ストレスたっぷりの一日。それを解消するささやかな時間を、わざわざ翌日まで尾を引く効果を持つ毒を優先して、台無しにするのか? あり得ないだろ、普通。
まさか、減給がかかっていたり、人質を取られたりしているのか? だとしたら首謀者であろう、校長先生の立場あやうし。いや、むしろこの学校の立場あやうし。
先生、生徒に妙なものを摂らせていたなど分かったら、今日は警察取り調べ。明日にはお昼のワイドショー。いじめではない不祥事で、全国ネットのさらしもの。
うわ〜、もう外を出歩けないんですけれど〜。
と、俺たちが自由な発想を戦わせているとき、思わぬ筋から情報が入った。
いじめ、とまでいくか微妙だが、別のクラスのいじられっ子からだ。彼は校内でよく、背中へこっそり張り紙をされる、という嫌がらせを受けていたらしい。俺は現場を見ていないから伝聞のみだ。
その日も、彼は背中へ張り紙をされていた。そして例の眠りの時間へいざなわれたんだそうな。
みんなよりわずかに早く目覚めた彼は、身を起こしたときの音で、背中にまた張り紙をされたと悟り、手を回して引っぺがした。
目を丸くする。いじり文句を書いた紙には、赤く小さい、木の字、木の字の鳥にも似た、小さい足跡が浮かんでいたのさ。
紙面の柄なんかじゃない。実際、朱をつけたかのようで、足跡のふちはにじみ、しずくが垂れ落ちているものさえある。
明らかに、何かが触れていった。そう悟った彼は、もう少し調べてみると自分から申し出てきたんだ。
興味もあったのだと思う。俺たちは続報を待つことにしたんだ。
それから一カ月あまり。
彼は例の眠りからの目覚めのとき、服につけられる赤い足跡の数が増えていると、教えてくれたんだ。
背中にとどまらず、肩や腕、腰のあたりにまで、この足跡が広がっていったんだ。そして彼自身も、さほど体調がよくないようだった。
俺たちは彼に休むようにすすめるが、家の両親がそれを許してくれなかったらしい。熱もないのに、休むとは何事か。ずる休みはよくないぞ、とばかりに。
彼も「無理に動かなければなんともないから」と笑っていたものの、その懸念が現実になるのに、時間はかからなかった。
彼は例のデイドリームの最中、本格的に意識を失って倒れた。
即病院に運ばれた彼は、どうも血管関係の異状が見られたらしい。年齢に不相応なほどの血管の老化、それによる臓器への疾患があったとか。
しかし、彼が保健室へ運ばれるまでに、クラスメートの数名は目にしたらしい。
先生に負ぶわれていく、彼の足元。その廊下の表面に、木の字、木の字の足跡がついていったことに。
それからは、例の不思議な眠気はぱたりとなくなった。
あの木の字の足跡の主。あいつらは俺たちを眠らせて品定めをしていたのだろう。自分の家具となってくれる存在を。
今でも彼は重い障害を患い、安静にしている日が多いと聞く。まだ奴らは、彼を手放す気がないんじゃないかと、ふと心配になるのさ。