俺とお前
俺 とお前 の距離が縮まったのはハリコー の元祭 のあの時 だった。
そんなお前がF と一緒になるなんて、千福 もなかなかやるじゃんって思った。そんなことを考えてたら二人でカミナリ に怒られた、空き缶事件 のことも思い出して、自然に笑っちまった。
当時 は俺も若かったけれど、今はもう立派な大人だ。
心から素直に「おめでとう」と言える。でもお前には「コング 」のほうがお似合いか。俺にしか通じない言葉 だな。久しぶりに使った。
Fがジック と別れたと聞いたとき、俺も本当は心が動いた。
でも一番Fを思い続けていた のはお前だったんだな。
お前とFはジョウ に行くんだろ?
俺は変わらずトコ にいると思う。
たまには顔見せに来てくれよ。その時はドーダン 持ってこいよ!
それじゃあ末永く幸せにな。
※1 “俺”
長谷川太一。三十歳。男性。小さい頃の夢はラーメン屋だったが、今は福祉施設職員をしている。好きな食べ物はハンバーグで。びっくりドンキーでは“おろしそバーグディッシュ”をよく注文する。少しバカっぽいけれど、運動神経が良く、爽やかな感じが憎らしい。
※2 “お前”
杉浦浩紀。三十歳。男性。ずっと車が好きで、今はバスの運転手 をしている。チョコレートが大好き。おとなしい性格だけれど、お笑いが好き。
※3 “ハリコー”
張本高校の略称。太一と浩紀はこの高校出身で、二人のような地元民はハリコーと略している。最近校舎が新しくなった。二人が通っていたのは旧校舎は新校舎の裏にまだ建っていて、お化け屋敷同然の扱いを受けている。
※4 “元祭”
ハリコーの文化祭、元気祭の略称。田舎町の高校なので、地元の人たちも毎年楽しみにしている。
※5 “あの時”
にぎわう元祭の中、一人で本を読んでいた浩紀に太一がなんとなく声をかけた。
「一人でしてんの?」
「本読んでる」
「面白いの?」
「元祭よりは」
この何気ない会話から二人は友情を育てていった。
※6 “F”
中川文子のあだ名。太一と浩紀と同級生の女性。顔も頭もいいが、口うるさく、二人にとってはお母さんみたいなやつ。小さい頃の夢はお花屋さんで、その夢を一度は叶えた。
※7 “千副”
地元のお寺、千副寺のこと。古びたお寺で、地元民しか知らない。子供たちはよくここで遊んだりしている。
※8 “カミナリ”
お寺の住職のこと。すぐにかっとなる性格から、地元の子供たちからカミナリと呼ばれている。本名は田中仁。趣味は演歌を聴くことと、吉永小百合の作品を観ること。
※9 “空き缶事件”
太一と浩紀の二人が千副寺のお賽銭箱に空き缶を並べ、石を投げて遊んでいたところ、それを見つけたカミナリにこっぴどく叱られた、という二人の思い出。
※10 “当時”
高校二年生の夏。どんな大人になるかなんて考えもしていなかった、そんな頃。
※11 “コング”
コングラチュレーションの略。おめでたいと感じたときに、太一と浩紀は使っていた。
※12 “俺らにしか通じない言葉”
コングもそうだが、太一と浩紀は二人だけの暗号みたいなものを作って遊んでいた。中二病みたいなもの。他にはインタレ 、ディフィ 、デリシャ 、など。とにかく英語の最初の部分だけを言う遊び。
※13 “ジック”
林軸のあだ名。男性。太一たちの同級生。高校の頃からモテる男で、彼女をとっかえひっかえしていた。しかし大学を出るころ、文子と付き合い始め、おとなしくなった。
※14 “思い続けていた”
太一も浩紀も実はずっと文子のことを好きだった。だけれどそれを二人は打ち明けられずにいた。しかし太一と浩紀と二人で千福寺に行ったとき、浩紀はお賽銭を投げると「文子と結ばれますように」と声に出して手を合わせた。太一は「千福じゃむりだろ」と言ったが、内心驚いていた。そしてその時、太一は文子を諦めた。
※15 “ジョウ”
太一たちの住む市内の大きい駅のあるあたりの、栄えたところの愛称。上等な場所という意味で“上”とよばれるようになったという説が有力候補。
※16 “トコ”
太一の住んでいる地域の愛称。この愛称については説はなくだれがいつ頃呼び始めたのかも不明。
※17 “ドーダン”
市の名物“どんぐり団子”の略称。トコには売っているところはなく、ジョウまで行かないと買えない。どんぐりとあんこを混ぜた人気の一品。
※18 “バスの運転手”
路線バス。ジョウの駅からトコの営業所までをつなぐ、地元民に愛され続けているバス会社。
※19 “その夢を一度は叶えた”
憧れの花屋で働き始めた文子だったが軸と結婚をすると、「働くな。家にいろ」と軸から言われ、泣く泣く退職した。それから軸に対して文子は不信感や不満を持つようになり、結局は離婚した。
※20 “インタレ”
インタレスティングの略。面白いと感じたときに、太一と浩紀は使っていた。
※21 “ディフィ”
ディフィカルトの略。難しいと感じたときに、太一と浩紀は使っていた。
※22 “デリシャ”
デリシャスの略。美味しいと感じたときに、太一と浩紀は使っていた。