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9.ノーゼット村

 ガットラットが住んでいるというノーゼット村は山奥にあった。

 整備されているとは言い難い道のりで、冒険者を引退した後、どうしてガットラットがそんな辺鄙な村に住む道を選択したのかが僕には分からなかった。

 いや、分かるような気もした。理屈では分からないけれど、冒険者を引退した時の彼の表情を思い出すと何故か納得できる気もする。

 北にある村なので、当然、気温は下がる。比較的南出身だろうエルーは寒さに慣れていないと思って高めの防寒着を買っておいて良かった。暖かそうにしている。可愛く似合っているし。

 ノーゼット村に行く為、山へと続く道に入ろうとしている時、「熊が出るから気を付けろ」と麓の村の人から注意された。できるなら入らない方が良い、とも。山道で何人もの人が化け熊に襲われているのだそうだ。

 その山には、レッドカブトと呼ばれる赤い毛の頭を持つ化け熊がいて、その熊をボスとして五、六匹の熊が群れをつくっているのだとか。

 その話を聞いても僕は怖気づかなかった。熊に備えて予め爆弾を用意しておいたのだ。僕一人ならなんとでもなるが、エルーを守り切れるかどうかは分からないと思ったからだ。彼女には爆弾を持たせて、危なくなったら魔力を込めて熊に投げるようにと教えておいた。

 もっとも、それほど心配してはいなかった。そんなに簡単に熊が襲って来ると言うのなら、ガットラットならもっと慎重に助けを求めて来るだろう。

 山道は険しかった。明らかに北の植生の特徴を示していたが、森は深く木々が生い茂っていた。ただ、熊の巨体を隠せるのに適した場所はそんなに多くはなかった。これなら警戒さえすれば安全に進めると考えたのだが、しばらく進むと岩場になった。隠れていきなり襲いかかるのには絶好のポイントだ。もしその熊達に知恵があると言うのなら、待ち伏せしている可能性は充分にある。

 僕は身振り手振りでエルーに爆弾を用意しておくように指示を出した。彼女は直ぐにそれを理解して爆弾を取り出す。もちろん、念の為だ。僕はガットラットを信頼している。

 が、その考えは甘かった。

 大きな岩の影を通った時、大きな黒い熊が二頭、僕らを挟み込んで襲いかかって来たのだ。ただ、エルーに爆弾を準備させておいたお陰で無事に済んだ。迫って来る熊に向けて彼女が爆弾を投げると見事にそれは命中した。山中で使うので火薬量は抑えてあったのだが、熊にとって想定外の攻撃だったからか、急所に命中したらしく、その爆撃をまともに受けて倒れてしまった。

 もう一匹には僕が対処した。爆撃の魔法を放つ。魔法耐性があると聞いていたので、威力の高い魔法にしたのだ。が、なんとそれにも熊は耐え抜いてしまった。ただ、その爆撃魔法で怯んだ隙に、風の魔法を使った高速移動からの鋭い斬撃を入れると、敵わないと見たのか慌てて退散していった。

 確かに恐ろしい熊のようだけど、それほど苦労せずに撃退できた。これならガットラットと組めば問題なく退治できそうだ。

 そう僕は思ったのだけれど、その時、遠くの崖の上で、そんな僕らの様子を観察している一際大きな熊の姿を見つけたのだった。

 黒い身体に赤い毛の頭を持っている。

 レッドカブトだ。間違いない。

 レッドカブトはそのまま直ぐに姿を消してしまったが、僕はその行動に不気味な予感を覚えたのだった。

 この予感が気の所為であってくれれば良いと、そう願いながら僕は足を進めた。

 

 ノーゼット村に辿り着くと、ガットラットは破顔した顔で久しぶりに会う僕を温かく迎えてくれた。

 「おお、ロメオ! すっかり逞しくなかったな!」

 「大して変わってないよ」と、それに僕。

 彼の金髪のひげ面は相変わらずだったが、依然より雰囲気も体型も少しばかり丸くなっているように思えた。ただ、相変わらずトレーニングは続けているようで、戦闘は忘れていない事が何気ない仕草から感じ取れた。

 彼は一緒に来たエルーを見ると、「遂に、お前もか」なんて言って来た。何が“遂に”なのかがまるで分からない。

 彼はそれから村を軽く案内してくれた。北の、しかも山中にある村だからか、家は低く積雪にも耐えられるがっしりとした造りのものが多かった。

 エルーはまだ僕らの言葉は喋れない。ただ、それでもなんとなく意味は理解できるようになって来たようで、僕がここに何をしに来たのかも分かっているようだった。

 なんとなく、心配そうにしているように思える。

 ガットラットは明るく振舞っていたが、村の雰囲気ははっきり言って暗かった。化け熊の被害が相当に深刻であるらしい。

 ただ、エルーは生来の人懐っこさによるものか、文化の差を乗り越えてそんな村人達にもすっかりと溶け込んで、周囲に笑顔を与えていた。僕なんかよりも遥かに馴染んでいるのには驚きだ。

 道中で熊に襲われた話をすると、ガットラットは苦々しい顔で言った。

 「悪かったな。俺が甘かったんだよ」

 「どういう事?」

 「どうもレッドカブトは、山道を通ってこの村に助けが来るって学習しちまったみたいでな。この村に続く道を見張るようになっちまったみたいなんだよ。まさか熊がそこまでするとはな。

 お前達が無事で良かったよ。しかし、爆弾なんてどこで手に入れたんだ?」

 僕はそれに「作ったんだよ」と返した。

 「作った?」

 「うん。ちょっと前にいたパーティにそーいうのに詳しい奴がいて」

 実は爆弾を作る技術はオボルコボルに習ったのだ。嫌な思い出はあるが、それでも一応はあいつらとの関りは僕にとって糧になっているらしい。

 それから何故か腑に落ちないといった表情を浮かべると、ガットラットは金色のひげをさすりながら言った。

 「しかし、おかしいな。麓の連中にちゃんと熊に襲われるって伝わっているはずなんだが……」

 「ああ、うん、ごめん。それ、ちゃんと言ってた」

 ガットラットを信頼しているあまり麓の人の話をあまり信じなかったとは流石に言えなかった。

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