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6.悪魔崇拝?

 僕らは近くの村に辿り着き、宿で一晩だけ休むと、次の日に図書館に出掛けた。一目で異人種と分かるエルーは奇異な目で見られていたけど、冒険者の僕が連れているからかそれほど怪しまれなかった。冒険者の中には、異人種を奴隷として売って収入を得ている者もいるのだ。

 少し心配したが、図書館の中で彼女は大人しくしてくれていた。図書館独特の静謐な雰囲気を察したのだろう。ただ、それだけじゃなく、どうやら本が珍しいようで、図鑑を開いて夢中になって眺めている。2千年前はきっと紙はなかったか、あっても貴重だったろうから無理もない。

 どうして僕が図書館に来たのかというと、調べ物がしたかったからだ。エルーが描いた悪魔バフォメットに似た絵。あれが何なのか知りたかったのだ。

 彼女の描いた半人半獣の異形の怪物の絵を見た時は悪魔だとばかり思ったのだが、冷静になって考えてみれば、悪魔バフォメットが描かれるようになったのはせいぜい百年か2百年くらい前だろう。正確な年代は知らないが、少なくとも2千年前にはなかったはずだ。それにちょっと違っていたし。

 ――ならば、あれは悪魔なんかじゃなくて、もっと他の何かじゃないのか?

 もしも悪魔の類だったなら、エルーは悪魔を崇拝する部族の人間である事になる。退治するか、捕らえてアスタリスク教に引き渡す必要があることになってしまう。

 だから、なんとしても僕は彼女の絵の正体を知りたかったのだ。

 何冊か古代の神話や昔話の本を探して、ようやく彼女の描いた絵と似たような姿の怪物の挿絵を見かけた。“これだ!”と思う。ただ不親切にも、その本にはその絵が何を描いたものなのか絵の近くには示されていなかった。長い文を読まなくちゃならない。気が逸ってそこに書かれた文章を読む気にはなれなかった僕は、図書館の司書を呼んで質問をした。

 「あの…… 悪いのですけど、もし知っていたら、この絵が何なのか教えてもらえませんか?」

 こういうのは詳しい人に訊くのが一番なんだ、やっぱり。

 司書の人は、多少は驚いた様子だったけれど、「はあ、見せてもらって良いですか?」と言って眼鏡をかけた。

 その人は女性で、名札にはランポッド・グリースと書かれていた。いかにも司書が似合いそうな人だった。ランポッドさんは「ふむ」と言って軽く本を眺め、それから直ぐに「これは牧神パンですね」と教えてくれた。

 「牧神パン? 神様って事ですか?」

 「はい。アスタリスク教の神ではないですけどね、もちろん」

 アスタリスク教は一神教なのだ。当然、そんな神はいない。

 「それは邪悪な神ではないのですよね? 実は知り合いがこれに似た絵を描いていまして、ちょっと不安になって」

 「邪悪ではないですね。ちゃんとした神様です」

 僕はホッと胸をなでおろす。

 「良かった。悪魔バフォメットに似ていたから、心配していたんです」

 ところがそれを聞くと彼女は「まぁ、ある意味ではバフォメットだとも言えるのですがね」なんて言って来た。

 「はい?」と、それに僕。

 「やっぱり悪魔なのですか?」

 「いえ、そういった意味ではありませんよ。間違いなく牧神パンは神です」と彼女はそれに応えてから周囲を見渡し、近くに誰もいないのを確認してから小声で言う。

 「バフォメットは、異教の神であるパンを貶める為に、アスタリスク教が創作した悪魔とも言われているのです。つまり、バフォメットの元ネタがパンなのかもしれないのですね」

 その説明に僕は驚く。

 つまり、アスタリスク教による他の宗教に対するネガティブキャンペーンという事だろう。

 「まぁ、牧神パンには“好色”という特性もあったようですから、アスタリスク教から問題視される理由はあるのですが」

 僕は少し考えると、こう尋ねた。

 「その牧神パンは、古くから伝わる神なのですか?」

 「ええ、かなり古いですよ。起源は定かではありませんが、恐らく古代にはパンと似たような神も崇拝されていたのではないかと思われます。

 アザゼルという悪魔を知っていますか? これもパンと似たような姿で描かれる場合があるのですが、名前に“el”の文字があります。この文字は古くは神を意味していたとする説もあります。それが本当だとするのなら、かつてアザゼルは何処かの地方で信じられていた神であった可能性もあります。アスタリスク教によって悪魔とされてしまいましたがね。

 まぁ、つまりは、パンに類する神が古代には様々な地方で信じられていた可能性があるのですよ」

 それを聞いて僕は複雑な気持ちになった。取り敢えず、エルーが悪魔崇拝者でない事は分かった。しかし、アスタリスク教にとってはそれでも問題があるようだ。

 ただ、ならばアスタリスク教の味方をすれば良いかと問われれば、どうとも返せない。正直、他の宗教を貶めるアスタリスク教のやり方には賛同ができない。

 そんな僕の様子を見て取ったからか、ランポッドさんは言った。

 「一応、アスタリスク教を擁護しておきますが、このような卑劣な手法は数多くの社会で観られるものです。

 王権神授説って知っていますか?

 古代の国家の王は、自分が王として人民を治めるのは神から与えられた権利だと主張したのです。もちろん、人々を大人しく従わせる為の嘘でしょう」

 「はあ。なるほど。でも、それらは社会を成り立たせる為には、仕方ないという側面もあったのじゃないですか?」

 「確かに、方便としても捉えられます」

 それから僕はエルーに視線を移した。多くの社会で、権力者達の虚栄心を満たす為の嘘がまかり通っていたのは分かる。しかしならば彼女達の民族はどうなのだろう? 否、彼女自身は…… どうなのだろう?

 僕の視線に気が付いたのか、エルーはこっちを見て笑顔になった。屈託のない可愛い笑顔だった。

 そこでランポッドさんが言った。

 「それにしても、あなたのお連れの方、随分と珍しい人種ですね。私でも知りません。どの辺りの方なんですか?」

 僕はその言葉に心臓が縮み上がった。

 この司書のランポッドさんは、どうもかなりの博学のようだ。エルーの正体に気が付いてしまうかもしれない。

 「いえ、僕も詳しくは知らないのですが、南方の国の出身だったはずです」

 そう言うと、僕は「そういえば、まだ用事があったのです。そろそろお暇させてもらいます」と告げて席を立った。勘づかれる前に逃げたかったのだ。

 エルーは図鑑に夢中になっていて、まだ眺めていたがったが、半ば無理矢理に外に連れ出した。

 エルー…… 君が復活した魔王だと知られたら非常にまずいんだよ。どうか分かってくれ。

悪魔バフォメットの元が牧神パンであるという説、悪魔アザゼルがかつては神だったという説はいずれも本当にあります。

悪魔バフォメットに関しては、検索すればヒットすると思いますが、悪魔アザゼルは『魔法 その歴史と正体 カート・セリグマン 人文書院 (51ページ辺りから)』という本に載っていました。

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