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4.魔王退治のミッション

 ――僕は深い森の中を歩いていた。

 どういう風に植物群落が遷移を経ればこうなるのかは分からないが、大樹ばかりが立ち並んでいる。ただ、陰樹の森という訳ではなく、森の底にも薄い光が届いていて、その上湿度が高いので苔が繁茂していた。大樹の根や、岩肌などが苔で覆われている。

 苔は水を浄化してくれるのだという。だからだろう。森を流れる小川の水はとても美味しかった。

 魔王が復活する事を記した石碑が初めに発見されたのは、この森であると推測されている。その話が本当なら、魔王はこの森の何処かで眠っている可能性が高い。

 僕は樹齢三千年から五千年といった、後少しで枯れそうな旧い巨大な樹木を探していた。

 僕の考えが正しければ、そこに魔王は眠っているはずなのだ……

 

 “魔王復活の阻止”に多額の懸賞金をかけたのはアスタリスク教の教会だった。発見された古代の石碑に刻まれた古代文字を法王が解読したらしいのだが、そこには『巨大な力を持った最強の魔王が2千年後に復活をし、魔族を再興させるだろう』と書かれてあったというのだ。

 そして、学者達の推測によれば、その石碑が作られてから後少しで2千年が経つ。

 それが本当であるのなら、何としても阻止をしなくてはならないだろう。

 ただ曖昧な情報である上に、それなりに費用がかかるからか、国は軍を動かすのに消極的だった。どれほどの脅威かも分からないのだから、普通に考えるのならそれが常識的な判断だろう。

 その国の態度に業を煮やした教会側は、自ら冒険者達を使って魔王の復活を阻止する事に決め、多額の懸賞金をかけたのだ。

 ただ、この話を信頼していない者も多い。

 その魔王が何者なのかは分からないが、超長期間、仮死状態で保存する技術が2千年前にあったとは思えないというのがその最大の理由だ。そもそも魔族達が暮らしていただろう巨大な古代の遺跡は発見されていないのだ。その為、仮に魔族が存在していたのだとしても、その規模は百人から2百人程度、どんなに多くても5百人くらいだと思われていた。

 ならば、その魔王が本当に存在しているのだとしても、そこまでの脅威にはならないのではないだろうか?

 多額の懸賞金がかけられていると言っても、本気になって魔王を探す冒険者は少なかった。何しろ魔王が復活する正確な時期すらも定かではないのだ。魔王を探している暇があったら、少額でも他のミッションをこなしていた方が堅実なのだ。

 ……僕だって、キーザスの冒険者パーティに所属している間で大金を貯められていなかったなら魔王なんか探していなかった。いくらキーザスに卑怯な手段で負けた事が屈辱で「あいつらよりも先に魔王を倒したい」と思っていても、流石に生活の方が重要だ。いるかどうかも分からない魔王にかまけている暇はない。

 ――ただし、僕には魔王を探す為のあるアイデアがあったのだけど。

 大した文明も持っていなかった2千年も前の魔族とやらに、超長期間動物を保存する技術があったなんて話は信じられない。

 もしそんな技術を持っていたなら、魔族はもっと繁栄していたはずだろう。

 だが、魔族には無理でも、他の存在になら可能であったのかもしれない。例えば、何千年も生きているような巨大な樹木だとか。

 

 アリ植物という植物が存在している。これはアリに自らの身体を棲家として提供する事でアリに自身の身体を守らせている植物で、早い話がアリと共生関係にある。

 僕はガットラットの冒険者パーティにいた頃に、その人間版を見た事がある。樹木の世話をし、共生関係を結んでいる森の部族がいたのだ。

 “共生関係”と言っても、僕の目にはそれは樹木達を上位にした主従関係のように見えた。樹齢を重ねたその樹木達には強い魔力があり、霊の気配を感じ取れる程だった。その部族の人間達は樹木達と会話もできたようで、命令に従っていた。神格化した樹木と表現しても良いかもしれない。彼らはそんな樹木に依存して生きており、樹木がなければ生活すらもできないようだった。

 僕はそんな彼らに“プライドがないのか?”と苛立ちを覚えたのだけど、確かにその協力関係に価値はあって、彼らはその神格化した樹木の力を借りれば、高度な魔法を使うことすらも可能だったのだ。

 もっとも、彼らは国の軍に侵攻されて呆気なく敗北し、今では奴隷にさせられてしまっているようだけど。

 とにかく、もし仮に、2千年前の魔族もそれと同じ様に神格化した樹木の力を借りて生きていたとしたなら、驚くべき力を使えたとしても不思議ではない。

 その力を借りたなら、2千年という悠久の時の流れにも抗って、その魔王とやらを仮死状態で保存しておく事も可能なのじゃないだろうか?

 ただし、樹木がそれほどの力を持つのには、かなりの時が必要だ。少なくとも、千年以上はかかるだろう。この森には最大で5千年も生きる樹木もあるのだという。仮にそんな樹木があったとして、魔王を仮死状態にした時が樹齢千年から三千年だとするのなら、今の樹齢は3千年から5千年。そろそろ寿命が尽きる頃だ。石碑で魔王の復活を2千年後と記してあったのは、その樹木の寿命が2千年後に尽きると考えていたからなのかもしれない。

 僕はそう予想を立て、今にも枯れそうな樹齢3千年から5千年といった樹木を探すことにしたのだ。その樹木のどこか…… 恐らくは根の中に護られて、その魔王は眠っている。もちろん本当に魔王が存在していた場合の話だけど。

 もし魔王が復活しても、僕には一人で倒せる自信があった。古代の人類(?)の方が、或いは基本的な身体能力は上かもしれないが、技術力や魔法は現代の方が進んでいるだろう。それに、そもそも仮死状態から復活したばかりの魔王は弱っているはずだ。相手にもならないかもしれない。

 

 いくら森を歩いても、僕がイメージするような巨大な旧い樹木は中々見つからなかった。手には一応、教会が配っている石碑の古代文字の写しを持っている。意味があるかどうかは分からないが、数少ない手がかりだ。そこに書かれている文字と似たような文字が刻まれた遺跡がもしあれば、魔王が眠っている場所の近くである可能性が高い。

 森の樹木達は、余所者の僕を受け入れてくれているのだろうか? 森の中を歩きながらふと思う。気の所為かもしれないけど、彼らは僕を警戒しながらも、好奇を向けているように思えた。

 本当の話かどうかは知らない。

 森の樹木達は、根や微生物達を介して、お互いに栄養素を融通し合っているのだという。彼らは社会的なネットワークを形成して、協力し合っているのだ。

 気温はそれほど高くないはずなのに、そのうちに僕は汗をかき始めた。湿気が強い所為だろう。

 そんな僕を涼めてくれるように、冷たい風が樹々の間をふっと流れて来た。誰かが親切で僕に風を送ってくれたような気がして目をやってみる。すると、そこに白い影があった。目を凝らして気が付く。

 “あれ、爺さんじゃないのか?”

 その白い影は顔を俯かせてうずくまっている高齢の男性のように見えたのだ。“こんな森の奥で怪しい”と思う前に、僕はその老人を心配して駆け寄っていた。

 「大丈夫ですか?」と声をかける。その老人は薄汚れた魔導士のような白い衣服を身に纏っていた。僕の声に気が付いて顔を上げる。かなり痩せていて衰弱しているようだったが、それでも威厳は確りと感じ取れた。それなりの地位にある人なのかもしれない。

 老人は僕の目を見ると、安心したような表情を浮かべた。そして、僕の手を取り、弱々しく頷くと「お前のような者を待っていた。託した」とだけ言った。

 何の事かは分からなかったけれど、直ぐに回復が必要だと判断した僕は、リュックの中からポーションを取り出そうとした。ところがそうしている間で、なんと、その老人は急速に干乾びて砕け散ってしまったのだった。

 まるで、そこだけ、一瞬で何千年も経過してしまったかのように。

 僕は驚いて固まっていたのだけど、そこでメキメキという大木がへし折れるような音が聞こえた。

 危険を感じて、急いで飛び退いた。

 

 ――何故、気が付かなかったのだろう?

 

 見ると、老人がいたすぐ後ろには、樹齢5千年はありそうな巨大な樹木がそびえていたのだ。

 もしかしたら幻術で、今までは隠されてあったのかもしれない。

 その樹木は最後の力を振り絞るかのように、地面を掘り返して倒れていく。その動きは途中で止まったが、樹木の根は石棺のようなものを地上にまで運んでいた。

 たくさんの根がそれを覆っていた。護っているように思えなくもない。

 しばらく呆気に取られていたが、僕は我に返ると直ぐに持っていた石碑の古代文字の写しを見た。思わず唾を飲み込む。石碑の古代文字に書かれているのと似たような文字が、その石棺には刻まれていたからだ。

アリ植物は現実に生息していて、森の木々が助け合っているという説があるのも本当です。

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