3.ロメオの過去
オボルコボルが僕をスカウトしてキーザスの冒険者パーティに招いたのは、かつて僕が所属していたS級冒険者パーティで一目置かれていたからだろう。
ただ、僕がそのS級冒険者パーティの一員になれたのは単なる偶然だった。元から実力があった訳じゃない。幼い子供がヒーローに憧れるような心持ちで、ずっと冒険者に憧れてはいたけれど、憧れは憧れでしかなく、僕は商人の息子で、それに何の疑問も持ってはいなかった。そのまま何もなければ僕は家の後を継いでいたと思う。
しかし、ある辺境の村を商談の為に訪れた際に悲劇が起こったのだ。
その当時、僕はまだ小さかった。父親は家族旅行もかねてその商談の旅に出ていたので、母親も一緒にいた。そして真夜中、僕らの泊っている宿はゴブリンに襲われたのだ。
両親は僕を屋根裏に隠すと囮になって殺されてしまった。後もう少しガットラットの冒険者パーティが助けに来るのが遅かったなら、恐らくは僕も殺されてしまっていただろう。そしてそのまま僕はガットラットの冒険者パーティに保護されたのだ。
リーダーであるガットラットがそれを決めたらしい。
彼は無骨な男で身体はやや大きいといった程度だが、僕にはその何倍も大きく感じられた。つまりそれだけ尊敬できるリーダーだったんだ。どれだけピンチに陥っていても、彼の金髪のひげ面を見るだけで大丈夫だという気になれた。粗暴でありながら優しく、知識もかなり豊富に持っていて、何故かジャガイモ料理にも詳しいことには思わず笑ってしまった。
もちろん、その豊富な知識は生き残る為に必要だったのだろう。ただその所為か、彼は哲学者のような一面を見せる事もあった。
ガットラットには子供がいない。だから僕を保護してくれたのだろうと仲間の一人が教えてくれた。が、本当にそれだけなのかは分からない。ただ、あのまま放置されていたら、孤児になった僕は路頭に迷って野垂れ死んでしまっていただろうとは思う。その当時は孤児を保護する社会制度がまだ整ってはいなかったんだ。
僕は両親を殺したモンスターを激しく憎んだ。それで一匹でも多くモンスターを退治してやると、戦闘技術などの冒険者に必要な知識や技術をガットラット達から学んだ。
ガットラット達はその頃既にかなり名の知れた冒険者パーティで、だから彼らは最高の教師でもあった。その点だけなら、僕はとても幸運だったと言えるかもしれない。
彼らは冒険者最盛期時代から活躍していたらしい。冒険者という職業が、一番輝いていた時代だ。
50年程前、農業技術がブレイクスルーを起こした。魔法機械の登場で、生産性が著しく向上したのだ。結果として、それまでとは比較にならない程の広大な面積の耕作が可能となった。しかし、それに対して田畑は圧倒的に面積が狭い。つまり耕すべき土地が不足していたのだ。
そこで国は開発した土地の所有権を認める法律を作って耕作面積の拡大を図った。つまり、森林などを切り拓いて新たに開墾をすればするほど、自分達の自由になる土地が増え、国民は富を得られるのだ。もちろん、そうして経済が活性化すれば国の税収も増えるから、それは国にとってもメリットがあった。
ただし、新たな土地の開発には問題点もあった。農業に適した土地が何処にあるのか分からないのだ。この国には手付かずの広大な森林が広がっているのだが、全ての土地で農業が可能な訳ではない。森林を探検して適した土地を見つけなくてはならない。しかも、その森林には人間を襲うモンスターが多数生息していた。森を探索するのは非常に危険な行為だったのだ。
その為、森林など未開発の土地を探検する者が求められ、その需要を満たす為の専門的な職業が生まれた。つまりは、それが“冒険者”だ。
探検によって農業や人が住むのに適した土地を見つけられたなら、冒険者達はその土地にマーキングと呼ばれる特殊な結界を張り、そこまでのルートとマーキングした土地の所有権を開発したいと思っている人間達に売る。それによって冒険者達は多額の収入を得られた。初期の頃は、一度土地を見つけただけで一生暮らせるだけの大金を稼いだ者もいたらしい。
ただ、大金が得られると分かれば冒険者になる人間も増え、探検するべき秘境は少なくなっていく。次第に冒険者達は飽和状態になって競争が激しくなっていった。
その頃になると、初期に生まれた新たな土地を見つけるタイプの冒険者達は“マーカー”と呼ばれるようになり、モンスターや盗賊などの退治や護衛を請け負う“ガーダー”と呼ばれる冒険者達とは差別化していった。
ガットラット達が冒険者パーティを組んだのはそんな時代だった。冒険者の数が最も多かった時代だ。ガットラット達は当初はマーカーを専門にしていたが、やがてはガーダーもやるようになったらしい。何があったのかは知らないが、冒険者同士での土地の奪い合いに辟易するようになったと言っていた。
「秘境は限られている。もう、そんな時代じゃなかったんだ」
パーティの一人がそう語っていたのを、僕は覚えている。
僕が保護された頃は、もうガットラット達はほとんどガーダー専門になっていた。まだマーカーをやっていたら、僕を保護してくれていたかどうかは分からない。子連れで探検は難しいだろう。
冒険者パーティで数年を過ごすと、僕は充分な技術を身に付け、冒険者としての仕事をするようになっていた。ガットラット達も頼りにしてくれていたと思う。才能があったと言うよりは、ガットラット達が僕の能力に合った技術や教え方をしてくれたと言った方が正解かもしれない。
当初は僕は両親を殺された憎しみからモンスターを狩っていたけど、経験を重ねる内、いつの間にかそれは作業的になっていった。
もちろん、両親を殺された憎しみを忘れた訳じゃない。ただ、そんな私情で仕事をすれば仲間に迷惑をかける事を学習しただけだ。モンスターは人間にとって害になる駆除すべき敵。それは僕の中で変わらなかった。
が、ある日、そんな風に思っている僕に向って、ガットラットはこんな事を言ったのだった。
「ロメオよ。モンスターなんて果たして本当にいるのかな」
僕には意味が分からなかった。
だって、実際にモンスターを僕らは退治しているのだから。モンスターを退治して生きているのだから。
僕がそう言うと、彼は「そうじゃないよ」と言うのだった。
「俺らが狩っているのはただの野生動物だよ、ロメオ。奴らはただ生きているだけだ。人間が自然を開発して畑や住宅地なんかに変えちまった。それで生きる場所や餌が減っちまったから、生きる為に人間を襲っている。それだけなんだよ。
もちろん、人間の味を覚え、人間ばかりを狙う奴らもいるが、それだって何も特別な事じゃない。俺らだって獣を狩って食料にしているだろう? それと同じだよ」
僕は彼の言葉に納得がいなかった。もちろんそれは、両親を殺したモンスターを憎んでいるからだろう。
その僕の様子を察したのか、彼はまだ続けた。
金髪の無精ひげを撫でながら口を開く。
「微生物はな、物を分解しているらしいんだが、それが人間にとって利益になるのなら醗酵と呼び、そうじゃないのなら腐敗と呼ぶらしい。
つまりは、人間が勝手に自分達の都合で判断しているだけなんだよ。モンスターや魔物もそれと同じだ。人間にとって害になるのならモンスターや魔物と呼び、そうじゃないのなら普通の野生動物になる……」
そう言い終えると、ガットラットは僕の目を真っすぐに見て言った。
「なぁ、ロメオ。絶対に悪で殺しても何をしても許される。そんな都合が良い存在がこの世界に存在していると思うか?
ステラーカイギュウってのがかつていた。海に棲んでいた白くて大きな獣だよ。そいつらは動きが遅くってな。おまけに仲間意識が強くって、仲間に銛が刺さると助けようとして集まって来る。
ステラーカイギュウの肉は美味かったものだから、人間はその習性を利用して狩りまくって、遂には皆殺しにして絶滅させちまった。ステラーカイギュウにとっては、俺ら人間はモンスターか魔物だろうよ」
僕はそれに何も返せなかった。彼の言いたいことは完全には理解できなかった。ただ、それでも“何か”は感じた。どう表現すれば良いかは分からなかったけれど。
「アスタリスク教では、神様は“産めよ増えよ地に満ちよ。自然界の全ての生物を支配し、従わせよ”って言ったって事になっているらしいな。
でもよ、本当に神様はそんな事を言ったのかねぇ? 何百匹もモンスターを狩って来た俺には、どうにも信じられないんだ。あまりに人間にとって都合が良すぎる……」
アスタリスク教というのは国が国教と定めている宗教で、多くの人が入信している。信心を利用して、私腹を肥やしているという噂もあって、僕はあまり好きじゃない。もっともモンスター退治の依頼主になる事もあるのであまり悪口は言えないのだが。
どうしてガットラットが僕にそんな事を語ったのかは今でも分からない。
ただ、もしかしたら、とある町を訪れた時、突然彼が冒険者を引退してしまった事とそれは関係があるのかもしれない、とは思っている。
その町で、昔の知り合いの冒険者の身内だという女性と会った後、彼は「俺は引退する」と宣言したのだ。
リーダーである彼の引退は、実質的に僕ら冒険者パーティの解散を意味してもいた。
世間でも僕らの解散は多少は騒がれた。古参の実力者であるガットラット達の解散を受けて「いよいよ冒険者時代も終焉か」と噂し合っていたのだ。
最近では、新たに冒険者になる者も減っているし、引退する者も増えているのだ。実際、解散したガットラットの冒険者パーティで冒険者を続ける者は少なかった。冒険者で稼いだ金で新たな商売を始めたり、他の何かの職業に就いたり。
ただ、僕は冒険者を続ける事にした。
本当の理由は自分でもよく分からない。
まだ両親を殺したモンスターを許せていなかったのかもしれないし、冒険者として得られる地位や名声や富を夢見ていたのかもしれない……
「さて。魔王退治に出かけるか」
キーザス達と別れた村で、僕は冒険用の装備を整えた。食糧を買い込み、ポーションを補充する。
冒険者の仕事が減っている中で出て来た、久しぶりに大きなミッション。それが『魔王復活の阻止』だった。もっとも……
「魔王なんてそもそも本当に存在するのか?」
と、疑問を抱く者も多いのだけれど。
作中で解説したステラーカイギュウの話は、実際にあった話です。