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2.キーザスとの決闘

 キーザスは挑戦的な目つきで僕を睨みつけていた。「逃げるなよ。勝負しろ」などと凄んで来る。因みに宿屋での朝飯の後のことだ。まだ腹も落ち着いていない。こっちはのんびりしたいのに迷惑この上ない。もちろん僕には勝負する気なんてまったくなかった。する理由がそもそもない。肩を竦めた。

 「おい。くだらない喧嘩は止めようぜ。何の意味があるんだ?」

 ところが奴は僕のその言葉が気に食わなかったらしかった。

 「くだらない? くだらないって何だよ?」

 「どっちが勝っても誰も得をしないだろう?」

 「ふんっ」とそれを聞くとキーザスは言って、片眉を上げながらこう返す。

 「勝負すれば、足手まといが誰か分かる。そうすりゃ、パーティはお荷物を抱えなくて良くなるんだよ。パーティにとって充分に得になるだろうが!」

 お荷物~?

 そうまで言われては、流石の僕も怒りを抑えられなかった。酔った勢いで言っている訳じゃない。奴はしらふだ。

 「つまり、僕が負けたら、パーティを出て行けって事か?」

 僕は何度もこのパーティのピンチを救って来た。出て行かれたら困るはずだ。そう思って脅しをかけたつもりだったのだが、奴は平気な顔をしていた。

 「アハハハ。そりゃ良いな。そうしよう!」

 その楽しそうな笑い顔を見て、僕は“そう言えば、こいつはこーいう奴だったな”と思い出して後悔をした。

 後先考える性質ではない。ピンチになるまで分からないんだ。

 それにそもそもこいつは、僕が請われて金で雇われ、パーティに参加している事すら知らないのだ。

 はっきり言って、僕はキーザスよりも一回りは強い。

 キーザスが才能に恵まれている点は認めよう。努力もしてはいる。だが、こいつと僕とでは圧倒的な経験と技術力の差があった。しかもキーザスには少し成果を出すと、直ぐに油断をして鍛錬を怠る悪癖がある。多分、上には上がいるってのを知らない所為だ。僕はかつてはS級パーティに所属していたから、世の中にはとんでもない実力者がいるってことをよく知っている。

 こいつを叩きのめすのは簡単だった。が、多分、それをやったら僕はどちらにしろこのパーティから出て行かなくてはならなくなるだろう。

 僕が迷っていると、キーザスは目を剥いて「どうした怖気づいたか?」と僕を挑発して来た。完全に敵視している目だ。

 どうやら、こいつは何度も僕に助けられた恩をすっかり忘れてしまっているらしい。

 そこで僕の我慢は限界に達した。

 オーケー。

 正直、このパーティは、金銭面だけを言うのなら申し分なかったのだが諦めよう。このクソ生意気な甘え野郎に世間の辛さってのを分からせてやる。

 僕の顔色を見て、オボルコボルは僕がやる気になったと悟ったのか、「村の真ん中で戦闘をしたら迷惑になる。裏の森の前の野原でやれ」などと言って来た。どうやら止める気はないらしい。キーザスを諫めてくれることを少しは期待していたのだが。

 

 オボルコボル、或いはキーザス自身にどんなコネがあるのかは分からないが、このパーティは依頼内容にはかなり恵まれていた。比較的手ごろな仕事ばかり回って来て、しかも斡旋業者を介していない為、マージンを抜かれる事もなく報酬を受け取れる。

 初め、僕はオボルコボルからかなり多額の契約料を受け取ったのだが、だからそれからも仕事をこなす度に高額の報酬を得られた。

 ただ、少しばかり奇妙な条件がこのパーティとの契約にはあった。

 『オボルコボルが“喋るな”と指示を出した内容については、一切キーザスに伝えてはならない』

 それにどんな意味があるのか、オボルコボルやキーザスが何者なのか、僕らはまったく知らなかった。

 正直に言うのなら、“怪しい”と思うのと同時に好奇心も刺激されていたのだが、そこまで執着している訳ではない。そして、前述した通り、パーティ内の人間関係は淡白だ。それになによりキーザスは長く付き合うには少しばかり性格が悪すぎる。

 ここらが潮時なのかもしれない。

 野原に行くまでの間で、僕はそんな事を考えていた。

 

 「腐っても仕事仲間だ。互いに大怪我させるのも後味が悪いだろう。どこか身体の一部に一太刀でも浴びせたら、それで勝ちってことにしようぜ」

 野原に到着して奴との間にやや距離を取ると、僕はそう提案した。キーザスは「それでいいぜ。弱い者いじめは趣味じゃないからな」なんてにやけた面で言って来る。

 もちろん互いに手にしていたのは真剣じゃない。木剣だ。もっとも、木剣でも思い切り打ち込めば、それなりのダメージにはなるが。

 「じゃ、始めるか」と僕が言うと、「いつでもいいぜ」と奴は返した。

 軽く準備運動をすると僕は木剣を構えた。キーザスは相手を馬鹿にしたような腕を弛緩させた独特の構えを取る。これは別にふざけている訳ではなく、オリジナルにアレンジした奴独特の剣術の構えだ。本人曰く、鞭をイメージしているのだそうだ。

 オボルコボルとフレアがそんな僕らの様子を遠巻きに見ている。一応付いて来たようだ。心配しているかどうかは分からないが。

 

 僕は身体強化魔法でまずは己の身体を強化した。柔軟性と強靭な耐久性を付与する。これによりしなやかな動きが可能となり、多少の衝撃くらいなら余裕で吸収できるようになるのだ。

 「へっ」とそれを見てキーザスは笑った。

 多分、剣戟にはそんな魔法は関係ないと馬鹿にしているのだろう。特に今回は一度でも太刀が身体に打ち込まれれば、それで勝負が決まるからあまり意味がないように思える。

 が、この身体強化魔法の目的は近接戦闘能力の強化だけにあるのではない。僕は次に風の魔法を練った。

 普通、風の魔法は攻撃に用いる。目くらまし、斬撃、吹き飛ばしなどなどと様々な用途がある訳だが、僕はそれを移動魔法として用いる戦法を得意としている。風の魔法を放った衝撃を利用しつつ、足元に風を発生させる事で超低空を飛行し、高速移動で一気に相手の懐に飛び込む。この身体強化魔法は、その風の魔法の衝撃を吸収する為のものだ。

 キーザスの鞭の動きをイメージした剣術は、リーチの長さと剣戟の鋭さには優れているが、その反面近距離戦には弱い。遠心力を利用しているので、初動さえ潰してしまえば何もできない。この戦法が有効だ。

 もっとも、奴自身もそれくらいの弱点は把握している。

 「風の魔法なんざ使わせるかよ!」

 僕が魔法を練り終わる前に、奴は地を蹴ると大きく弧を描くような動きで斬りかかって来た。僕は敢えて腕に遊びを持たせてそれを受けて力を脇に逸らす。木剣が弾かれることを予想していたのだろう。奴はそれで体勢を崩した。僕はその隙を見逃さない。木剣を滑らせて懐に飛び込むと、肩でタックルを入れて突き飛ばした。奴はそのまま尻餅をつく。ただ、防御の姿勢は取っている。剣戟を入れるのは無理そうだ。

 その隙を利用して僕は風の魔法を使った。土煙が舞う。奴は僕の姿を見失ったようだった。風を起こして注意を向けさせると反対方向から背後に回る。「何処を見ているんだ?」と言って剣戟を入れようとした。

 が、そこで奴は「うわぁぁぁ!」と悲鳴を上げつつ何かを握りつぶした。眩い光が放たれる。光の目つぶし。マジックアイテムだ。僕は目を防ぎつつ、飛び退いて距離を取った。

 「おい、こら。マジックアイテムを使って良いなんて聞いていないぞ?」

 奴は既に起き上がっていて、「使っちゃ駄目とも言ってねーだろうが!」なんて返して来る。目を怒らせてはいるが、奴がかなり肝を冷やしたのは明らかだった。いつものオリジナルアレンジの剣術の構えではなく、普通の構えを取っている。接近戦に持ち込まれるのを恐れているのだろう。

 トリッキーな動きをするキーザスのオリジナル剣術は実は少し僕にとって面倒くさい。慣れていないので合わせるのに集中力がいるのだ。もっとも油断をしなければ問題にならないが。

 普通の剣術を使って来るのなら、風の魔法を使わなくても簡単に処理できると判断して、僕はそのまま前に出る。奴は歯を食いしばると上段から打ち込んで来た。僕はそれを受けると、身体を回転させて足払いを放った。奴は見事に後ろに転んだが、そのまま回転してなんとか逃げた。

 「足だけど、攻撃を当てたぞ? 勝負ありってことにしないか?」

 実力差は明白だ。そう思って言ってみたのだが、奴はもちろん納得しなかった。

 「“一太刀”ってお前は言っていただろうが?!」

 再び剣を構える。

 僕は仕方がないと風の魔法を使った。土煙が舞う。間合いを詰める。さっきの風の魔法による囮が効いている。奴の注意力が分散されているのが分かった。これなら簡単に剣戟が入りそうだ。

 が、そう思ったところで足元に異変があった。

 地面から土の手が生えているのだ。それが僕の足を掴んでいる。

 “なんだ?”

 しかも、そう思った瞬間、身体に電撃のような痛みが走った。土煙の狭間、少し遠くでオボルコボルが印を結んでいるのが見えた。

 それで理解した。あの老獪なおやじは予めここに罠を張っていたのだ。もちろん、キーザスを守る為に。だから、この野原での決闘を促して来たのだろう。

 恐らく、あいつは決闘の始めから、ずっと罠を使うチャンスを窺っていたのだ。

 “まずい!”と思った瞬間には既に手遅れだった。キーザスはその隙を見逃さなかった。

 「うおりゃああ!」

 そう声を上げて胴に突きを入れる。それで勝負は決まったはずだったが、そのまま奴は僕の顎に向って剣戟を放った。身体強化していなければ死んでいてもおかしくない。そのまま僕はもんどりを打って倒れた。

 青空が見える。

 負けた?

 キーザスの楽しそうな声が聞こえた。

 「ギャハハハハ! 間抜けだな、ロメオ! 良いところで体勢を崩すとは! 鍛錬が足りないんじゃないのか?」

 直ぐに上半身を起こすと僕は言った。

 「卑怯だぞ!」

 それに奴は肩を竦めた。

 「ああ、そうか。悪いな、二度攻撃しちまった。ついクセでよ」

 僕は歯を食いしばると「そっちじゃない!」と訴えて、オボルコボルに目を向けた。オボルコボルは冷たい目で僕を見ていた。指を口元に一本立てて、“黙っていろ”とジェスチャーで示す。

 それで察した。

 キーザスはオボルコボルの卑怯な作戦を知らないのだ。自分の力で勝ったと思い込んでいる。

 悔しかったが、僕はそれで口を閉じた。

 『オボルコボルが“喋るな”と指示を出した内容については、一切キーザスに伝えてはならない』

 それが契約条件だ。

 

 「まぁ、とにかく約束だ。これでお前はこのパーティを追放だよ」

 

 上機嫌でキーザスがそう言った。それを聞いて、事の顛末を見守っていたフレアが言う。

 「ちょっと、本気でロメオを切るの?」

 おどけた調子で「仕方ないだろう? 約束なんだから」などとキーザスは返す。オボルコボルは何も言わなかった。フレアは呆れた顔を浮かべた。

 「これから復活する魔王を退治するんでしょう? 戦力が足らないじゃない」

 するとキーザスは胸を張って、「安心しろ。オレがいる」と言った。フレアは大きく溜息を漏らした。ちらりと僕を見る。

 そこでオボルコボルが口を開いた。

 「ま、また新しい戦力を探しましょう。少し出発は遅れますが致し方ない」

 「大丈夫なの?」

 そうフレアは抗議しようとしたようだったが、キーザスとオボルコボルが構わずに歩き出してしまったので仕方ないといった様子で彼女もそれを追いかけていく。去り際、僕を振り返って何かを言いかけたが、結局は何も言わずに彼女は手を上げて別れの挨拶をした。

 そう言えば、僕は何度か彼女を助けた事もあった。もっとも、彼女に僕が助けられた事もあったが。

 或いは、彼女は少なからず僕に対して仲間意識を持っていたのかもしれない。

 

 僕はそれからもう一度寝ころんだ。

 空が青い。

 さんざん助けてやったのに、感謝もせずに決闘を申し込み、しかも本人が知らないとはいえ卑怯な手段を使ってそれに勝つ。

 僕は悔しくて仕方なかった。

 怒りを覚えた。

 キーザスやオボルコボルに対してだけじゃなく、自分自身に対しても。

 考えてみれば、オボルコボルがキーザスの味方に付くのは当り前に予想できたはずだ。何故、その可能性を考えなかったのだろう? あの奸智に長けたおやじなら、決闘場に罠を仕掛けるくらい平気でやるだろうに。

 

 ――まだまだ未熟だな、僕は。

 

 それから僕は自分も魔王退治に行く事を考えていた。奴らよりも早くに退治して、奴らを見返してやりたい。

 そう思っていたのだ。

 自身のプライドの為に。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とにかく物語の土台がしっかりしているので、引き込まれます。登場人物たちが本当にそこにいるよう! [気になる点] タイトルがもったいないと思います……。
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