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19.魔王復活の真相

 キーザスが警察に連行されると、僕らはその場で事情聴取を受けた。エルーは言葉が通じないので不安だったが、何故か白いコートのフードを目深に被った人物が代わりに警察に事情を説明してくれた。

 その姿を見て僕は思い出す。

 そう言えば、フードを目深に被った怪しい人物が、僕とエルーを探していたと冒険者仲間が言っていた。

 “……まさか、こいつのことか?”

 

 「一度、宿に戻ろうか?」

 警察の事情聴取が終わると、襲われてショックを受けているだろうエルーを慮って僕はそう言った。エルーは頷く。やっぱりこのまま祭りを楽しむ気にはなれないようだ。まぁ、どうせ祭りは明日もあるし。

 それで宿に戻ったのだけど、何故か白いコートの人物も僕らに付いて来る。部屋の中にまで入って来た。三人だと元々狭い部屋が更に狭く感じる。

 エルーと仲良くなったのだろうか?

 そんな風に思って彼女に「この人は誰? どこで知り合ったの?」と尋ねると、彼女は首を傾げた。それから彼女は僕を指差した。多分、“僕の知り合いだと思っていた”という意味だろう。つまりは、お互いにお互いの知り合いだと勘違いしていたってことで、この白いコートの人物が何者なのかは二人とも知らないのだ。僕と彼女は自然と、白いコートの人物に目を向けた。俄かに恐怖心が沸き上がる。

 「何者だ?! お前は!」

 僕は剣を握ると切っ先を向けて威嚇をした。すると、その人物は「いやいや、待ってくれ」と言って慌ててフードを取った。

 「私は怪しい者じゃないよ。今はアスタリスク教の関係者さ。キクチ・ナオという」

 見ると、その人物は眼鏡をかけた女性で、しかもこの辺りでは珍しい東洋人だった。手を上げて敵対の意思がない事を示している。

 「フードを被って顔を隠していたのは、目立たないようにする為さ。私は東洋人で珍しいからね。一応は隠密行動中なものだから」

 「いや、フードを被っても充分に目立っていたけど」

 冒険者仲間で噂になっていた程だ。

 「まぁ、少なくとも顔は隠せる」

 僕は剣を収めると問いただした。

 「それで、どうしてアスタリスク教の関係者が僕らに接触をして来たんだ? と言うか、そもそもどうして僕らを知っている?」

 簡単に思い付くのは、もちろんエルー関連だろう。アスタリスク教は石碑の古代文字を解き明かして、魔王が復活すると公言していた。アスタリスク教にとってはエルーが魔王であるはずだ。

 「ふむ」と言うと、彼女は「ランポッド・グリースって女の子を覚えてないかな? 図書館で司書をやっている」

 そう言われて僕は思い出した。牧神パンの事を教えてくれた村の図書館で働いていた娘だ。

 「覚えているけど?」

 「あそこの村は魔王が眠るとされている森に一番近いから私は聞き込みをしていたんだよ。その娘から君らの事を聞いた。自分でも知らない異人種の女の子がいたってね。君は有名人だから、特徴を聞いたら直ぐに分かった」

 「でも、僕を知ったからって、どうやってアルプ街にいるって分かったんだ?」

 「シロアキっていう情報屋から聞いた」

 それを聞いて僕は“あいつかー”と悔しがった。そう言えば、僕がアルプ街に行くって言った時に笑っていやがったな、あいつ…… 多分、キーザス達もあいつに僕の居場所を聞いたんだろう。

 とにかく、誤解を解かなくちゃいけない。

 「断っておくけど、絶対にエルーは魔王なんかじゃないぞ?」

 睨みつけながらそう言う。

 すると、キクチさんは「ああ、分かっているよ」とあっさり返すのだった。

 「なにしろ、魔王が復活するって予言はアスタリスク教の法王の誤訳だからね」

 それを聞いて僕は「は?」と思わず声を上げてしまった。

 「なんだって?」

 「いや、だから誤訳だよ。あの文は魔王復活を予言したものじゃない」

 僕はしばし固まった。

 「……なら、本当はどんな事が書かれてあったんだ?」

 アスタリスク教が発表した古代文字の訳は、

 『巨大な力を持った最強の魔王が2千年後に復活をし、魔族を再興させるだろう』

 であったはずだ。

 彼女は淡々と答える。

 「我が一族で最も可愛くて美しくて性格も良い、最強に魅力的な娘を眠らせておく。2千年くらい後に目覚めるだろうから、誰か我が一族の子を残すのに協力して欲しい。

 ま、大体、そんな事が書かれていたね」

 僕はその答えを聞いてまた固まってしまった。

 「全然、意味が違うじゃないか!」

 「違うねぇ」

 それから僕は思い出した。

 「僕、初めにエルーに会った時、その文が書かれた紙を彼女に見せたのだけど……」

 「なるほど。多分、エルーちゃんはそれで君を協力者だと思ったのじゃないかな? 積極的に迫って来たりしなかったかい? 彼女としては一族の使命を背負っているからね。子を残そうと必死なはずだよ」

 その彼女の指摘で、あの晩の彼女の態度の謎が氷解した。そういうつもりで僕が彼女に近付いたと考えていたなら、僕に拒絶されるなんて彼女が思うはずがない。きっと訳が分からなかったはずだ。

 「なんで、アスタリスク教はそんな誤訳をしたんだ?」

 頭をポリポリと掻きながら彼女は返す。

 「多分だけど、アスタリスク教の法王様は何個か単語を拾って後は想像で訳したのだと思うな。異教を信じる民族ってことで、敵視していたってのも影響しているのだろう。

 私は大学で考古学を研究しているんだが、アスタリスク教が発表した“魔王復活の予言”を目にしてね、それで“意味が全然違いますよ”と進言をしたんだ。そうしたら、アスタリスク教の上層部は大いに慌てて失態を握りつぶす計画を立てた。

 冒険者がその“最強に魅力的な娘”を見つける前に、アスタリスク教で確保して、極秘裏に魔王とは無関係な人間って事にしてしまうっていう……

 それでエルーちゃんを見つけるのにそのまま私が雇われたって訳さ。まぁ、古代文明の専門家だからね」

 僕はそれを聞いて困惑した。

 「そんな事をしなくても、冒険者が連れて来たエルーを“魔王じゃない”って言い張れば良いのじゃないの?」

 実際、エルーはどう見ても魔王には見えないのだし。

 「いや、それがそんなにシンプルにはいかなくてさ。簡単に言ってしまえば、アスタリスク教内部で権力闘争があって、法王の失態を暴露しようって連中がたくさんいるのだね。

 もし冒険者がエルーちゃんを連れて来たら、それを利用してそんな連中が法王を責め始めるだろう事は想像に難しくない。

 まぁ、そんな事情もあって私みたいな外部の人間が雇われたのだと思うのだけど」

 それを聞いて、僕はふと思い付いた。

 「もしかして、その話、有力者だったら知っていてもおかしくない? 例えば、ニルファース家とか」

 「まぁ、有り得なくはないね」と彼女は返す。

 それで僕は納得した。オボルコボルがさっきの僕との決闘でキーザスに手を貸さなかったのは、恐らくはその話を知っていたからだ。キーザスに魔王を討伐させる訳にはいかなかったのだろう。

 「なんだかなー……」

 僕は自分が魔王退治のミッションを真面目にやろうとしていた事がなんだかバカバカしく思えて来た。

 「そんなの“間違ってました。ごめんなさい”って謝れば済む話に思えるのだけどなぁ」

 キクチさんは笑いながら返す。

 「アッハッハッハ! 正しくその通りだと思う。私なんかは間違っていた事を素直に認めて謝罪できる人間の方がよっぽど尊敬できるのだけど、どうも人間ってのはくだらないプライドに拘る生き物みたいだね。

 ま、エルーちゃんを殺すって計画を立てなかっただけでもまだマシだと思うよ。もっとも、リスクに合わないと判断しただけかもしれないが」

 それから彼女は真面目な表情を見せると、淡々と語り始めた。

 「産褥熱って知っているかい?

 妊婦が産後に罹る病気で、時には死亡する場合すらある。ところが、この産褥熱を感染させていたのは、なんとあろうことか産科医だったのさ。

 その昔は手を洗う習慣がなくてね。医師達は手術した手でそのまま妊婦に触れてしまっていた。それで妊婦に病気を感染させてしまっていたのだね。

 これに気が付いたのは、センメルヴェイス・イグナーツという産科医だった。彼は手を洗浄することで、産褥熱の感染が防げることを発見した。それにより犠牲になる母親を随分と減らせたのだが、さて、当時の医師達は彼をどう扱ったと思う?

 なんと嘲笑した上で精神病院に無理矢理入れ、殺してしまったのだよ。お陰でそれからもたくさんの母親達が死に続けた。これは明確に大量殺人だね。つまり、その当時の医師達はプライドを保つ為に多くの女性と善良な医師を犠牲にしたのさ。

 この世界には、他にも似たようなくだらない事件がたくさんあるのだけど、きっと動物としての本能が原因なのだろうな。虚栄であったとしても、それに雌が騙されてくれれば、雄は雌をゲットして繁殖ができる」

 キクチさんは、それから口調を柔らかくすると「ブッタって知っているかな? 西洋でも有名だろう?」と尋ねて来た。頷くと僕は返す。

 「ブッタの思想は“清貧の価値”を西洋社会に伝えたって聞いているけど」

 「うん、それだ」と彼女。

 「ブッタの思想は、“欲を少なくすれば、富が少なくとも満足を得られる”という発想の転換を私達にもたらしてくれた。もっとも、完全にこれだけになってしまったなら、それはそれで別の問題が出て来ると思うけどね。

 ただ、それでも私はその発想はこの世の中には必要だと思っている。

 もし、ブッタの思想を充分に活用できたなら、支配欲求から来る侵略戦争は少なくなるだろうと思うんだ」

 そこで言葉を切ると、彼女はエルーに視線を向けた。

 「もしかしたら、エルーちゃんの民族も滅びなかったかもしれない」

 僕はその言葉に驚いてエルーを見た。彼女は不思議そうに眼を瞬かせる。

 「どういう事?」とそれに僕。

 「そのままの意味だよ。彼女の民族は、戦争によって森の中に追われたのさ。何があったのか詳細は不明だが、そこで人口が減っていき、遂には滅びるに至った。しかし、完全に滅びる前に、彼女を仮死状態にして未来に託したのだろう。彼女が子供を産めば、自分達の血は絶えないからね」

 「彼女は大きな樹に守られていたようだったけど」

 「なるほど。どうやって彼女を仮死状態で2千年も保存できたのか不思議だったのだが、神格化した樹木の力を頼ったのか」

 僕はそれを聞くと疑問を覚えた。

 「しかし、どうして女だったのかな? 血を絶やしたくないのなら、男の方が有利だろうに」

 男の方が一人でたくさんの子供を残せる。ゲスな話だけど、たくさんの女性に子供を産ませれば良いのだから。

 「それじゃ意味がなかったのだろうよ」と、それにキクチさんは答える。

 「エルーちゃんの民族は、女系社会だ。母親から生まれた子供じゃなければ、自分達の民族の子供ってことにならない。

 もしかしたら、女系社会だったからこそ、滅亡に追い込まれてしまったのかもしれないね。女系社会はかつてはたくさんあったらしいのだが、消えていってしまって、今じゃほとんど残ってはいない」

 僕はその話になんだか切なくなってしまった。

 「彼女の民族は、男系社会に蹂躙され、そして挙句の果てには植物に頼らなければいけないような状態にまで陥ったのか。民族の誇りも何もないな」

 それでついそう呟いてしまった。

 ところがそれを聞くと、キクチさんは「何を言っているんだい?」と声を上げるのだった。

 「植物に頼らないと生きていけないのなんて、私達だって同じじゃないか。農業がなければ世の中は成り立たないよ。

 例えば、そこに転がっているマロムの実だって植物のお陰で食べられる」

 彼女はそう言って、リュックの傍らに転がるマロムの実を指差した。

 僕はそれに戸惑いを覚える。

 確かにそれはそうだけど……

 「いや、でも、それは僕らが植物を支配していて……」

 「支配~? そういう男性原理的な概念はそもそも植物にはないと思うよ? 支配も被支配も植物には関係ないのさ。そして私達は植物に依存している」

 言い終えると、ふっと彼女は笑う。

 「まぁ、人間なんてのは、住んでいるその社会の概念に囚われているものさ。君は男性原理社会で生まれ育った。そういう物事の観方で世界を捉えてしまうのも致し方ないのかもしれないね」

 それから彼女は不思議そうな表情で僕ら二人の会話を聞いているエルーに視線を向けた。これだけの長く複雑な会話は、流石にエルーには理解できていないだろう。

 「ただ、だからこそ、彼女の存在は重要だと言えると思う。私は今の世の中には、女性原理が重要だと考えているんだ。女系社会だからといって、女性原理を強く持っているとは限らないのだが、彼女の行動から考えるにそう捉えてまず間違いないと思う。

 彼女を大切にしてあげてくれ」

 そう言い終えると、キクチさんは「あっ そうだ」と言ってまた口を開いた。

 「一つ警告をしておく。

 女系社会は性に関して寛容な場合が多い。

 男系社会は男の子供でなければいけないから、浮気や不倫を禁じるが、女系社会では当て嵌まらないからね。女性から生まれた子供は、当たり前だけど皆女性の子供だ

 だから、エルーちゃんのそういう行動には充分に注意をした方が良い」

 僕はその言葉に驚く。

 「つまり、エルーはエッチを直ぐにしちゃうってこと?」

 「直ぐに…… って言葉が適切かどうかは分からないが、抵抗が少ないのは事実だと思うよ」

 「そんな馬鹿な」

 「信じられないかもしれないが、性に関する観念ってのは、時代によって随分と変わるものなのさ。

 君はアルプ街のお祭りを見て来ただろう? あれはディオニューシア祭が源流なんだが、実はディオニューシア祭は元は男根崇拝の意味合いも持っている」

 僕はそれに納得がいかなかった。

 「彼女は浮気なんかしたりしない!」

 と、それでつい声を荒げてしまった。それにビックリしたのか、エルーが僕の傍によって来て「ロメオ」と言って心配そうにする。

 「いや、まぁ、彼女が浮気をするって言っている訳じゃないのだけどね……

 ただ、まぁ、その様子を見るとどうやら彼女はかなり君を気に入っているようだ。君が哀しむ事はしないだろうな」

 キクチさんは僕を怒らせてしまったと反省しているようだった。それから何かを紙に書くと、それをエルーに見せる。エルーは「アニヨ……」と言いかけて、思い直したらしく、紙に文字を書いてそれに返した。キクチさんはそれを読んでから言った。

 「君をどれだけ好きか尋ねてみたよ。“大好きだ”ってさ。痛いのは嫌だけど、縛られるのは別に平気とも書いてある……」

 そう言うとキクチさんはにやりと笑った。

 「君は一体どんなプレイを彼女としているんだい?」

 僕は顔を真っ赤にした。

 「いや、違う! それは誤解で…… まだ三回しかしてないし!」

 「三回すれば充分だと思うけど。しかも、“まだ”って……」

 「いや、それは……」

 そんな僕らの会話をどう勘違いしたのか、エルーが割って入って来た。会話には参加できないからか、僕の手をぎゅっと握る。

 「おお、ジェラシーか。これは、確かに浮気の心配はいらなそうだね」

 呆れた様子でそう言うと、キクチさんはこう続けた。

 「とにかく、絶対に君が魔王として彼女を扱ったりしないってのは教会に言っておくよ。彼らもきっと安心をするだろう。

 言えば、きっと教会は生活面でも協力してくれるとも思う。金銭的な援助も期待できるよ」

 そう彼女が言っている間も、ずっとエルーは僕の手を握っていた。いや、握ると言うよりは、マッサージに近い。いや、マッサージ言うよりももっと……

 なんだか、ちょっと興奮して来てしまった。

 エルーが性に対して抵抗がないってのは、本当なのかもしれない。いや、今までの行動からもそれは分かるのだけど。

 その僕らの様子を察したのか、キクチさんは「これは、どうやら退散した方が良いかな?」などと言って、軽く挨拶をすると気を利かせてそのまま部屋から出て行った。

 突然、静かになってなんだか変な気分になってしまう。

 エルーの目を見つめてみる。

 やっぱりとても可愛い。

 僕は黙って彼女にキスをした。

 

 ――僕がこれから何をして生きていくかはまだ分からないけれど、けれど、エルーと一緒にいる事さえできれば、必ず仕合せになれるとそう僕は思った。

「産褥熱のエピソード」、「ブッタの思想は“清貧の価値”を西洋社会に伝えた」、「ディオニューシア祭は元は男根崇拝の意味合いも持っている」

いずれも本当の話です。


仮に1億アクセスあっても、世の中に対して何も良い影響を与えていなければその作品の価値はゼロ。

反対にたったの100アクセスでも、世の中に対して良い影響を与えているのだったら、その作品に価値はある。

そのような信念で、僕は小説やエッセイを書いています。


ですが、世間は違いますね。ポイントを稼げて、アクセス数の多い作品の方が価値があると思っている。

そんな現状に対するささやか抵抗のつもりでこの作品は書き始めました。

(急いで書いたので、ちょっと粗くなってしまった感もあります)

まぁ、書いている途中はそんな事も忘れて楽しめたのですが。


どれだけ意味があったのかは分かりませんがねー

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