18.プライドに囚われたキーザス
「――何やってるんだ、お前は?」
僕はキーザスを蹴り飛ばすと、そう言って凄んだ。
「いきなり殺さなかっただけでもありがたく思えよ? 彼女がお前の血で穢れるのが嫌だったんだ」
エルーの助けを求める声が聞こえて来たから慌てて向ってみたら、キーザスがエルーを襲っていやがった。だから僕は奴を蹴り飛ばして彼女を助けたのだ。
こいつはエルーに暴力を振るった。無理矢理に犯そうとした。絶対に許さない。許せるはずがない!
「ハハッ」
顔を蹴られたキーザスは、鼻血を出していた。
「ロメオ、随分と久しぶりだな。信じられないくらいに怒っているじゃねーか。魔王なんかに惚れやがって、相変わらずのド馬鹿だな、お前は」
「ド馬鹿はお前だ。どう見たら彼女が魔王に見えるんだ?! お前の目はどうにかなっているんじゃないのか?」
それから僕は辺りを見てみた。少し離れた位置にオボルコボルがいる。だがフレアの姿はない。そこでおかしい点に気が付いた。キーザスはフレアに惚れている。もしフレアがいれば、エルーを無理矢理犯そうとなんかしないはずだ。
「おい。フレアは何処に行ったんだ? 姿が見えないが」
だからそう訊いてみた。すると、キーザスは「うるせぇ! どーでもいいだろうが!」と顔を赤くして怒鳴った。
僕は察した。
「なるほど。お前、フレアにフラれたのか。それでエルーに八つ当たりしたんだな。相変わらずのクズだな」
男が強姦する理由は、実は“性欲の解消”ではないという話を聞いた事がある。女性から傷つけられたプライドを回復する為に、誰か女性を襲うらしい。それは相手が自分を傷つけた女性でなくても関係がない。そいつの衝動の中ではすべて“女”という括りに分類され、区別が付いていないからだ。
暴力で安易に解決しようとするのも、女性ならば全て同じと汎化してしまう幼稚さも、この男の未熟さをよく表している。
「ロメオ…… お前、許さねぇ! 殺してやる」
侮辱の言葉に怒り、震えながら奴は立ち上がった。
剣を握っている。
「そりゃ、こっちの台詞だよ、キーザス」
それに応えるように僕も剣を握った。
身体強化魔法で、柔軟性と強靭な耐久性を付与する。そこで僕はオボルコボルに向けて言った。
「もし邪魔をしたら、お前も躊躇なく斬るぞ、オボルコボル」
表情をまったく変えずに彼は「心配しなくとも、今回は何もする気はない」と返す。キーザスはそれを聞いて少し顔を変化させた。ただ直ぐに元の表情に戻ると、後ろに跳ねて遠目に間合いを取った。例の鞭をイメージしたオリジナル剣術の構えを取る。
“ほー”と、それに僕。
頭に血が上って冷静さを失うだろうと思っていたのだが、そうでもないようだ。恐らく、僕の風の魔法による高速移動を警戒しているのだろう。距離を取れば迎撃可能だと考えているに違いない。
が、甘い。その距離で充分なのは、少し前までの話だ。
僕は爆裂の魔法と風の魔法を同時に練り始めた。キーザスはそれを見て嬉しそうに笑う。アンチマジックの準備をし始めたようだ。
奴は直ぐに表情に出るから分かり易い。自分の作戦で、僕が風の魔法の高速移動技を諦めて爆裂魔法による攻撃を選択したと思い込んでいるのだろう。まぁ、“風の”じゃないからある意味正しいが。
“そのアンチマジックは意味がないよ、キーザス。僕はお前に向けては爆裂魔法を使わないからな”
それから僕は自分の後方に向けて爆裂魔法を放った。激しい衝撃。身体が発射される。まるで、砲弾のように。続けて風の魔法を追加する。加速し、方向を調整する。
それで遠くにあったキーザスの顔が一気に迫って来た。剣戟を放つ。
「なっ!?」
奴はそれを何とか剣で防いだ。しかし、爆裂魔法で加速した突進の威力は殺し切れず、そのまま倒れてしまう。
「爆裂魔法で移動だとぉ!?」
奴は驚愕しながらそう叫び、慌てて起き上がろうとした。しかし既に手遅れだ。僕の間合いに入っている。もう爆裂魔法は必要ない。風の魔法で充分だ。
僕は迎撃がし難いように奴が剣を持っている手とは反対側から風の高速移動で襲いかかった。奴はなんとか反応して、剣でそれを防ぐ。さっきの突進も防いだし、反射神経だけなら大したものだ。だが、それだけでは足りない。奴は体勢を崩してしまった。
その隙に僕は足を狙って剣戟を放とうとした。すると奴は「ヒッ」と小さく悲鳴を上げ懐から爆弾を取り出す。
爆発が起こる。大した威力ではない。どうやら目くらまし目的だ。ならば、と僕は構わずに踏み込んで剣を振るう。奴は体勢を崩していたから有利だと判断したのだ。僕の方が動くのは一歩早い。手応えがあり、悲鳴が聞こえた。
「ギィ!」
見ると、僕の剣は狙い通りに奴の太ももを斬っていた。深く入っている。
「畜生が!」
そう言って奴は乱暴に剣を振るった。僕は何か策があるかもしれないと疑って大きく飛び退いた。が、奴は苦し紛れに剣を振っただけだったようだった。攻めの継続はない。無意味に間合いを離してしまった。
奴は歯を食いしばると、再び鞭をイメージした剣術の構えを取る。
だが、多少間合いが離れたとはいえ、その構えが有効な間合いではなく、奴は足に深手を負ってもいる。賢明な策とは言い難かった。他に何も思い付かなかっただけだろう。
キーザスの目は死んではいなかったが、それは勇気ある者の瞳ではなかった。プライドに拘っているだけの無謀な男の顔。願望と現実の区別がついていない。
僕は溜息を漏らすと爆裂の魔法を練り始めた。奴は高速移動を警戒したようだった。が、僕は爆裂魔法をそのまま奴に放った。虚を突かれて奴は吹き飛ぶ。読み合いも下手だ。予想外だったからだろう。少しも衝撃を吸収できていない。土煙が治まると、襤褸切れのようなだらしない姿勢で奴が地面に転がっている姿が目に入って来た。
僕はそんな奴にゆっくりと話しかけた。
「相手にならないな、キーザス。僕がパーティを離れた後も、大して鍛錬を積まなかったな」
奴は弱々しく返す。
「うるせぇ…… オレは天才だ。そんなの必要あるかよ……。今からぶっ殺してやるから、逃げるなよ」
この状況でもまだこんな憎まれ口を叩くとは。僕は呆れた。
「そうか。なら、死ぬか」
そう言って剣を振り上げた。
ところがそこでエルーが近付いて来たのだ。「近付いちゃ危ないよ」と僕は言ったが、彼女は構わずその柔らかい手で僕に触れ、僕の目を見つめて首を左右に振る。
許してやれって事だろう。
「キーザス。彼女に感謝しろよ。お前を許せってさ」
が、それに奴は「はっ 逃げる気か!」なんて返してきやがった。僕は拳を握る。もう一撃くらい入れてやろうと思ったんだ。
しかし、そこで大きな網がキーザスに向って投げられた。オボルコボルだ。何かをするとは思っていたが。
「何のつもりだ? 邪魔はしないって言ったよな?」
「お前の邪魔はしていない。単に婦女暴行犯を捕縛しただけだ」
オボルコボルはそう言って視線を僕の背後に向けた。声が聞こえる。
「あっちです! 歌姫が襲われています! 早く!」
見ると白いコートを着た何者かが、警察や祭りに参加していただろう人達を先導して走って来ている。“歌姫”っていうのは、多分、エルーの事だろう。
「婦女暴行だぁ? ふざけるな! オレは魔王を倒そうとしただけだ!」
オボルコボルは淡々と返す。
「世間の人間はそれでは納得せんでしょう。誰もあの女を魔王だとは思わない」
それを聞いて僕は言った。
「なるほど。ニルファース家の力を使えば、警察に捕まっても直ぐに出て来られるからな。捕まっても問題がない。警察に保護してもらおうってか」
その僕の言葉にオボルコボルは目を大きくし、キーザスは「てめぇ…… 知ってたのか!」と言った。「シロアキか」とオボルコボルが呟く。
僕はそれには構わずに言った。
「良かったな、キーザス。家が守ってくれてよ。お前は自分の力だけで冒険者をやっているつもりだったんだろうが、本当はずっと守られていたんだよ」
「何言ってるんだ、お前は!?」
僕は肩を竦める。
「本当は薄々気付ていたのじゃないか?」
奴は何も返さない。
僕は無言になった奴を見て、なんだか虚しい気持ちになった。
「キーザス。お前には剣術の才能があるよ。僕なんかよりもずっとな」
別に奴に同情をした訳じゃない。しかしそれでも惜しい気持ちになってはいた。これだけ我の強い奴が、もしもっと別の環境で育っていたなら、果たしてどうなっていたのだろう?
「才能のない僕が、どうしてお前よりも強いか分かるか? “努力のやり方”と“努力をし続けられるだけの忍耐力”を身に付けられたからだよ。それが必要な環境だったんだ。
だがお前は違う。
お前は、恐らく成長が早いタイプなんだろう? 人によって急激に成長するタイミングは違っていてな、練習し始めて直ぐに成長する奴もいれば、長い間練習をし続けてようやく成長する奴もいる。
実力が伸び悩んだ時に、その壁をどう乗り超えるか?ってのが才能を伸ばせるかどうかでは重要なんだが、お前は甘い家庭環境の所為でそれを体験できなかった。
周囲の実力者に圧倒されたり、アドバイスを貰うなんて経験はしなかったんだろう?
周りがお前に負けてくれるから、自分の実力がまだまだなんだって謙虚になる事もできなかった……
お前のオリジナル剣術は、実力が伸び悩んだ時に思い付いたんじゃないのか? 多分、周りは称賛してくれたんだろうが、はっきり言ってあれじゃ生き残れないよ。まだまだ改良しないとな」
僕の言葉にキーザスは何も返さなかった。軽く溜息をつくと僕は続けた。
「お前に同情はしない。お前よりも遥かに恵まれていない立場の人間をたくさん見ているからな。僕だってその一人だ。
だが、その恵まれた環境の所為でお前がありもしない幻想を抱いてしまったってのは分かっている。
なぁ、キーザス。金持ちの家に生まれて、才能にも恵まれていて、女にモテて、悪を倒して名声を得られて……
そんな願望充足系の物語みたいな都合の良い世界は現実にはないんだよ。
現実は、確り努力しなくちゃ才能は開花しないし、性格が悪ければ女に嫌われて、何をしても構わない絶対的な悪なんて存在しない……」
キーザスは僕の言葉には応えなかったが、代わりにオボルコボルにこう尋ねた。
「オボルコボル…… さっきお前は、“今回は何もする気はない”って言ったよな? つまり、前回は何かしたって事か?」
オボルコボルは何も返さない。
しかしその無言は、奴の言葉を肯定していた。
それからキーザスは声を殺して泣き始めた。
やはりこいつに同情する気にはなれない。だけどやっぱり、まったく別の何かがあったなら、こいつはこんな人生は歩まなかったのだろうな、とは僕は思っていた。
成長曲線に個人差があるのは本当の話です。しばらく努力をし続けないと、自分に本当に才能があるかどうかなんて分からないのですね。