17.狙われたエルー
僕は人混みの中、辺りを見渡した。
「うーん……。見つからない」
エルーはパレードを追っていったはずだ。それはほぼ間違いない。でも、パレードを追いかけても彼女の姿は見つけられなかった。途中で他の何かに気を取られて、そっちに行ってしまったのだろうか。
さて、どうしよう?
少し悩んで思い出した。彼女には僕を探し出す能力があるらしい事に。
それならば、彼女が僕を見つけ易いように人気のない場所にいる方が良い。そう考えると、僕は祭りの会場の外れを目指した。
宿に戻っても良いけど、夜の部の祭りも楽しむつもりだから近くにいた方が良い。
――歌唱コンテストが終了した。
エルーは即興の音楽という事で、通常の審査の対象外となってしまったが、その代わり審査員特別賞を受け取る事ができた。わずかではあるが賞金も貰え、彼女はそれをとても喜んだ。少しでもロメオにお返しができると思ったからだ。
会場の片づけを手伝い終えると彼女はそろそろロメオを見つけなければいけないと考えた。自分を心配して探しているかもしれない。
意識を集中すると、彼が祭りの会場の外にいるのが分かった。きっと見つけ易いように人気のない場所で待っているのだろう。
「ロメオ君の所に向うのかな?」
彼女が歩き始めると、白いコートの人物が傍に来てそう話しかけて来た。何故か一緒に付いて来る。
「ちょうど良い。実は彼に話したい事があってね」
なんだかよく分からないが、この人物はロメオの知り合いらしい。軽く頷く。彼女はロメオの所まで案内する事にした。
しばらく進んで石畳の道を抜け、人気がなくなり始めたところで、白いコートの人物は「あ、そうだ。君に会えたら試してみたい事があったんだった」と言って、紙を一枚取り出して彼女に見せて来た。
彼女はそこに書かれてある文字を見て驚く。
“コンニチハ”
彼女達の言語で挨拶の言葉が書かれてあったからだ。この人は、自分達の言語が分かるのだろうか?
「アネリナ、サイナ?」
喜んでそう話しかけた。ところがそれに白いコートの人物は、「いや、悪い。発音は分からないんだ」と返す。
彼女が首を傾げると、その人物は紙を取り出して何かを書いた。彼女に見せる。“書ケルダケ”と書かれてある。少し残念だったが、文字の読み書きで通じるだけでも充分に嬉しかった。
「ニア、サ、プサア!」
喜びの声を上げる。その人物はそれを見て笑った。
「思った以上に喜んでくれているね。いやあ、私も嬉しいよ。私は考古学をやっていて、古代文字の解析も仕事の内なんだ。君のお陰で答え合わせができたよ。ありがとう」
ところが、そう言い終えたタイミングだった。突然人相の悪い男が目の前に立ったのだ。後ろには太めの中年男性もいる。彼は「ふーん……」と言って彼女をじろじろと見つめ、
「おい、お前、これも読めるか?」
などと言って紙を見せて来た。
彼女はそれに驚く。
今日はなんて日なのだろう? なんと、そこにも彼女達の言語が書かれてあるではないか!
ただそれは彼女の入っていた石棺に書かれていた文字だったのだが。“希望を未来に託す”と書かれている。
「ウレ、ニカカ」
と彼女が応えると、その男はにやりと笑った。
「その様子だと読めるらしいな!」
そこで白いコートの人物が彼女に小声で言う。
「まずいよ、この男は冒険者だ。ちょっと助けを求めて来る。こんな時の為に、君を人気者にしておいたんだ」
何故か駆けだして行ってしまった。
「ウレア?」
そして白いコートの人物が駆けて行った先を見つめ、そう彼女が不思議そうに声を上げた瞬間だった。
「退治してやるぞ! この魔王め!」
そう言って、突然目の前の男が彼女に襲いかかって来たのだ。
彼は彼女の腕を掴み、足をかけると、強引に力任せに彼女を地面に倒した。ズシンッという重い衝撃が彼女の身体を突き抜け、肺が圧迫されたかのような感覚を覚える。軽くむせてしまう。そんな彼女を男は馬乗りになって押さえつけ、剣を取り出すと彼女の喉元にその切っ先を当てた。
楽しそうに笑いながら男は言う。
「なんだぁ? 随分と弱いな。これなら殺すまでもない。生け捕りにして、アスタリスク教に引き渡すか」
彼女は恐怖で竦んでしまう。
「ソエラ……」
意味が分からず、許しを請うた。
その様子を見た彼は、サディスティックに表情を歪めると、剣の先を胸に当てて軽くプツリと刺した。
血が出て、肌の上で玉となって浮かぶ。
恐怖に耐え切れなくなった彼女は、助けを求める声を上げる。
「ロメオー! アレナウレオー!」
“ロメオ”という名を聞くと、彼は苛立たしげに彼女を睨みつけた。そして、
「“ロメオ”だぁ?」
と言ってから彼女の顔を叩いた。頬に鋭い痛みが走り、彼女は涙を浮かべる。
「あいつの名を言うな! フレアといい、なんで女はあいつの名を言うんだよ? 女のくせに俺を馬鹿にしやがって! むかつくな!」
「ロメオ…… ロメオ…」と、それでも彼女は小さく呟く。
彼はその様子を見て「はーん。そうか、そうか」と細かく頷きながら言った。
「ロメオの野郎、よりによって魔王を自分の女にしたのか。馬鹿な奴だとは思っていたが、呆れるね」
それから彼は彼女の顔と肢体をゆっくりと眺める。
「……まぁ、多少は分からなくもないがな。面白い。あいつの女を犯してやるか。あいつの悔しがる面が拝めるぞ……」
そして、彼女の胸を乱暴につかむと、顔を彼女の顔に近付けた。その意味を察した彼女は大声を上げる。
「ロメオー! アレナウレオー!」
身体を左右に激しく振り、全力で嫌がっている。
「うるせぇ!」と、それに彼。
「あいつの名を言うなって言っただろうが!」
そして、彼女の顔をまた激しく叩いた。それから再び怯える彼女の身体に乱暴な愛撫を加えようとした。
が、その時だった。
「おい、キーザス!」
そう彼を呼ぶ声が聞こえたのだ。顔を上げるとそこに蹴りが飛んで来た。後方に思い切り吹き飛ぶ。
彼が半身を起こすと、そこには目を爛々と怒らせたロメオの姿があった。