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16.歌唱コンテスト

 キーザスとオボルコボルが、祭りの人混みの中を歩いていた。苛立たしげな様子でキーザスが口を開く。

 「チッ! こんな中から、どーやってロメオと奴が連れてる異人種の女を探せば良いんだよ?」

 アルプ街に彼らの知り合いは少ない。だから尋ねる事もできなかった。もっとも、知り合いがいてもロメオの味方をするだろうからあまり役に立たないのだが。

 「そもそもシロアキの情報は本当に信頼できるのか?」

 異人種の女をロメオが連れていて、そのロメオがアルプ街に向かった事を、彼らはシロアキから聞いたのだ。もちろん、金を支払って。

 「あの矮躯童人は卑劣です。疑うのでしたら他に行きましょう」

 と、オボルコボルが言う。吐き捨てるようにキーザスは返した。

 「もう金を払っちまったんだ。今更後に引けるか! 他に手がかりもないし」

 それから当てもなく彼らがしばらく歩き続けると、やがて妙な人だかり見つけた。広場に会場が設営されている。どうやら何かのイベントが開かれるらしい。

 かかっている看板の文字を読んでみると、“アルプ街・歌唱コンテスト”と書かれてある。どうやら今から街の歌自慢達が歌声を競い合うらしい。「くだらねぇ」とキーザスは言ったが、人が集まって来るのならロメオや異人種の女も見つかるかもしれない。彼はその近くで、しばらくロメオ達を探してみることに決めた。

 

 エルーは初めて体験するお祭りが楽しくて仕方なかった。

 楽しそうな音楽、きらびやかな装飾、明るく笑う人々。

 彼女が生まれた時代には、ここまで多くの人が集まって来るなんてことはまずなかったし、たくさんの面白い物や綺麗な物や美味しい物が売られるなんてイベントもなかった。彼女にとってそこはまるで夢のような場所だったのだ。

 興奮していた彼女は、パレードを追いかけてロメオと離れてしまってもあまり気にしなかった。いざとなれば、意識を集中して彼の居場所を探れば良いのだ。今朝彼は自分を置いて一人で出かけた。それはここが安全な街だからだろう。危険はないはずだ。

 しばらく彼女はパレードを追いかけていたのだが、やがて多くの人が集まっている場所を見つけた。

 舞台があって、その上に何人か人がいる。太鼓や笛や弦楽器。そして中央には、女の人が。

 なんとなく彼女は察した。

 これから歌が始まるのだ!

 彼女は歌うのが大好きだった。自分の生まれた時代では、彼女が歌うと皆が喜んでくれた。今はロメオが自分の歌を聞いてくれるけど、彼は演奏ができないからそれだけだ。久しぶりに演奏付きで歌ってみたい。

 やがて演奏が始まり、中央にいる女の人が歌い始めた。

 歌詞の意味は分からなかったけど、歌声は綺麗で演奏も楽しかった。自然と彼女は演奏に合わせて歌を口ずさんでいた。もちろん、歌詞は即興でてきとーに作ったものだ。

 邪魔にならないようにと小さな声で歌っていたのだけど、不意に彼女は誰かから話しかけられた。

 「君は歌が好きなのかい?」

 話しかけて来たのは、白いコートを羽織りフードを目深に被った妙な人物だった。顔が分からず、声も中性的なので男なのか女なのかも分からなかった。

 正確には何を言っているのか彼女には理解できなかったが、自分の歌の事を言っているのだと判断して軽く頷いて笑ってみた。

 するとその白いコートの人物は、「美しい歌声だね。どうだろう? 皆の前でそれを歌ってみないか?」などと尋ねて来た。

 ヒアリング率50%といったところだったが、舞台を指差して身振り手振りでその人物が説明を加えてくれたので理解できた。多分、あの舞台の上で演奏付きで彼女に歌わないかと言っているのだ。

 彼女はその提案に目を輝かせて大きく頷いた。

 あんなに素晴らしい演奏と一緒に歌えるなんて滅多にないチャンスだ。是非とも歌ってみたい。きっと楽しいに違いない。

 するとその白いコートの人物は、彼女の手を引いて彼女を舞台の裏に連れて行った。祭りの関係者と知り合いなのか、「彼女は異国の歌を歌うんだ。その場で演奏を合わせられるかい?」と訊いている。関係者から「大丈夫、問題ないよ」という返事を受けると彼女はそこでしばらく待つように言われた。どうやら歌う順番を待たされているらしい。

 やがて舞台の関係者から彼女は呼ばれた。「君の番だ」と言われたので、舞台の上に向かった。

 舞台の上に立つと、たくさんの人が彼女を不思議そうな顔で見つめた。彼女が異人種だからだろう。だが拒絶の意思は感じなかった。観客達は戸惑っていたが、むしろ歓迎されているように彼女は感じていた。

 「可愛い子だな」

 「エキゾチックで良い」

 「澄んだ瞳をしている」

 「どんな歌が聞けるか楽しみだ」

 などと口々に言う声が聞こえて来る。

 彼女がどうすれば良いのかと迷っていると、舞台袖で白いコートの人物が歌うようにジェスチャーで示して来る。それで彼女は思い切って歌い始めた。

 「ライライラー ラララ……」

 自分が生まれ育った、今はもう滅びてしまった民族の楽しい歌。いつも苦しい皆を励ましていた歌。この歌を昔の彼女の仲間達は楽しみにしてくれていた。きっとこの楽しいお祭りにもよく似合っている。

 ――皆にも、こんなお祭りを楽しんで欲しかった。

 ……どうか、少しでも、自分の今味わっているこの幸せが届きますように。

 その聞いた事のない言語の聞いた事のない歌に、会場に集まった観客達は初め戸惑っていたが、やがて慣れて来るとその純粋で天真爛漫な歌声を楽しみ始めた。しばらく彼女が歌うと演奏隊もメロディーを掴んだのか、演奏を開始する。

 演奏を聞くと、エルーはそれに合わせて歌声を少し変えた。ちょっとばかりの遊び心。すると演奏隊もそれに気付いたらしく、演奏を変化させてそれに応える。

 彼女と演奏隊のそんな音楽的な遊戯はしばらく続き、会場の皆はそれに心を奪われていた。なんだかとても美しくて楽しくて素晴らしいものであるような気がする。

 やがて演奏が終わると、会場全体を割れんばかりの拍手と歓声が包んだ。

 「素晴らしかったぞぉ!」

 「素敵!」

 「良いものを見たぁ!」

 エルーはその皆の反応に感動を覚えていた。目を潤ませる。こういう時になんて言えば良いのかはロメオから教わっていた。その言葉を口にする。

 「アリガトー!」

 その声で会場は再び沸いた。

 

 「いやぁ、想像以上の効果だった。驚いたよ」

 舞台から降りると、白いコートの人物がそう彼女に言った。

 「君はとても可愛いし、歌声も綺麗だからきっと人気者になると思って勧めてみたのだけど、大成功だった」

 その人物が何を言っているのか分からなくて、彼女は首を傾げた。

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