15.フェスティバル
僕はアルプ街の外れにある人気のない野原にいた。遠くから祭りの開催を告げる花火の音が聞こえて来ている。
多分、あの音のお陰で、僕のこの特訓はあまり目立っていない。
意識を集中し深呼吸をすると、僕は「はぁ~」と気合いを入れて爆裂の魔法と風の魔法を同時に練った。威力を上げる為に気合いを入れている訳じゃない。適度な威力に調整するのが難しいんだ。加減を間違えると、僕自身がダメージを負ってしまう。
頃合いを見計らって僕は爆裂の魔法を放った。爆風によって僕の身体は砲弾のように発射される。そのタイミングで、風の魔法も放つ。風の魔法は、更なる加速と方向のコントロール用だ。二重の力を受けた僕は高速で突進し、敵に見立てた木材に剣戟を入れる。木材は軋んで倒れてしまった。
風の魔法だけで行う移動技よりも、もう一段スピードが上がっている。随分と形になって来た。これなら実戦でも充分に使えるそうだ。僕は特訓の成果に満足していた。
レッドカブトを倒した時に偶然放つことができた爆弾の威力を利用した突進技。僕はあれを爆弾ではなく、爆裂の魔法を使って自由に出せるように訓練をしていたのだ。
別に戦闘技術を磨いてまだこれからも戦闘を行うような危険な仕事をするつもりでいる訳じゃない。何と言うか、単に工夫をして技を開発するのが楽しいだけなんだ。
それに危険は向こうから勝手にやって来る場合もあるから、備えておいた方が良いし。
しばらく練習して一息入れると、そのタイミングで「ロメオ~」と僕を呼ぶ声が聞こえた。
見ると、エルーがランチボックスを持って手を振っていた。どうやら昼食を持って来てくれたみたいだ。それで陽を見上げてみて気が付く。午前中には宿に戻るつもりでいたのに、いつの間にか昼を回っている。
僕が訓練している場所は身振り手振りで教えたくらいだったのだけど、来た時間からいってエルーは迷いなくここまで辿り着けたようだ。レッドカブトの時も真っすぐに僕を追って来れていたみたいだし、もしかしたら彼女には誰かの居場所を察知する能力があるのかもしれない。
もっとも誰でも分かるって訳じゃないだろう。僕とは何度も肌を合わせているから、僕の匂いか魔力か、何らかの手掛かりになるものを彼女は覚えているのだろうと思う。
それから僕は「ありがとう」とお礼を言うと、二人で昼食を食べた。彼女が持って来てくれたのはサンドイッチだった。別に頼んだ訳じゃないのだけど、彼女は自分から料理を作ってくれるようになった。多分、何か少しでも僕の役に立ちたいと彼女なりに考えているのだと思う。言葉が通じない彼女にはできる事は限られているから。因みに作り始めて彼女は随分とこの国の料理も上手くなった。まぁ、夫婦仲が良いと、料理が美味しくなるって言うしなぁ……。まだ正式には夫婦じゃないけど。
「食べ終えたら、祭りを見に行こう。色々と珍しい物が売っているかもしれない。君にとっては他の宗教の神様の祭りになるけど、とっくの昔に宗教儀式って意味は形骸化しているみたいだから問題ないと思う」
僕がそう言うと、彼女は何度か頷いた。僕の言葉の全ては理解していないだろうけど、誘っているのは通じているようだ。
このアルプ街の祭りの源流は、神ディオニューソスを祝うディオニューシア祭らしい。ただ、ぶっちゃけ今ではそれを意識している人はほとんどいない。何を祝っているのか知らない人が大半だろう。
だから明らかに異人種で恐らくは異教徒だろうエルーが参加しても、特に気にする人はいないはずだ。異教徒と言うのだったら、アスタリスク教だって全然違う宗教だけど、ほとんど気にせずに参加しているし。
食べ終えると、僕とエルーは早速祭りを見に行った。
アルプ街は石造りが基本で、清潔なイメージがある。今日はよく晴れていて、空の青に白い石の街並みが美しく映えていた。よく整備された石畳の道には、様々な売店が立ち並んでいる。当然、お菓子や軽食の類を売っている店も多い。さっき食べたばかりなのに、エルーは甘い焼き菓子を欲しがった。甘い物は別腹ってやつだ。
お菓子を食べ終えると、僕らは大道芸や見せ物なんかを見物した。祭りはやっぱり楽しい。でも実は、僕はただ楽しんでいるだけじゃないのだけど。
こういった祭りには、大手の飲食店も出店している場合が多い。しかも近隣の街や村から集まって来ている。大抵は屋台の看板にその説明が書いてあるから直ぐに見分けがつく。僕は見回りながら、そういった飲食店をチェックしていたのだ。
マロムの実はまだ少し残っている。日持ちしそうなやつを幾つか売らないで取っておいたのだ。後でチェックした飲食店の屋台を回ってそれを見せつつ、「もし、完熟したこのマロムの実を卸すのなら、どれくらいの価格で買い取ってくれるか?」と訊いてみるつもりでいる。
祭りで店の人間達が集まって来ている時を狙えば、周辺の街や村を回って聞いた回るよりも効率が良いし、この祭りにはそれなりに信頼のおける店しか参加できないから悪徳業者も避けられる。
つまり、僕はこの街の祭りはマロムの実の販売先を見つける良いチャンスだと考えたのだ。
しばらく見回っていると綺麗な髪飾りを売っている店があった。エルーに「欲しい?」と尋ねると、「アイイ」と答える。きっと欲しいって意味だろう。
「なら選んで。買ってあげるから」と言うと、彼女は嬉しそうに選び始めた。僕はその間で、チェックした飲食店のメモを整理をする。行く順番とか優先順位を予め決めておきたい。効率は重要だ。
そのうちにそこにパレードがやって来た。華やかな衣装に身を包んだ女達、大きなドラゴンの作り物、巨大な棒状の何か、鼓笛隊、そして、何処かの洋服屋の宣伝……。豪華ではあるけど、きっと宗教はあまり関係ない。
そのパレードに、エルーは髪飾りを選ぶのを忘れて夢中になり始めた。
「ロメオ! アレ、オモシロイ!」
僕の肩を軽く叩いて、そんな事を言う。
最近、彼女は時々僕らの言葉を使ってくれるようになったんだ。ちょっと…… と言うかかなり嬉しい。
僕はその時、まだ飲食店メモの整理していて、思った以上にエルーがそのパレードにはしゃいでいるのに気が付いていなかった。そしてふと気が付くと、彼女はそこからいなくなってしまっていたのだった。
“ありゃりゃ?”
見回しても何処にもいない。
それから、パレードが去っていくのを見て、“多分あれに付いていったのだろうな”と僕は予想した。
離れ離れになってしまった。
ただ、僕はそこまで不安を感じてはいなかった。
実はこのアルプ街に来たのは、彼女の安全の為でもあるのだ。この街は治安が良い事で知られていて、積極的に危ない場所に近付かない限り危険はない。彼女は頭が良いし雰囲気を読む力もある。そんな場所に近付いたりはしないだろう。
更にこの街には冒険者もあまり立ち寄らない。さっき言ったように危険があまりないから冒険者の出番が少なくて、冒険者ギルドの類もないからだ。つまり、エルーを魔王だと思い込んで狙っているキーザスみたいな連中に遭遇する危険も少ないって事だ。
エルーを狙っているのは、キーザスだけだと僕は思っていたのだけど、どうやらそうではないらしい。
冒険者仲間の話によると、キーザス以外にもエルーを狙っている奴がいる。しかもそいつは僕を名指しして、僕の居場所を尋ねたのだとか。
「異人種の可愛い女の子を連れているロメオって冒険者を探しているのだけど、何処にいるのか知らないかい?」
と。
フードを深く被った怪しい人物だったそうだ。
どうして僕がエルーを連れている事を知っているのかはまったく分からないが、避けておいた方が無難だろう。
ただいくら安全だからって、エルーをいつまでも一人にしておく訳にはいかない。僕は彼女を探す為にパレードを追った。




