14.キーザスの過去
キーザス達冒険者パーティが、街中の武器屋の前でもめていた。
フレアが怒鳴っている。
「あんたね、いい加減にしてよ! これで何人目よ!」
そこにいるのはキーザスとオボルコボルとフレアの三人だけだったが、実はついさっきまでもう一人いたのだ。ところが些細な事が切っ掛けになってキーザスがその一人と喧嘩をし、遂には追い出してしまったのである。
「なんだと? オレの何が悪いってんだ? あいつがリーダーのオレの言う事を聞かないのが悪いんだろうが!」
そのキーザスの子供の様な釈明に、フレアは更に苛立ちを募らせる。再び怒鳴った。
「あのね! リーダーってのはただ威張っていれば良いってもんじゃないのよ! ちゃんと仲間内の人間関係も調整しなくちゃいけないの! そうしないと、仲間の結束が直ぐに崩れて滅茶苦茶になるのよ!
あんたは、それがまったくこれっぽちもできていないのよ! はっきり言って、リーダーの器じゃない!」
それにキーザスは目を剥いた。
「知らねーよ! そーゆーのはオボルコボルかお前がやれば良いだろうが!」
その彼の反論に、呆れた様子でフレアは溜息を漏らす。
「あ~、もうやってられない!
あんたみたいな問題児を抱えて、人間関係をどーにかできる奴なんかこの世にはいないわよ! どれだけ取り繕ってもズタズタに引き裂いちゃうんだから!」
それにキーザスは何も返さない。明らかに動揺していた。目が泳いでいる。
彼としては、フレアにいい所を見せたくて、他の若い男に対して威圧的に接していたのだ。まさか、それが彼女に悪印象を抱かせているとは思ってもいなかった。
そんな彼にダメ押しとばかりに彼女は続けた。
「ロメオをクビにした時からまずいと思っていたのよ、わたしは」
「ロメオ? どうしてあいつの名前が出るんだ?」
「気付かなかったの? 彼はあなたのその傍若無人な振る舞いにずっと耐えてくれていたじゃない。懸命にパーティ全体のサポートもしていたわ。
はっきり言って、彼の方があなたよりも全然リーダーには向いていた。まだリーダーとしての経験は少ないみたいだったけど」
その彼女の言葉に屈辱を感じたのか、彼は歯を食いしばって震えていた。
「あいつがそんなに優秀なやつか? あいつは、オレとの決闘に負けたんだぞ?!」
彼女は頭に手をやって呆れる。
「負けてないわよ」
「ああ?」
「ロメオは負けてないわよ。そんな事も分からないの?」
そこで彼女はオボルコボルにちらりと目をやった。何も言わなかったが、彼は目で彼女を威圧していた。
彼女はまた溜息を漏らすと、吐き出すようにこう言った。
「とにかく、もういいわ。わたしはもうこのパーティは抜けるから。はっきり言って、付き合ってられないわ」
キーザスは必死な形相で、「なんだと?」と返す。
「このパーティを抜けたら絶対に後悔するぞ?! オレは魔王を打ち取るんだからな! これから有名になって大金を稼ぐんだ!」
フレアはそれに肩を竦めた。
「言ってなさい。どーでもいいわよ、そんな事」
そして、そのまま歩き出してしまう。
その後ろ姿に向けてキーザスは吠えた。
「おい! 本当に良いのか? 絶対に後悔するぞ?」
もう彼女はそれに何も返さなかった。足も止まらない。進んでいく。
オボルコボルはそんな二人を交互に見つめ、軽く溜息を漏らした。
僕はその時、珍しく一人で小料理屋で昼食を取っていた。
実は商談があって、その帰りだったのだ。エルーにはお金を渡してあるし、蓄えの食糧もまだあるから心配ないだろう。ただ、宿で一人で留守番をさせてしまったから、帰りに何かお土産を買おうと僕は思っていた。
何を買えば喜ぶだろう?
彼女が嬉しそうな顔を見せるのを想像して思わず僕はにやけてしまう。思った以上に稼げたから、多少贅沢をしても問題はないし。
……ノーゼット村の化け熊退治の報酬は大した額ではなかったけれど、その代わりに彼らはマロムの実をたくさんくれた。
「もう収穫時期を逃してしまったから、売り物にならないんだよ。いくらでも持って行ってくれ」
という事だったので、僕はリュックに入るだけ持って帰った。
“収穫時期を逃した”と言っても、それは別にマロムの実が食べられなくなったという意味ではない。だから、通常の物流ルートでは売り物にならなくても、直接店に販売すれば充分に売れるのだ。
僕は街のレストランを訪ねると、マロムの実を見せて販売の交渉を行った。そのレストランのシェフは僕の持って来たマロムの実を見るなり目を輝かせた。
「これ、マロムの実じゃないですか! 今年はあまり流通していないのですよ。しかも、完熟!」
上品そうなシェフが、口角の泡を飛ばして興奮していた。
料理やデザートに詳しくない僕は知らなかったのだけど、どうやらマロムの実は一部ではかなり有名な高級果実であるらしい。
「検品はしていないから、傷んでいる物もあるかもしれないですよ」と言ったのだけど、それでもシェフは僕の持って来たマロムの実をかなりの高値で買い取ってくれた。お陰で、存分に懐が潤ったという訳だ。
これは一般的な話だけど、果実は収穫してから直ぐに売買される訳じゃない。卸売業者に卸され、競り等を経て販売先が決まり、その上でようやく店頭に並んだり飲食店に入ったりする。
情報技術が進歩すれば、こういった物流の過程は省略できるようになるかもしれないけど、少なくとも今は無理だ。どうしたって果実は古くなってしまう。その為、完熟状態で収穫すると販売できるようになるまでの間で腐ってしまうので、まだ熟していない状態で収穫するのが普通だ。だから完熟した果実は珍しく、もちろんその方が美味しい。そのシェフが僕のマロムの実に高値を出してくれたのには、きっとそんな理由があるのだろう。
僕がこんな話を知っているのは、父親が商人をやっていたからだ。子供の頃に聞いた話だけどまだ覚えている。
“……これ、これからも使えないかなぁ?”
昼食を食べながら、僕はそんな事を考えた。
マロムの実は、ノーゼット村の近くの森に元々自生していたが、あそこまで美味しい実がたくさん生っているのは、村の人達が肥料を入れるなどしてマロムの木の世話をしているからであるらしい。つまり、完全な野生ではなく、半野生なのだ。ならば、収穫量もある程度はコントロールできているはずだ。
今回の件の縁があるから、毎年完熟したマロムの実を買い取りたいとお願いすれば、ノーゼット村の皆は快く僕に売ってくれるだろう。
個人への販売は手間がかかり過ぎるから無理だけど、何処かの飲食店と契約して一気に卸すくらいなら僕一人にでもできる。あまり派手にやり過ぎると、物流業者達から睨まれてしまうけど、生活費の足しにするくらいならきっと大目に見てくれるだろう。ちょっとくらいなら、金品を支払って機嫌を取っても良いし……
エルーのことを考えるのなら、もうそれほど危険な仕事はしない方が良い。こういう商売を広げていけば、それでも充分にお金を稼げるようになる気がする。
ここ数年、ずっと冒険者稼業ばかりやっていたから忘れていたけど、僕は子供の頃は父親の商売の後を継ぐ気でいたのだ。こーいうのが嫌いな訳じゃない。いや、むしろ楽しい。
僕は構想を練るのに少しばかり熱中していて、周囲が見えなくなっていた。そこに不意に話しかけられた。
「――よお! ロメオ。なんか、楽しそうだな」
見ると、大人びた表情の子供がいる。いや、“大人びた”じゃない。忘れていたけど、直ぐに思い出した。こいつは本当に大人なのだ。
「なんだ、お前か」
僕がそう返すと、「“なんだ”はないだろう? 良い情報を持って来てやったのによ」と不服そうにそいつは言った。
いかにも悪知恵が回りそうな冷徹な顔のそいつの名はシロアキ。矮躯童人という子供の姿のまま成人する亜人種だ。
矮躯童人は愛玩用に品種改良された人種で、大人しい気性をしている者が多い。が、中には例外もいて、このシロアキはそんな内の一人だ。情報屋をやっているんだが、他にも色々とあくどい手段で稼いでいるという噂がある。
「聞いたぜ。ノーゼット村の化け熊を退治したらしいじゃないか。相変わらず、腕の方は確からしいな」
ご機嫌取りのつもりか、シロアキはそんな事を言った。
「そりゃどうも」と僕は素っ気なく返す。あまり付き合いたくはなかったからだ。多分何かを企んでいる。肩を竦めるとシロアキは言った。
「そう警戒するなって。さっきも言ったろ? お前が欲しそうな情報を持って来てやっただけだって」
「どうせ、金を取るんだろ?」
「そりゃな。情報屋だから」
「いらないよ。金は節約したいんだ」
今のところ金に余裕はあるが、カモだと思われるのは嫌だった。
が、次に奴はこんな事を言うのだった。
「キーザスに関する情報だと言ったら?」
僕はその言葉で止まる。
「キーザスがお前に勝ったって言いふらしていたみたいだけど、どうせオボルコボルが汚い手を使ってあいつの味方をしたんだろう? じゃなきゃ、化け熊を倒せる程の実力者があいつに負けるもんか」
他の連中もキーザスの言葉をそのまま信じてはいなかったが、こいつはオボルコボルの仕業である事も見抜いている。僕の知らない何かを知っているんだろう。
同じ冒険者パーティだった頃から、あの二人の関係は奇妙だと気になっていた。それに、キーザスはエルーを魔王だと思って狙っているはずだ。少しでも情報は多い方が良い。
「……何を知っている?」
そう訊くとシロアキはにやりと笑った。
「金」
仕方なく僕は金を渡した。
満足そうにしながら、奴は続きを語り始めた。
「ニルファース家は知っているだろう?」
「ニルファース家? あの有名な富豪のニルファース家か?」
「そのニルファース家だよ。キーザスはな、そのニルファース家の三男なんだよ」
僕はその言葉に思わず「は?」と言ってしまった。
「馬鹿な事を言うな。どうして、そんな大金持ちの家の息子が冒険者なんかやっているんだよ?」
楽しそうにしながらシロアキは言う。
「それが、ちょっと、事情があってな」
ニルファース家の三男。キーザス・ニルファースは、甘やかされて育ったらしい。
長男は跡継ぎ候補として父親の期待を背負って厳しくしつけられ、次女は政治的な道具として有用だった為に英才教育を施された。その所為でニルファース家の母親は、自分の子供達と自由に接する事ができていなかった。
ただ三男のキーザスだけは、そういった家の事情からは距離を置いて育てられた。
ニルファース家の父親が、どんなつもりでいたのかは不明だ。
長男と次女さえいればそれで充分だと考えていたのか、それとも母親が子供と接したがっている事に気が付いていて、母親の為にキーザスを家とは無関係な立場にしたのか。
ただどうであるにせよ、ようやく自分の自由になったキーザスを母親は溺愛した。もっとも、キーザス自身は母親の愛情だけでは不満だったようだ。何故父親は自分にかまってくれないのかと常に思っていた。
そんな父親の気を引く為か、キーザスはよく武芸を行うようになった。ただ、運動神経も良く、センスもそれなりにあったが、それは金持ちの道楽の域を出るものではなかった。武芸を本職にしようとしている者達には遠く及ばなかったのだ。
が、本人はそれを分かっていなかった。何故なら、キーザスの母親が、金を払ってそういった者達にわざと負けてくれるように頼んでいたからだ。
まだ子供のうちは気が付いていなかったが、ある時に彼はそれを知ってしまう。自分の実力はまがい物だった……
自身の武芸の実力を示して父親に認めてもらおうと必死になっていた彼は、その事実に深く傷ついた。そして、「余計な事はするな!」と母親に怒鳴り、そのまま家を出て行ってしまったのだ。もちろん、自分の身一つで大成し、自身の実力を誇示する為に。
そして、外に出た彼は冒険者になる道を選んだ。成功する者はわずかだが、なろうと思えば誰でもなれる職業だからだろう。
が、彼を溺愛していた母親は心配で堪らず、そんな彼を自由にはしなかった……
話を聞き終えると僕は言った。
「……要するに、オボルコボルはその母親に雇われてキーザスを守っているってことか?」
「その通りさ」とシロアキは答える。
だとするのなら、キーザスはとんでもないピエロだって事になる。
「その話、本当なのか?」
と僕は尋ねる。
軽く笑うと奴は答えた。
「本当だよ。そもそもお前自身が“思い当たる節がある”って顔をしているじゃないか」
図星だった。
オボルコボルはどう考えてもキーザスを保護していた。僕やフレアといった実力者を高額で雇い、キーザスに気付かれないように色々と工作して成果を出していた。僕とフレアに口止めしていた理由も、シロアキが語った内容が本当だとするのなら合点がいく。
キーザスに、自分の力で成果を出していると思わせないといけなかったんだ、オボルコボルは。
少しだけ、僕はキーザスに同情をした。
どう足掻いてもカゴの中の鳥でしかない奴の人生に。
……ただ、それでも、あいつが世の中の一般の人間達より、遥かに恵まれている事もまた事実だと思ったけれど。
「話はそれだけか?」
そう尋ねると、シロアキは「それだけだな」と返した。
結局、エルーをキーザスから守るのに有用な情報は得られなかった。まぁ、面白い話ではあったけれど。
ちょうど昼食が食べ終わったので席を立つと「ところで、今度は何処へ行くんだ?」とシロアキが尋ねて来た。
「アルプの街に行こうと思っている。あそこ、今度祭りをやるだろう? 連れに見せてやりたくってさ」
“連れ”というのはもちろんエルーのことだ。
もっとも、行く理由はエルーに祭りを見せてあげたいからだけじゃないのだけど。
「へー」と、奴は返す。なんでか少し笑っていた。