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13.ガットラットが冒険者を引退した理由

 「ガハハハッ! 凄いじゃないか! ロメオ! まさか、レッドカブトを倒しちまうとはな!」

 

 ガットラットが満面の笑みでそう言った。トーボを両親の所へ送り届けた後、宿へ戻る道での事だ。トーボは帰り道に目を覚まし、それからは普通に歩いて帰った。かすり傷ばかりで大きな怪我はなく、問題なく歩けていた。かなりの幸運だと言えるだろう。

 因みに、あんな目に遭ったのに、トーボはまだマロムの実を欲しがった。ここまで来ると逆に凄い。

 

 「しかし、そこまで実力を上げていたなんてな。教えておいてくれよ」

 楽しそうに語るガットラットに僕は淡々と「いや、単なる偶然。運が良かっただけ」と返した。

 「謙遜するなよ。運だけであいつに勝てるもんか」

 「いや、本当に運。なんか咄嗟に凄い技が出た。もう一度やれって言われても多分できない。愛の奇跡」

 相変わらず、僕は淡々と語った。

 流石に僕の様子がおかしい事に気付いたらしく、ガットラットは不思議そうな顔になった。

 「どうした? レッドカブトを倒したって割にはテンション低いな。って言うか、台詞と口調が合ってないぞ?」

 僕はそれを聞くと、思わず涙をにじませてしまった。

 「実は、エルーとちょっとばかりあって……」

 「あのお嬢ちゃんと? 喧嘩でもしたのか?」

 ガットラットはキョトンとした表情を浮かべていた。

 

 ……事情を説明し終えると、ガットラットは「なるほどなぁ」と口を開いた。

 「まぁ、お嬢ちゃんが怒るのも無理はないと思うぞ。お前が村の外に出た後、死ぬほど心配そうな顔をしていたから」

 それを聞いて、「そんな顔を見ていたなら、出て行かないように止めてよ」と僕は文句を言った。

 「いや、それに関しちゃすまん。宿に戻ったから話が通じていると思ったんだが、爆弾を取りに戻っただけだったんだな」

 頭を掻きながら謝ると、彼は続けた。

 「だけどよ、お前の話を聞いて思ったんだが、お嬢ちゃんは俺らの言葉が分からないんだろう? だから多分、一人でお前さんが熊を退治しに行ったと思ったのじゃないか?」

 「それは、まぁ、多分そうだと思うけど」

 それで僕を助けようと彼女はやって来たんだ。爆弾を使えば自分でも戦えると思って。実際、彼女は道中で熊を一頭倒しているし。

 「それに、もしかしたら、お前は彼女に自分の実力をあまり見せていないのじゃないか?」

 「そりゃ、そんな機会もないし」

 訓練の様子なら見せているがそれだけだ。

 「なら、心配するだろうよ。きっとお前が殺されてしまわないかと不安で仕方なかったんだろう。堪え切れなくなって、自分でお前を助けに行ったんだ」

 それを聞いて、僕は彼女がどんな気持ちでいるのか、まったく想像できていなかったことに気が付いた。

 「……と言うかな、お前と話していると、今回の件に限らず、お前が彼女のことを充分に考えられていないって俺は思っちまったんだがな」

 「どういう事?」

 「冒険者稼業ってのはさ、いつ死んでもおかしくない危険な仕事だぞ? お前がそんな仕事をしているのを、あのお嬢ちゃんはちゃんと理解して納得しているのか?」

 「いや、なんとなくは分かっていると思うけど……」

 「冒険者の仕事に連れて来たのは、もしかしたら、今回が初めてか?」

 「だよ」

 「なら、ほとんど分かっていないのじゃないか?

 お前はもう慣れっこかもしれないが、普通の人間にとっちゃ危険に身を置くなんて滅多にある経験じゃない。

 そんな危ない仕事をしているって知ったら、絶対に彼女は反対するぞ。いや、その前に耐え切れないかもしれない。今回の件を考えてもそれは分かるだろう?」

 「いや、でも慣れれば……」

 「そうか? だけどよ、もしお前に何かあったら、お前は彼女がどうなるか考えた事があるのか?

 彼女にはお前以外に誰か頼りになる人間がいるのか?」

 僕はそれを聞いて黙った。

 僕が死んで、独りぼっちになってしまった彼女を想像してしまったからだ。

 彼女は可愛くて綺麗だから、きっと彼女を自分の物にしたいって男はたくさんいるだろう。けれど、それがとんでもないクズ男じゃないって保証はない。もし、彼女が古代の魔族の生き残りだと分かったなら、何をするか分からない。

 僕の顔を見ると、ガットラットは言った。

 「お前さ、どうして冒険者をまだやっているんだ?」

 「どうしてって…… そりゃ、それなりに金になるし」

 「そうか? リスクを考えると、割の良い仕事にも思えないがな」

 「だって、冒険者以外はやった事がないし」

 「お前くらいの実力があれば、他に生活の手段くらいいくらでもあるさ」

 そう言うと、彼は少々厳しい目をつくって続けた。

 「これは後で言おうと思っていたんだがな。ロメオ、お前、どうしてトーボがさらわれたって思った時点で一度村に引き返さなかったんだ?」

 「いや、だってそれは…… 早くしないとトーボが殺されてしまうかもしれないし」

 「それは分かる。正直、その点に関しちゃ感謝していて、文句は言い難いんだが、はっきり言ってトーボを失うよりも、お前を失う方が村にとってはでかい損失だったんだ。ここでお前がいなくなったら、一気に士気が下がって熊達に村は滅ぼされていたかもしれないからな」

 「トーボを見捨てろって言うの?」

 「ああ。結果的には良かったが、その時点での正解は一度村に戻る事だったと俺は思っている…… 冷たい考えだがな。

 お前にこういう事も教えておけば良かったって俺は少し後悔しているよ。考えてみれば、俺らは頼りになる仲間に恵まれ過ぎていた。だから、残された仲間を心配するって経験がお前には足らないんだ」

 ガットラットの説明で、僕はガットラットのS級冒険者パーティに所属していた頃を思い出した。確かに戦闘中に仲間を心配する事はよくあったけれど、自分が死んだ後を心配した経験が僕にはほとんどなかった。

 だから、立ち止まって一度深く考える事ができなかったのかもしれない。正直、熊達との頭脳戦に僕は夢中になっていて、あそこで熊達を追うのを止めるなんて考えもしていなかった。

 僕の様子から心中を察したのか、ガットラットはこんな事を言った。

 「俺が冒険者を辞めた理由は、まだ話していなかったな?」

 少し驚きつつ僕は頷く。

 それから彼はゆっくりと語り始めた。

 

 ……これは俺がまだ若い頃の話だ。

 昔、俺らのパーティがマーカー専門でやっていたって話はしたよな? お前が入った頃はほとんどガーダーばかりだったが、以前は秘境を探検して新たな恵まれた土地を見つけるって仕事ばかりしていたんだ。

 ただ、正直に言ってあれはきつかったよ。秘境の探検だけだったなら、まぁ、辛くはあっても好きで始めた事だから楽しくやれていたんだが、それだけじゃなかったんだ。他の冒険者達と競わなくちゃいけなくてな、それがしんどかった。

 他の冒険者に先を越されちゃならないってんで自分達のペースで探検ができないんだよ。無理して進めば怪我人も病人も多くなる。挙句の果てには争いも起きる。

 ………そして、当然、土地を見つけた後も油断はできない。土地に施したマーキングが上書きされて他の冒険者に奪われるなんて事もしょっちゅうだったんだ。

 マーキングはお前も見た事があるよな?

 マーキング用の魔法陣を描くと、それを中心に自分達の“色”の結界が広がっていくんだ。それで自分達の土地だって主張ができる訳なんだが、これは同時に「ここに良い土地があるぞ!」って大声で報せているようなもんでもある。だから、素行のあまりよろしくない連中も呼び寄せちまうんだよ。

 それで俺達は土地を見つけた後、マーキングの魔法陣の近くに見張り役を何人か残すようになった。国に申請して、正式に俺らの所有物になるまでの間の番をするんだな。見張りがいると分かれば、その土地を諦めて奥に進む連中が大半だったが、中には土地を奪おうと戦争を仕掛けて来るような奴らもいた……

 そして、俺が見張り役の一人になって残ったあの日の晩もそれは起こった。他の冒険者パーティが土地を奪う為に攻め込んで来たんだよ。

 こっちはメンバーを分けていて、見張り役が三人だけ。相手は五人いた。不利な戦いだ。はっきり言って相手側を気にかけている余裕なんてなかったよ。殺す気でやらなくちゃ、俺らが殺されていた。

 似たような事を他でもやっている連中だったのか、暗闇に紛れての戦闘が得意でな。基本的な戦闘能力じゃ俺らの方が遥かに上回っていたが、お陰でかなりのダメージを負った。

 ただ、防御用の結界を張って、防御に徹すると一気に戦況が良くなった。明るくなったら勝ち目がないと踏んだのか、奴らは強引に攻めこんで来たよ。

 その時点で一人は倒していたから、退却する訳にはいなかったんだろうな。殺した一人が何者なのか調べられたら、何処の冒険者パーティの仕業か分かっちまう。

 結局、連中は最後の一人になるまで俺らに戦いを挑んで来たよ。朝になって、顔が分かるようになると、その連中がよく会う冒険者パーティだって分かった。その中で一人だけまだ息がある奴がいてな。挨拶くらいしかした事はなかったが一応は知り合いだった。

 そいつは瀕死だったが、俺に頼みがあるって言うんだよ。

 警戒しつつも、近付いて話を聞いてみると、“自分達の方が悪いから、恨んではいない。自分には恋人がいるから形見を渡して欲しい”って言うんだな。それは小さな宝石だった。安物だったけど大切なものだったのだろう。分かったって応えると、そいつはもう一つ頼んできやがった。

 

 「それと、お願いだ。できれば、俺らがこんな事をやっていたなんて、彼女にだけは伝えないでくれ。

 彼女は俺が真っ当に冒険者をやって金を稼いでいるって思っているんだ。俺は彼女の自慢なんだよ」

 

 俺らは話し合ったんだが、そいつの願いを聞く事にした。もちろん、その彼女にだけ伝えないなんてできるはずがない。だから、そいつらはモンスターにやられたって事にしたんだ。

 形見は冒険者ギルドに預けて恋人に届けてくれって頼んだ。俺のことは伝えないでくれって言っておいたんだが、どうもその恋人は俺を探していたらしくてな。随分と時間が経ってから俺を訪ねて来たんだ。そして、そいつの最期を知りたがった。

 はっきり言って困ったよ。

 正直に答える訳に行かない。

 だから、最後まで勇敢にモンスターと戦ったって嘘を話をしたんだ。喜んでくれると思ってな。そうしたら、その恋人はなんと言ったと思う?

 “勇敢に戦って欲しくなんかなかった。貧乏でも、一緒にいられればそれで良かったのに……”

 そう言って、悲しそうに泣いたんだよ。

 

 あの男は、恋人の為に必死に成果を出そうとして、同じ冒険者仲間を襲う事までしていた。

 でも、その恋人はそんな事は少し望んじゃいなかったんだ。

 

 一部の人間はプライドの為に命をかけ、金や名声を追い求める。誰もがその方が喜ぶと思ってな。

 そういう人間ももちろんいるが、そんな人間ばかりじゃない。人間の価値観ってのは様々だ。そう思ったら、俺はさ、危険で醜く奪い合うのが常な冒険者稼業をいつまでも続けるのが馬鹿馬鹿しくなったんだよ。

 だからその女が訪ねて来たあの街で、俺は冒険者を引退しようって決めたんだ……

 

 話し終えると、ガットラットは僕の目をじっと見て言った。

 「俺はお前がどうして冒険者を続けるのかを知らない。だが、それは本当にそんなに価値のある事なのか? あのエルーってお嬢ちゃんよりも価値のある事なのか? それとも、あのお嬢ちゃんは、金や名声を欲しがるような娘なのか?」

 もちろん、違う。

 多分、いや、絶対に彼女は僕にもっと安全に生きて欲しいと思っているだろう。

 諭すように彼は続けた。

 「あの娘、物凄く可愛いよな。大切にしろよ。

 仮に伝説上の生物である仔猫の可愛さを100だとするのなら200はある」

 そう言ったガットラットに僕は反論した。

 「何言ってるんだよ? 300はあるだろう?」

 それを聞いて“ガハハハ”と彼は笑った。

 「お前、がっつり、あのお嬢ちゃんに惚れているじゃないか。まぁ、取り敢えずは謝ってこい」

 そう彼に促されて、僕はなんだか元気になった。

 「何言ってるんだよ? そもそもこうなったのはガットラットの所為だろう? 熊に襲われているって助けを呼んだのもあんたなら、彼女を止めなかったのもあんたなんだから」

 僕の抗議に彼はまた“ガハハハ”と笑って誤魔化した。僕も思わず笑ってしまった。

 今なら彼女に素直に謝れる気がする。

 それから僕は宿に戻った。

 

 宿に戻るとエルーはベッドでふて寝をしていた。背をこちらに向けて、僕の方を向いてくれない。風呂に入って出て来ても、まだ同じ体勢のままだった。

 僕はマロムの実をリュックの中から取り出すと、「君の為に取って来たんだ。食べてごらん。とても甘くて美味しいから」と話しかけた。

 彼女はちらりと僕を見ただけで、何も返してはくれなかった。

 溜息を漏らすと、僕は彼女に謝罪をした。

 「エルー。悪かったよ。君にとても心配をかけてしまった。僕は君のことをよく考えてあげられていなかったんだ。お願いだから、許しておくれ」

 彼女に言葉が通じているかどうかは分からないけど、少なくとも僕が謝っている事は伝わっているはずだ。

 けれど、相変わらず、彼女は僕に背を向けたままだった。

 「ねえ、エルー」

 そう言って僕は彼女に近付いた。すると、少しだけ彼女の表情が覗けた。それで“おや?”と思う。

 彼女が怒っているようには思えなかったからだ。

 むしろ、喜んでいるような……

 それで理解した。

 彼女は執念深いタイプではない。いつまでも怒りは持続できない。既に怒りは治まっている。ただ、道理で言えば僕を許す訳にはいかないと思っている。それで怒っている振りをしているのだ。

 そう思うと、僕は彼女が可愛くて堪らなくなった。

 

 「エルー」

 

 そう言って彼女の肩に触れる。拒絶はされなかった。その反応で、多分大丈夫だと思った僕は、やや強引に彼女の顔をこちらに向けさせるとそのまま口づけをした。拒絶はない。安心した僕は更に身体を重ねる。続きをした。

 ……いつもよりも優しくしたから、きっと謝罪の気持ちは伝わっていると思う。

 いや、知らんけど。

 

 ……まぁ、なんしろ、そうして僕は彼女と仲直りができたのだった。

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