10年後
「・・・ふむ、こんなところか」
俺はいつものように日課を終え、帰宅の徒に着いた。俺の鍛錬場所はハイロイドに隣接する高難度領域とされている魔の森の深部だ。
ここにはたとえSランクの冒険者でも立ち入ることは出来ないほど過酷だ。初めのうちは一歩進むごとに四方八方から魔物が襲いかかってくるような有様だった。
まさに弱肉強食。血で血を洗う修羅の国だ。
そんな場所に俺の鍛錬場所がある。ここの魔物は学習しない。俺という見た目と魔力的な弱者がいれば餌だと思い喜び勇しんで飛びかかって来てくれる。やはりこの世界の野生の獣は地球よりも殺意に満ちている。まるで人間を憎むために生まれて来たような殺意を向けてくる。
それほどまでの殺気を毎日浴びていれば嫌でも強くなる。それに地球では考えられなかった死闘の連戦に次ぐ連戦。
ここにきてすでに10年が経過し、齢15となったが、間違いなく前世の同じ年齢よりも強い。そして体もこの10年でほぼ完璧に近い状態で出来上がった。身長は190cmを超えており、体重は120kg程度だろう。前世の最盛期とほぼ同じだ。
ここまでくるともはや剣を使わずとも素手で魔物を引き裂けるが、やはり剣で斬った方が金になる。剣はずっと10年前に持ち出した剣を使っている。あの剣以外では俺の力に耐えきれず一振りで壊れてしまうからだ。そもそも剣を打てる職人もいない。
「なぜだか知らぬがこの剣、ずっと同じ感覚で振れる。明らかに10年前より長く重くなっている気がするが、はてさて」
只者ではないイリスが見ても普通の剣にしか見えぬ愛剣。しかし確実に普通の剣ではない。まぁ、魔術なんてものがある世界だ。魔剣ぐらいあっても不思議ではない。
ともすればこの剣の能力は”使い手に合う”事か?ならば刀になってもらいたいものではあるが俺の全力に耐えられ、存分に振れるだけで十分だ。
10年前はここで1人、鍛錬をしていたが今では一緒に鍛錬する仲間が増えた。ハイロイドへ来る際に森で遭遇したあの黒いオーガだ。おそらく俺を追ってここへ来たのだろう。こいつがいた森では暴拳などと呼ばれ生態系の頂点にいた存在だ。こいつが魔の森に現れて以降、以前いた森の様子を探ってみたが別段強力な魔物はいないそうだ。つまり何かに負けて追われたなどということはない。
俺の前に再び姿を表したのは5年前。ちょうど俺が10歳になった時だ。その時には奴は俺があの時見せた空手の型を自分の物へとして体得していた。そして俺と出会うなり攻撃を仕掛けてきた。
5歳で戦った時よりも遥かに早く遥かに重く、そして遥かに鋭い拳打。それはかつての武神をも彷彿とさせる物だった。やはり人間の身体能力を凌駕している魔物だけある。荒削りだが比べ物にならないほど厄介になっている。
さらに空手を学ぶことでより一層知性が増したのかこちらを観察し、裏をかき、不意打ち、急所、使えるものはなんでも使うまさに実戦空手を体現した存在へと進化を遂げていた。
身体付きも随分と変わった。無作為に体を鍛えただけの野性の筋肉から戦うため、空手を十全に扱うための肉体へと変化を遂げていた。
そんな奴との戦いは実に甘美だった。10歳で再び相見えた際は森を破壊し、割り込んでくる無粋な魔物どもを粉砕し、利用し、体力が尽きるまで戦い尽くした。致命傷は貰わなかったが鍛えているとはいえ10歳の体。魔物の体力に勝つことは流石に叶わず先に力尽きてしまった。
未熟ながら回し受けも習得し始めていたが故に俺の力と背丈では致命傷を与えることができず、奴の再生能力も相まって勝ちきることができなかった。それでも行動不能にはしてやったが。
「くはは、この俺と引き分けるか。オーガよ、誇っていいぞ。前世でも俺と戦い生き延びたやつはそうそうおらん」
「・・・」
「殺さず殺されずか。なかなか貴様とは奇縁があるようだ。これからもこの森で生き続けるのであろう?ならばここを鍛錬に使うと良い。ここは魔物どもの通り道のようでな、獲物には困らん。手頃なのがわんさか襲って来てくれる。」
お互い殺す気で戦いお互い殺すことが出来なかった。今は決着をつけるべき時ではないと天が言っているのか。まぁ良い、奴は間違いなくこの森に居付くはずだ。この森はここらでは最高の環境だ。ちょっと歩けば魔物がわんさか襲いかかってくれる。ここの魔物にやられるほど奴は弱くない。最近、四つ足だけ相手にしていて飽きていたことだ。ちょうどいい相手が手に入った。
「・・・ふむ、いつまでも奴やオーガでは少々呼びづらいな。その特徴的な肌より黒いオーガ略してコクガが名乗るがいい。もっとも名乗れるのであれば、の話だがな。ともかく俺はコクガと呼ばせてもらおう」
脇腹を抉り足の腱を片方絶ったために起き上がれないコクガを見下ろし命名する。その瞬間、コクガを白い光の繭が包み込んだ。
「何が・・・?」
何が起こったか全く理解できぬ。しかしこの手の現象は必ずライトノベルに答えか類似事項があるはずだ。トリガーとなったのは・・・名前か?
「なるほど、いわゆる名付け現象か。意図せずコクガという名を与えてしまったが故に進化が始まったのか。ネームドという亜種になるパターンや種族が進化するパターン、それとも全くの新種になるか、作品によって様々ではあるがいずれにせよ強くなることは間違いない。」
ただでさえ俺と互角に渡り合うやつがさらに強くなるか!意識せずとも勝手に口角が上がる。これは武神をも超える存在となりうるやもしれんぞ!
光の繭は1分ほどで光を失い、その普通の繭となった。そしてその繭を突き破るように内側から黒い腕がニュっと生えてきた。それを皮切りに繭が内側から強引に破られ、中から偉丈夫が出てきた。
無駄を削った純粋なまでに戦闘に特化した肉体に黒い肌。頭部にわずかに見える角と同じくわずかに口元から覗く牙。そして自然と周囲を威圧するかのように全身から立ち登る覇気。
コクガは自然体で立っているがそこには一切の隙がない。あの状態では俺がどう切りかかってもカウンターで仕留められる。
しかし野生の獣にはそれがわからないのか、背後の茂みから狼型の魔物が不意を突くように飛び出してきた。
コクガは初めから見えていたようになんの殺気も出さず神速の回しげりを放ち、その首をたやすく切断した。
「殺気を出さぬ必殺の一撃。よもやわずか数年でその境地に達するとは・・・」
かつて地球で武神と呼ばれた男はその境地にたどり着くまで数多の時間を費やした。その拳はなんの殺気も持たぬが故に気配によって読むことが出来ない最速必殺の一撃となる。武神はそれを気が遠くなるほどの回数を重ねた正拳突きで持ってのみ習得していたが・・・まさか蹴りでそれを放つとは。
『カンシャ』
ほう、人間らしい姿になって言葉を発するようになったか。
「別に感謝など不要だ。どうしても感謝の念を捧げたいというのであればこれから先俺と戦い続けろ。決して俺以外に殺されるな。それがお前にできる唯一で全てだ。」
コクガは俺の言葉にこくりと頷くと踵を返し森の中へ消えていった。
それより5年間、俺は毎日森へ通い続けコクガと戦い続けた。時には並んで魔物の大群と戦うこともあった。日々濃すぎる戦闘を繰り返していたからかコクガの成長が著しい。回し受けももはや廻し受けと呼んでもいいほどには仕上がっている。
そして武神が対俺用必殺技として考案した流星拳もついに取得したようだ。先程の戦闘で初っ端から使われた時は少々肝を冷やした。コクガの武神をも軽く凌駕する肉体から放たれる拳はもはや流星などという可愛い代物ではない。俺に当てることが出来たら新しい名前でも考えてやるか。
ここ10年生活は至って簡単だ。俺が鍛錬ついでの魔の森で狩りを行い、その成果をイリスが売り捌き生活の糧にする。冒険者登録をしようと一瞬考えたが物魔術すら使えない俺が登録しようとすれば確実に問題が起こる。
問題が起これば人伝に本家まで噂がたどり着くかもしれん。体が出来ていない以上は身を守る方を優先にしたい。体ができるまでは表舞台に立つわけにはいかなかった。
素材の売却をどうしようかと思ったがイリスが過去に冒険者として活動していたらしく問題なく手続きができたのでますます持って俺が冒険者になる必要はなくなった。
いつものように外壁を飛び越え屋根を走りながら拠点としているハイロイド一の最高級宿屋に戻る。俺が魔の森奥地の素材を狩るようになってから収入が格段に上がったからだ。もやはここまでくると前世とあまり変わらんぐらいには不自由なく生活ができる。
「おかえりなさいませ、シェラート様」
「うむ、今戻った。いつものだ」
「・・・また、こんなに持ってきたのですか?」
「仕方あるまいて、襲ってくる方が悪い。相変わらずコクガも食わぬ部分は俺に渡してくるしな」
「全く、2人揃って相変わらずなんですから。魔の森の奥地の素材なんてそう簡単に売れるものではないんですからね。」
実はイリスはコクガと面識がある。一度コクガの空手が魔術相手にどれだけやれるのかというのを見ておきたくてイリスに頼み込んだ。最初コクガを見てイリスが卒倒しかけたがいつものように俺と戦っている姿を見せたら諦めがついたようだ。
「まさか・・・人の身で王種を誕生させるとは・・・しかも完璧に従えている・・・でもこの覇気は過去見たことないレベル・・・」
などと訳のわからないことを呟いていたが気にすることでもあるまい。
「そうは言っても需要に対して供給は追いついていないだろ?それに種類だって一定ではない。ギルドだって売れば売るほど儲かるし売れないわけはないだろ?」
「そのギルドの方が現金化するのに時間がかかってるんですよ。なんて言ってもここは辺境ですから。」
「なるほど。だが、それは向こうの都合だな。向こうの都合をこちらに押し付けてくるとは・・・また調子に乗ってるのか?」
一度ギルドが無理難題をふっかけてきたので闇討ちしてギルドを崩壊させたことを思い出す。全く、魔の森の中層までも到達できていない雑魚どもがどうして奥地まで踏み込めるやつを相手にできると思ってるんだ。そんな実力者相手に数の暴力が効くならその数を森の攻略に回せばいいものを。はっきり言って奴らは無駄死だな。
確かあの時は魔の森の奥地に連れて行けとイリスに対して命令が出たんだっけな?しかも報酬を独占されてると声大きく主張したバカな冒険者と結託して。しかも買取拒否とこの街で暮らせなくなるとの脅しまで丁寧にかけてきやがった。
だから俺はイリスに命じて森の奥まで冒険者を連れ込みまとめて処分。実に他愛無かった。<黄金の風>の方が数倍はマシだった。
その足で闇夜に紛れギルドを強襲。たまたま遭遇したコクガも連れてギルドを完膚なきまでに破壊し尽くした。
それから何度か暗殺者もどきが放たれたが全て返り討ちにし死体を街の中央に晒し続けたらついにこちらへの干渉はなくなった。ついでにハイロイドのギルドの上層部も刷新されたらしい。
一度痛い目を見ているのにもう忘れたか。再び思い出させてやらねばなるまいか?
「い、いえ、そこまでではありません。向こうの主張も十分理解できますので・・・」
「イリスが言うのであればそうなのだろう。」
「ところでシェラート様、ギルドにこんな張り紙が」
イリスから差し出された紙には「インペリウム帝国トーナメント開催」と書かれていた。
この文字を見た瞬間、直感した。ついに天下に我が名を知らしめる時が来たと。