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稀代の仕合い

 「・・・シッ!」


 俺は地面を蹴り最速最短で突きを放つ。この一撃で並の相手なら屠れる。しかし相手は並の相手ではない。


 奴は構えていた腕をクルリと回す。たったそれだけで俺の剣はいとも簡単に逸らされた。これぞ空手の基本、回し受けだ。基本である回し受けも稀代の空手家が行えばそれは奥義となる。たとえ刀だろうと弾丸だろうと火炎放射器だろうと全てを受け切る奴の技は回し受けと区別され、廻し受けと呼ばれていた。


 受けられることは想定済み。とはいえこの体では廻し受けの威力でどうしても体勢を崩される。


 その隙を見逃すほど甘い男ではない。体勢が崩されたと思った刹那、顔面目掛けて大砲のような拳が炸裂した。


 これも空手の基本、正拳突き。空手を習い始めて最初に習う技であろう。しかし武神と呼ばれた男の拳は違う。


 イメージの拳が炸裂し、俺は吹き飛ばれ周囲の木々を盛大に破壊した。咄嗟に顔を捻りわずかだが衝撃を逃したおかげでダメージはあるが脳は揺れていない。正常だ。


 対する空手家は俺をぶん殴った腕を元に戻し、再び廻し受けの構えを取った。が、ほんの少しであるが突き出した方の腕が裂けて血が滲んだ。


 「こんな体になろうともタダで俺を殴れると思うなよ!」


 再び地面を蹴って接近。戦いにこの体が慣れてきたのか先ほどよりも速度が出る。廻し受けで受けられるのであれば、受け切れないほどの力でねじ伏せるか受け切れないほどの速度で切り刻む!


 前世では力でねじ伏せたがこの体では無理な話だ。ならば速度で切り刻むのみ。


 俺は奴の周囲を縦横無尽に駆け巡り剣を振るう。廻し受けで対処されてもその力の向きに自分から飛び反撃を辛うじて躱す。体勢を崩されてもそこを起点として剣術のみならず体術も使って攻撃を加える。


 しかしまぁ、鍛えているとは言っても5歳の体だ。当然のように被弾は俺の方が多くなり体力も持たない。相手はあの武神だ。一瞬たりとも気を抜くわけにはいかない。気を抜けば目潰しに金的、噛みつき、とても空手家とは思えない禁じ手が飛んでくる。それが実戦空手では基本ではある。基本ではあるが実際に受ける立場になると実に危うい。


 俺はすでに満身創痍。ここまで追い詰められたことは前世では幼少期と最期の時を除いてあまり記憶にない。しかし命の危機に晒されれば晒されるほど剣は冴え渡る。


 「さぁ、稀代の武神よ。これが今の俺が持てる最高の剣だ。受け取れ。」

 俺は剣を上段に構える。防御を一切考えていない攻めの構え。そして互いの間合いに重なるところへ躊躇なく一歩踏み込んで全力で振り下ろす。これが今も昔も変わらぬ俺の必殺の剣。


 「剣技・天地喰顎」


 前世で空を大地を俺の前に立つありとあらゆるものを切り裂こうとして日々積み重ねてたどり着いた俺なりの剣の境地。無論剣に終わりなどないが、あらゆるものを斬り伏せ俺を地上最強と知らしめた剣技だ。


 この未完成の体で放つのは少々荷が重いが、たかが荷が重いぐらいで俺がこの技から逃げるわけにはいかない。全身全霊を剣に込めて振り下ろす。


 迎え撃つ武神の構えはすでに廻し受けではない。腕の力をだらりと抜いて非常にリラックスした構えを見せている。


 くはは、前世で最後にやり合った時もこれと全く同じ光景だったなぁ!!


 この構えは奴が俺を、この地上最強と呼ばれた俺を倒すためだけに編み出した拳技の構えの他ならない。


 その技の名前は流星拳。宇宙を流れる無数の流星のように一瞬にして数多の拳を叩き込む技だ。無論反動は大きく、1度使えば筋肉はボロボロにちぎれしばらくは使い物にならない。


 「うおおおお!」


 俺の剣と奴の拳がぶつかり合い・・・


 剣が負けた。そのまま奴の拳は俺を貫き勝負あり。そこで俺の意識は覚醒した。


 ゴポリと奥から競り上がってくる血を吐き捨て口元を拭う。流石にこの体で流星拳を受けるには早すぎた。内臓に深刻なダメージを負った。


 「黒いオーガよ、これが貴様に見せる到達点だ。」


 言葉が通じるとは思わぬ。だが奴の目に浮かんでいた知性が何か感じ取るであろう。仮にそうでなくとも時間はたっぷりとある。再びこいつと相見える時に全てがわかるだろう。その時に喰うかどうか決めれば良い。


 久々に全力で戦ったことで血の昂りも収まった。少し時間をかけすぎたようだし戻るとするか。


 黒いオーガをその場に残し俺はその場を後にした。


 シェラート一行がこの森を通過してより約1週間後、この森の生態系がガラリと変化した。この森にはある1匹の魔物が全ての頂点に立っていた。


 名を”暴拳”と言った。その名が示す通りその魔物の拳は岩をも容易に砕く。その蹴りの前には並の防具など紙切れも同じ。その皮膚は強い魔術耐性を持っており、物魔術はおろか、理魔術ですら薄皮を切り裂けるかどうか。そして高い再生能力を持つ文字通り森の主だ。全ての魔物はその魔物にとって餌でしかない。誰も彼もその暴拳と呼ばれた黒いオーガの縄張りには入ろうとしなかった。


 しかしその暴拳が突如として姿を消したのだ。この森を寝床とする生き物たちは災いが去ったことへの歓喜と新しくこの森の覇権を握ろうとするものたちの壮絶な戦いに身を投じることになる。


 また、この森を主な狩場としていた冒険者たちもこの森の異変と暴拳の消失による生態系の変化に翻弄されることになる。


 暴拳が寝床としていた河原にある崖にはこれまで見たことないほどの深い打撃痕が刻まれていたという。暴拳の行方は誰も知らない。


 さて、黒いオーガとの戦闘を終えた俺はここに来た時と同じく気配を消して休憩所へ戻った。休憩所ではすでにゴブリンの解体を終え昼飯の用意がされている頃だった。数人が俺を探して呼ぶ声がする。


 「ギリギリ間に合ったようだ」


 「ちっとも間に合っておりませんが?一体どこで何をしてらっしゃったのですか?シェラート様?」


 俺の小さな呟きに反応したのはいつの間にか背後に立っていたイリスだ。気配を消した俺を見つけ、さらに俺に勘付かれることなく背後を取るとは・・・やはり只者ではないな。


 「少し用を足していただけだ」


 「へぇ、その用とは随分危険な用でしたですね。具体的に言うと全身ボロボロで内臓までダメージを受けるぐらいには」


 まさかそこまでバレるとは。これでも痛みには慣れている。想像とはいえ流星拳をまともに喰らったんだ。内臓にまでダメージを受けていることはわかっていた。とはいえその程度なら前世で何度も経験している。表には出していないはずだが、一体どこで勘付いたんだ?


 「珍しくシェラート様から血の匂いがしましたので。しかし外傷は負ってないですので内臓かと。」


 「考えていることをあっさりと読むものではない。しかし鼻が利くものだな」


 「シェラート様のことでしたらなんでもわかります」


 確かに生まれた時よりこの女の世話になっているが、なかなかどうして背筋がゾッとする話ではある。


 「そのままでは食事もままならないでしょうから治しますよ?癒しの光(ヒール)


 イリスの理魔術で傷が癒えてゆく。何度かこの魔術を受けているが見事なものだ。一瞬で傷が癒え楽になる。人死が出ないように現代医術やら中国の秘術やらを集めた地下闘技場の治療チームよりもイリスの魔術の方が優秀だ。


 (皆が皆このレベルで魔術を使えるとは思わんが、それでも即座に回復する可能性は頭に留め置いた方がいいだろうな。致命傷が致命傷じゃなくなるやもしれん)


 この昼休憩を境にちょくちょく魔物に襲われるようになり始めた。時には10を超える群れで襲ってきたこともあり、<黄金の風>だけでは対処できなくなりイリスも参戦することがあった。


 雑魚相手とはいえ、なんの娯楽もない馬車での長旅だ。わずかでも体を動かし何かと戦えるというの実に羨ましいものだ。


 俺1人で戦えば、たかがゴブリンや獣畜生程度何匹群れようとものの数ではないが今回俺は護衛対象だ。進んで前に出るわけにもいくまい。ましてや俺は魔術の使えない劣等種。全てを跳ね除ける実力も後ろ盾もない以上は表に出るべきではない。


 少なくとも5歳という今は表に出ない方がいい。まぁ、時間はたっぷりある。今はじっくりと鍛えていけば良い。幸い馬車が進めば進むほど強い魔物が多く出現する辺境に近づいているらしいからな。敵には困るまい。


 魔物と遭遇する回数は増えたものの、馬車は順調に進んだ。此度の行程で一番強かったのはあの森で出会った黒いオーガだ。冒険者に話を振ってみるとどうも”暴拳”などと言ってあたり一体を支配している強力な魔物のようだった。


 あの程度で強力な魔物は笑わせるがあの黒い皮膚は魔術に対して強い耐性があるらしい。それこそ理魔術ですら火力不足だとか。魔術が中心となったこの世界では脅威になるのだろう。ある種の弊害だな。


 あれは特殊個体のようで魔術が通用しない魔物は出ることがなく、奴を除いてはグレートベアという巨大な熊の魔物が一番の強敵だったようだ。


 グレートベアの毛皮には物魔術が通用しないようだ。<黄金の風>は早々に理魔術で対処に当たった。対処と言っても結構単純で足の速いアロー系の魔術で敵を押さえつけ、大技で仕留める。毛皮は魔術に耐性があると言っても所詮は生き物の毛皮。火には弱い。


 彼らが魔物相手に苦戦してたように見えたのは素材の価値をなるべく落とさないようにするためのようだった。素材を諦めた彼らは強かった。冒険者の中でも最高峰Aランクというのも納得の実力だった。


 ぜひ斬ってみたい。


 そんなこんなで旅は順調に進み、全員が欠けることなく無事、魔物が跋扈する魔の森と隣接し、虎視眈々と帝国への侵攻を目論む敵国と最も近いこの世の地獄と称される辺境の街、ハイロイドにたどり着いたのだった。

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