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辺境への道中

 ゴトゴトと馬車に揺られながら街道を進む。この辺は魔術の力なのだろうか、道の整備に関しては思っていたよりも進んでいた。小説では辺境に行けば行くほど道など舗装されていないのが鉄板だったが、馬車で2週間ほど走ったにもかかわらず今のところは明らかに人の手が入っていると思われる道が続いている。


 ここまでの行程では夜は必ず街に泊まることが出来ており、野営の経験はない。何か魔物が出てきそうな場所や盗賊が出てきそうな場所も一切なく、実に退屈だった。


 俺は馬車ので移動ではあったが、鍛錬のために時に馬車と並走し、時に馬車の屋根で逆立ちや立禅を行った。さすがは揺れる馬車の上、なかなかいい鍛錬になった。


 ところで、いかに道が整備されており、道の周囲が開けていても、この世界は現代日本より遥かに危険に満ち溢れている。魔物や盗賊の可能性もゼロではない。そんな道中を男とはいえ御者1人に女子供1人づつで移動するのはかなりの危険が伴う。


 そのため、ドニゴール家は冒険者ギルドへ依頼を出し護衛を雇った。何気にこの冒険者どもが俺がこの世界で初めて見るドニゴール家の者以外の戦闘職だ。


 やはりというべきか全員が全員魔術師のような装備をしている。腰には杖らしき棒状のものと望遠鏡のような筒を持っている。その筒はおそらく件の魔術砲だろう。護身用か主武装かは知らぬが軍用の型落ち品でも出回っているのだろう。


 今のところ彼らには出番がないため俺たちとは別の馬車に乗って前後から警戒しているようだ。実際に戦うところを早く見てみたいものだ。


 一通り鍛錬を終えた俺は馬車の中に戻る。そして全ての扉を遮断すると車内で待っていたイリスが水を差し出してきた。


 「お疲れ様です。シェラート様」


 「何、四股も剣もない。体が鈍らぬようにしているだけだ。そんなことより今日はあの冒険者どもについて話を聞かせろ」


 「はい、かしこまりました。そもそもの話として冒険者についてのご説明はよろしいでしょうか?」


 「不要だ。それぐらい知っている」


 この世界の冒険者もよくある小説で使い古された魔物討伐を主目的とする何でも屋の総称だ。ランクはF〜 Sだ。


 「では、彼らのことですね。彼ら<黄金の風>はこの国第二の都市であるセレウキアでも指折りの6人組冒険者パーティーです。パーティーとしてのランクはAで個人としてもリーダー及び副リーダーがAランクという強力なパーティーとなっています。Sランクの冒険者が国で1人いるかどうかということを考えると実質的にAランクが冒険者の最高峰です。中でも<黄金の風>はその実力だけでなく品性、依頼達成率ともに高い水準となっており、まさにこの国を代表するパーティーと言えます。」


 「ふむ、では可能性は?」


 「低いと考えてもいいでしょう。秘密裏とはいえドニゴール家からの指名依頼による護衛です。依頼主に踏み込まないのが冒険者マナーとはいえ耳敏いものはいます。大貴族からの護衛依頼の失敗は大きく響きますからね。彼らがこれまで積み上げてきたものの大きさはそれこそお金に変えられない価値があります。エリファス様がシェラート様を狙うためにだけ膨大な金額を動かすとは思えません。」


 (イリスの言っていることは一理ある。理性が働けば俺1人を始末するのに大金は動かさないだろう。しかし相手は権力者だ。何をしてくるかわかったことではない。やはり注意する必要はあるだろう。実際、馬車上での鍛錬の際には好奇心以外の感情が込められた視線が向けられていた)


 「では御者は?」


 「あの方は正直大したことはありません。魔力も大したものではありませんしシェラート様のように動ける様子もありません」


 「魔力に関しては知らんが後者には同意だ。あの御者からは何も匂わん。殺しを生業としているのであれば匂うからな。独特の死臭が」


 その点で言えばエリファスはぷんぷん匂った。実にいい匂いだった。あれは10や100どころでは済まない数を殺しているに違いない。逆にガキどもは全くの無臭。前世の俺はセシルの年齢には既に命をやりとりをしていたものだ。全く、温室育ちか。


 最初の2週間は何事もなく進むことができた。街から町、村から村を進み、必ず宿泊は宿やその村の長の家を借りることができた。しかし2週間を超えてからは流石に中心部から離れすぎていたのか道は荒れ始め、見晴らしの悪い場所が多くなった。そして夜は野宿となった。


 その頃からか護衛の<黄金の風>も真剣に警戒をするようになった。そしてついにそいつは現れた。ちょうど昼休憩のために森のそばにあった少し拓けた場所に馬車を止めたその時だった。


 「・・・接敵を確認!数は3!北西!」


 薄い緑色のローブを纏った男が突然声を張り上げた。どうやらこいつが見張り役のようだ。しかし随分と気付くのが遅かったな。優秀と聞いていたがまさかここまで接近されるまで気がつかないとは。


 その男が叫んだのは25mほど気配が近づいてからだ。木々で見えづらいとはいえ下手をすれば目視で確認できる距離だ。そこまで気がつかないならこいつは不要では?


 「くそ!もっと早く気がつかなかったのか!」


 「無茶言うな!木々で囲まれているんだ!風の魔術は阻害されやすいの知ってるだろ!」


 副リーダーらしき男と緑色のローブの男が言い争っている。敵前でそんな戯言に興じる余裕があるとは。これがトップクラスの冒険者の実力か。


 「無駄口を叩いてる暇などないぞ!この距離では範囲魔術は使えない、数で優位とはいえ相手は辺境の魔物!気を引き締めろ!」


 リーダーの男が声を荒げて叫ぶ。こいつはバカか?森の中、殺気をばら撒いて戦闘行為をするというのに自ら存在をアピールするとは。本当にこいつらは最高峰なのか?


 こちらサイドがバタバタしている間に敵さんは既に木々と俺たちがいる広場の境目付近まで近づいてきていた。しかしすぐに飛び出してこないのはこちらの様子を伺っているのか。なるほど、多少なりとも知性はあるようだ。


 その様子見が功を奏したのかこちらの迎撃準備は整った。リーダーの言葉通り、彼らは範囲魔術は使わずに魔術砲で対応するようだ。しかし、リーダーの言葉を聞く限りここらの魔物は辺境の魔物と呼ばれ他よりも強いのだろう。理魔術に劣る物魔術で果たして倒せるのか?


 命をかけた戦いの独特の張り詰めた空気があたりを支配する。全く、この程度の戯れで何を一丁前に空気感など醸し出している。とっとと終わりにして飯にしたいのだが?


 接敵を感知した時に馬車の中にいろと言われたがせっかくこの世界の戦闘を生で見れるのだ。そんな絶好のタイミングをわざわざ逃す必要もあるまい。


 俺は馬車の上によじ登り戦況を見守る。ここなら戦いを俯瞰して見れる。


 さて、俺が馬車の上に陣取ったのと時を同じくして戦況が動き始めたようだ。森の中から何かが投げられ遠くの茂みに落ちた。その音に反応してしまった1人が魔術砲の先を向け、さらにそれに気を取られた1人が視線をそちらに向けた瞬間、森の中から敵が飛び出し、姿を表した。


 上背は140センチかそこらの小柄だが全身を野性味溢れる筋肉の鎧で覆っている。緑色の肌に薄汚れた肌。その目は知性を感じさせず飢えた獣のそれだ。鋭い牙を生やした口からは汚い涎が垂れている。手にはどこからか拾ったのだろうボロボロの剣や斧が握られている。そして服など着ているはずもなく、腰蓑1つ。


 ファンタジーの大定番。登場しない作品などないと言っていいほど有名魔物、ゴブリン様の登場だ。


 「そういえば俺の持つ剣以外で武器は初めて見たな」


 銃が開発されたこの血と死の時代となった今では剣などの近接武器を使う方が珍しく、既に廃れ始めている現代。街中で武器屋などなく屋敷に眠っていた剣以外の武器はセレウキアではついぞ拝むことはできなかった。


 「そんな簡単な陽動に引っかかるな!敵は目の前だ!打ち方始め!」


 気を取られたとはいえ、さすがは Aランクパーティー、そしてそのリーダーと言うべきか一喝で浮き足立ったメンバーを沈め攻撃を仕掛けた。総勢6人の魔術砲による一斉射撃。威力のほどは受けたことがないのでわからぬが、少なくともまともに当たれば衝撃はそれなりになるはずだ。


 6つの魔力の弾丸が3体のゴブリンに殺到する。1体は顔面と腹に直撃を受けもんどりを打って倒れた。即死どうかは不明だが、少なくとも戦闘離脱は間違いない。残る2体のうち1体は膝に当たり、動けなくなった。そしてもう一体は腕に当たっただけで多少勢いは削がれたものの前進してくる。その表情は仲間を倒され、自身も傷つけられたことで怒り狂っている。


 「いいぞ、いいぞ!地球ではあそこまで闘志と殺意をむき出しにしてくるやつは野生動物にもいなかったぞ!」


 馬車の上で1人存外の喜びを噛み締める。


 「あいつは俺が食い止める!他のやつは理魔術を使って確実にトドメをさせ!」


 「「「「「はい!」」」」」


 戦況は完全に冒険者有利に傾いた。魔術には全てクールタイムがあるとイリスは言っていたがあのリーダーの持つ魔術砲はそれが短いらしい。狂ったように駆けてくるゴブリンに狙いを定め再び魔力の弾丸を放った。


 狂気に染まったゴブリンには避けることなどできるわけもなく、腹に直撃。最初の1体と同様に吹き飛ばされた。


 そしてリーダーの射撃から遅れること数拍、風だの土だの水だのの槍が倒れ伏したゴブリンを貫いた。

 

 赤黒い血がパッと飛び散り、ゴブリンの目から生気が消えた。最初は危なっかしく見えたが蓋を開けてみれば圧勝か。連携にも無駄がなかったし、いちいちターゲットを指定しなくても各々が狙うべき相手を即座に判断していた。これは訓練の賜物だな。


 民間最高レベルがこれか・・・地球の軍隊とあまり変わらぬ練度だ。しかし最後に放ったあの魔術、そして範囲魔術があることを考えると地球の軍隊よりは強いかもしれん。それにのほほんと平和を享受している奴らよりもこの世界は死が身近だ。実戦経験も覚悟も段違いだろう。


 いやはや、実に喰うのが楽しみだ。


 ふむ、この世界で初めて戦闘に触れ、血を見たからか滾って仕方がない。どこかに手頃な斬れるやつはいないものか。


 ・・・見ーつけた


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