追放
屋敷を与えられてから早4年が経過した。日々の生活などそうそう変わるわけもなく、今日も今日とて四股を踏む。
初めて四股を踏んだ時よりは体も成長した。最初は2回が限度だったが今では時間の許す限り・・・は言い過ぎではあるが1時間ほどなら十分に行えるようになった。
もちろん立禅の方も進化している。最初は10キロの球体だったが、ついに30キロまでその重量を増加させた。
規則正しい生活を行い、常軌を逸したトレーニングの結果は如実に現れている。今の俺の体躯はわずか5歳で160cm60kgを超えている。もちろん肥満体ではなく全身を筋肉の鎧に覆われている。
この時点ですでに前世の時より完成度が高い。この4年間しっかりと鍛錬を積んだおかげで基礎はできた。あとはこの体を剣に合わせて調整するだけだ。もちろん成長とともに筋肉量は増加するだろうがこれまでのように全身に筋肉をつけると返って剣が振れなくなってしまう。
前世の俺がその境地にたどり着いたのが齢10を超えていたことを考えるとかなり早いだろう。
立禅を終え、俺は傍に置いておいた剣を手に取る。この剣は屋敷のある敷地の片隅にひっそりと建てられていた古びた資材置き場のような倉庫に無造作に置かれていたものだ。
倉庫には埃がたんまりと積もっており長年人の手が入っていないのは明らかだった。何か重しになるものを探して中に入り込んだ時にこの剣を見つけた。
無造作に置かれていたにしては刀身は綺麗でサビ1つない。手入れがされていたようには思えぬが・・・まぁ、魔術がある世界だ。剣の1つや2つ錆びつかないこともあるやもしれん。
何より気に入ったのが作りこそ違えど片刃の剣で片手剣にしてはいささか細長い。端的に言えば日本刀に近い直剣なのだ。剣の道に身を置いたものとして剣を選ぶことはないがそれでもやはり斬ることに特化した日本刀が一番使いやすかった。馴染みがあった剣に近いというのもまた良い。
「作りは違えど質はいい。この剣ならば俺の力にも耐えられるやもしれん」
前世では俺の力が強すぎたゆえに俺が全力で振り回せる剣がなかった。古い時代の刀であればまだ良かったが、現代の剣はだめだ。鉄が悪い。昔の武器は昔の人間に合わせて作られた物。使いやすくはあったが誠に魂を預けられる剣にはついぞ出会うことはなかった。
はてさて、異世界の鉄はどうか。
日々の鍛錬に素振りが加わったことが大きな変化の1つ。そしてもう1つ大きな変化があった。
「・・・ふっ!」
それがこの声の主。この家で俺以外の人間はたった1人、言わずと知れたスーパーメイド、イリスである。
初めの頃は勉強の教師役に家事とかなり忙しくしていたイリスだったが、鍛錬の時間を欲していた俺が勉強、特に午前の部を前倒し前倒しで進めていった結果、ついぞ教えることがなくなってしまった。魔術の勉強を午前にずらし、午後がまるまる空き時間になったところでイリスが俺の様子を見に来たということだ。
普段はゆったりめの服を着せられているがゆえに気が付かなかったのだろうが、外での鍛錬に服など邪魔なだけであった俺は基本的には服を脱いで鍛錬を行なっている。その時の俺の肉体を見たのだろう、何も言わず俺の横で真似をし始めた。
始めは見様見真似で俺のように長時間足を上げたままの姿勢を維持しようとしていたがそれが不可能と悟ると回数を重ねるようになった。
元々の筋がいいのか日を追うごとに姿勢良く、そして力強く踏み込めるようになっていた。まぁ、そう言ってもこの四股だけでイリスの体力は尽き、ついぞ立禅まで進むことはできなかった。
余談ではあるが、イリスが四股を踏み始めた日から徐々に庭の植物の生育が良くなり、小動物が頻繁にやってくるようになった。醜足の由来通り邪悪なる気を地中深くに押し込めているのだろう。魔術がある世界だ。そんなことが起こっても不思議ではない。
鍛錬の話など日々の積み重ねに過ぎぬ。4年の月日が経過したとはいえ、大して変わらぬ。ここで語るべきは前世とこの世界の最大の相違点、魔術についてであろう。
まず結論から言えば俺は魔術を使えない。もちろん”今のところは”との条件付きではあるが、イリス曰く5歳を過ぎても魔術が使えない人間など聞いたことがないそうだ。
この世界では魔術を発動するためのエネルギーである魔力は人間のみならず生きとし生けるものの全てが持っているそうだ。流石に足元の雑草が魔術を使えるということはないがそれでも魔力を感知できる者はきちんと雑草にも宿る魔力を見ることができる。
当然だがイリスも見ることのできる1人だ。そのイリスが俺には魔力がないと言うのであればそれが真実なのであろう。
もしかしたらイリスの目にも映らぬほど魔力が微小であり、成長すればそれに伴い魔力量も成長するかもしれないとのことだ。
何にせよドニゴール家における俺の不要説、あるいは追放からの抹殺説が濃厚になってきたようだ。もしかしたらエリファスは1歳の誕生日会の時すでに俺に魔力がないことを見抜いていたのかもしれぬ。
魔力がないことは新しい気づきを俺に与えた。それは魂や霊と言った意識を司る肉体の真逆にあるものの存在である。今の俺は肉体はこの世界の、意識は前世のものである。もしこの意思が何かの形で記憶というデータでこの体に植え付けられたのであれば魔力がないのはおかしい。
この世界の生きとし生けるものには須く魔力があるという前提に立てば、この世界で生まれしこの肉体にも魔力がないとおかしい。特異点としては俺という意思。前世の記憶だ。肉体を器と考えると魂は中身。その中身がこの世界産のものではないから俺には魔力がない。そう結論づけた。
つまり、この世界の魔術とは肉体ではなく魂で使うものだということだ。
さて、魔力なしと判定を受けた俺ではあるが魔術の勉強だけは続けている。なに、これから斬ろうとしている相手のことだ。よく知ろうするのは間違ってなどいまい。
いくら前世で地上最強と呼ばれた俺であっても相手のことをよく知らずに戦いを挑んだりはしない。迎え撃ったりしない。そんなのは自信過剰のバカがすることだ。まして魔術は全くの知識なし。再び地上最強へ成り上がるためにも学ぶべきことは多い。
「まず魔術の歴史ですが、その起源は正確にはわかっておりません。突然変異や神からの祝福、果ては異世界から来たものがもたらしたなどと玉石混合です。
ともかく、大昔に初めて魔術を使えるようになった人間が現れて以降、徐々に魔術の裾野は広がりました。魔術はものによっては強力な武力となるために王侯貴族などの時の権力者たちは魔術を規制したり、使えるものを身内に取り込んだりと様々手を打ちました。
しかし、魔術に目覚める人間は次第に増え始め全てを囲うことなど不可能に、また魔術師の血を受け継がせようと子を多く作り過ぎた結果、逆に魔術師の血が庶民へとばら撒かれることに繋がりました。
その結果として現在では魔術を使えない者はいません。言い換えるならば魔術とは誰でも使える便利な道具へとなったのです」
「魔術には大きく分けて3つの種類があります。1つが理魔術です。世間一般で魔術と言ったらこれを指す場合がほとんどです。理魔術は火・水・土・風・光・闇の六属性を基本とした魔術で詠唱を用いて発動します。種類によって難易度は変わりますが基本的に教育を受ければ最低限は使えるようになります。もちろん属性の得意不得意はありますが。
1つが物魔術です。物魔術はその名前の通り物を通じて発動する魔術です。この発動媒体のことを魔道具と呼びます。物魔術は魔力さえあれば発動できるので教育を受けられないほど貧しい者や身分の低い者も使えるので弱者の魔術とも言われています。それゆえか理魔術より強力なものは国で厳重に規制されています。
最後が秘魔術です。これは先ほど申し上げた2つの魔術とは全くの別枠です。これは努力云々ではなく完全に才能の領域で誰がいつどこでこの魔術に目覚めるかは全くわかっておりません。強いて言えば貴族の血脈には目覚める人が多いです。もっとも、それは庶民の中で秘魔術に目覚めたものを国への首輪としてや貴族としての権威を高めるために取り込んだがゆえですが。この秘魔術の威力も桁違いです。秘魔術に目覚めたものは目覚めたてですら一騎当千の猛者になることができます。」
「なるほど。ではいくつか聞かせてもらおう。戦争の形はどうなっている?」
「戦争ですか。いいところを突きます。さすがはシェラート様です。」
「下手な賞賛は不要だ。」
「畏まりました。ですが戦争の前にこの国における武力組織の構成についてお話しします。まずは衛兵です。衛兵は主に街の平和を守るのが仕事になっています。彼らは理魔術を習うことができなかった比較的身分の低いものたちが就いています。なので当然物魔術による武装がメインとなります。
続いて貴族街を守り、有事の際には先頭に立って外敵と戦う役割を担う兵士です。彼らは理魔術を使います。裏をかえせば理魔術が使えることが兵士になる最低限求められる要素になります。
そして騎士です。騎士はこの国最高の武力になります。主な職務は王族と城の警護や兵士では対処できない強敵の相手、そして戦争における最強の矛にして盾です。兵士がどんなに束になっても騎士には敵いません。なので戦争の勝敗は有する騎士の数で変わると言っても過言ではありません。つまり騎士の数は国力とイコールなのです。」
「衛兵は物魔術を使うのだな?で、あれば国と国との戦争の際には庶民であっても徴兵されるし、自衛のために魔道具を持っているものも多くいると理解するが?」
「・・・流石の慧眼でございます。仰る通り、魔術砲という魔力を込めるだけで理魔術が発動する魔道具が開発されて以降、戦争の形は大きく変化しました。それまでは魔術の得意でないものや剣技などに優れるものが盾となり詠唱の時間を稼いでいましたが、魔術砲の登場で庶民の全てを兵士化できるようになったことで圧倒的な魔術の幕を張ることが可能になりました。その圧倒的な物量には盾など何も役に立ちません。次第に剣術などはその価値を失い、今では魔術砲の性能とその数、そして騎士の数が戦争を左右するようになりました。
この時代のことを過去への決別として魔術の時代と呼ぶようになりました。」
(魔術砲か・・・いわば銃器のようなものだろう。引き金を引けば誰でも弾丸を放てるように、魔力さえ込めれば理魔術を放てるか。なるほど、確かに剣が廃れるわけだ。地球でも銃の登場は剣の時代を終わらせた。この世界でも同様のことが起きたのか。)
「くははは、魔術の時代か。いやはや、聞こえはいいが戦争での死人が増えるようになっただけではないか。俺からすれば単に魔術の時代ではなく、人の死が積み上がり夥しい血を流す”死血の時代”と言いたいところだな。
まぁ、いい。次だ。ドニゴール家当主エリファスは一騎当千と言ったな?つまりはそういうことか?」
「さようでございます。エリファス様だけでなく、ドニゴール家は歴代でもっとも多く騎士を輩出している家柄、特に当代及び次代は他家の追随を許さぬほどに強い。まさに騎士の中の騎士を要する家となっております」
「くくく、それではますます魔力を持たぬ俺の存在が不要ではないか。いや、不要どころか邪魔でしかないだろうな。俺という存在が。もし俺が秘魔術どころか物魔術も扱えぬ魔力なしの出来損ないだとバレてみろ、他家はここぞとばかりに責め立てるだろうな。アマーリエの醜聞すら出てくるやもしれん。
そうなる前にエリファスが取る手段は1つだな。俺の存在を消す。これが一番シンプルでこれ以上ないほどの解決策だ。」
「エリファス様が血を分けた実の子にそのようなことをするとは到底思えませんが・・・」
「ならばどうして俺だけ城を追い出した?どうして俺はハイロイドという街に追いやられる?しかも5歳という自分の身を守る力もない幼児を1ヶ月もかけて移動させる必要がどこにある?さらにいうのであれば、俺が生まれてから1年を経過し、晴れてドニゴール家の一員となった時、どうして民に知らせなかった?あの日の翌日にはこの屋敷に追いやられたぞ?街を歩いても誰も俺をドニゴール家の者だと知らぬ。証拠などあげればキリがないが、これだけ揃えば疑う余地もあるまい。エリファスは俺が邪魔なのだ」
「・・・」
「だからなんだという話ではあるがな。そもそも俺は国になど仕える気はさらさらない。俺の存在を疎み放り出してくれるのであればそれで結構。刺客を放ってくるのであればそれでも構わん、一切合切まとめて喰らい尽くして俺の糧としてやるのみだ。」
「・・・っ!」
おっと、いけない。あまりに俺にとって都合が良すぎる世界だったもので少々興奮してしまった。イリスが俺の闘気に飲まれてる。気をつけねば。
「今のところ聞くべきことはこれ以上ないな。そういえばイリス、俺ももう5歳となった。ハイロイドへ移る日もそろそろだろう?いつだ」
「あ、明後日までにこの屋敷を出発するようにと先ほど通達がありました」
「くはは、すでに動き出していたか。余程我慢が出来ぬようだ。いいだろう、受けて立とうじゃないか」
バタバタと準備をしているうちにあっという間に出発の日となった。ハイロイドまでの旅路はドニゴール家が雇った貸し馬車だ。
さて、そろそろ何か斬りたいと思っていたところだ。俺の満足する獲物がくればいいが。