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鍛錬する幼児

 ハイロイドの街へ行けというエリファスの指示ではあるが、俺がいるこの街からだと馬車で1ヶ月はかかる場所だという。流石に1歳でそのような長旅は堪えるということで5歳になるまではこの街で過ごせるようになった。


 ちなみにこの街はドニゴール侯爵家が持つ広大な領地の中でも一番栄えている領都だ。名をセレウキアと言う。地理的には隣国と接する辺境と王都を結んだ中間点だ。また、そちら方面に散らばる各貴族の領地と王都を結ぶ交通の要にもなっているため非常に賑わっており、帝都に次ぐこの国2番目の巨大都市だとイリスが語っていた。


 俺は教育のためという名目で領主城とは別の屋敷を与えられそこで過ごすこととなった。一緒に来たのはやはりイリスのみであった。


 「イリス、お前はこっちに来てよかったのか?勉学に集中できるようにと建前だけは立派だがどう考えても体のいい厄介払いだろう。」


 「別に構いません。私はドニゴール家に仕えているのではなく、シェラート様に仕えているのですから。」


 こんな得体の知れぬ不気味な1歳児に仕えたいとはなかなか趣味が変わっている。もしかしたらショタコンなる存在かも知れぬな。それにしても対象が少々幼すぎるような気もするが。


 エリファスからすれば厄介払いかも知れぬが俺からしてみれば人の目を気にする必要がなくなったことの裏返しにすぎない。むしろ好都合だ。生まれ落ちて1年経過したことでドニゴール家の人間として正式に認められたため自由に金が使えるようになった。


 額の大きい小遣いと考えればいい。阿呆みたいな金の使い方さえしなければ不自由なく暮らせるほどには毎月金が送られてくる。


 使用人はイリスだけではあるがイリスは1人でなんでも熟せるいわゆるスーパーメイドの類のようだ。エリファスからは俺の勉強まで見るように言われているらしい。俺に金は使いたくないのか、それとも俺という存在を公にしたくないのか・・・はてさて。


 屋敷を与えられた俺が最初にしたことは食事の改善だ。もちろんこれまで食事が貧相だったことはない。貴族らしいというかいわばコース料理の簡易版のようなものがこれまで俺に提供されていた。


 もしこれが普通の1歳児であるならば破格の対応と言えよう。しかし今の俺にとってはこれではダメだ。体を作るのには圧倒的にエネルギーが足りない。とにかく全てがちんまりとしており到底そんな食事を続けていては体など作れはしない。この時期は多少栄養素に偏りがあってもとにかく食べる時期だ。


 屋敷に移ってからの俺の生活は結構様変わりした。これまでは基本的に自由時間と食事の時間程度だったが、起床、朝食、勉強、昼食、勉強、自由時間、夕食。実に規則正しい生活にイリスによって変えられてしまった。


 午前の勉強は主に教養と呼ばれる類だ。国語、算数、政治、礼儀作法、一般教養あたりだろうか。とっても国語は転生特典か日本語と同じように扱えるためすぐに終了。算数も今更小学生レベルの算数などやっても仕方あるまい。武に生きていたとはいえ教養がなければ政治家のゴミムシどもにいいように利用させるだけだからな。知もまた力なりだ。


 午後の勉強は魔術についてだ。正直、魔術など斬る対象でしかないため自分が使えるようになる気はさらさらなくそういった意味では無駄ではあるが斬る対象をよく知らねば斬れるものも斬れはしないだろう。魔術初心者の俺はしっかりと話を聞くべきだろう。


 しかし、これまで基礎トレーニングに割いていた時間を勉強にとられるのはいささか勿体ない。かといってこの時間を疎かにすればイリスの逆鱗に触れ、飯が出てこない。これは致命的だ。


 ふっ、この俺が女の顔色を伺う日が来るとはな。前世では全て剣で我を通してきたがいやはや、現状では小さな我儘すら罷り通らぬ。ままならぬものだ。 


 午前の勉強はともかく午後の魔術の勉強は大切だ。イリスは実戦派というより理論派らしく、しばらくは座学が続いた。


 この魔術の時間はエリファスからの指示らしい。そのため午後の時間は午前の時間よりだいぶ厳しいものになっている。


 サボれぬ以上は残った自由時間の鍛錬の密度を上げる必要がある。そして今は剣より基礎能力を鍛える方が優先だ。筋力然り体力然りだ。


 これが地球であればジムで最新の器具を使った筋トレが効果的ではあるがそんなものはこの家のどこにも存在しない。


 「無いものを嘆いても仕方あるまい。それに最新器具など使わなくとも俺の息子に匹敵するほどの筋力をつけたやつもいる。時間は有限だ。早速始めるか」


 俺は両足を左右に開いて構え、高く上げる。このとき、手を膝に添え、力を入れて爪先から地を踏む。膝は真横に開き、足は地面に踏んだ位置から引きつけずに上げ、尻を後ろへ出さず、上体から腰までをまっすぐにして踏み込む。


 そう、日本の誇るべき伝統武道、相撲の四股だ。これは関取専用の鍛錬方法ではなく下半身の強化や柔軟性の向上に効果があり、足を上げた時に、大臀筋や中臀筋が鍛えられるため真に一流のスポーツマンや武道家は少なからず四股を踏んでいる。


 ただ、四股をしている多くの人間は四股を舐めている。四股とはそもそも醜足と書き、力強く地面を踏み込むことで土地に棲む邪気を祓い、魂を地中深くに沈め込むという神事。故に1回1回の醜足には己の全身全霊をかけて望まねばならない。間違ってもヨイショー!ヨイショー!のように短期間で出来る代物では決してない。


 俺は足を高くあげ己の気が満ちるのをじっと待つ。普通の四股でも回数を重ねればきつい。それを一定のポーズで静止し続けるのだ。凄まじい負荷がかかる。


 集中力が持つのはこの体ではせいぜい2回がいいところ。文字通り気が散った状態で続けて意味は薄い。次の鍛錬に移ろう。


 まずは中腰で構える。かかとを少し浮かし足親指の付け根に重心をかける。両手で大きなボールをかかえるように円をつくる。目は軽く開きやや上の方を見る。この姿勢のまま、俺は目の前に敵を作り上げる(・・・・・)


 これは立禅、中国拳法で站椿という静の鍛錬方法をアレンジした鍛錬だ。立禅には敵などいない。それでは実戦的な肉体は作れぬ。故に俺は敵を作り上げる。


 とはいえ1歳の体では小さすぎる故に敵がいない。ならばベクトルだけ想像しよう。例えば10キロの力で360度動き回るボール。押す引く持ち上げる押さえつける、全て10キロの力で行わねばならぬ。今の体であれば全力を出してもなお及ぶかどうかといったところ。


 5分、いや常に全力を出し続けるなどこの体では1分も続かぬ。それでも、たとえ全身の筋肉がちぎれようが力を込め続ける。


 そして気が遠くなる直前で力を抜き地面に倒れた。


 「シェラート様〜?夕食の支度ができました。」


 全身の力を使いすぎたために一歩も動けず寝転がっているところにイリスがやってきた。タイミングがいいのか悪いのか。


 「シェラート様?シェラート様!?どうしたんですか!?こんなに汗びっしょりで!」


 「なに、少しばかり体を動かしてただけだ。」


 「こんな状態が少しなわけありません!全くもう・・・」


 前世では女を抱くことはあっても女に抱きかかえられたことなど記憶にない。身動きが取れぬ故に仕方ないことではあるがいささか屈辱的だ。むぅ・・・今はこの豊かなふくらみに身を委ねることで屈辱を忘れるとしよう。


 ※前世のシェラートは唯我独尊、全てを剣で思うがままにしてきた傍若無人でした。もちろん鍛錬で倒れて動けなくなることも、女性に抱かれてそれでいいなんてこともありませんでした。今世では精神が肉体に引っ張られ欲望に忠実になってます。


=========================================


 領主城:執務室


 時間はシェラートの誕生日会の夜まで遡る。


 ここはドニゴール侯爵家の領都セレウキアの中でも最も目立つ建物である領主城の執務室。そこにはドニゴール家当主にして帝国最強の魔術師であるエリファス・レヴィ・ドニゴールと侯爵家の執事長ロノウェがいた。


 「ロノウェ、シェラートをどう見る?」

 

 「失礼を承知ながら申し上げます。エリファス様とアマーリエ様の子とは思えぬほど不気味でございます。」


 「ははは、確かに聞きようによってはアマーリエの不貞を疑うような発言だからね。確かに失礼だ。だけどそれは僕も同感だ。本当に僕たちの子かと疑うほどシェラートは不気味すぎる。もちろんアマーリエを疑うわけじゃない。彼女が浮気なんてしないことは百も承知だ。もちろん彼女が誰かに襲われることなんても実力的に考えてありえない。」


 「さようでございますな」


 「つまりシェラートは正真正銘僕たちの子だ。で、あるにも関わらず劣等種とは・・・」


 「・・・」


 劣等種。その言葉に執務室は重い沈黙が訪れた。


 「イリスからの報告を聞いて神童なんて言葉が生ぬるいほどの逸材だと思ったんだが正直期待外れだった。一眼見てわかったよ。シェラートには魔力がない。」


 劣等種、それはこの世界で魔力がない者を指す言葉だ。


 「まさか僕の血族から劣等種が出るとはね。これが外に漏れたら大変な騒ぎになる。僕の地位を狙う有象無象はこぞってこの醜聞を騒ぎ立てるだろう。あるいはアマーリエの不貞の話を出すかもしれない。」


 「社交界は一度噂が広がればそれまで。その噂が嘘か本当かは関係ありませんからな。」


 「だから僕はシェラートを切ることに決めた。魔力がないと分かった時点でね。あの子はこの家に生まれなかった。シェラートという存在はドニゴール家にはいなかった。いいね?ま、消すのはほとぼりが覚めてからだけどね。このまま公表しなければしばらくは誤魔化せるだろうし、5歳になる頃にはハイロイドだ。」


 「はっ、かしこまりました。」


 「しかし本当に意味わからない子だね。彼は僕じゃなくて君のことに意識を割いてたみたいだよ。」


 「まさか・・・」


 「間違いない。ロノウェ、君にもシェラートが劣等種だと分かったはずだ。それと同時に不気味さも覚えたはずだ。それでずっと警戒してただろう?そして彼は試すように君の視界からわざと外れた。その瞬間、君は魔術まで使った。これで1つ君の手札がシェラートに知られたというわけだ。ま、1歳児だし?そこまで考えていたかわからないけどね。」


 「・・・」


 「ただ、あの殺気だけは本物だった。」


 「えぇ、このロノウェ、久々に鳥肌が立ちました」


 「ほんの一瞬、それこそ実力者じゃないと気付かない程度だったけど確かにあの時殺気が放たれた。出どころはシェラートなのは間違いない。というよりあれほど獰猛な殺意を出せる人間がこの家にいるなら僕が知らないはずはないしね。」


 「自分の感覚を疑いましたがやはりあれはシェラート様が・・・」


 「信じられないのはその後だよ。シェラートは殺気を放った直後、全員の反応を見るように目だけ動かした。そしてわずかだが口角を上げた。」


 「まさか、全て生後1年でまともな教育も受けていないシェラート様の計画だったと!?」


 「多分ね。あぁ、それとあの殺気の後に彼にだけピンポイントで威圧の魔力を向けてたんだけどね。こんな感じで」


 「・・・っ!?ぐ・・・エリファス様」


 ロノウェは長くこの家に仕えている老執事。昔は荒事もしており並大抵の威圧では意に返さない。そのロノウェが膝を折るほどのエリファスの威圧。


 「シェラートは僕の威圧を完全に受け流していた。むしろそっちの方が心地良さそうだったよ。」


 「・・・エリファス様、シェラート様は一体何者なんでしょうか?」


 「・・・それは僕も知りたいね。ただ、この世界ではどんな存在でも魔力を持たない劣等種には価値はないよ。そんな無価値な人間がドニゴール家にいてもならない。何がなんでも絶対に消すよ。いいね?ロノウェ」


 「はっ!かしこまりました!」


 こうして領主城の夜は更けていった。

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