第一歩
準決勝第2試合、テオ対ジンテーゼというカード。テオはここまで圧倒的な力で勝ち上がってきた正統派の強者。一方ジンテーゼは魔石を取り込み肉体と精神を改造し身につけた魔物の技を用いてウーまでをも倒した邪道派の強者。
シェラートのように訳のわからない時代遅れの剣を使う圧倒的な強者にして英雄殺しの大罪人などと違ってかなりわかりやすい対戦カードに観客の期待は高まっていた。
しかし、観客の期待をあっさりと裏切りこのカードの決着は実にあっけない幕切れとなった。
「ジンテーゼさん、あんたにゃ悪いけどこの試合一瞬で終わらせるよ。シェラートさんのあんなの見せられたら血が滾って仕方がない」
「ホウ、こノ俺ヲ前にいイ度胸ジャないカ。」
「いや、いい度胸も何もないでしょ?そっちが体に宿してる魔物の能力は全部割れてるし、ウーさんと戦う前より滑舌がおかしいよね。取り込んだ魔石の力が安定してないのかはわかんないけど魂に負荷がかかりすぎてるのは間違いないね。逆に聞くけど、手札は全部バレて自分の秘魔術に精神が飲まれないように内側で戦ってる状態で俺に勝てると思ってるの?」
「・・・」
「沈黙は何よりの肯定だね。」
「・・・殺ス」
「それは無理だね」
試合前の舌戦はここで終了。この勝負は明らかにテオの勝ちだ。そして試合が始まった。
ジンテーゼはテオを最大限警戒し自身の身に宿っている魔物の全ての能力を一気に解放した。エンペラースライムの物理攻撃をほぼ無効化する肉体。エンシェントトレントの極めて高い再生能力。ビッグクラーケンの触手。そしてケルベロスの身体能力と闇の魔術。魂が削れる音がジンテーゼの脳裏に響くがそんなことはこの秘魔術に目覚めた時からだ。恐怖心などとっくに捨てている。
テオドールはすっかり異形化したジンテーゼを見ても余裕の態度を崩すことはなかった。今のジンテーゼと戦うことは人間と同等の知性を持った4体の災害級魔物と同時に戦うことを意味しているにも関わらず。
「だからさ、無駄なんだよ。それ。確かにその力は凶悪だし、真正面から戦えば俺だってウーさんみたいにどこかで力尽きる。多分あんたを真正面から殺せるのはシェラートさんかコクガだけじゃない?」
「こノ姿ヲ前に怖気付いタか」
「怖気付く?シェラートさんの方が何十倍も怖いのに?たかが魔物風情に俺がビビるとでも?・・・まぁ、いいや。そんな訳だし真正面から戦うのも馬鹿みたいだから俺は戦ってやらない。」
そういうとテオドールは人差し指をジンテーゼを向けて言い放った。
「指一本でお前を倒すよ、ジンテーゼ」
テオドール流秘奥義・幻朧惑魔拳
ジンテーゼの意識の一瞬の間隙を縫ってテオドールが秘奥義を放つ。秘奥義という割には指1本での攻撃でジンテーゼには効いているようには見えない。
「クク、クハハハハ!こレが秘奥義ダと?痛痒ニモ感じヌワ!一瞬のノ隙を突カレた時ハ焦っタガ、こレデ貴様に勝機ハナい!」
ジンテーゼの言葉を聞いてもテオドールは顔色1つ変えなかった。そして言葉を紡ぐ
「勝機がないのはお前の方だよジンテーゼ。今の攻撃は肉体ではなく魔力回路を攻撃するものだ。今のお前は秘魔術どころか物魔術1つ使えないぞ。」
「何ヲ!!グッ!?グワアアアアア!!!!」
「ほら言わんこっちゃない。只でさえお前の秘魔術は魂に負担が掛かりすぎていて不安定だったんだ。その上でズタボロになった魔力回路で魔術を使おうとすれば当然制御は出来ないよ。このまま放置して呑まれるのを見ていてもいいけど、シェラートさんに戦いを挑める貴重な存在だからね、今回は特別に助けてあげよう」
シェラートは突如苦しみ出したジンテーゼにツカツカと近寄ると顔面に回し蹴りを叩き込んだ。場外まで大きく弾き飛ばされ地面に倒れ伏したジンテーゼは気を失っていた。
「そこまで!勝者、シェラート!」
これで決勝戦の対戦カードが決定した。
翌日、前日の興奮さめやらぬ中、決勝戦が行われる。もはやここまでくれば王侯貴族の目論見など形骸化している。それどころか帝国の誇る武の象徴が相次いで敗退。しかも打ち負かしたのは帝国にはほぼ属していないものとされる辺境出身の者たち。極め付けは帝国最強の武、爆炎の魔術師の死である。
周辺諸国や属国から観戦に来た者たちはすでにこの情報を本国へと送ってあり、動き始めるのは間違いない。
無論帝国上層部もそれは理解している。しかし対策を打とうにもこれまで主軸となっていた戦力はこの大会で全員敗北。集中的に会議を行おうにも大会の日程は続いており、さらには戦いの余波で会場のみならず離れたはずの帝都にまで影響が及び、その対処と大会の進行に時間を取られていた。いわゆる八方塞がりである。
会場にいる特権階級の面々の表情は晴れない。それとは対照的についに新しい帝国最強が決まるとあって気分は高揚しているようだ。
そしていつもと全く変わらないのはハイロイド組だけである。彼らはこれから先の戦いを楽しみにしているのはあるが後ろ暗い人間の襲撃をきちんと警戒している。
決勝戦の時間になった。
その瞬間、闘技場の空気が変わった。双方の入り口から空間が歪むほどの濃密な闘気と魔力を滾らせた男たちが入場してきた。
すでにシェラートの背後には修羅が浮かんでおり完全な戦闘態勢。一方でテオドールもこれまでのどこか飄々とした表情は消え失せ口を真一文字に結んでシェラートを見つめている。
両者中央までゆっくりと進み、向かい合った。
この広大な帝国の中で最も強い人間を決めるための戦い。ここの並んだ2名の超雄のどちらにもその資格はあるだろう。命を削る戦いになることは容易に想像できた。
「ようやくここまで来ましたよ、シェラートさん。これで本気の貴方と戦える。」
「あの時拾ったガキが一端の口を聞くようになったもんだ。これまで俺とイリス、どっちにも攻撃を掠らせたことすらないのになぁ。それで本気の俺と戦えるだと?思い上がるなよ、小僧!」
「思い上がってなどいない!この時のために、貴方と戦う時のためだけに用意した俺の究極奥義でそれを証明して見せますよ。」
試合前のやりとりはここまで。あとは互いにここまで培ってきた全てを賭けて目の前の相手を倒すのみ。
「両者、位置について・・・決勝戦、開始!」
審判の声がかかる。決勝戦の開幕だ。
「さぁ、俺の前に敵として立つに相応しい究極奥義とやらを見せてみろ!テオドール!」
「言われなくても!これがテオドール流の究極奥義だ!」
起源魔術・具象化魔術 並列起動
象形拳秘奥龍神拳
テオドールがゆっくりとその構えを変える。それは普段のテオドールの攻防に優れた独特の構えではなく、雄々しく自信と覇気に満ち溢れ、気高く傲慢で、荒れ狂う破壊衝動と深淵を覗く深い知性を併せ持った、そんな矛盾を孕んだナニカを模した構えだ。
そしてテオドールの動きに合わせるように2つの魔法陣が出現し魔力が迸る。1つ目の魔法陣から姿こそ見えぬが凄まじい力を持ったナニカが呼び出され、2つ目の魔法陣を通過するごとに、徐々にその姿を表してゆく。
「これは・・・」
流石のシェラートも眉を潜めた。それだけテオドールによって呼び出された存在は別格だった。
その存在は魔力で肉体が構成されているようで、構えを取るテオドールの周りを漂ったかと思うと急速にテオドールに向かって収縮しその身を覆った。
「これでテオドール流究極奥義の完成だ。どうかなシェラートさん。これで俺にも貴方の前に立つ資格があるんじゃないか?」
全ての準備を終え改めてシェラートと向き合うテオドール。その表情には自信が浮かんでいる。そしてその自信は決して過信などではなくシェラートと戦い、あまつさえ殺すことが出来るほどの力が今のテオドールにはある。
「なるほど、イリスが教えた魔術と俺が教えた武術を組み合わせたか。いいぞ、いいぞテオドール!!!それでこそ異世界だ!」
実力者が見れば即座に土下座して命乞いを始めるほどの圧をただそこに立っているだけで発するテオドールを見てもシェラートは恐れなどはしなかった。むしろ過去に無いぐらいの満面の笑みを浮かべている。
「いいだろう、テオドール。わずか十数年でそこまで己の力を磨き上げて貴様を俺の敵と認めてやろう。その代わり、死んでも後悔するなよ?」
その瞬間、シェラートの雰囲気がガラリと変わった。それは歴戦の猛者であるハイロイド組ですら背筋が凍るような殺気。直接向けられていない余波でそれだけだ。それを間近で一心に向けられたテオドールは死を覚悟し、シェラートの背後に修羅を見た。
時を同じくしてテオドールの使った魔術に目を見開いたのがこの場に1人。そう、テオドールの魔術の師であり、シェラートの万能メイドイリスである。
「あれは・・・起源魔術の魔法陣と具象化魔術の魔法陣ですか。一応修行の中で触れることはありましたが実践レベルで使いこなすとは。流石はシェラート様と私が見出したことだけはありますね。」
とはいえシェラート様から教わった体術と併用でなければあれほどの存在を呼び出すことは不可能でしょうし、さらに言えばあんな大きな魔法陣を使っていればなんの魔術かすぐに知れてしまう。まだまだ及第点には程遠いですね。と口ではテオドールのことを褒めたものの内心ではさらに修行を厳しくしようと考えるイリスであった。
イリスの考えが伝わったのか、あるいは身の危険を感じた本能からか若干テオドールが身震いをした。
「及第点には届かないとはいえ魔術の真髄たる起源魔術に具現化魔術の併用を出来るようになりましたか。この短期間で成し得たことを考慮すれば才能は十二分にあることは間違い無いですね。いいでしょう、テオドール、貴方を魔法使いとして認めましょう。」
そう、この世界では魔術師と魔法使いには厳格な違いがある。イリスの言葉通りこの世界では魔術師よりも魔法使いの方が遥かに格上の存在だ。その理由は魔術の起源まで遡る。
かつて人ならざるものの勢力が今よりも遥かに強大で人の生息区域が今よりも遥かに限られていた時代の話。圧倒的な力と数を誇る人ならざる者達の軍勢は止まるところを知らず、ついに人の存亡が危ぶまれた。
当時の人々は神に祈った。かつての時代は人と神の距離が今よりも遥かに近かった。そして神は人に奇跡の力を与えた。人の目には見えずとも世界に満ち溢れていた魔素を使い、物理法則を捻じ曲げるまさに神の奇跡を体現できる御技。それが魔法だ。
人はその魔法の力を持って人ならざるものを退け、見事安住の地を確保したのだった。神が与えた魔法を行使するために必要なものは魔力(魔素)・制御・イメージの3つだ。その中で特にイメージに関して人は最も恐れていた人ならざる者が使う不可思議な技を模倣した。それが魔法の原点。つまり魔法は魔物の技の模倣が出発点となっているのである。
よくある話のように時代を経るにつれ魔法を行使できる存在が減ってきた。時の有力者たちは後の世に魔法を少しでも繋ごうと万人までとはいかないものの魔法よりは使える人間の多い技を開発させた。それが魔術だ。
魔術は詠唱か魔法陣で発動できる。詠唱は使うのは簡単だが強力な魔術を使おうとすれば詠唱が長くなりすぎる。魔法陣は複雑な模様を覚える必要があれば詠唱より強力な魔術を使用することができる。熟練した魔術師は魔法陣を使うのが一般的だ。
そんな魔術の中でも最高峰の難易度を誇るのが起源魔術と具象化魔術の2つである。具象化魔術はその名の通り魔力によって想像したものを具現化する魔術。この魔術を成功させるには並々ならぬイメージ力と膨大な魔力、そして緻密な魔力操作を要する。この世界でも満足に扱える人間は両手の数ほどしかいないだろう。
そして魔術の究極との言えるのが起源魔術である。起源魔術は過去に存在していた生き物を起源としその力を借りることで現代の魔術では行使不可能とされる技を発動させる魔術だ。そう、これは過去の魔物の模倣であり古の時代に神が与えた奇跡である魔法と同じ性質を持つ魔術。いわば魔法への入り口となる魔術なのである。故に魔術の最高峰。
故に起源魔術と具象化魔術の2つを曲がりなりにも発動して見せたテオドールをイリスは魔法使いとして認めたのだ。最古の魔女の名において。
「それにしても相変わらずシェラート様は底が見えませんね。力のカケラとはいえ最強種の一角である龍種のそれも神とまでなった龍神をその身に宿しているテオドールすら霞むほどの威圧、殺気。無論コクガとの戦いも本気だったのでしょうが・・・」
そこで言葉を切ったイリス。シェラートはこれまで間違いなく本気だった。しかしそれは防具を付けずに木刀で殴り合うような本気だった。しかしここにきてテオドールの力をその目で見て初めて真剣を抜いた。
それを証明するかのようにシェラートから放たれる闘気はこれまでの烈火の如く荒ぶる闘気ではなく吹き荒ぶ吹雪のように冷たく鋭利な闘気となっていた。
「それでは決勝戦、シェラート対テオドール・・・開始!」
開始の合図があったが両者共に動かず。いや、正確にはシェラートの圧に気圧されテオドールが仕掛けられないでいる。きっと脳内では幾度となく仕掛けているだろうがその度に殺されるイメージしか湧かず、すでに睨み合っているだけなのにテオドールの背には滝のような汗が浮かんでいた。
いつまでも睨み合っているだけでは一方的に消耗するだけだと悟ったテオドールは死を覚悟して攻撃を仕掛けようと一歩踏み出した足が地面に触れるより前に意識が飛ばされた。
「・・・っ!?」
地面に顔面から崩れ落ちる前に意識を取り戻したテオドールではあるが、何が起こったのかさっぱりわからず慌ててその場を飛び退いた。
「無防備がすぎるぞテオドール。そんなことではいつでも殺してくれと言っているようなものだ。しかし、やはり硬いな。首から上を消滅させるつもりで剣を振るったが結果は良くて脳震盪か。」
感情が籠っていないシェラートとは相対的にテオドールの表情には焦りが浮かんでいる。龍神を降ろし纏っている状態の自分の脳が揺れるほどの大衝撃を魔剣らしいとはいえ普通の人間が与えたことに驚き、そもそも一切油断をしてなかったにも関わらず攻撃を受けたことに恐怖し、その原理理由が分からないことに畏怖した。
「惚けている時間があるのか?身の丈に合わぬであろうそれほどの力を宿しているんだ。制限時間があるんだろう?」
シェラートの言葉は推測だけで発せられていたが見事に事実を言い当てていた。そしてシェラートは言葉に出さなかったがテオドールの意識を飛ばした時に力が揺らいでいたのをしっかりと感じ取っていた。
「次はこちらから行くぞ」
「・・・っ!!」
歩法ー瞬迅
瞬時の脱力から一歩目で自身の最高速度に達する。テオドールからしてみれば見慣れた歩法ではあるが敵対すると決めたシェラートが行うそれは今までとは桁違いの速さとなってテオドールに迫った。
剣技ー地崩
側からみればなんてことはない振り下ろし。しかしその剣には空間を歪めるほどの闘気が込められておりどれほど自分の耐久力に自信があろうと死を連想させるほどだった。
テオドールも最初はガードの構えを見せていたが咄嗟のところで飛び退いた。しかしガードのために足を止めていたために剣の届かないよう後ろに下がることしか出来なかった。
それに構わず振り下ろされるシェラートの剣。その威力は石でできた闘技場など関係ないかのようにあっさりと切り裂いた。それだけに止まらず剣圧が下がったことで全く受け身が全く取れていないテオドールに襲いかかった。
「ぐうううううう!!!!」
直撃をしていないただの剣圧にも関わらず、一切の抵抗を許すことなくテオドールを凄まじい勢いで闘技場の壁に叩きつけた。身体中の空気が抜け激しく咳き込みながら崩れ落ちたテオドールは這いつくばったままシェラートを見上げる。その目はもはや最初の気勢は消え恐怖に染まっていた。
「恐怖にその身を囚われ技すら曇らせる。なんという体たらくだ。この程度で俺の敵になろうとは聞いて呆れる。立てテオドール、自己鍛錬に任せすぎていた俺の判断ミスだ。少なくとも恐怖で技を鈍らせることが無いよう徹底的に再教育してやる。存分に殺してやるから死ぬなよ?」
そこからは一方的な試合展開となった。身も凍り心をへし折るかのような殺気と遠くの山々すら容易に消し飛ばすほどの闘気が込められた剣がテオドールに振われる。そのあまりの圧に足が竦んで幾度となくその身に斬撃が叩き込まれた。
無論テオドールも斬撃の嵐をくぐり抜けるたびに恐怖心が麻痺しガードが出来るようになってはいたが、それ以上にシェラートが斬り方を覚えたのか刻まれる傷は次第に大きくなってゆく。
そして、本来の活動時間を優に超えてその身に龍神の力を降ろし続けていたテオドールだがついに精魂尽き果て冷たい床に倒れ伏した。その姿は目も当てられないほどにボロボロで四肢はどこか欠損しており内臓もいくつか潰れ右目も光を失っている。最後は意識を飛ばしながらほぼ気力だけで立っていたようなものだ。
動かなくなったテオドールを一瞥したシェラートは更地になった闘技場を背にイリスの魔法によって唯一無事だった天覧席に視線を向ける。
「これでこの国最強は俺になった。文句はあるまいな?」
シェラートに剣を向けられコクコクと頷いた皇帝。本来は表彰式などを行うのが正道ではあるが皇帝自らが認めてしまったのだ。もはや誰も覆すことなど出来ない。ただ1つシェラートを殺す以外は。
「まずは第一歩だ。さて、次の獲物がやってくるのを待つか。」
こうして帝国最強の男となったシェラートは仲間を連れてハイロイドへと戻っていった。
第1部・完!
これにて第一部完結です。




