表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/29

準決勝 剣と拳

 もはやこの武闘会は完全にハイロイドのものへと成り下がった。帝国が誇る英雄が死に盾2枚は見事に打ち砕かれた。それだけではない。宮廷魔術師、騎士、Sランク冒険者。帝国が誇る自慢の戦力も壊滅だ。


 かろうじて元騎士のウーが勝ち残っていれば言い訳も出来ただろうが準々決勝で敗退。諸悪の根源たるシェラートも一応英雄の血筋ではあるが1歳の誕生日が祝われていない。すなわちこの国では死んでいるものと同義だ。


 それを今更担ぎ上げるのはどん底まで落ちた帝国の威信とプライドをさらに貶める行為に他ならず指を咥えて見ているほかなかった。


 同じ理由で大会を中止にすることも出来ず、ただただ皇帝以下帝国幹部は大会を進行するしか出来ることはなかったのであった。


 準決勝第1試合は俺とコクガの対戦だ。コクガとの付き合いはこの世界ではイリスに次いで2番目に長い。まさか幼少期に森で拾ったオーガがここまで成長するとは思いもしなかった。


 あいつに見せたのは前世における頂点の1つ。武神とまで呼ばれた男が見せた武、空手。前世の武神は人の身で岩をも壊し猛獣すら殺してみせた。その技をこの世界で、人間を遥かに上回る身体能力を持つ存在が身につければどうなるか、その答えがコクガだ。


 はっきり言おう。コクガが空手を始めてからまだ十数年と年月は浅いが確実に武神の全盛期を上回っている。空手の技に加えてこの世界独自の要素、魔術を取り入れた空手黒牙流は間違いなくこの世界でも通用する武と成り上がった。


 コクガとはここに来るまでに幾度となく鎬を削りあった。魔の森で魔物を狩りつつ互いの武と武をぶつけあう。それが俺たちの間柄だ。つまりこれまでで一番相手の手の内を知っているし知られている。


 さて、コクガがどう戦うか、見ものだな。


 闘技場へ入場する。ここから先は文字通りの死地。コクガの実力はこれまで戦ってきた誰よりも上。万が一があれば俺の命に手が届く数少ない存在の1人だ。


 時を同じくしてコクガも入場してくる。コクガの姿が目に入ると知らず知らずのうちに口角が上がり血が滾る。戦いを前に闘気を荒ぶらせる俺とは対照的にコクガの闘気は一点の曇りもない湖面のように凪いでいる。


 2人の闘気は烈火の如く燃え上がる闘気と深海の如く全てを飲み込む闘気。質の異なる2つの闘気ではあるがその量は両者負けず劣らず。2人が入場した際にはざわついていた観客席も今は水を打ったように静まりかえっている。


 イ「ついに実現してしまいましたか。シェラート様とコクガの対戦が」


 テ「2人は昔からの知り合いなんだよね?」

 イ「はい。シェラート様が5歳の時に森で出会いました。その時以来コクガがシェラート様に師事する形でその武を磨いて来ました。」


 ウ「コクガの武術は明らかに俺らたちのようなぽっと出や秘魔術に頼り切った戦い方とは違う。あれは完成された形を知っていてそこを目指して稽古を積んできた者が到達できる境地じゃ。」


 ル「前に一度だけ殺り合ったことがあるが、強さ、速さ、タフさ、技、どれも一級品以上だった。何より心がつえぇ。」


 イ「心ですか?」


 ル「殺し合いで心が一番重要だ。恐怖に飲まれれば拳が鈍る。恐怖を忘れれば命を落とす。コクガは心を完全に制御している。だからこそ技が生きてくる。」


 ジ「イつモいツもシェラートと殺シ合いシてリャ嫌でモ強くなンだロ。」


 ウ「それも道理じゃな。」


 イ「さて、最悪でも体の半分が残る形で終わればいいですけど」


 イリスの呟きは風に流れて消えていった。


 試合開始の合図が鳴る。その瞬間、2人はこれまでの試合とは全く異なった動きを見せた。


 まずはコクガ。これまでのコクガの戦闘スタイルは完全な受け。相手の攻撃を技で受け止め実力を測り、満足すれば自ら動いてトドメを刺す。意図せずとも相手の心を完璧にへし折る形となっていたはずだ。


 しかし、今回はコクガは待つことをせずにいきなり悠然と歩を進めた。


 「本能解放」


 コクガが呟いた言葉は誰の耳にも届くことはなかったが全ての観客はその変化を目の当たりにすることになる。これまでコクガはオーガの変異種でありながら人と遜色ない見た目をしていた。それはコクガ自身が武を磨くべくオーガという怪力をもつ種族特性に頼りきりな戦闘を変えるために力の一部を封印していたために人の姿となっていたのである。


 本能解放はコクガが封印していた力を解放するためのキーワード。オーガである本来の姿に戻る代わりに自身の持つ力を100%引き出せるようになる。いわばコクガの本気の証だ。


 「やはり初めからその姿で来るか。ならばこちらもそれ相応に答えてやらねばな!」


 シェラートの闘気が爆発的に膨れ上がった。その衝撃は衣服など簡単に切り裂き、鍛え上げられた上半身が露出した。そして人々は初めてその姿を目にする。闘気の高まり切ったシェラートの背に浮かぶ修羅を。


 イ「シェラート様の背に修羅が・・・ついに、本気になられたんですね」


 過去に一度だけその修羅を見たことのあるイリスは知っている。シェラートの闘気が最高点まで燃え上がると背中に修羅が浮かび上がる。シェラート自身はそれを闘紋と呼んでいた。すなわち本気のコクガにシェラートも本気で答えたというわけである。


 3メートルに届きそうな姿となったコクガと背に修羅を背負ったシェラートが闘技場の中央で対峙する。両者の位置は互いの間合いの一歩外。剣と拳の間合いではあるがコクガの体躯がシェラートの剣と同じ間合いを生み出していた。


 先に構えたのはコクガだった。これまでのどっしりと受けようとする構えではなく、どちらかと言えば空手よりもボクサーのように顔の前で拳を固め踵を若干浮かせ小刻みに重心を変えている。


 「まずは速さ勝負か。構わん。受けてやろう。」


 シェラートは剣を刀に変えると鞘ごと左手に持ち右手は柄に軽く添え、状態を低くしながら半身となりコクガと対峙した。居合の構えだ。


 ボクサースタイルで揺れるコクガに対して抜刀術の構えで待ち構えるシェラート。これまでの試合の様子とは一転している。


 先に動いたのはやはりコクガだった。コクガの腕がわずかに煌めいたように観客からは見えた。数瞬待っても何も起こらず見間違いかと思った次の瞬間、会場を揺るがす事態が起こった。


 それまで何もなかったシェラートの頬がぷっつりと裂け、一筋の血が流れ落ちたのだった。それは観客が見たこの大会、初めてのシェラートの流血であった。しかし、たかが頬が切れた程度でシェラートが動揺する筈もない。依然として居合の構えのまま眼光鋭くコクガを見据えている。


 ・・・そのことに観客はおろかハイロイド組、そして対戦相手のコクガですら気がついたものはいなかった。何かが起こったと気がついたのはチンという納刀される時の僅かな音が響いた時だった。


 その音と同時にコクガの両腕が裂け血が流れた。


 「その腕、落とすつもりで振るったがその程度か。存外、頑丈だな」


 何事もなかったかのように振る舞うシェラート。いや、ように(・・・)ではない。シェラートにとっては特別なことでもなんでもない。これが普通なのだ。


 あまりにも速すぎる二連撃。抜いた瞬間も斬撃の瞬間も納刀の瞬間すら誰の目にも映っていなかった。斬られたコクガですらあまりにも速すぎる斬撃で斬られたことすら気がついていなかった。


 血が流れると同時に襲ってきたわずかな痛みで斬られたと認識したほどである。この時コクガは悟った。これまで魔の森の生活も含めてシェラートはただの一度も本気を出していないことを。そして今のこの場においてこれまで幾度となく戦ってきた中で最も本気を出していることを肌で感じ取った。


 「本能・・・覚醒!」


 オーガ形態となっただけではシェラートには勝てない。そう悟ったコクガの行動は早かった。最初はオーガ形態で戦い頃合いを見て使おうと思っていた奥の手をあっさりと解禁した。


 それが「本能覚醒」。この世界に数多いる魔物の中にまれに生まれる変異種。一説では神話の時代にこの世界に君臨してたとされる魔物を統べる王、魔王の因子をその身に宿すことで生まれるのが変異種なのだそうだ。


 変異種は成体になるまで通常種の数倍の時間がかかる。その段階で淘汰される個体も数多くいる。その中で成体となった個体が名を得ること、そして周囲の魔物より王として畏怖されることで魔王の因子が成長する。


 そして成長した魔王の因子をもつ変異種が数多の命を啜ることで魔王へと至る。魔王へと至った個体が研鑽を重ねることで覚醒魔王へと至る。


 これがイリスの語っていた魔王誕生の秘話だ。


 そしてコクガはこの環境が揃いすぎていた。俺がハイロイドに来てからの十年ほどであっさりと覚醒魔王へと進化を果たしていたようだ。最もこの戦いの後でイリスから聞いた話ではあるが。


 「本能覚醒」は覚醒魔王へと到達した魔物だけが使える秘技。自身の肉体を自分が最も得意とする戦闘スタイルへと作り替える魔王自らが戦いの場に降り立つ時に使う技だ。覚醒状態になった魔物の戦闘力は従来の数十倍にも跳ね上がることもあるらしい。


 イ「あれが、コクガの本能覚醒ですか。魔物本来の姿よりも小さいですが覚醒魔王に相応しい魔力と闘気。あれは魔物としての身体能力を空手という武に全て注ぎ込むための形態でしょうか。まさにコクガに相応しい本能覚醒ですね。」


 天覧席で見ていたイリスがつぶやく。そしてこっそりと自分たちが見ている席には結界を展開するのであった。


 「闘鬼王コクガ。推して参る」


 「一見、大きさという有利を捨てたかのように見えるが尋常ならざる魔力に闘気。今まで隠していた本気をついに見せる気になったようだな?」


 元々コクガが力を隠しているのは知っていた。うまく隠してはいたが奥底から漏れる闘気は隠し切れるものではない。


 改めてコクガを観察する。人間形態の時は180センチほど、オーガ形態の時は3メートル強。そして覚醒状態となった今のコクガは体長230センチ、体重は120キロを超えているだろう。


 そしてどの形態よりも明らかに強い。空間が歪むほどの闘気が、魔力を持たない俺ですらこの目で見て知覚できるほど濃密な魔力がただ立っているだけで醸し出されている。


 これほどの相手は前世を含めても初めてだ。自然と口角が上がる。これが、これこそが俺が求めていた闘争だ。


 「ここからは俺も出し惜しみ無しだ、行くぞコクガァァァ!」


 歩法・瞬迅


 脱力からの踏み込みで一歩目で最高速度まで到達。そのままの速度でコクガに迫り神速の抜刀で首を狙う。


 闘鬼王流・牙突


 先ほどまでは目で追うことすらも出来ていなかった俺の抜刀をしっかりと目で追いながら迎撃までしてきた。


 コクガから放たれる音速を超えるジャブが俺の斬撃を撃ち落とし、衝撃波が俺を弾き飛ばす。あの体躯でこの威力と速度。筋肉だけじゃなく物理的に骨まで人間のそれとは違っているだろう。


 身体能力で言えば間違いなくコクガの方が上か。全くどうして地球では久しく味わえなかった感覚だ。


 吹き飛ばされたが空中で体勢を立て直し、着地と同時に再び瞬迅で間合いを詰めて剣を振るう。そして弾かれる。繰り返す。剣と拳がぶつかり合う甲高い音とコクガの拳によって生み出される衝撃波の音だけが響いていた。当然だが、闘技場はすでにボロボロである。


 「速度で翻弄できるほど甘くはないか。そのジャブは確かに速いが・・・もう慣れた。」


 派生歩法・蜃気楼 


 歩法・空蝉から派生するこの歩法。空蝉で急制動をかけた直後に瞬迅で再加速すれば残像が残る。コクガのジャブは俺の抜刀の始動を正確に見極めて放ってくるが故に残像に対処してしまう。


 引っ掛からずともそれが残像か見極めるのにわずかな思考の時間を要する。このタイムラグはここまでの高速戦闘においては致命的だ。


 ザシュ!


 流石のコクガも初見では蜃気楼を見破るのは無理だったようで残像に見事引っ掛かり俺の剣がコクガへと届いた。首を狙ったつもりではあったが、衝撃波で鋒が狂い胸を切り裂くに止まった。


 「やはり固い。この程度の技では表面の肉までが精一杯か。」


 覚醒魔王の肉体に魔術を伴わない純粋な物理攻撃で傷をつけること自体が常識では考えられないことではある。


 コクガは流れ出た血を指で掬うとひと舐め。胸筋に力を込めて筋肉を絞め、強引に出血を止めてしまった。


 コクガをさらに撹乱しようと再び蜃気楼に入るために一歩目を踏み出した瞬間、そこを狙っていたかのように不意にコクガが動いた。コマ落としのように一瞬で俺の目の前まで移動すると移動の勢いそのままに拳を撃ち抜いた。


 闘鬼王流・彗星拳


 大層な名前がついているがいわゆるダッシュパンチである。ダッシュパンチ。武闘家から喧嘩を覚えたての小さな子供まで使うありふれた技である。だがその威力は恐ろしいものがある。技の破壊力は直接打撃制空手の父、大山倍達によれば速さ・体重・握力である。


 2m50cmは越えようという大質量が瞬間移動かと見間違えるほどの速度でダイヤモンドすら握り潰す握力を持った拳を握りしめ、身体強化で拳を硬質化させた上での打撃だ。


 しかもこいつ、瞬迅に入る一歩目を狙い撃ちにしてきやがった。確かに瞬迅の一歩目は移動の起点となる踏み込みなため唯一速度はゼロ。だがそれはほんの些細な間であり前世も今世も含めて今まで誰にも突かれたことのない隙だった。


 それを間髪入れずに突いてきたコクガには素直に賞賛を送ろう。そしてこの一撃は自分への戒めとして甘んじてこの身に刻むとしよう。


 山をも容易に砕く一撃がシェラートに叩き込まれる。その一撃は闘技場のみならず、離れた場所にある帝都すらも揺るがした。


 それほどの一撃が決まったにも関わらずコクガは攻撃の手を緩めることはなく、凄まじい速度で連撃を叩き込んだ。


 闘鬼王流・流星連撃


 最初の彗星拳に比べるといささか威力は落ちるがそれでも一撃一撃は岩を容易に砕くほどの威力がある。そして速度は牙突と比べても遜色ない。


 体技・逸力、剣技ー柔剣術ー羽舞流水


 逸力はウーのもつ無力羽身と似ている技だ。全身の力を完全に抜き去ることで一切の打撃を無効化する体技だ。昔、中国拳法の使い手が俺の斬撃を無効化しようと繰り出した技の見様見真似だが中々上手く出来ているようだ。ちなみにその拳法家は俺の剣の前にあっさりと両断された。最後まで驚いた顔をして死んでいったが羽すら微塵に出来る俺に通用するわけがない。


 しかし、こと打撃に関して言えば逸力は有効だ。


 そして柔剣術・羽舞流水。逸力から着想を得てこの世界で編み出した剣術だ。地球には無数の鞭のような枝を振り回してくる生き物などいなかったのでな。こっちの世界では植物系の魔物は大抵無数の枝で攻撃してくる。いい練習になった。


 この剣術は相手の攻撃を剣でいなす際に踏ん張らず勢いにその身を任せ、重心を剣を振り回すことでその場に体を固定し円運動を続ける技。連撃相手ならこれが一番疲れない上に相手の攻撃が当たれば当たるほど俺自身の回転速度は増し、相手に当たる剣の威力が上がる。最終的に攻撃して来た方がダメージを負うカウンター攻撃でもある。


 そしてこの技は相手の攻撃力が高ければ高いほど威力を増す。つまりコクガにも通る技となる。


 連撃を止めたコクガの腕はズタボロである。攻撃しているはずのコクガがダメージを受け、攻撃されているはずのシェラートはほぼ無傷。普通の攻撃では与えられるダメージはわずかでもコクガの威力を利用すればダメージは与えられる。


 コクガは傷ついた己の右腕を感情のない目で一瞥するとそのまま拳を構えた。どうやら治癒はしないようである。最も治癒などしようものならその隙を突くだけではあったが。


 さて、そろそろ頃合いだろうか。もう少し楽しんでいたい気もするがここまでではっきりとわかった。力ではコクガの方が上、技では俺の方が上だ。そしてその差はデカイ。このまま続けてもコクガの攻撃は俺には届かず俺の攻撃はコクガには効かない。千日手だ。


 そしてそのことは俺だけではなくコクガもわかっていることである。そうであるならば決着は次の一撃で決まるだろう。


 コクガが動いていた足を止め、しっかりと地面に足をつけて構えた。空手の基本にして奥義でもある俺が最初にコクガに教えた型。廻し受けの構えだ。


 「清々しいほどに受けだな。コクガよ。ならば俺が極めたこの剣、見事受け切れればお前の勝ちだ。」


 剣を上段に構え気を練る。それと同時に剣にも意識を集中させる。


 この剣は俺が5歳にも満たぬ時に物置から見つかった剣だ。魔術が台頭している世界だけあって街中でもロクな剣が手に入らなかったあの時、この剣だけはきちんと手入れがされていたように見えた。明らかに長期間放置されていたにも関わらず。


 そこから十年以上この剣と付き合ってきた。薄々気がついていたがこの剣は少々、いやかなり特殊だ。俺の成長に合わせるかのように剣も成長していた。そして成長した俺がどんな力で振るおうとも、どんな魔物を斬ろうとも刃こぼれ1つしない。


 そして極め付けここ数年俺の意思に応え、剣から刀へとその形状を変えることが可能になっていた。おそらくこいつはよくある小説のように「魔剣」とか「聖剣」とかいうファンタジー武器の1つなのだろう。


 で、あるならば”あれ”も再現できるはずだ。前世に於いて全盛期の俺の力を全て受け止め名実ともに地上最強の生物の愛刀としてその名を轟かせた至高の一振り。


 ここで使わねばどこで使う。俺はこの世界のその名を刻む如く我が愛刀の名を知らしめる。


 「今こそこの世界に貴様の名とこの技を刻み込む絶好の機会。これより進むは修羅の道。再び共に我が前に立ち塞がる悉くを塵芥の如く斬り捨てよう。これより先は幾度となく血を啜れ、肉を切れ、骨を断て。刻み、貫き、斬り伏せろ。その名を姿を恐れと共にこの世界に轟かせろ。顕現せよ、神千切」


 この世界に来て初めて剣の名を呼んだ。世界のその名が刻まれた。


 上段に構えた俺の剣から尋常ならざる力が爆発するように立ち登るのを肌で感じる。手の中には前世でも慣れた重み。文字通り神をも斬り殺さんとその名を付けられた刀がこの世界に顕現した瞬間だ。


 「やはりお前が一番手に馴染む。」


 神千切がこの手に現れたと同時に闘気がより一層密度を増した。懐かしい感覚。前世でも数度しか味わえたことのない剣と我が身が一体化したかのような全能感。間違いなくこの一撃はこの世界に来てから最も威力のある一撃となる。


 俺の気が練り上がるのと同時にコクガの気も練り上がった。


 刹那の踏み込み。たった一歩で間合いを詰める究極の歩法、縮地。前へ進む体に急制動を掛けその運動エネルギーを余すことなく鋒に乗せる。繰り出すのはなんの変哲もない振り下ろし。だが、今の俺の力とこの剣があれば山ぐらいは両断できるはずだ。


 剣技ー奥義ー殲


 我が剣の最高を尽くした攻撃がコクガに襲いかかる。


 「黒牙流秘奥義ー転廻流転二重奏」


 コクガの両腕に闘気と魔力が渦を巻く。円運動が基本である廻し受けに魔術と闘気の回転運動を加えることでより強力に相手の攻撃を寄せ付けなくなったコクガの現時点での切り札。


 剣と2つの回転をまとった腕が激突する。俺の腕にはまるで大海に発生する巨大な渦潮を斬りつけているかのようなプレッシャーがのし掛かる。


 「うおおおおお!」


 気を腕に込める。ここから先は意地と意地のぶつかり合いだ。相手の圧に屈した方が負ける。永遠にも感じた時間だったが勝負は一瞬で着いた。


 不意に俺の剣を押さえつける圧力が消えた。原因はコクガのエネルギー切れだ。さすがのコクガであっても俺の攻撃を防ぎ続けるほどの密度を持った魔力と闘気を同時に操るのは消耗が激しすぎたようである。


 魔力も闘気も底をついたコクガ。これが常人であれば気を失って倒れてもおかしくなはいがコクガの目はいまだ闘志を失っていない。


 俺はそのコクガの目に敬意を表し自身の最大の攻撃を叩き込んだ。


 俺の斬撃は闘技場はおろか帝都の防壁に達するほどの深く巨大な爪痕を残した。それほどの威力を持った攻撃の直撃を受けたコクガは最期まで立ったままでその上半身と下半身を分かれさすのであった。


 「しょ、勝者、シェラート!」


 今生で一番危機を覚えた死合ではあったが生き残ることが出来た。これで残すは決勝だけだ。


 ちなみに死んだと思われたコクガであったがイリスの治療と魔物由来の回復力の高さを遺憾無く発揮し俺に切り裂かれた1時間後には何事もなかったかのように復活していた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] エリファス戦の時の出血は流血扱いじゃないのか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ