準々決勝 騎士と狂獣
先に闘技場に現れたのはウー。これまでと変わらないゆっくりと闘技場の中央へと歩みを進める。ただ、これまでと違うのはその手に剣を持っていることだ。ウーは1回戦、2回戦ともに武器を使わなかった。それがここにきて帯剣である。何もないと考える方がおかしい。
先に姿を見せたウーから遅れること数秒、ジンテーゼも姿を表した。今はきちんと人型を保っている。
「闘技場に来るだけでここまで体力を使わされるとは。控室ではシェラートの存在が強すぎて霞んでいたのか?」
ウーの言葉に偽りはない。事実、まだ試合が始まってすらいないのにウーは額に汗を浮かべていた。ウーは弱かった。故に危険には人一倍敏感であった。そうでなければたかが物をわずか軽くする秘魔術だけで年老いるまで生き延びることは出来なかった。
危機察知、そういえば聞こえがいいが、不本意ながら磨かれ続けたその力は次第に五感すら飲み込むようになった。
幻覚が見える程度ならまだ可愛い。シェラートと初めて対峙した時には五感の全てが喰らい尽くされた。音も光も感覚もない暗闇の世界に一瞬で飲み込まれ、死を覚悟した。
それが今回はどうだ。目の前にスライム系の頂点、エンペラースライムが現れウーを飲み込んだ。トレントの王、エンシェントトレントが現れ瘴気の毒息を吐いた。目の前に海が現れ割れた。海の支配者、ビッグクラーケンが現れウーの四肢を絡め取らんと触手を伸ばした。
どれも騎士1人では対応仕切れないほどの強力な魔物だ。ウーはそのどれにも目もくれず、ただ一心に闘技場を目指していた。
「噂には聞いていた。ただひたすらに強さを追い求め禁忌すら容易に犯す狂った男がいると。それがお前なのだな?」
「俺モ有名にナったんダな。ソウダ、狂獣ジンテーゼ。俺ノ名ダ」
「一見理性があるように振る舞っているが、奥底に隠し切れぬ獣性と殺気。お前さんが脅威となる前にここで狂った獣は調教しておかねばなるまいな。」
「よク言うゼ。ここマで来ルのだってビビってタ癖によォ。お前モ喰っテ糧としヤる。」
両雄、並び立つ。いよいよ試合の始まりだ。
「両者位置について・・・始め!」
審判に合図とともに駆け出したのはウー。これまではどちらかといえば待ちの姿勢が目立っていたが、今回ばかりは先手を打つべく軽気功を用いて即座に飛び出したのだった。
「無駄ナ足掻きダ。」
突き出したジンテーゼの右腕がイカの足のように変化。鋒を鋭く尖らせながらウーへと襲いかかった。
「ほう、槍なら羽をも貫けるか。獣にしては考えたようじゃが・・・儂の前では無意味!」
ただ舞う羽を貫くことなら槍の達人なら出来よう。ただ相手は思考し、自らの意思で動く人間だ。縦横無尽にうねる触手がウーに襲いかかるがウーは最小限の動きだけでゆらりゆらりと躱して接近する。
「迅雷真功」
ウーの速度が急激に上がった。その四肢には紫電が纏わりついている。
シェ「ほう、魔術と気功を合わせたか。悪くない。」
属性を纏う気功は気の消費が激しい。今のウーが全力で戦えば3分も持つまい。その弱点を補うためにウーが使ったのが魔術と気功の併用。まぁ、気功法も秘魔術である以上は魔力を使っているが、ウーほどの騎士からしてみれば属性を起因させる魔術など大した消費にはならない。純粋な気功法よりも効力は落ちるが十分だ。
「この触手はクラーケンの、そしてその表面を覆う粘液は巧妙だがエンペラースライムのそれ。ならば雷撃はよく通じるはずじゃ」
「目敏いジジイダ」
ウーの剣がたった一振りでジンテーゼの触手を五等分に切り分けた。崩れ落ちる触手の残骸を足場にさらにウーが加速して迫る。
「創樹創身」
剣の間合いまで入られたジンテーゼは即座に木の根を展開し自身の防御を固めようとする。
「甘い!炎炎骸功」
ジンテーゼが木の根を使うのを読んでいたかのように魔術を雷から炎へとスイッチ。普通の火であるならば生木であるジンテーゼの木の根は防げたでろうが騎士レベルの魔術の前にはそんなのはなんの役にも立たない。誤差だ。
ただ、その誤差がジンテーゼの命を救うことになる。ウーの剣が木の根に触れ、ほんの一瞬だけ速度が落ちた。
その瞬間にジンテーゼは不利を悟り咄嗟にその場を飛び退いていた。結果、文字通り首の皮一枚繋がり、致命的な隙を作らずに済んだ。
「完全に落としたと思ったんだけどよぉ。運がいいね兄ちゃん。」
「・・・」
これまでは終始余裕そうな表情を見せていたジンテーゼの顔が真剣になった。
「儂はこう見えても鼻が効くんでな、お前さんの中にいる奴らの正体は全て見えておる。得意のクラーケンとスライムは迅雷真功に破られ、トレントの鎧も炎炎骸功の前には無意味。さて、どうする?」
気功法に開花してそちらの印象がかなり強くなったウーだが、それより以前はたかがものをわずか軽くするだけの秘魔術で騎士の座についていた男だ。劣悪な環境に放り込まれても生き残れるようにあらゆる戦闘技術を磨き、知識を蓄えた。故にウーは生き残れた。修羅場を潜り抜けてきた数はジンテーゼよりも遥かに多い。その経験の差がここにきて如実に現れている。
これまで圧倒的な力で押しつぶして勝ち上がってきたジンテーゼには目の前の小柄な老人が自分よりも遥かにでかい巨人のように見えていた。
「・・・仕方ナイ、こレはシェラートと戦うタメノとっておキだったがガ・・・温存しテ勝てルほど甘い相手ジャなさそウだ。ジジイ、誇るがイい。コの俺にコれを使わセるンだ。俺ノ秘魔術、冥土の土産ニその目ニ刻み込メ。【融合】」
ジンテーゼが懐から取り出したのは禍々しい闇の魔力を発する魔石。魔石とは魔物の体内から取れる魔物を魔物足らしめている極めて重要な素材。強ければ強いほど魔石は巨大化し内包する魔力量が増える。
魔物界最弱と言われているゴブリンやスライムで小指の爪の先程度。だが、ジンテーゼが取り出した魔石はバスケットボール大。凄まじく強力な魔物から取り出したのだろう。あれほどの大きさの魔石をもつ魔物は魔の森の中層以降にしかいない。まぁ、逆に深層から中心部にかけてはあれぐらいの大きさの魔石をもつ魔物がゴロゴロいるが。
そして発動されたジンテーゼの秘魔術【融合】。これを聞いてジンテーゼの強さの種が大体割れた。ジンテーゼは魔石を秘魔術で自分の中に取り込んでその魔石の持ち主の力を得ている。人間に魔石はないことは盗賊の解剖で知っている。本来ない遺物を魔術のよって取り込む。まさに人間を辞めた所業だ。
だが、それに見合うだけの強さは手に入れられているようだ。
そして今、ここにきて新しい力を手に入れようとしている。
秘魔術に反応し、魔石から黒いモヤが溢れ出てきて姿形を形成してゆく。その姿には見覚えがある。魔の森の名物、三つの頭を持つ地獄の番犬、ケルベロスだ。
実体化しているわけではないがモヤの状態でも醸し出す雰囲気は本物のそれと遜色ない。魔石から現れたモヤのケルベロスはジンテーゼの頭部と両腕に噛みつき、モヤがジンテーゼの全身を覆った。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
悲鳴とも雄叫びともつかない叫び声をジンテーゼがあげる。その声で我に返ったウーが攻撃を仕掛けようとするも遅すぎた。モヤが弾け飛ぶ衝撃で軽気功を使っていたウーは吹き飛ばされた。
「クハハハハ!流石ハ魔ノ森ノ魔物ダ。力ガ溢レテクルゾ!」
先ほどよりもジンテーゼの滑舌が怪しい。やはり異物を取り込むという所業には代償がついて回るようだ。
ジンテーゼの変化は大きい。全身の血管が黒く染まっている。そして顔には狼の牙のような刺青が走っている。俺の想像以上にケルベロスの力は大きいようだ。
天に向かって吠えていたジンテーゼがウーに向き直った。そう思った次の瞬間にはウーの背後で拳を振り上げていた。
ウーは咄嗟に剣を盾にし軽気功を使って背後に飛んだ。振われた拳は易々とウーの剣を打ち砕き、直撃していないにも関わらずその拳圧だけで上空へと吹き飛ばした。
「獄炎の猟犬」
ジンテーゼが指を鳴らすと十数体の闇の炎でできた猟犬が現れ、一斉に宙を舞うウーに襲いかかった。
「光煌輝功・五月雨の矢」
それを見たウーが獄炎、闇属性に最も相性がいい光属性を纏い、気を無数の矢にして迫り来る猟犬に向けて放った。
流石にケルベロスの魔力で生み出された魔術だけあって一撃で消えることはなかったが物量でウーの方が上回った。時間はかかっているが猟犬は確実にその数を減らしている。
ウーからしてみれば猟犬1体1体はさほど脅威ではない。だが放っておくには危険すぎる。さらには数が多く、連携もしてくるのでどうしても意識をそちらに割いてしまう。そしてその分、ジンテーゼのことは意識から消える。
「絶気配」
ケルベロスが狩りをする時に使う能力。相手から極めて認知されにくくなる能力だ。もちろん戦闘中はなんの役にも立たないが、ウーの意識が一瞬逸れたタイミングでジンテーゼが発動したことで完全にウーの意識からジンテーゼが消えた。
そしてジンテーゼはウーが猟犬を全て倒しきりほんのわずかに気を緩めたその瞬間に跳躍。人間とは思えない身体能力を発揮しウーの上を取った。
太陽が陰ったことでウーはジンテーゼを認識する。しかし、それでは遅かった。ジンテーゼの右腕がクラーケンの触手に左腕がエンシェントトレントの鞭枝へと変化し、ウーへと襲いかかった。
鋭い鋒はなんとか受け流したものの空中という足場の悪い中弱点属性の違う2つの質量攻撃に加え、それぞれの表面を魔術すら溶解するエンペラースライムの酸が覆っている。
これにはいかなウーといえども分が悪すぎた。上空から遥か地面に叩きつけられたウーはそのまま気を失い戦闘不能となった。
「そこまで!勝者、ジンテーゼ!」
これでこの大会のベスト4が出揃った。




