追憶ー禁忌との出会いー
テオとルシフェルの試合が終わった。彼らはそのまま医務室に運ばれるそうだ。どっちもダメージが大きすぎだ。そして次の試合に備えてウーとジンテーゼは部屋を出て行った。部屋に残ってるのはイリスとコクガのみだ。
「イリス、テオの最後の技、何が見えた?」
「この目で見てもいまだに信じられませんが、あの一撃には4種類の理魔術が組み込まれていました。1つ拳を強化するもの、1つ相手の魔術を掻き消すもの、1つ相手の魔力を模倣するもの、1つ特定部位の時間を加速させるものの4つです。拳の強化は身体強化の延長なのでさほど難しくありませんが、残る3つは信じられないほど難易度が高いです。今の私にも魔術ので再現は時間がかかります」
一度に4つの魔術か。それもイリスが使えないほどの難易度。さすがはイリスが認めた理魔術の才だ。
しかしそれだけではない。テオはあの一撃の中で2回攻撃を放っている。俺が遊び半分で伝えた漫画の秘拳「二重の極み」一説によればマッハ7を超える速度で二撃目を打ち込めば成功するらしい。人間には到底不可能な話だ。まさに漫画の中の話なのだろう。
軽い気持ちでテオに話したことがあった。俺はこの時まで忘れていたがテオは秘拳を見事に完成させていた。
イリスの話を統合させるとあの技のからくりが見えてくるだろう。拳の強化と時間加速は凄まじい速度の連撃を繰り出すための布石。二重の極みと魔術を掻き消す魔術でルシフェルの身体強化と筋肉に包まれた腕を完全に破壊する。
そしてルシフェルの魔力を模倣したのはトドメを刺すため。自分を同じ魔力なら敵性魔力とはならないので吸収されない。その性質を生かしてルシフェルの魔力を衝撃波として叩き込んだのだろう。
衝撃が魔力経路を伝って全身で暴れ回り、最後に背中で弾けた。それがトドメの一撃となったわけだ。
まさに奥義に相応しい技だ。残念なことにすでに俺に見せてしまっている。この次が楽しみだ。
今回は闘技場の破壊があまりなかったので次の試合がすでに始まろうとしている。【気功法】を使い皇帝の盾を完膚なきまでに叩きのめしたウーと重力を操る騎士を瞬殺したジンテーゼ。どちらもハイロイド組であり騎士を倒した者同士が激突する好カード。はてさて、どちらが勝つことやら。
ジンテーゼはハイロイド組でも特殊だ。あいつは初めから強かった。ハイロイドという魑魅魍魎が跋扈する辺境で力を磨く俺と強さを求めてハイロイドにやってきたジンテーゼが出会うのは必然だろう。
ジンテーゼは出会い頭から強烈だった。魔の森でいつものように鍛錬をしていたところなんの前触れも無しに魔物に混じって襲いかかってきたのだ。
一応見慣れぬ人型が襲ってきたのは視界に捉えていたがこんな森の中で襲いかかってくる人型など斬り捨てても問題ないと即座に判断し、周囲の魔物ごとまとめて斬り払った。
手応え的に背骨まで完璧に切断したようだ。チラリと見るときっちりと上半身と下半身が泣き別れしている。こいつの正体は不明だがすでに死んでいるのであれば気にする必要もあるまい。
周囲の魔物をあらかた掃討したところで改めてこの森に現れた侵入者の死体を眺める。俺のいる場所は魔の森でも中層部より中央よりだ。並の冒険者では足を踏み入れることすら叶わぬ深淵の領域。いるのは俺とコクガぐらいだと思っていたが他に人型がいたとは。
「ここまで強イ奴が居たとハな」
真っ二つにしたはずの上半身からどこか訛りのある声が聞こえてきた。流石の俺もその時は驚いた。しかしよく見てみれば真っ二つにしたはずの胴体からは内蔵ところか一滴の血も流れていない。つまりこいつは死んでいない。
その事実に気づいた次の瞬間には剣を振るい顔面をかち割った。やはり血が流れることも脳漿をぶちまけることもない。だが、再生か不死身かは知らんがとりあえず頭を潰しておけば死ぬときは死ぬし、殺せずとも時間は稼げるはずだ。
目論見通り人型は沈黙。再生能力を検証するために完全に真っ二つにはせず半ばで剣をひいたがやはりじわじわと回復しているようだ。
人型が口を開く前に残る下半身を刻むことにする。胴から離れた部分を遠隔操作でもされて挟み撃ちや自爆なんてされたら厄介だ。
人型は切っても血が流れないかつ再生する生き物。前世の知識とこの世界の知識を掛け合わせて考えても再生でも不死系能力でもダメージを受ければ血は流れる。血を流さず再生するのは植物か一部の粘体系、霊体系の存在だけだ。
「つまり貴様のベースは粘体系ないしは植物系だな。何が目的かは知らないが俺の前に敵意を持って近づいたんだ。殺されても文句はないよなぁ?」
再生が終わったものの沈黙を貫いている人型に剣を突きつける。
「俺ハまだ殺されル訳にはいカない」
わずかに足の裏に振動を感じて咄嗟にその場を飛び退く。それまで俺がいた場所を無数の木の根のトゲが貫いていた。
「ほウ、これヲ躱すか。完全ニ不意を突いたつモりだったンだがナ」
「殺気がダダ漏れだ。そんな古風な罠に引っかかるほど甘くない。」
「少しハ楽しめソうだ」
今度は人型の足元付近がボコっと盛り上がり、失った下半身を補うように木の根が上半身の切り口から生え、体を持ち上げた。
「言葉を話すから人の可能性は捨てていなかったがその風貌、やはり人でないようだな。」
「これでもレっきとした人間ダ。」
「ほう、俺の知る限り人間とは上半身と下半身が別れたら血を流して死ぬ。あまつさえ体から植物を生やすことはしないはずなんだが?」
「強くなルためにはなんデもする」
「なるほど」
強くなるためにはなんでもする。その覚悟があり、実際に人を捨てたようなことになっている目の前の人型。ここで殺すのは惜しいと俺の中の何かが訴えているがこのまま見逃してはダメだ。一度俺に刃向かってきた相手を無傷で帰すわけにもいかない。
会話を打ち切り根を切り裂く。手応えは思っていた以上に硬い、というより弾力がすごい。魔術なのか知らないが少なくとも見た目よりは丈夫な木の根というわけだ。
「だが、もう慣れた」
動き回る魔物ならいざしれず、たかが木の根程度一度斬れば斬り方ぐらい理解できる。返しの一撃で障害となっていた木の根は全て切り払われた。
歩法ー瞬迅
瞬時の加速で間合いを詰める。頭部をかち割っても死なぬということはもはや頭部にも心臓にも価値はない。ならば残るこいつを殺す手段は核を破壊することだろう。切り刻んだ下半身からは核らしきものは発見出来なかった。
つまり上半身のどこかに核が隠れているはずだ。であるならば話は早い。核が出てくるまで切り刻むだけだ。
剣技ー剛剣術ー血霞
一呼吸の間に無数の剣閃を放つ技。返り血が飛び散る前に霞となって消えるほどの速度で剣を振るい切り刻むこの技。普段どころか基本的に一振決殺を信条とする俺には必要のない技だ。昔戯れに作った術理だがひょんなところで日の目を見たようだ。
一呼吸ごとに人型の体積が小さくなる。向こうも不利を悟ったのか焦りの表情を浮かべながら再生と木の根による攻撃を仕掛けてきたが斬れるものが相手なら俺の方が早い。
あっという間に体を全て削りきり、残すは頭部のみとなった。
「木の根ばかりで物足りなさはあるが、存外楽しめたぞ。異形の人型よ。次はもっと種類を増やして挑んでくるといい。」
首だけとなった人型に剣を突きつけ勝利を宣言する。今回は木の根と肉体部分を構成する粘体系だけだったが、もっと改造が進めば強くなるはずだ。ひとまずこの人型にはどちらが圧倒的な強者か知らしめたので良しとしよう。流石に殺すのは惜しい。
「クソ・・・だが、次ハ確実に殺ス。俺ノ名はジンテーゼ。貴様ヲ殺す男ノ名だ。覚えてオけ。」
「くくく、その格好でどれだけ吠えても負け犬の遠吠えにしか聞こえんなぁ。まぁいい、ジンテーゼか。覚えておいてやろう。そして俺の名はシェラート、地上最強になる男だ。骨の髄まで刻み込んでおけ。」
そう言って俺は残った頭を森の浅瀬に向けて大きく蹴飛ばした。頭部だけで生き残れるほどこの森の深部は甘くない。あの体になっても目は死んでいなかった。時期がくればまた相見えることになるだろう。
結局俺とジンテーゼがこの大会までに再び戦うことはなかった。俺以外ではテオやコクガと戦っているとの噂は聞いていたが、あまり目立った動きはしていなかったようだ。
あの時は木の根と粘体だけであったが、1回戦で見せたのはタコかイカの足のようだ。滑りもあるようで斬撃打撃対策としては妙手と言えよう。
さて、ウーがどうやって戦うか見ものだな。




