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準々決勝 矜持と天才

 想定よりコクガとセシルの試合が長引いたためにそれ以降の試合は翌日へと延期になった。コクガが勝利した時点で帝国からの推薦者は全滅したためにここで大会は中止かと思われた。


 それに英雄エリファスの死亡も重なっている。帝国上層部としてはもはや大会なんて開いている場合でない事態に見舞われている。


 しかし大会中止に待ったをかけたのが周辺諸国からの招待客。これまで周辺諸国と帝国との武力格差を生み出していたのは主にエリファスだ。簡単に言えば周辺諸国はエリファスが居たために周辺諸国は帝国に従っていた。しかしエリファスが死んだ今、帝国全体の士気は最底辺にまで突き落とされている。圧倒的武力の欠如によって生まれた戦力拮抗の可能性。自国への報告と時間稼ぎのためにも帝国の首脳陣を大会に釘付けにしておきたい。そしてエリファスとエリファスほどでは無いにしろ周辺諸国にその名を轟かせていた秘魔術持ちを撃破した存在への興味。


 帝国の推薦枠では無いということは彼らは野に放たれている存在ということだ。当然裏では引き入れに向けた駆け引きが始まっていることだろう。


 帝国側もパワーバランスの崩壊の足音は聞こえているのかこれまでのように強気で周辺諸国の要求を突っぱねることはできず、結局大会は継続されるのであった。


 準々決勝第3試合


 天獄會若頭:ルシフェル VS テオドール流魔術戦闘術開祖:テオドール


 イ「いよいよですね。ハイロイド組同士での対戦。どちらも埋もれていた才能をシェラート様によって見出され強さを得た者たち。生まれつきの恵まれた肉体と自身の名を関した敵対性魔術を自身の強化へと変換することのできるルシフェル。私とシェラート様、2人からそれぞれ魔術と武術の才を見出されて見事魔術と武術を組み合わせたテオドール流を完成させた男にして私の知る限り最高の理魔術師テオドール。どちらが勝っても可笑しくない組み合わせです」


 シェ「テオの戦いは魔術と武術の同時使用が最も本領を発揮する。しかし生半可どころか宮廷魔術師レベルの理魔術をしてもルシフェルの耐久を抜くことは出来ない。この勝負、相性の有利はルシフェルだ。」


 ウ「相性は確かにそうかもしれんが、それだけでヤられるほど甘くはない。」


 ジ「どーせテオのことだ。何かしらの策は用意しているはずだ。その点ルシフェルはわかりやすい。全力でぶん殴るだけだ。」


 闘技場では両雄が相見えた。


 「さて、いよいよ本番って感じっすね。正直これまでの相手って魔の森の魔物やシェラートさん、イリスさんと比べると物足りなかったっすもんね。」


 「俺はどんな奴が相手でも俺に出来ることに全力を尽くすのみだ」


 「はは、違いない。それじゃあ、ハイロイド裏社会最強の喧嘩師ルシフェル、越えさせて貰おうか。」


 「ハイロイドの秘密兵器、理魔術の天才テオドール、ここで潰す」


 見るものがみれば空間が歪むほどの闘志が互いから迸っている。すでに両雄準備万端の様子だ。


 「準々決勝第3試合、開始!」


 試合が始まった。


 これまでの試合ではハイロイド組を除けば魔術師の戦闘というのはいかに詠唱をして相手に魔術を叩き込むかに集約されていた。そのため距離をとりつつ詠唱を行うのが基本。なので試合開始直後は後ろに下がるかその場で簡単な魔法を放つかに別れていた。


 しかし、この試合では開きすぎた間合いを詰めるように両者がゆっくりと近づき、互いの拳の間合いの一歩前のところで足を止めた。


 テオはいつもの攻防のどちらにも対応出来るテオが編み出したテオのための構え。ルシフェルは初めて会った時と同じような防御を一切考えていない超攻撃偏重型の構えを取った。


 そのままの姿勢で両者ぴたりと静止。初めはざわついていた観客も2人の空気が伝播したかのように緊張の静寂があたりを支配する。


 先に気が満ちたのはルシフェルの方。なんの躊躇いもなくテオの間合いへ一歩踏み込むとあらゆるものを打ち砕く必殺の拳を放った。


 必殺の間合いから打ち出される拳は真っ直ぐとテオの顔面に向かって伸びている。


 「てやああああ!」


 岩など簡単に打ち砕く拳を迎え撃ったのはテオの蹴り。足全体を魔術で強度あげさらに結界を何重にも貼っての迎撃。


 これならばルシフェルの秘魔術は発動しない。ルシフェルの秘魔術のトリガーは自身に敵意のある魔術だけだからだ。


 拳と脚が激突し衝撃は闘技場を揺らす。拮抗したかに見えたファーストコンタクトだがやはりルシフェルの方が優勢だった。テオは足に少なくないダメージを負ったがルシフェルは無傷。そして次の攻撃への体勢は明らかにルシフェルの方が有利だった。


 ルシフェルの追撃。大きく仰け反ったテオに対してもう一歩踏み込んで上から下へ叩きつけるような攻撃を放った。


 流石のテオも体勢が崩れた状態でのルシフェルの攻撃は腕で顔面を庇うぐらいしか出来なかった。


 しかしルシフェルの攻撃は人間の肉体など容易に破壊するもの。ガードした腕ごとテオの顔面を撃ち抜いた。


 鼻が完全に凹み鼻血が滝のように溢れている。ちぎれた腕が転がっているのが余計に痛ましく見えた。

 

 ルシフェルはそのまま馬乗りになってテオを殴打する。テオはなんとか紙一重で躱してはいるがあくまで致命傷を避けているだけに過ぎない。少なくないダメージは確実に蓄積しているのでこのままでは確実に先にテオが力尽きる。


 ダメージは受けているがテオの闘志は尽きちゃいない。むしろテオはこの程度のことでそのまま負けを受け入れるほど聞き分けのいい男ではない。確実にこの状況を打開する一手を狙ってくるはずだ。


 不意にテオの空気が変わった。気が満ちたようだ。ざわりとした悪寒に一瞬だけルシフェルが怯んで攻撃が止まった。


 「閃光爆音球スタングレネード


 その一瞬の隙を突いたテオの魔術が発動した。閃光爆音球スタングレネードはその名の通り目を焼く閃光と鼓膜を破る爆音を同時に放つ魔術。非殺傷系の魔術ではあるが知らずに受ければ視覚と聴覚と一時的に失うので対人対魔物のどちらが相手でもかなり有効な魔術だ。


 これは俺の前世の知識をベースにイリスが組んだオリジナルに近い理魔術らしい。オリジナルに近いというのは閃光を放つ、爆音を出すという理魔術がすでに存在し、それを組み合わせただけ出そうだ。


 ルシフェルの秘魔術は受けた魔術の魔力を奪うのであって効果を無効化することは出来ない。急な光と爆音にも怯まず攻撃を続けたことは見事だったが視覚と聴覚、特に視覚をやられては攻撃をまともに当てることは出来なかった。


 初めて大きく外した腕を取ってルシフェルの巨体をテオが投げた。腕一本でもそれぐらいは出来る武術は叩き込んである。


 そうしてルシフェルの拘束から離脱したテオは落ちた腕を掴んでその場を離れた。これで一度仕切り直しだ。ルシフェルの視力と聴力が回復した頃にはテオのダメージも治癒系の秘魔術で腕まで完全に治っていた。


 これで勝負は振り出しに戻った形となる。


 「いや〜、やっぱりルシフェルさん強えわ。噂は耳にしてたけど身体強化だけであれだけ馬鹿げた火力が出るんだもん。そりゃあシェラートさんの目にも止まるわけだ。本当はシェラートさんとやるまで取っておきたかったけど仕方ない。人前で披露するのはルシフェルさんが初めてだよ」


 「それは光栄だな。」


 長々と喋るテオを前にしても攻撃を仕掛けないルシフェル。実に漢気溢れた男だ。


 「それじゃあ、行くよ。身体改造メタモルフォーゼ。」


 イ「なっ!?身体改造メタモルフォーゼ!?まさかあの高難度理魔術をあの歳で身につけているというのですか!?」


 観客席からイリスが叫んだ。普段は冷静沈着なイリスにしては珍しい。それほどまでに今テオが使った魔術は難しいということだろう。


 イ「身体改造メタモルフォーゼは理魔術の中でも錬金術と呼ばれる分類になります。錬金術はもちろん戦闘に用いることも出来ますがその力が最も輝くのは生産です。錬金術は1つの物に特化しない代わりにあらゆる生産活動が可能になります。言い換えれば錬金術に出来ない生産活動はない。それが薬であれ人体であれ作るという行為であればなんでも可能になります。身体改造メタモルフォーゼは錬金術の秘奥技。己が身を素材と見立ててより強力な肉体へと改造をしようと試みる禁呪。過去に幾度となく挑戦した錬金術師は全て肉体を悪戯に破壊するだけでその人生を終えました。私でさえ成功者を見たのは数える程。それをまさかあの齢で成し遂げるとは・・・末恐ろしき才です」


 テ「ふぅ、これでよしっと。待たせたかい?」


 ル「大した時間じゃない」


 テ「それはよかった。それじゃ、第二ラウンド開始と行こうか」


 言葉と共にテオが飛び出した。一瞬でルシフェルに詰め寄った。俺ですら目を見開くほどの速度だ。とてもではないがパワータイプのルシフェルでは咄嗟の速度に対応できない。迎撃の構えを取る間もなく接近を許してしまった。


 「ハァッ!」


 強烈な右の正拳突き。顔面に突き刺さりタフさが売りのルシフェルの巨体を揺らした。


 「シッ!」


 続けて左の回し蹴り。通常の生物なら容易に頭部が消失しているであろう威力。正拳突きのダメージも重なって、その日初めてルシフェルの足が後ろに下がった。


 ドゴッ!ガッ!バキッ!


 ルシフェルが後退したことで勢い付いたテオの怒涛の猛攻。その一撃一撃が着実にルシフェルを後退させてゆく。恐ろしいのは今のテオは魔術を使っておらず、純粋な身体能力のみでルシフェルを圧倒していることだ。


 ただ、このままヤられるほどルシフェルも甘い男ではない。今は押し込まれているがその目は死んでおらずただひたすらに何かを待っている。


 そしてその時は来た。テオの脇腹を狙ったであろう蹴りが少し上にズレた。わずかだが上にズレたことで足がそれまでより少し伸び気味になり、脇からも近くなった。ルシフェルはそれを狙っていたかのようにがっちりと掴んだ。


 掴まれたことを悟ったテオはすぐさまそちらの足を起点として顔面へ飛び蹴りを放つ。痛烈な蹴りが直撃したはずだがそれでもルシフェルは揺らがなかった。


 「失楽」


 ルシフェルはテオの右足をしっかりと両の腕で拘束すると全力で力を込め、素手でへし折ってみせた。


 「ぐっ・・・!やっぱり化け物だな!身体改造メタモルフォーゼを使った俺の肉体強度は竜種を遥かに凌ぐって言うのにさ!それを一撃とはね!」


 足を破壊されはしたが、同時に顔面に拳を叩き込んで相打ちのような形でルシフェルの拘束から抜け出したテオ。


 「本当はこれはシェラートさんと戦うために取ってあったんだけど、仕方ない。なぁ、ルシフェルさん、俺もあんたもこれ以上やり合えばどちらかが致命傷を負う。どうだい?次の一撃に全てを賭けてみないかい?」


 「・・・いいだろう」


 「はは、そうこなくちゃね」


 そういうとテオは構えた。体を半身にし左腕は体の中央。そして右腕は顔の横付近に添えるテオによるテオのためのテオの構え。この異世界で燻っていた魔術師としての才能と俺が伝えたことで開花した武術の才能。2つの才をその身に宿すテオだから取れる魔術戦闘術のための構えだ。


 一方ルシフェルは変わることなく背中をテオに向けた超攻撃偏重型の構えだ。


 一呼吸置いて両者が同時に動き出した。


 「テオドール流奥義・四悶」

 「虚崩」


 全身に展開していた身体強化の魔術を右腕一点集中させたルシフェルの腕はただでさえ太い腕がもはや大木の様になっている。地面を砕くほどの鋭く重い踏み込みから放たれる拳はあらゆるものを打ち砕く必殺の拳だ。まさに虚すら崩壊させる剛の拳。


 テオの踏み込みも破壊力はいささかルシフェルには劣るがその速さと鋭さはルシフェルを上回る。テオは迫り来る死をもたらす拳を真っ向から迎え撃った。


 激しいぶつかり合いなはずなのに不思議と音はしなかった。2人は拳を付き合わせた状態でぴたりと静止していた。


 数瞬の後、ルシフェルの背中が大きく弾け夥しい血が舞った。


 そこで初めてテオが動き、くるりと背を向けて歩き始めた。そこでようやく審判が動いた。


 「ル、ルシフェル戦闘不能!よって勝者、テオドール!」


 テオの猛攻の晒されてなお立ち続けた漢ルシフェル。最後もその背を汚すことなく気を失ったのであった。


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