決勝トーナメント第2回戦(ウー)
「シェラート様、結局のところ【気功法】とは一体なんなのでしょうか?」
「極論を言えば呼吸法だ。」
「呼吸法、ですか?あれが?」
イリスの前には軽身功を使い、落ち葉を足場に空を翔るウーの姿があった。ウーは少しアドバイスしただけで【気功法】の本質を掴んだ。
元々理魔術を高度に修めた騎士だ。魔術周りは俺よりも詳しい。そして見返すために人生をかけて修めた武術。凡人の中では最高峰に修めたのであろう。秘魔術【気功法】は武術と魔術の融合から生まれいずる産物だ。
気は英語のAuraやラテン語のspiritus、ギリシア語のpsyche、pneuma、ヘブライ語のruah、あるいはサンスクリットのpranaと同じく、生命力や聖なるものとして捉えられた気息、つまり息の概念がかかわっている。しかしそうした霊的・生命的気息の概念が、雲気・水蒸気と区別されずに捉えられた大気の概念とひとつのものであるとみなされることによってはじめて、思想上の概念としての「気」が成立する。(Wikipediaより引用)
すなわち気とは呼吸の概念を含んでいる。気功法はこの”気”を利用する技だ。これが地球の話ならここで終わりだが、ここは異世界。空気には魔力が多分に含まれている。
魔力とは意思伝達物質だと俺は考えている。空気中に無数に存在する魔力を呼吸と共に体内に取り入れ”気”の概念と融合させることでかつて地球においては伝承の中でしか存在しえず、時代時代の天才を凌駕した天才達が技術によって模倣するしかなかった秘術をいとも容易くこの世界に顕現させた。
そしてウーの恐ろしいところは【気功法】という名前にあるように使える気功に制限がない。気功の種類は実に多種多様だ。
気功は、主に体内に「気」を循環させ「気」の質やコントロールする能力を高める内気功と、身体に必要な「良い気」を外から体内に入れ、身体に合わない「悪い気」を体外に排出させるなど「気」の積極的な交換を行って患部等を癒やす外気功とに大別される。
他に、法術(祝由十三科)と分類される気功法がある。これは、古くは巫術とよばれ、道教や仏教など宗教でも利用されてきた、「気の情報」を読み取り、または変化させることで病気の治癒や問題の解決を行う気功である。
気功が発祥した中国では数千種類の気功法が存在するといわれており、その練功法についても、体操や呼吸法、イメージ・トレーニングや瞑想のようなもの、それらを併せたようなものなど、気功によって多種多様である。(wikipediaより引用、一部編集)
そして古くから存在する中国武術の多くは気功を用いた技が多い。つまり多くの武術を高いレベルで習得し【気功法】という秘魔術の本来の力を引き出した今、ウーは伝承の時代の天下にその名声を轟かせた中国武術の全てをその身に宿すことになった。
「これはとんでもねぇ化け物が生まれたな」
失った体力を瞑想で回復するウーを眺める。年老いたせいで体力は落ちているが全盛期へ回復するのも時間の問題だろう。そうなるとこの中国4000年をたった1人で背負う化け物が誕生するわけだ。
考えただけでも血湧き肉躍るな。あぁ、早く完成しないものか。斬りたくて斬りたくて仕方がない。
そして時は闘技場へと舞い戻る。
「シェラート様、ウーの力が凄まじいものだとはわかりましたがそれでも相手はあの”皇帝の盾”です。マクネサの秘魔術についてはあまり情報がありませんが戦場では難攻不落の移動要塞の二つ名が轟いています。間違いなく理魔術程度は通じないでしょう。そして移動要塞ということは”守護者”アストルフォとは違って同じ守りに特化した秘魔術でも容易に動けるのでしょう。そんな相手にどうやって戦えばいいのでしょうか?」
「マクネサの秘魔術をちゃんと見ないことにはわからねえが少なくとも触れられるなら間違いなくウーの勝ちだ。この試合でウーはようやく全力を出しても壊れない相手と巡り会えた。きっと色々試すだろう。しっかりと見ておけよイリス。お前が成そうとしていることの一助にはなるはずだ。」
「・・・っ!・・はい!」
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マクネサは憤りを覚えていた。そもそも彼のあるべき場所は戦場。それも小競り合いが続いている隣国との最前線が彼の居場所だった。
皇帝の盾として帝国の領土を侵そうとする愚か者どもの牙から長年に渡って仲間と帝国を守ってきた、その自負があった。
ゆえに彼が生きるのは今まさに命を賭けて戦っている仲間の前だ。そこで仲間を敵の魔術から守ることが彼の誇りで生き甲斐であった。
無論、彼の力を見出し重用し最前線という過酷な場所ではあるが生きる意味を与えてくれた上に”皇帝の盾”などという後世にまで伝えることの出来る二つ名まで与えてくれた。もはやこの命、皇帝のために捧げても構わない。それぐらいにまで忠誠を誓っていた。
しかし、マクネサも人間だ。忠誠を誓っていたとはいえ不満は出るものである。
『俺の力は見せ物ではない。仲間を帝国を守るためにある。その俺が前線を離れこんな座興のために駆り出されるとは・・・一体皇帝陛下は何をお考えなのだ?』
マクネサはこの魔術が台頭した世界では珍しく、昔ながらの武人気質を持ち合わせていた。
『しかも相手は取るに足らぬ雑魚ばかり。上に行けばエリファス殿と当たる可能性もあるが、帝国の牙と皇帝の盾が競うべきではない。ほどほどのところで棄権も考えねばならぬな。』
そんなことを思いながら出番を待つマクネサの元に1枚の紙が届けられた。それは観客にも配られていた対戦相手であるウーの情報が記された紙だ。
その紙を見たマクネサは募らせていた怒りを一気に膨れあがらせた。よもや、皇帝陛下に期待され騎士となったものがその力足りぬ故に追い出されていたとは。騎士とは彼にとっては誇りそのもの。それを剥奪されることは何よりの罪なのだ。
ましてや理由が力不足。騎士という身分に溺れ自己研鑽を怠ったか、はたまたその地位に目が眩み偽りを以ってして騎士となったのか。どちらにしてもそれは忠誠を誓う皇帝への裏切り行為に他ならない。
そんな相手が次の対戦相手だ。皇帝に弓引く悪虐の元騎士、許すまじ。秘められた怒りがウーへと襲いかかる。
「ふーむ、わしゃぁお前さんに恨まれるようなことした覚えがないんだがな。どうしてそこまで焦げつきそうな怒りを燃やしている?若いの」
「皇帝陛下より信を受け騎士となったにも関わらず力不足で追放される。すなわち皇帝陛下の信を裏切る明確な叛逆行為である。そのような輩が自ら命を断つことなくのうのうと生き延びている。それすなわち罪である。皇帝の盾として貴様を断罪する!」
マクネサの怒りの籠った声が響わった。あれは皇帝の狂信者だ。どんな過去があるか知らないが誰彼の事情など一切考慮せず、騎士を辞することを悪と決めつけ自身を善と決めつけている。この手の輩は間違いなく強い。
「こりゃまた随分と身勝手な怒りをぶつけられてるねぇ。まぁ、それはそれで悪くない。昔のわしに本気で挑んでくる奴なんぞいなかったからな。騎士を辞めたことが罪だとそしてこのわしを断罪するとほざいたな?やれるものならやってみんしゃい若造が。」
「始め!」
合図が掛かった。試合開始だ。
「俺が皇帝の盾、我が盾と秘魔術の前にはあらゆる魔術は通用しない」
断罪すると大見えを切った割には盾を構えたまま守りの構えを見せるマクネサ。それに対してウーは構えを取ることすらしない。ただ両腕をだらんと下げ、望洋とした目でマクネサを見つめている。
両者は静止したまま動かない。すでに10分以上両者睨み合ったままでいる。
『あれだけ啖呵を切ったにも関わらずこの睨み合い。やはりあれは威勢だけということか。思えば元より頑丈なこの盾と体。並の理魔術は通用せぬ。そして奴の秘魔術は物を軽くする程度。そんなものいくら仕掛けられようと痛痒にもならん。なればこの茶番、一撃を以ってして終わらせよう』
マクネサは構えを解いた。そしてゆっくりとウーの元へ歩み寄った。成人男性にしても小柄なウーを見下ろす巨人マクネサ。まさに大人と子供の対峙だ。
完全に間合いに入られたウーだがそれでも微動だにしない。むしろその顔には子供がやんちゃするのを微笑ましい表情で眺めるかのような笑みすら浮かんでいる。
マクネサが徐に再び盾を構えた。しかしその構えは守りの構えではなく盾でできる唯一の攻撃の構え。
「断罪執行」
マクネサの超重量が存分に発揮されたシールドバッシュ。魔術で強化されてないとはいえ超質量のマクネサの体重と古代遺跡から発掘されたとされる帝国史上最強最固の盾から生み出される破壊力は並の人間が相手なら木っ端微塵にするほどの威力があった。
「気功法:金剛」
ドゴーーーーーーーン
凄まじい衝突音と衝撃。それはとても盾と生身の人間がぶつかった音には聞こえなかった。生身の人間に質量兵器がぶつかるとしたらもっと音は響かず、ただグシャッとした鈍い音が聞こえてくるだろう。
しかしどうだ。実際には固いもの同士がぶつかったような重い音が響き渡っていた。
「なん・・・だと・・・?」
衝撃で巻き上げられた土埃が晴れる。想像を遥かに超える手応えに違和感を覚えていたマクネサがその違和感の正体をはっきりと目の当たりにし驚きの表情を浮かべた。
ウーはただただ両腕を体の前でクロスさせただけでマクネサのシールドバッシュを防いで見せた。
「随分と軽いなぁ、若いの。追放された元騎士のジジイなら手を抜いても大丈夫だと思ったのかえ?舐めるのも大概にせぇよ!!」
未だ目の前に差し出されたままである大盾の上縁を掴み、一気に体を放り投げる。盾職は盾で防げる間合いは強いが盾の内側に潜り込まれてしまうと、とことん弱い。それは帝国最強の盾職である皇帝の盾マクネサであろうと同じ。ましてや己の攻撃が最も簡単に防がれた後だ。その心の隙は凄まじくデカイ。
普段なら何人たりとも入り込めぬマクネサの禁断の領域に、ウーは最も簡単に足を踏み入れた。
さらにウーは盾の上縁に今度は足をつけてさらに勢いをつける。己が指先を気功にて固め槍とする。そのまま喉を一突き。長年の戦場で培った経験が死神の一突きを致命傷から遠ざけた。マクネサは咄嗟に顔だけわずかに後ろに逸らしたのだ。
貫けはしなかったがそれでも浅くない傷を確かにマクネサ負わせた。飛び散る鮮血。それは気功を体得したウーにとっては格好の足場となった。
「気功法:霞身」
一瞬で自身の重さを極めてゼロに近くしたウーは飛び散った鮮血を足場にさらに高く舞い上がった。眼下には自ら上体を逸らしたのに加えウーの一突きによってさらに大きく上体を逸らしたマクネスの顔面が上を向いていた。
そんなチャンスを見逃してくれるほどウーは甘くない。そのまま落下、後頭部から地面に叩きつけるようにマクネサの顔面へ着地を決めた。




