追憶ー落ちこぼれた元騎士ー
決勝トーナメント2回戦、第7試合。この試合は異色の対戦となった。
選手入場。観客のボルテージは選手の姿が見える前から最高潮だった。今回の決勝トーナメントは異例づくしとなっていた。帝国の誇るSランク冒険者の死から始まり、宮廷魔術師長を筆頭に宮廷魔術師の相次いだ敗北。帝国最強の血を濃く継いだ侯爵家後継者の圧倒的敗北。そして表舞台に登場してからいままで一度たりとも破壊されることなかった守護者の魔術の完膚なきまでの破壊。
そう、帝国の威信と誇りを賭けて選んだ決勝トーナメント推薦者がことごとく撃ち破られてきたのだ。このままでは帝国の威信は丸潰れになってしまう。この大会の真の目的は久野の保有する戦力を他国に見せつけるため。そのために各国から来賓まで招いているのにも関わらずこのザマだ。
そう、帝国の威信は、今まさに地に落ちようとしていた。
しかし、ここに来て奇跡に組み合わせが実現した。これまでは推薦選手ばかりを気にして予選から勝ち上がってきた選手についてはろくに調べていなかった大会上層部ではあるが、推薦選手の相次いだ敗北を受けついに重い腰をあげた。
予選からの選手はどこの骨とも知れぬものが多いがその選手だけはすぐに判明した。そしてその情報は即座に大会上層部から国の上層部へ伝えられた。
国の上層部はその情報を見て歓喜した。これで地に落ちていた国の威信が取り戻せると!
そして選手入場。まず入場してきたのは2メートル50センチは越えようかという大男。肩で風を切り大股で我が物顔で闘技場の中央へ歩を進める。この男、ただデカいだけではない。その巨体全てが余すところなく筋肉で覆われている。そして両手には大の大人が10人いても抱えきれなさそうなほど巨大な盾が2つ収まっている。
「皇帝の盾だ!」
観客の誰かが叫んだ。その声を皮切りにすでに最高潮だった観客が一気に爆発した。
皇帝の盾。その存在自体は民草の間で噂になっていた。しかしエリファス・ドニゴールとは異なりその姿を人前に見せることはなかった。
それもそのはず。皇帝の盾が存在価値を示すのは戦場。皇帝の威光を知らしめんとその男は常に戦いの最前線に立っていた。ゆえに民草はその存在こそ知っていても顔までは知られていなかった。
皇帝の盾、マクネサ、ここに見参!
歓声に次ぐ歓声。皇帝の盾の登場に沸いていた会場がその男の登場でぴたりと静まり返った。
男はゆっくりと歩を進める。その足取りはマクネサとは対照的だ。いや、足取りだけではない。この男、マクネサと全てが正反対なのである。
マクネサが2メートル50センチ、120キロはゆうに超える巨漢であるに対してその男はあまりにも小さかった。そして出場選手というにはあまりにも歳を取りすぎていた。
まずその老人、150センチを超えているか怪しい。体重は50キロもないだろう。吹けば飛ぶような体躯ではあるが足腰はしっかりとしているのは背筋はピンと伸び、しっかりとした足取りで歩いている。
それでもマクネサと比べてみると大人と子供だ。いくら魔術師が直接戦闘しないとは言ってもこの差はあまりにも酷すぎた。
その差は観客にマクネサの圧勝を思わせるのには十分な差だった。そして何よりもう1つ、観客が盛り上がる要素があった。なぜか試合開始前に突然出回り出した1枚の紙。そこのにはあの老人の素性が書かれていた。
名前:ウー・グォー・シュー
職業:元騎士
秘魔術:重さ軽減(最大でマイナス10キロ)
称号:荷物持ちのウー・落ちこぼれ騎士・無能な運び屋
観客たちはこの情報を手にしていたからこそ皇帝の盾の圧倒的な勝利を疑わず、熱狂していたのである。
本来このような情報が流れることなどまずない。これが巷で有名な冒険者なら話は別だがウーは元騎士。つまり国に所属していた人間だ。そんな人間の情報があっさりと流れている。つまり国が動いたと言うことだ。
「ご丁寧に秘魔術まで書いてやがる。つまりなんだぁ?ウーを弱く見せてマクネサに圧勝させることで少しでも威信を取り戻そうって腹か」
「そう考えるのが自然です。」
「ふん、権力に取り憑かれた卑怯なグズどもが考えつきそうな手だ。自ら戦いの場に赴くことなく他人の手を汚させる。いつの時代も権力者というのはつくづく度し難いものだ。」
「えぇ・・・ですが、ここに書いてあるのはすでに過去のこと。今のウー老師は皇帝の盾ですら相手ではありませんよ」
「当たり前だ。誰が見出したと思っている。今は存分にほくそ笑んでいるがいい。愚かな皇帝よ。この試合が終わった後でもなお笑っていられるか、見ものだ。」
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いつものように鍛錬を終えハイドイロの街に戻ってきた俺をイリスが出迎えた。魔の森の魔物を狩りイリスに冒険者ギルドに売却させる。一連の流れが定着し色々と探りを入れてくる有象無象を全て斬り捨て安定した稼ぎを生み出す。
収益が安定すれば次は地盤固めだ。スラムの支配者であるルシフェルと知己を得てから少し経過した頃のことだった。
「何?元騎士がこの街にいるだと?」
「はい。ですが、元騎士と言っても冒険者として活躍していたり、何かほかの事業をしているでもない。さらに裏の世界の住人でもなかったために私の情報網でもこれまで引っかかっていませんでした。」
「詳細を」
「はい。その騎士の名前はウー・グォー・シュー。年齢は80を超えています。性別は男です。」
「80超えの老騎士か。年齢で引退してもおかしくはないが、わざわざお前が言ってくるんだ。ただの”元”ではないんだろ?」
「えぇ。そもそも魔力の多い生き物は基本的には魔力の少ない生き物に比べて長生きであることがわかっています。騎士にまで上り詰めた人間です。80歳というのは最盛期からは遠いかもしれませんがその経験は重宝されます。なので余程のことがない限りは80歳というのはまだまだ現役世代と言ってもいいでしょう。
しかし調査によるとウー老人がこの街に来たのは少なくとも10年以上前です。街から街を流れていたようでその噂も加味すると”元”になってから20年は経過していると思われます。また、勤めていた家柄上騎士の名前は耳に入ってきていたのですが、ウー・グォー・シューという名前は聞いたことがありませんでした。」
「考えられるのは2つだ。1つ、なんらかの事情があり表に出せない存在だった。ただ、裏の人間ってことはない気がするな。国の暗部をになっていた奴がそこまで素性を知られているとは考えにくい。もう1つは表に出てこないほど取るに足らない存在だった。秘魔術に目覚めていたはいいが、ろくに使えず追い出された。あるいは権力争いに敗れて追放された。まぁ、細かいことはどうでもいいな。元騎士ならば国で登録されているだろう。そのウーとかいう老人の秘魔術を探れ」
「はい、かしこまりました。」
イリスが調査結果を持ってきたのはそれから3日後のことだった。
「シェラート様、先日申し上げていた元騎士、ウーについての詳細が判明いたしました。」
「イリスにしては時間がかかったな。機密に抵触していたのか?」
「いえ、そうではありません。ほとんどの人間があのウーという騎士がいたことを覚えていなかったのです。」
「何?」
「致し方なしに記録を遡っていたために時間がかかりました。」
「記憶の希薄化の秘魔術でも持っていたのか?」
「いいえ。ウーの騎士としての称号は荷物持ちのウー・落ちこぼれ騎士・無能な運び屋でした。つまり、弱すぎて誰も覚えていないということです。」
「弱すぎて、か。理魔術とは一線を画す秘魔術を習得したものだけがその地位に着くことが出来る騎士。一度着けば不祥事など起こさなければ少なくとも生きている間は裕福な暮らしが出来るとされているが。まさか弱いからと言ってクビになることがあろうとはな。イリスのことだ、ウーの秘魔術まで調べてあるのだろう?その不名誉な称号から察するにアイテムボックス系か?」
「はい、調べてあります。しかし残念ながらシェラート様の予想はハズレです。ウーの秘魔術は【気功法】という得体の知れぬ物でした。私の知識にも類似するものはなく、気になって様々な文献を調べましたが類似するものすら見つけることが出来ませんでした。ただし、効果だけはわかっています。触れたものを最大で10キロほど軽くすることが出来るそうです。アイテムボックスや空間系の理魔術が整備された今となってはただ荷物を軽くするだけの秘魔術は文字通り無用の長物でしょう。それゆえに騎士としての地位を剥奪されたものと推測します。」
俺はイリスの報告を聞いて思わず笑ってしまった。
「クハハハハハ!イリスが知らないのも無理はない。まさかこんな魔術至上主義の世界で、中国拳法の秘術【気功法】に出会えるとは!!気功法の効果が物を軽くするだけだと?それはあまりにも世界が狭すぎだ!イリス!!!今すぐウーの元へ行くぞ!これほどまでに大きな原石、見逃すわけには行かぬ!!!」
時間的にもまだ人を尋ねるのに非常識な時間ではなかったのですぐさま宿を飛び出してウーの元へ向かう。ウーの住処は秘術を持つ騎士とは思えぬほどこじんまりとしており、小さな庭があるだけだった。
「ここがウーの家か。こじんまりとはしているが中々手入れはされているようだな。中に人の気配もする。入ってみるか。」
「そうですね。」
とりあえず扉を叩いてみる。すると中で人の動く気配がしてガチャリと扉が空いた。
「ふむ、修羅の剣士と深淵の魔女と言ったところかの。こんな老ぼれになんの用があるかはわからんが、久方ぶりの客じゃ。立ち話もアレだ。入りなさい。」
ほぅ、このジジイ無駄に歳だけを重ねたわけではないらしい。この世界で一眼で俺を剣士と見抜いたのはこいつが初めてだ。それにイリスのことを魔女と言っていたな。この世界に魔法はなく魔術の世界だったはずだが・・・イリスの素性については知らぬことが多い。必要がくれば自ずと話してくれるだろう。それより今はウーの話だ。
ウーの後に続いて家の中に入る。ざっとあたりを見渡しても特段変わった様子はない。ただし、異質なのは目の前を歩く老人だ。この老人、非常に小柄だ。身長は150センチに届くかどうかだろう。体重も吹けば飛びそうなぐらい軽そうだ。
であるにも関わらずその足腰はしっかりとしている。いや、この世界の騎士にしてはしっかりとしすぎている。ただガタイがいいとかのレベルではない。しっかりと練り込まれた足腰をしている。歩くときに芯がブレていないのがその証拠だ。
その身から醸し出す雰囲気は一見すると人畜無害な好々爺ではあるが、その内に研ぎ澄まされた鋭い牙を持っている。
そして何よりただ歩いているだけなのに隙がない。こんなことはあのエリファスですらありえなかった。この老人、武の心得があるのか?
「どうもお前さんたちは普通の客じゃなさそうだ。出迎えるのなら地下の方がええじゃろ」
そうってウーは壁の魔法陣を起動した。ゴゴゴと音がして本棚が横にスライドし、地下へ続くであろう階段が現れた。ウーはその先へ進んでいった。
後を追いかけた俺たちの目に飛び込んできたのは広い空間。そしてこの俺をもってしても戦慄するほどの鍛錬の跡。どうやらここはウーの地下修練場のようだ。
「ここならば人目に触れることなく話ができる。さて、お前さんたちの目的は一体なんだい?」
ウーの立つ場所は俺の最速の間合いのギリギリ一歩外。何も見せていないがそれを見切るとはやはりウーには武の心得があるようだ。
「前置きはなしだ。単刀直入に言おう。俺は【気功法】の使い方を知っている。・・・いや、使い方というよりは本来の力を知っている。【気功法】の効果がたかがわずかに物を軽くするだけ?そんな馬鹿な話があるか。【気功法】とはすでに失われた大陸の拳法の秘術。その可能性は無限大だ。」
俺の言葉にわずかだがウーの目が見開かれた。
「カーカッカッカッカ!【気功法】の本来の力を知っている?可能性は無限大だ?謀るなよ小僧!!!無能だと騎士の身分を剥奪されたこのジジイなら騙せると思うたか!!!これまで幾度幾人が同じようなデマカセを吐いてきたと思う!!!その悉くが儂を謀るための嘘!嘘!嘘!この力に目覚め幾十年、何もせずのうのうと生きてきたと思うたか!!!騎士としてのツテ、教会、個人的な繋がり、果ては騎士としてあるまじき裏の世界にまで足を踏み入れて探しに探した!だが、手掛かりは何1つ出てこなかった!それがなんじゃあ?儂の4分の1も生きておらんような小僧がノコノコ現れ本来の力を知っている?ふざけるなよ!!!」
「そう憤るな、ウー・グォー・シュー。貴様の苦労は知らぬがここに刻まれた壮絶な鍛錬の跡は見ればわかる。大方【気功法】の使い方がわからぬなりにどう生きるか模索していたのだろう?これは武術の跡だ。魔術の台頭により失われた技術をお前は見事に継承して見せている。しかもここには”相手を軽くして戦う”ことが念頭に置かれている。お前は騎士を追放されてなお、その歩みを辞めず今まで生きてきた誇り高き戦士だ。お前は見返したいんだろう?力をつけてこれまで見下してきた人間を。
ウーよ、改めて俺の目的を言おう。俺は【気功法】の本来の力を知っている。お前の力はこのまま埋もれさせるには余りにも惜しい。ウー、今までの貴様の時間は決して無駄ではない。が、このままではここが限界だ。これ以上強くなりたいのならば【気功法】の本来の力を発揮するより他あるまい。
どうするかはお前が決めろ。このままここで朽ちて行くか、それとも強くなり全てを見返すか。」
結論から言おう。ウーは強くなることを選んだ。ゆえにこの舞台に立っている。




