決勝トーナメント第2回戦(テオドール)
「速攻で決めてやるよ」
開始の合図と同時にテオは身体強化、結界、魔力糸の魔術を同時発動。鍛え上げられた肉体が魔術によって強化される。その肉体が生み出す推進力は桁外れだ。普通の地面では耐えきれず陥没してしまうので速度を殺してしまう。それが故の結界だ。
結界を足場にすることで並外れた脚力を全て推進力へと変換することができる。爆発的な推進力はそのまま破壊のエネルギーとなりアストルフォへ襲いかかる。俺でも初見は避け切ることが出来ずに腕を犠牲にして受けたテオの初見殺しの飛び蹴りだ。
だが、ここはさすがSランクの冒険者、距離がかなり開いていたのもあるだろうが上体を大きく後ろに逸らすことで辛うじてテオの飛び蹴りを躱すことが出来ていた。しかし、体勢が大きく崩れているので追撃や防御は出来そうもない。
初撃を躱されたテオはその場で結界を再度発動。今度は発動待機状態にしていた魔力糸を結界に巻きつけてその場で大きく旋回。体勢を立て直そうと起き上がったアストルフォの背後から今度は鋭い回し蹴りを放った。
背後から迫る風切り音を察知したアストルフォは咄嗟に前に転げ込んだ。その甲斐あってテオの回し蹴りはギリギリ後頭部の毛をわずかに刈り取るだけとなった。
「へぇ!避けるのは上手なんだ。これならどうかな?」
得意の蹴り技二発を連続して躱されたテオは次の手に出た。魔力糸と結界を使って大きく八の字にアストルフォの周囲を旋回し遠心力で速度をあげると遥か上空へとその身を踊らせた。
そして足を高く掲げてそのまま振り下ろしながら落下してきた。上空落下踵落とし。身体強化されたテオが放てばあたり数十メートルを陥没されるだけの威力を持つテオの火力技の1つ。並の魔物はテオの姿を追えず、また並でない魔物でもガードや鱗を真っ向から破壊して死に至らしめる強力な技だ。
「隔壁」
テオの踵落としが直撃するかと思われた瞬間、アストルフォの頭上に半透明の壁が出現しテオの攻撃を防いだ。凄まじい衝突音が響わたり爆風が闘技場を揺らした。防がれたせいで直撃はしなかったが闘技場の地面はアストルフォの周囲以外は陥没している。
「ふっ、そのまま攻撃を仕掛けていればよかったものを。俺に時間を与えたのは間違いだったな。俺の秘魔術【隔壁】は極めて強固な結界魔術。理魔術はおろかエリファス・ドニゴール殿の秘魔術ですら傷1つつかぬ守護の魔術よ!秘魔術が発動した今、貴様の勝ち目はもはやゼロ!俺に秘魔術を出させぬように連撃を叩き込む以外貴様に勝ち目はなかったのだ!ハーハハハッ!!」
全身を隔壁で覆い、高らかに笑うアストルフォ。自分の秘魔術に絶対の自信を持っているのか本来は隠しておくべき能力の詳細まで話してくれた。
「わざわざ能力を晒すバカがいるとは思わなかったな」
「いえ、アストルフォのあれは油断でも慢心でもありません。彼の言葉通り隔壁はこれまで一度たりとて破られたことのない絶対防御の秘魔術です。攻撃力には欠けますが守ることに関してはこの大陸でも圧倒的な強者です。その守りは近衛兵よりも上。皇族の護衛依頼を引き受けること数多。そして失敗はゼロ。その功績を皇族が評価し、授けられた二つ名が【守護者】文字通り、この国最強の盾です。」
「ほう、それはなかなか興味深い」
聞けばまさに難攻不落の鉄壁要塞。さて、この難敵をどのように破ってくれるか見ものだ。
「へぇ、勝ち目はないとか言ってくれるじゃん。本当にドニゴールの魔術を防いだのかな?っと!!」
クアッドにも勝るとも劣らぬ無数の魔術がテオから放たれる。並大抵の相手ならこれだけで塵すら残らぬほどの威力が込められている。
ドガガガガガガガガガガガガガ!!!!
激しい衝突音が闘技場に響き渡る。しかしテオが望むような結界が割れる音は聞こえてこなかった。
「ふーん、これだけの魔術を防ぐんだ。やっぱりドニゴールの秘魔術を防いだっていうのは嘘じゃなさそうだ。それに俺の落下踵落としを防いだってことは魔術だけじゃなくて物理耐性も相当高いんだろうなぁ。」
「何を当たり前のことを言っている!俺の隔壁は竜のブレスすら通じぬ!貴様ごときの魔術や攻撃が通じると思ったか」
「・・・」
「手も足も出ず、もはや打つ手なしと言った様子だな。いつまでもこのような茶番に付き合ってるわけにもいかんのでな、一気に勝負を決させてもらおう!」
ドーム状に展開されていたアストルフォの隔壁が一気に拡大し始めた。どうやらアストルフォは隔壁が壊せないのをいいことにそのまま隔壁で場外へ押し出そうという魂胆のようだ。上空に逃げようにもドーム状に展開されているので足場がない。
地味だが堅実な手だ。
一方、割と絶体絶命のピンチに陥ったはずのテオ。しかしその目はまだ諦めていない。むしろこの状況を楽しんでいるようだ。
「うーん、物理も無理、魔術も無理か。正直まだこの手は使いたくなかったんだけどなぁ。仕方ないか。」
テオは大きく息を吐くと迫り来る壁を前にしながらも魔力を練り上げ始めた。
「土杭形成・圧縮・圧縮・圧縮。以上の工程を土杭が1メートル超えるまでルーティン化。結界発動、変形、強化。電磁誘導、付与:雷。回転付与。」
ここで初めてテオが詠唱を行った。その詠唱は普通の魔術詠唱とは駆け離れたまるで機械に命令を下すかのような詠唱であった。
テオの詠唱に合わせてみるみる魔術が組み上がってゆく。1メートルを超える巨大な土杭が雷を帯びながら凄まじい勢いで回転している。
「発射、超電磁砲!」
雷を帯びた結界で出来た発射台に設置された土杭が凄まじい音を立てて発射された。その弾丸が初速から音速を超え、あたりに衝撃波を撒き散らしながら突き進んだ。
「あいつ、俺がふざけ半分で話した超電磁砲を実現させたか!」
テオには昔ふざけ半分で超電磁砲の概要だけは話したことがあった。これもロマン砲の1つではあるが魔術が俺に使えない以上諦めていた代物だ。まさかここで実物をお目にかかれるとは思わなんだ。
ギャリギャリギャリギャリ!
それなりの距離があったが一瞬にして杭が隔壁へと衝突した。土杭自体がかなり圧縮して作られたものであるので隔壁に触れても一瞬で崩壊することなく、隔壁を突破しようと発射された勢いそのままに回転を続けていた。
「フハハハハ!時間をかけるからどのような魔術かと思えば取るにたらぬ理魔術とはな!それが最後の希望だったのだろう?切り札を破られ、絶望したまま敗れるがいいわ!!!」
「はは、誰がこれが切り札だって?これはただの玉だ。本命は別にある。それに強がっているけど魔力が削れているのが分かる。余裕がないのはそっちなんじゃないか?」
「ふざけたことを抜かすな!」
「ふざけてないね。そもそも隔壁は面での攻撃を受けるにはもってこいの魔術だけど、ここまで一点集中で、しかも継続的に攻撃を受ける機会なんてなかったんじゃないか?既存の理魔術でここまで鋭いものは威力が弱いし、秘魔術は傾向的に大規模のになりがちだ。アストルフォ、お前の隔壁は強力だよ。けど、丈夫な壁であればあるほど、一点に力が集中したときは脆い。」
「黙れ黙れ黙れー!仮にそうだとしても!現状貴様の魔術は隔壁を貫けていない!このまま魔術の魔力が尽きる頃には隔壁は闘技場全体に広がっている!貴様の敗北は覆せない!」
「だ、か、ら、誰がこのままだって言ったよ。さっきも言っただろう。これはただの玉なんだ。これはこうやって使うんだよ!」
テオは回転する土杭を見据え、大きく腰を割って構えた。数ある基本となる空手の立ち方の中でも最も安定した立ち方だ。そしてそれは足を殺すのと引き換えに安定した下半身のエネルギーを余すことなく上半身へ伝えられる攻めの構えだ。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!」
テオはいまだ結界を破壊せんと回転を続ける土杭の背後を凄まじい勢いで殴り始めた。
「バカめ!たとえ削れていようがそんな無闇矢鱈でどうこうできるほど俺の隔壁は甘くない!」
アストルフォの叫び声が観客席の俺の方まで聞こえてきた。
「・・・バカはテメェの方だ。テオのあのラッシュは無闇矢鱈なんかじゃない。1発1発が全部、100%以上の力でぶち込まれてる。その威力が一切減衰することなくそのまま土杭の先端から一点集中で隔壁に注ぎ込まれている。まぁ、擬似的なパイルバンカーの連射砲だな。そして土杭は純粋な魔術、そして衝撃波は純粋な物理。この2つが一点に集中すれば・・・」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!オラァ!!!」
闘技場にいた人間は確かにその音を聞いた。これまで表舞台にアストルフォが登場して以来、一切聞かれなかった音を聞いた。それは結界が砕かれるときの音に似ていた。
ピシッ!
それはほんのわずかだが、確実にアストルフォの結界ヒビが入った音が響き渡った。
ピシッ、ピシッ、ピシピシッ!
一度ヒビが入ったのを皮切りに次から次へとアストルフォの結界にヒビが入ってゆく。最初は土杭が刺さっているところだけだったのだが、次第に広がり、ついにドーム型に展開された隔壁の全体にヒビが入っている。
「これで、トドメだ!」
隔壁を拡張し土杭が隔壁を削るのに対応するために魔力を注ぎ込み続けていたのだろう。すでにアストルフォの顔面は蒼白で隔壁のヒビを治す余裕はなさそうだ。そこへ一際強力な一撃が叩き込まれた。
パリーン
甲高い音が響き渡り、ついにアストルフォの隔壁をテオの土杭が貫いた。結界を貫いてもなお土杭の勢いは衰えることなく、そのままアストルフォに直撃。魔力が枯渇しかけていたのと隔壁が破られ茫然自失となっていたアストルフォの意識を刈り取った。
「そこまで!勝者、テオドール!」
アストルフォの戦闘不能が審判員によって確認され、テオの勝利が宣言された。観客はあの【守護者】アストルフォが隔壁を壊された上で倒されたことで呆然としていたがテオが闘技場から消える頃には大歓声が巻き起こっていた。
これでテオも準々決勝進出が決定だ。




