追憶ー才能との出会いー
決勝トーナメント2回戦第6試合、この試合ではハイロイド組の1人がその力の片鱗を明らかにすることとなった。
その名をテオドール、通称テオだ。彼は齢15にしてこの大会の予選を勝ち抜いた猛者だ。イリス調べによると史上最年少での予選突破だそうだ。
元々テオはハイロイドに住む孤児だ。御多分に漏れずどこの世界線のラノベを読んでも孤児の生活は苦しい。特に辺境のハイロイドではそれが顕著で孤児院も相当にボロボロだった。
そんな孤児たちはこの世界の成人が15歳であるにも関わらず早い子だと10を過ぎれば働きに出始める。もちろん器量がいいとか多少学があればどこかの使い走り程度は出来るだろうがそんな子は稀有だ。
大抵は冒険者になる。冒険者と言っても正式な冒険者ではなく仮所属で討伐任務は不可で近隣の採取か街の中の依頼に限定される仕様になっている。自己責任が原則の冒険者ギルドではあるが、流石に幼児をむざむざと見殺しにしない程度には良心があったらしい。
俺と出会った頃のテオもありふれた孤児と同じように仮冒険者として活動してた。テオの目をつけたのは俺とイリス、同時だった。
ハイロイドでは人目を避けるために基本的には魔の森で日中を過ごしていたとはいえ、拠点は街の中だ。もし万が一寝込みを襲撃され街の中で戦闘を行うとなった場合やハイロイドの裏社会の事情を探るためにも週に一度ぐらいは街の中を散策してた。
その日は裏と言っても表から一本裏路地に入った程度の境界を散策していたのでイリスと一緒だった。表に比べると若干薄暗く手入れの行き届いていない裏路地を散策しているとどこからか喧騒が聞こえてきた。
表に近いせいか特に目立ったものはなく少々退屈していたので、大した理由はないが退屈しのぎにその喧騒の方へ足を向けたのだった。
どうせ冒険者崩れのチンピラが暴れているのだろう。そう思って曲がり角から覗いてみたが予想を裏切られた。
いや、完全に外れたわけではない。
争っている片方は間違いなく冒険者崩れのチンピラだ。腰に質の悪そうな魔道具を挿している。駆け出しから初心者クラスの冒険者がよく使う単一の魔術のみを発動できる安い魔道具だ。
外れたのはもう一方の相手。10歳ぐらいの子供だった。弱肉強食が理のこの世界ではあるが、流石に幼児を見捨てるのは寝覚めが悪い。なぜチンピラが幼児を襲うのか理由は不明だがチンピラは3人に対して幼児は1人。助ける助けないは兎も角として間に入るぐらいはしてもいいだろう。
イリスも俺と同意見のようだ。2人で顔を見合わせ頷き合う。そして介入のチャンスを伺うために改めて対峙している2組を見た時に考えが変わった。
「む?・・・ガキにしてはなかなか隙のない立ち方をしている。武の心得でもあるのか?」
「ほう、あの幼児見た目は孤児のそれですが魔術の才があるようです。」
言葉を発したのは同時だった。そして再び顔を見合わせる。
「イリス、魔術の心得と言ったな?」
「はい。あの子が身につけている腕章は仮冒険者の証です。この街の孤児の中で冒険者を希望したものが成人に達するまでの期間、仮登録という形になります。孤児なので読み書き計算が辛うじて出来る程度で理魔術を身につけられる環境ではありません。しかし、あの子は拙いながらも身体強化の理魔術を発動しています。誰かに教わったにしろ独学にしろあの年齢で身体強化を使えるのは才があると言ってもいいでしょう」
「なるほど。聞けば確かに魔術の才がありそうだ。そしてあの年齢にしては芯が形成されつつある。どこかで武芸でも習っているのか?」
そんなことをイリスと話しているうちに事態は動きを見せた。何かを言っていたチンピラの1人が怒鳴り声をあげたかと思うと腰に挿していた魔道具を抜き、幼児に向けていきなりぶっ放した。
安い魔道具と言ってもそれは魔物を倒すために代物。人に、ましてや幼児に向けていいものではない。介入が遅れたかと一瞬焦ったが、その幼児の秘めた力はこの俺の目を持ってしてもこの時は測り切れていなかった。
幼児は魔道具から魔術が放たれる瞬間を見切り、壁を蹴り、三角跳びでチンピラ冒険者の頭上を取った。そしてなんと無詠唱で、しかも足から風の魔術を放ったのだ。狙いも正確で威力不足のせいで首を飛ばすことは出来なかったが、それでも首の太い血管を見事に切り裂いた。
血が噴き出し瞬く間に血の気を失う主犯格を見て取り巻きたちは大慌てで逃げていった。どうやら主犯の男は実力だけでなく人望もなかったようだ。
その様子を見たイリスがワナワナと震えている。この世に生を受けて以来イリスとは一緒にいるがこのような反応は見たことがなかった。
「イリス?」
「はっ!すみません、あまりの出来事に興奮してしまいました。」
「お前が体が震えるほど興奮するか。あれは余程の才なのか?」
「もちろんですとも!あの子は間違いなく天才です!あの程度の年齢で身体強化を発動させていること事態、天才までは行かなくとも秀才と呼んでも差し支えありませんでしたが、無詠唱!そして魔術は手から放つものという固定概念をいとも簡単に破壊したその発想!まさに理魔術界に革命を起こす天才児と呼んでも過言ではありません!」
正直これほどイリスが興奮するとは思わなかった。だが、これは思わぬ拾い物をしたかもしれん。
これが俺とテオの出会いだ。この後俺たちはその場を離れ、改めてイリスが冒険者ギルド内でテオを魔術と武術、双方の見習いとして勧誘。孤児であったテオからしてみればタダで生き抜く術を教わることができ、なおかつ生活も保証されるということでまさに渡りに船。とんとん拍子で話が進み、初めてテオを見かけた時から3日後にはテオが正式に後のハイロイド組へ加入することとなった。
初めは俺がこの世界で最初に行っていたように肉体を作るところから始めた。魔術の才能もあるので魔法戦士にしたい。であれば俺のように剛の肉体ではなく柔軟性の高い、鋭い肉体がいい。
俺とイリスが午前と午後で交互に鍛え上げる。一眼見た時から感じていたことだが、やはりテオは天才だ。特に守破離の中でも破と離に優れている。そしてそれは天才的な発想ではなく鋭い観察眼と論理的な思考によって導き出されたものであった。
体が出来上がり初め、成長とともに魔力量が上がってくると訓練の場は街の中から魔の森へと変化していった。体術と魔術の2つを見事に融合させたこの世界では他に類を見ないオリジナルの流派、テオドール流の源流がすでに出来上がっていた。
そしてテオドール流は前世の武術と今世の魔術が合わさった俺からしてみればある種のロマンを実現させた流派でもあった。
テオの1回戦は同じく予選を勝ち抜いた選手と当たった。予選を勝ち抜いただけあってそれなりの実力者ではあったのだろうが、呼吸をするように理魔術を操るテオの前にはなす術なく、あっけなく決着してしまった。
しかし、2回戦の相手はSランク冒険者。この戦いからはテオの実力が明らかになるだろう。
それじゃあ意識を試合に戻そうか。
先の入場はテオだ。俺やコクガ、ルシフェルと違ってハイロイド組ではあるもののそこまで目立ったことはしていないので観客の反応は良くも悪くも少ない。
テオの入場後間もなく対戦相手が入場してきた。観客はテオの時とは打って変わって大きく盛り上がっている。さすがはSランク冒険者というべきだろうか。
「なーんだ、Sランクとはいえ冒険者が相手かよ。残念、どうせ相手にするなら騎士様がよかった」
「聞き捨てならぬな小僧。俺が相手では不満か?」
「あぁ、不満だね。だってSランクの冒険者はシェラートが殺ったじゃん。こんなところでの二番煎じなんて早すぎる。そう思わない?」
開始前の舌戦。テオは煽ってる気などさらさらなく、純粋に俺の二番煎じになるのを嫌っているだけだ。それは裏返せば”お前など簡単に殺せる”と言っているのと同義。今大会の最年少であるテオにここまで煽られておとなしくしているほど冒険者という職業の人間は甘くない。
「シェラートとかいう奴が殺めたウォルドロンはSランクに上がりたての若輩者だ。伸びしろこそあったがSランク冒険者としてはまだまだ未熟。あの程度を見てSランク冒険者を知った気になるなよ小僧。Sランク冒険者の真の恐怖と実力を【守護者】アストルフォがその身に刻んでやる。覚悟しろ」
アストルフォから濃密な殺気がテオへと叩きつけられる。しかし、魔の森で俺やコクガ、そして森に棲む数多の魔物を相手にしていたテオがたかがSランク冒険者ごときの殺気で怯むわけがない。
「へぇ・・・少しはまともな顔も出来るじゃん。ちょっとは楽しめそうかな」
その呟きは小さなものだったが、身体能力に優れたアストルフォの耳にはしっかりと届いていた。
笑みを絶やさないまま柔かに開始位置についたテオとは対照的に憤怒の表情を浮かべたまま開始位置につくアストルフォ。
冒険者の最高峰とハイロイドの天才が激突する。
「互いに礼!始め!!」
試合開始の合図が高らかと鳴り響いた。




