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地上最強、死す


 ”地上最強の生物”


 この称号を得るにふさわしい生物は一体なんだろうか。象か?熊か?虎か?鰐か?獅子か?河馬か?インターネットが普及した現代で少し検索すればこれらの生き物の名前が上がるだろう。


 少なくともこの中に”人間”をあげる酔狂者はいないと断言できるだろう。


 そもそも人間は弱い生き物だ。誰かが人間が野生動物と対等になるには銃火器を持って初めて対等だと言っていた。


 これは真理だ。人間には外部環境から身を守る毛皮や鱗がない。圧倒的な身体能力を生み出す筋肉がない。相手を切り裂く爪や牙といった武器がない。


 そして何より平和ボケした現代人には闘争心がない。


 闘争心がないものは野生では生き残れない。故に人間は野生の世界では弱者である。


 それがこの世界、特に現代においては圧倒的な真理であった。


 しかし2XXX年、その真理を覆し、現代において地上最強の生物と呼ばれた男がいた。


 もちろん平和を享受する世間一般にはその男の存在など知られていないだろう。しかし平和ボケした現代であっても牙を持つ者達がいる。牙を持たねばならぬ人々もいる。


 前者は武道家や武術家、果ては裏路地のチンピラもそうだ。後者は国防を担う者、治安維持を担う者、果ては裏家業の人間や戦争を起こす人々もそうであろう。


 そういった平和な現代でも戦いに中に身を置く者からその男は”地上最強の生物”と呼ばれたのだ。


 ある軍人はこう言った。


 「あ〜あの男ね。俺も見たよ。あれは確か・4、5年くらい前のことだったかな?ある国立公園で化け物みてーな象が現れたんだよ。それはもう大きさが尋常じゃねぇ。普通の象が大体6トンぐらいだろ?その化け物象はなんと15トンもあったんだよ。信じられるか?その象がそれはもう暴れまくった。何人死んだかわかんねぇ。国も保護だのなんだのと言ってられなくなってついに軍を投入したんだ。

 確か最新型の戦車5台だったかな?5台もありゃそれなりの規模も街でも十分落とせるぐらい性能がいいやつだな。けどその化け物の前には無力だったな。だって砲撃が効きやしねぇんだもん。目を疑ったね、俺は。戦車による一斉砲撃が効かないどころか反撃してきやがった。

 たった一回の踏み付けで戦車がお釈迦になっちまった。俺は運よくその的からは外れてたけど中にいた奴らは即死だったね。死体は見れたもんじゃなかった。

 俺も一緒に乗ってたやつも絶望ってやつを初めて味わったよ。そんな時さ、あの男が現れたのは。男はサムライソードってやつを持って化け物の前に立ち塞がった。俺たちは逃げろだの無茶だの散々言った気がするな。今思えばあの男にそんな言葉はナンセンスだったよHAHAHA。

 無茶だのなんだのと言ったところで俺たちにできることは無い。軍は完全に負けたんだ。戦車が通じなけりゃ俺たち兵士なんてそこらへんにいるちょっとガタイのいいだけの男にすぎねぇからな。

 死にたくねぇと俺たちは化け物の注意がその男に向いている隙に逃げ出したんだ。それから本部に戻って今度はもっと大勢で戻ってきたんだ。そこで俺たちは目撃したのさ。

 全身を切り刻まれ、無惨な姿と成り果てた化け物の姿を。

 ついでに言っておくと肉が一部無くなってたな。食いでもしたのかね?あぁ、ちなみにその死体を解体して運ぼうとしたんだけどよ、普通のナイフじゃ皮膚が硬すぎで全然刃が通らねぇの。一体どうやって切ったんだろうな」


 また、テロリストとして捕まった男はこう言う。


 「俺は神様なんぞ信じちゃいねーが悪魔は信じてるぞ。だって実際にこの目で見たんだからな。あれは俺たちの活動が最盛期だった頃だ。これでもいくつかの国の軍を相手にしても立ち回れるほど俺たちは強かった。それに業を煮やしたのか国連が動いた。

 俺もその情報は掴んでいた。もちろん対策は練っていたさ。国連軍はこの世界の最高の軍隊だ。生半可な相手じゃねぇ。

 そしていざ投入される日になった。俺たちは万全の態勢を整えて待ち構えていた。国連の奴らに一泡吹かせてやろうと思ったんだが、蓋を開けてみりゃ援軍の影はなし。拍子抜けしたな。

 だが、よく見ると戦場に1人の男が現れていたんだ。俺たちは大笑いしたね。今思えばそれが間違いだったんだが。

 こんな戦場にたった1人で現れたんだ。よっぽど死にたいんだろうってことで俺たちは一斉に銃を放った。中にはロケランや手榴弾までぶっ放したやつもいたな。

 一般人・・・いやどんな精強な軍でも一瞬で粉微塵になるほどの銃弾の暴風雨の中をあの悪魔は駆け抜けた。それもかすり傷1つ負わずに。気が付いた時には目の前に悪魔が立っていた。そしてサムライソードを振り抜いた。たった一振りで5人の仲間がやられた。防弾チョッキに鉄板まで着込んだ屈強な男が5人も一撃で、しかも首じゃなくで胴体で真っ二つにされたんだ。

 俺はその尋常じゃない光景を見て即座に逃げ出した。それが今こうして話せてる最大の理由だ。他の仲間?あの悪魔に立ち向かったやつは全員切り殺されたさ。

 俺はそこで生まれて初めて悪魔を見た。全身を返り血で染め、赤い血溜まりの中で三日月を背景に笑う悪魔を」


 その男にはいくつかの伝説がある。曰く、1人で戦争を終わらせた。曰く、木刀1本でホワイトハウスを征服した。曰く、その男は修羅の化身だ。曰く、石炭を握ってダイヤモンドへと変えた。曰く、各国がその男1人に平和条約を締結した。曰く、裏社会で知らぬものはいない。曰く、猛獣が避けて通る。曰く、各国がその男1人に対して平和条約を結んだ。


 あげればキリがない。


 そんな男が、今、死のうとしている。


========================================


 (まったく、この俺が死ぬことになるとはな。)


 血の海に体を横たえるのは地上最強の生物と呼ばれた男。その男の胸を一本の刀が貫いている。その刀は見事に男の心臓を貫いている。これではいかに地上最強の生物でも死は免れないだろう。


 思えば退屈な人生だった。


 死に逝く男の脳裏に走馬灯が駆け巡る。


 男は極めて平凡な家の生まれだった。よくある田舎の貧しい農家に生まれた。ごく普通の幼少期を過ごしたが、だた1つ、田舎ゆえに古臭い古武術道場があった。男が戦いの道に足を踏み入れたのは間違いなくこの田舎道場がきっかけだった。


 その道場の主は現代ではあり得ないほどの実戦主義。サバイバルナイフ1本で冬山に放り込まれたりもした。それでも男は生き延びた。そして齢10の時には師を超え、12の時に初めて人を殺した。師と本気で立ち会った結果だ。


 そう、男は生まれこそ平凡だったが、その肉体と精神は平凡ではなかった。


 それから男は今の今まで戦いの人生を歩み続けた。ただ貪欲に強さを求めた。


 ある時はアフリカの化け物象と戦い、ある時は国連の助っ人として国際テロリストと戦いもした。しかし、その戦いのどれもが男を満足させるには至らなかった。


 (だが、ここ近年はマシだった)


 古今東西金持ちの趣味は変わらない。酒に女、そして闘争だ。どこぞの金持ちが主催となって地下闘技場を設立した。まぁ、よくある話だ。世界各地の武人・達人が己の生涯をかけた技を競い合う。金持ちどもはそれを見て熱狂するという簡単な話だ。


 その男にも招待状は届いていた。当然だ、すでに世界最強と呼び声高かったのだから。男は意気揚々と大会に乗り込み、全てを喰った。今までにない美味だった。


 その大会以来、参加者たち、特に上位の者たちは会うたび会うたびに強くなって男の前に現れた。時には各国を震撼させた死刑囚とも戦った。時にはクローン人間とも戦った。時には英雄の子孫、2代目とも戦った。


 (死刑囚は大したことなかったが、やはり奴らは極上だった。)


 その男の脳裏に浮かぶのは特に鎬を削った男達。中国拳法の天才、武神と呼ばれた空手家、天皇家の護衛を務める合気の達人、中国拳法界の神と呼ばれた男、剣聖の名を継ぐ者、大戦を経験した天下無双の男、三国志最凶の子孫。


 そして、今、男の胸に刀を突き刺した自らの種の最高傑作。


 (どの戦いも存分に味わうことができた)


 死闘とまではいかなかった。男は強すぎた。だが、どの戦いも十分な馳走ではあった。


 地上最強の男とて歳を取る。年々、技のキレや力は増していくが若き日の獰猛さは多少ではあるが落ち着いてしまった。まぁ、手当たり次第に戦いを挑んでは斬殺するのが相手をじっくりと選び育て何度も美味を味わうようになったぐらいではあるが。


 じっくりと強者が育つのを待ち喰らう。地上最強となってしまい敵がいなくなったその男の唯一の楽しみだった。そしてその極めつきが自分を殺した男だ。自身の種、つまり自分の息子だ。


 (やはり血は争えぬな。やはり俺の血は優秀だ)


 男は満足ではないが納得していた。自分を殺すことができるとしたら自身の血筋しかありえない。常々そう思っていたからだ。


 「これより貴様が地上最強を名乗るがよい」


 それがその男のこの世の最後の言葉だった。


 流石に血を流しすぎたのだろう、言葉を吐く力はないが死に間際とあって思考はさらに加速する。


 (だが、幾多の戦いを経ようとも魂の渇きが癒えたのは初めて殺しをした時と死に際のみか。欲を言えば日々命のやり取りをしていたかった。)


 現代では殺しは禁忌とされている。いくら死刑囚が相手だろうと、表に出せない地下闘技場の戦いであっても殺すことはできない。


 男にとってテロリストなどを殺すことは羽虫を殺すのと同義。命のやりとりではなく一方的な虐殺だった。そんなのはカウントしていない。むしろ忘却の彼方だ。


 (ククク、まさかこの俺が神に祈ろうとはな。願わくは次の人生は戦いの最中に・・・)


 薄れゆく意識の中、男は生まれて初めて神に願った。


 【その願い叶えましょう】


 どこからともなく声が聞こえた気がした。しかしその声に意識を割く間もなく男の意識は消えた。


 享年56歳、地上最強の男、死す


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