7話 一ヶ月だけの部活指導員生活
「私は仕事が残っている。何かあったら、職員室に来い」
そう言い残した瑠偉は、部室をあとにする。
沈黙に支配された部室。
苛立ちを隠せない愛那から、ピリピリとした雰囲気が漂う。
祐乃が、どうにか場を修めようとワタワタとしていると、パイプ椅子に足を組んで座るシンが、疲れた表情をしてため息をついた。
「はー、金さえあればなあ……」
ロッカーに通学用鞄を片付けていた、愛那の動きが止まる。
愛那は、くるりと振り返りシンを見つめた。
その瞳には敵意が宿っている。担任の姿も不在の今、取り繕うつもりもないらしい。
「お金が目的なら、他の仕事をすればいいでしょ」
「勘違いするなよ。そもそも俺は働きたくねーの。でも、金は欲しいじゃん?」
「お金が目的で、部活指導員が務まると思ってるの?」
「話が通じねえ女だな。俺は働きたくないっていったの」
「なら、帰ればいいでしょ」
冗談で言ったつもりだった。
教員が、まともに授業を受けない生徒に対して言葉と同じようなもの。
ただ、シンは――都合良く解釈してしまう。
「マジで! やったぜ、部員の許可も出たし、俺は家に帰るわ!」
さっきまでの気だるそうな仕草が嘘のように、ピョンと立ち上がった。
「そんじゃ、俺は帰るから、あとはよろしくー!」
そう言って、部室の扉に手を掛けた。
「家に帰って、ジャンプでも読む――」
「――どこに帰る気だ、シン?」
扉を開けた先で瑠偉が腕を組んでいた。
「あ、姉貴……? 職員室にいったはずじゃ……」
「少し様子をうかがっていた。シンのやりそうなことくらい、容易に想像がつく」
「さすが血の繋がった姉――ああああああああああああああああああああああ!! アイアンクローはやめろおおおおおおおおおおおお!!」
「今度こそ、私は仕事に戻る。絶対にサボるなよ。またバカな真似をしたら――命はないと思え」
「すでに命がなくなりそうなんですが……」
ぱたりと扉がしまる。
部室に押し込まれたシンは、仰向けで倒れていた。
「あのー大丈夫?」
「ロリッ娘は優しいな……。ほっこりするぜ」
シンは頭を抑えながら立ち上がると、部室内を見渡す。
「さっきから気になってたんだけどよ。他の部員はどこだよ? まさか、おまえらだけってことは、ねえだろ」
「ボク達だけだよ」
あっけからんと言う祐乃。
さすがに冗談だろと、シンは鼻で笑った。
「マジッカ―は、全国で盛り上がってるスポーツだぜ。特に年頃の中学生なんて、魔法に憧れるしな。俺が学生の頃なんか、部員が多すぎて、トラブルが日常茶飯事だったんだぜ」
「あははー、色々あったからね」
愛想笑いを浮かべる祐乃に、疑問を抱いたシン。
部活指導員の仕事を続けるつもりは微塵もないが、マジッカ―部で起きた出来事に、シンは興味がわいた。
「色々って、なにがあったんだよ?」
「それはね――」
「やめなさい」
シンと祐乃の間に、愛那が割って入る。
おまえに教えることはなにもない――その意思表示が、空気を読むのが苦手なシンにも、ひしひしと伝わった。
「ふーん。まあ、いいか。一ヶ月の付き合いなのに、厄介事は御免だからな」
「一ヶ月ってなによ?」
「給料日だぜ。金のために、嫌々部活指導員することになったんだからな。勿論、給料を貰ったら、即座に辞める」
「よりによって大切な時期に……」
愛那はイラつきと不満を交えた瞳を下に向けて、爪を噛んだ。
「とにかく時間が惜しいわ。あたしは練習に入るから。マジッカ―フロンティアの県代表戦が近いのよ」
「そうか、もうそんな時期か」
マジッカ―フロンティア。
年に二度にわけて、中高生の参加者を募って開催される、マジッカ―の大型大会である。
まず開催されるのが、全ての都道府県から代表者を決める県代表戦。
その次に開催されるのが、県代表戦を勝ち抜いた47人でトーナメントを組む、全国大会である。
愛那は、そんなマジッカ―の頂点であるマジッカ―フロンティアの優勝を狙っていた。
「まあ、俺には関係ねえや。昼寝しとくぜ」
「部活指導員なのに、指導するつもりはないのね」
「何度も言わせんな。働く気は一切ないぜ。それにこの仕事、時給制なのな。いくら頑張っても、給料が変わらないなら、サボった方がお得だぜ」
シンのねじ曲がった倫理観に、煽りや皮肉は意味を成さない。
愛那の歯から、ギリッと擦れた音が鳴る。
(イライラしてるな。随分と嫌われたようで)
すぐに辞める職場の人間関係なんて、どうでもいい。
そう割り切っているシンは、腕を組んでパイプ椅子に座る。
「そんじゃ、部活なりなんなり好きにやってろ。俺は昼寝しとく。この部屋の窓から射込む日射しは、気持ち良いからな。爆睡できそうだぜ」
「ええー、本当に寝ちゃうの? 二宮先生に見つかったら、怒られるよ」
「昨日までニートだったからな。ニートは、日が昇ってると眠くなる生き物だぜ」
祐乃が止めるのも聞かず、シンは目を瞑る。
それから1分も経たないうちに、豪快なイビキが響いてきた。
「信じられない……」