6話 魔法が使えない魔法使いは役立たず
「今年で二十歳になる男が、情けないことを言うな!」
「だって、だって! 働きたくないんだもん! 俺は引きこもって、アニメ観ながらゴロゴロする使命があるんだよ!」
「穀潰しが! 推薦してやった姉の顔に泥を塗るか!?」
「推薦しやがったせいで、面接が免除されちまったじゃねえか、クソ姉貴! 面接官の顔に屁をこいて、落ちる計画を台無しにしやがって!」
「我が弟ながら、救いようのないクズだな! 潔く働け!」
「大体、姉貴が金を恵んでくれさえすれば――」
男女の珍妙なやり取りを傍観していた愛那の頬がこわばる。
ロクでなしの見知らない男はともかく、説教をしている女が、担任教師の二宮瑠偉となれば、さすがの愛那も反応に困る。
可能ならば、知らない顔をして、目の前を過ぎ去りたい愛那だが、揉めている場所が厄介だった。
「部室前で揉めないでよ……」
マジッカ―は、運動部。ユニフォームに着替えるために、部室は必要不可欠だ。
「面白そうなことが起きてる! ボク達も混ぜてもらおうよ!」
「やめなさいよ。明らかに、あの男は、人としてヤバいわよ」
関わりたくないと思いつつも、愛那は時間が惜しい。
愛那は、苦々しい顔をしながらも、足を進めた。
「先生! なにをしてるの?」
「夏目か。菅原もいるようだな。よかった、お前達に伝えることがある」
部室前に見知らぬ男がいた時点で、愛那は嫌な予感がしていた。
多分、この男は――だから、反対だったんだ。部活指導員なんて。
「ほら、この歳でメッシュを入れて、美人アピールしてる生徒が、変な顔してるぜ。姉貴が、ワガママ言うから、呆れてんじゃねーのか?」
「なんで、私が悪人になっている! シンが、だだをこねるのを止めないからだろッ!」
「痛い、痛いッ! アイアンクローは、頭蓋骨が陥没するッ!」
不真面目な男の態度に、愛那は、深い溜息を吐いた。
二宮瑠偉の説得?あって、珍妙な男の暴走は、収まりをつけた。
愛那と祐乃は、無事に部室に入ることができたが、珍妙な男はと言うと――
「夏目と言ったか。スゲー、髪がサラサラだな。ほっぺたもプニプニ! これが中学生かよ! イケナイ趣味に目覚めそうだぜ!」
頭二つぶんの背丈差がある祐乃をセクハラしていた。
「うにー」
「これがロリッ娘の魅力か。枯れる寸前の姉貴とは、大違い――ぐはっ!」
「それ以上、言ってみろ。チ○コを縦に裂くぞ」
「ひ、ひえええええええええ! 俺の息子を怖がらせるなッ!」
「どうせ、シンは童貞だろ。使い道のない棒は、今のうちに去勢しておいた方が、安全かもしれん」
「マジな目をして、こえーこと言うなッ! それに、童貞とは失礼だなッ!」
シンが、両手で股間を押さえて怯える隙に、祐乃は愛那の隣に移動した。
「ねーねー。愛那ちゃん、童貞ってなに?」
「魔法が使えない魔法使いのことよ」
「役立たずってこと?」
「あー! 女子中学生に有ること無いこと言われたぜ。傷付いたから、精神療養のために早退しまーす」
口を三角にしたシンは、わざとらしく両手で顔を押さえて、泣いたフリをすると、部室の扉に手をかけた。
「どこに行くつもりだ、シン?」
「姉貴、手を離せよ。魔法が使えない魔法使いなんて言われたせいで、俺のかよわい現代っ子メンタルが崩壊寸前なんだぜ。また明日から、引きこもり生活するから、宜し――」
バーンッ!
人の頭を叩いたと思えないような暴音が部室に響き渡る。
頭を抑えながら床で悶絶する男を見て、埒が明かないと判断した愛那は、本題に入ることにした。
「先生。その不審者は、何者ですか?」
「説明が遅れたな。こいつは私の弟、二宮シンだ。今日から、マジッカ―部の部活指導員になるから、仲良くしてやってくれ」
「仲良くしなくていいぞ」
「話の腰を折るなッ!」
痛みがひいて、颯爽と復活したシン。
ウザい言動、鼻につく口調。
――この男は、愛那がもっとも苦手とするタイプだった。
「そんな顔をするな、菅原。普段のシンはダメ人間だが、マジッカ―の腕は、人一倍だ」
「……」
信用できない。
これが菅原愛那の率直な感想だ。まだまだ山のように言いたいことがある。
しかし、担任の目もあるので、愛那はグッと堪えた。
(サイアク……)
目標の足かせになりえる存在に、愛那は一抹の不安を覚えた。