41話 幸先不安です
微かに朝のヒンヤリした空気漂う時間帯。
駅付近の空き地でマジックギアを装着した男女と、それを観戦する少女がいた。
「《唸れ、暗黒・ダーカー》!」
「ほい、《シールド》」
「守られた! それなら!」
「前のめりな戦略は褒める。ただし、相手も人間だ。常に反撃されることを頭にいれてろ――こうなるぞ。はい、後ろから炎魔法をどーん」
「うぐっ!」
威勢の良い火炎弾が、愛那の背中を襲う。
ビーッ
マジックギアがHPが尽きたことを知らせる音をならす。
「また負けた! 悔しいわ!」
「ハッハッハ! またもやHP100残し! 俺、超つえーッ!」
「もう一回よ! お願いします!」
「ことわーるッ! 勝ち逃げしてやるぜ!」
「なんでよーッ! お願いしますーッ!」
「嫌なもんは、嫌だ!」
「うわあああああああああああああ! お願い、もう一度だけお願いしますーッ!」
袖にしがみついて、泣きわめき、懇願する愛那を、シンは笑いつつも、鬱陶しそうにはねのける。
実はこのやり取り――本日5度目である。
シンと愛那の実力が開きすぎているため、勝負にすらなっておらず、一方的に敗北する始末。HPすら削れずに敗北するため、悔しさも相当なモノだった。
一連のやりとりをずっと見ていた祐乃が、2人の元に歩み寄ってくる。
「愛那ちゃん、前に比べて、表情を出すようになったねー」
「おかげで、日々やかましいぜ」
「や、やかましいの……」
「いいよ、いいよー。今の愛那ちゃん、とっても可愛いし。にひひー」
「そ、そんなことないわよ! 喉渇いたから、自販機で飲み物買ってくるわ!」
照れるように頬を赤らめて、愛那は、シンと祐乃の元から離れる。
「愛那ちゃん、変わったなー」
「かもな」
自販機に電子マネーカードをかざす愛那の背中を見ながら、シンはポケットに手をいれると、祐乃に話しかけた。
しかし、同時にシンの心に、申し訳なさが生まれた。
「すまなかったな、祐乃」
「どうしたの? 突然、謝って?」
「お前もマジッカ―部員なのに、あまり指導できていなかった。そのうえ、愛那の練習に付き合わせて、カメラ役まで任せたからな」
「いいよー。ボクは、マジッカ―フロンティアに出場する予定なかったし」
ニコッと笑う祐乃。
あまりにも満面の笑みであるため、シンの心がチクチクと痛む。
(大会が落ち着いたら、祐乃が好んでいる大型魔法の使い方を教えてやるか。俺は爆魔法に詳しくないから……勉強しておこう)
そんな部活指導員らしいことを考えると、祐乃の頭にポンポンと手を乗せた。
「そうだ、コーチ。この前ね、愛那ちゃんが謝ってきたの」
「ほぉ?」
「ボクだけじゃなくて、学校中まわって、マジッカ―部を辞めた人にも、頭下げてたの。凄く驚いちゃった」
「俺の知らない所で、色々やってるみたいだな」
感心して自販機の方に視線を戻すと、飲料水を片手に愛那が帰ってくる。
「そういえば、コーチ。いつ、洛咲スタジアムに出発するんですか?」
「なに言ってんだ? 俺が知るわけねーじゃん」
「「え?」」
愛那と祐乃が驚いたように声を重ねる。
本日、愛那が待ちに待っていたマジッカ―フロンティアの県代表戦が開催される。ここで優勝すること
で、念願の全国大会への出場権利を得られるのだ。
参加方法はネット申し込みで、料金は無料。大会参加資格は、中高生であることのみ。そのため、いっぱしの腕を持つモノもいれば、素人同然の参加者もいるくらいに、誰でも出場可能な大会だ。
それゆえに、多くの戦いをくぐり抜けねばならぬ、マジッカ―プロへの登竜門である。
そんな険しい大会なので、出場前にウォーミングアップを兼ねて、シンに指導を頼んだ愛那は時間も忘れて、練習に励んでいた。
「コーチ。もう8時ですよ。そろそろ、洛咲スタジアムに向かわないと遅刻します」
「とりあえず、バス停行くか」
「そうね――」
ぶろろーっ
公園の前を満員のバスが過ぎ去った。
「スタジアム行きのバスは、さっきのだな」
「ちょ、ちょっとー!」
咄嗟に愛那は、スマホで時刻表を確認する。
シンが顔を寄せて確認すると、そこに表示されるモノが残酷で――
「次のバスは30分後だな。これは遅刻確定だわ。ちなみに、開会式までに受付しとかないと、失格になるぜ」
「ええええええええええええ! どうすんのよ!」
「どーするも、こーするもねーよ」
「こうなったら、マジックギアの魔法で飛んで――」
「バカ、やめろ。ドローンですら、街中を飛行するのに許可いる時代だぜ。んなことしたら、捕まるぞ」
駅から、スタジアムまでバスで移動しても、30分はかかる。
現在時刻8時10分。開会式は9時開始。
「バスはない。よし、走ってこい。ギリギリ間に合うかもしれないぜ。疲れるから俺は行かないぜ」
「中学生の大会参加には、保護者、または、部活動顧問の同伴が必要なんですッ! 一緒に来て下さい、コーチ! そうしないと、マジッカ―フロンティアに出場できませんッ!」
「嫌だッ! ここからスタジアムまで、何キロ離れてると思ってんだッ! しかも、金にケチなお偉いさんが、土地代の安い場所にスタジアムを建てやがったせいで、坂道が多いんだぞッ!」
「うわあああああああ、お願いしますからあああああッ! 一緒に来て下さい!」
「ええい! 離せッ! 服がシワになるだろッ!」
シンが、乱暴に手を振り払うと、愛那は抵抗を止めて、ピタッと動きを止める。
「――そうですか。それなら、仕方ありません」
愛那は、何かを閃いたようで、含みのある笑顔でシンをみつめた。
「コーチの家で起きた、脱衣所の出来事を、教育委員会に報告しても、いいんですよ?」
サーッと、シンの血の気が引いていく。
やむを得なかったとはいえ、中学生を家に連れ込んだ。そして、シンは普段のテンションで脱衣所の愛那にセクハラを行ってしまった。
重罪である。ネットニュースに取り上げられ、教育委員会に厳重な処罰が下され、社会的に抹殺される未来が、容易に想像できた。
「ハッハッハッ! 俺の中に眠るメロスの魂が、走りたいと雄叫びをあげたぜッ! レッツゴーッ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! コーチ、速すぎます!」
駆け出す二人の背を眺める祐乃は、微笑ましそうに、小さく手を振る。
「二人共、いってらっしゃーい。観客の一般入場できる時間帯になったら、僕もスタジアムに向かうからねー」