3話 マジッカーというスポーツ後半
『なんと息吹選手! チャレンジャーの胸元に飛び込みました!』
《シールド》を展開しながらの《魔法》の使用はできない。
息吹は、この状況を狙っていた。
『立場逆転! 氷柱の雨がチャレンジャーの反撃すら許さない! これが無敗の実力を誇る北里息吹選手の実力です!』
ウオオオオオオオオオオオオオオ‼
息吹の魅せる戦いに観客は、盛り上がる。
息吹は、自身の氷柱に貫かれるはずだった。
しかし、チャレンジャーが展開した《シールド》を傘にすることで、自身の身を守る。
まさに荒技。普通の人間の脳には浮かばない策で、優位な状況に持ち込んだ。
「《象れ、氷雪剣・アブソリュート》」
息吹の手元に冷気を放つ長剣が生成される。
氷を刳り抜いて作られたような不格好な刀身であるが、その鋭利さは恐怖を感じるほど。
――チャレンジャーの胸元が刀身で切り裂かれる。
『《ソード》のキツい一撃が決まった! 県代表戦を勝ち抜いたチャレンジャーも万事休すか!?』
LEDビジョンが更新される。
【北里息吹 HP90】
【チャレンジャー HP40】
HPを半分以上削る痛恨の一撃。
見事な剣捌きに観客は見惚れ、さらに沸き立つ。
イブキ! イブキ! イブキ! イブキ!
ウォウッ! ウォウッ! ウォウッ! ウォウッ!
『ここで氷柱が降り止みました! まだまだ、チャレンジャーにも選手にも勝機があります! ここから逆転なるか!?』
チャレンジャーの瞳から闘志は消えていない。
「《轟け! 雷鳴剣・ライトニング!》」
チャレンジャーの手元に、雷を模した剣が生まれる。
『両者、《ソード》を使用! 接近戦の始まりです!』
息吹に勝つ――その闘志を燃やし続けるチャレンジャーは、その獰猛な筋肉で剣を振るい続ける。
ふと、付近を飛行するドローンに雷鳴剣が振れた。
ボンッ!
ドローンは黒い煙を上げると、そのまま爆砕する。
「凄いですね。ですが――」
息吹は、華麗な剣捌きでチャレンジャーの攻撃を受け流す。
止まない剣の猛攻を繰り出すチャレンジャーの息が、上がり始めた。
チャレンジャーの動きが鈍ったタイミングを見計らい、息吹は剣を大気に霧散させる。
――詠唱するために。
「《強靱なる堅氷・ディスアイス》」
突如、地面から巨大な氷柱が生えて、チャレンジャーを貫いた。
【北里息吹 HP90】
【チャレンジャー HP5】
チャレンジャーのHPが雀の涙と化す。
しかし、絶体絶命の状況でも、彼の闘志は燃え続けていた。
『チャレンジャー、ここで《チャージ》を始めました! 《魔攻砲》に全てを賭けるようです!』
《魔攻砲》――それは、マジックギアから大量の魔力を放つ光線のことを指す。
まさしく必殺技。
しかし、代償として反動ダメージを負い、魔力も大幅に喪失する。
チャレンジャーは深呼吸すると、マジックギアの魔力を限界まで錬った。
バチバチバチッ
マジックギアから魔力の弾ける音が鳴る。
「迎え撃ちます。《チャージ》!」
息吹も《魔攻砲》を放つ構えを取った。
正念場が始まる。
マジッカ―の勝敗は、最後までわからない。
魔攻砲を喰らえば、勝敗はひっくり返る。
スタジアムは緊張感に包まれ、観客が固唾を呑む。
『さあ、始まります! 通称、『つば競り合い』! 全力のぶつかり合いです! マジッカーの最大の見せ場が今! 始まります!』
両者、右掌を突き出す。
難解な文字列が表示され、魔法陣が形成され――拡大。
次の瞬間、魔法陣を貫くように幅広の光線が、スタジアムを一直線に駆け抜けて、衝突する。
このような派手な演出をされ、観客が大人しく観戦するわけがない。
ウォウッ! ウォウッ! ウォウッ! ウォウッ!
イブキ! イブキ! イブキ! イブキ!
互いに一歩も引かない――とまではいかない。
若干ではあるが、息吹は押されていた。
『ここでチャレンジャーに反動ダメージ! HPが1減りました! 残りわずかなHPで押し切らなければ、敗北します!』
スタジアム全体の空気が震え、息吹の魔法で気温が低下する。
しかし、観客は最後の魅せ場に酔いしれて、気にも留めない。
『チャレンジャーが押しています! 息吹選手、危ういか!?』
勝利が近づき、チャレンジャーの口元がゆるむ。
もう一押しと魔力をマジックギアへ送り込んだ時――ふと、《魔攻砲》の威力が落ちる。
魔力が、底を尽いてしまった。
チャレンジャーは、人生で最高の《魔攻砲》を放ったと自賛できる。
そのはずなのに――息吹には、敵わなかった。
プロの洗練された完璧な《魔攻砲》の足元にも及ばなかった。
「ぐわあああああああああああああああああああああ!!!」
《魔攻砲》を全身に浴び、スタジアム中に、チャレンジャーの叫び声が響き渡る。
ビーッ
チャレンジャーのマジックギアから、間抜けな音が鳴った。
LEDビジョンが更新される。
【北里息吹 HP90】
【チャレンジャー HP0】
『決着! 勝者は北里息吹選手! HPを90も残しました。これが無敗記録を持つプロの実力でしょうか!』
ウオォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
長くも短い戦いに終止符が打たれ、歓声があがる。
チャレンジャーは膝をついて、顔をしかめる。
全力を出し切った結果、チャレンジャーは完敗してしまった。
こみ上げる悔しさは、計り知れない。
そんなチャレンジャーに息吹は――優しく微笑み、手を差し伸べた。
「よい試合でした。また、手合わせお願いします」
マジッカ―は戦いであり、スポーツである。
試合が終われば、互いの実力を認め合い、よきライバルであろうと誓い合う。
それがスポーツマンシップだ。
チャレンジャーは自分の足で立ち上がると、息吹の手を握る。
今の彼からは、燃え上がる闘志はない。
その代わり、よき友と出会ったような、喜びの表情を浮かべていた。
『熱い握手が交わされました! 崇高なスポーツマンシップ! それが北里選手の魅力でしょうか!? 敗北してしまいましたが、素晴らしい試合を見せてくれたチャレンジャーの今後にも期待です!』
ぱちぱちぱち
先程まで、熱気に包まれていた観客は拍手を送り、感動の涙を流す者もいる。
魔法を駆使するスポーツ『マジッカー』の魅力は――多くの人々の心をわしづかみにしていた。