25話 シンの過去 ー 好きなのに好きと言えなくて ー
――それから、しばらく経って。
『ここがシン君の学校か。男子校だからかな。あたしの学校の文化祭とは、雰囲気が全然違うね』
『男子校と女子校は、全然違うだろ』
『来週、あたしの学校で文化祭あるんだよ。来てみる?』
『女子校なんて、お淑やかな女子しかいなさそうな空間は、肩身狭いぜ』
『ふふ、そんなことないよ。むしろ、男の子がいないから、血気盛んだよ』
聖華とのたわいもない会話。これが俺の、最高で、最愛の時間だった。
これまで幾度となく振り絞った勇気を、再び振り絞って聖華を高校の文化祭に誘った。
『シ、シンさん……!』
ふと、背後から名前を呼ばれて、振り返る。
『息吹じゃねーか。こんな所にきてどうした?』
『シンさんと一緒に文化祭を回ろうと思って、探しにきたんですよ。そ、そしたら変な女が……』
『あはは……、変な女か。酷いなぁ』
『シンさん、わかってるんですか! 男子校で、彼女を作るのは禁忌です!』
『バ、バカ! か、彼女じゃねーよ』
『女と一緒に文化祭を回っているのは事実です! クラスのみなさんにバレたら、なんと言われるか――』
うおおおおおおお! 殺せ!
強いからって調子に乗りやがって!
『マジな殺意を向けるな! 聖華、逃げるぞ!』
『シン君は賑やかだね』
にこやかに笑う聖華の手を握って、校内をドタバタと逃げ回った。
そういや、このとき初めて、聖華と手を繋いだんだっけ……
――それからさらに経って。
『あたし達も高校三年になっちゃったね。ずーっと、シン君と練習してきたけど……、とっても強いよね。羨ましいよ』
『……』
『シン君は、これからどうするのかな?』
『それは……』
この頃からだ。
俺は何を目指しているのか、わからなくなっていた。
なんのために俺は、マジッカ―をしているんだ、と。疑問に思うことが多くなった。
『もしかして、プロを目指すの?』
『プロ……か』
マジッカ―で、金を稼いで生活したいかと言われたら……素直に頷けなかった。
子どもの頃は、魔法に憧れてマジッカ―をしていた。しかし、聖華と過ごすうちに、子どもの頃の夢は、薄れていった。
原因は、わかっていた。俺の中の一番が、すり替わったからだ。
昔は、一番がマジッカ―だったが、いまでは――
俺がマジッカ―を辞めたら、聖華との繋がりが無くなるかもしれない。
そんな恐怖心と焦燥感に駆られて、マジッカ―を続けていた。
前は、あんなに楽しかったマジッカ―も、俺の中で、聖華に強いことを褒められるためのお遊戯と化していた。
『プロを目指すなら、あたしと練習するのも、学生の間だけになっちゃうのかな……』
この言葉が決め手だったな。
聖華と一緒にいれないなら――そんな人生は価値があるのだろうか。
俺は、プロになりたくないんだなと悟った。
『そうだ、シン君。あたし、来月誕生日なんだよ』
『知ってるよ。毎年プレゼントしてるじゃねーか』
『今年もプレゼントちょーだいね』
当時は、あの満面の笑顔を見るために頑張っていたというのに――今では思い返すと涙がこみ上げ、俺の心は砕ける。
『マジッカ―フロンティアの県代表戦を勝ち抜けたらな』
『やったー! それなら、全力で頑張っちゃうんだから!』
『張り切りすぎだろ』
『覚悟しておいてね。シン君から、とびっきり高いプレゼントを貰っちゃうから』
『どーんと来い。なんでも買ってやる』
今思えば、これは実質、告白だ。
聖華に好きとは言えなかったのに、気前良い男を演じて――聖華に「あなたが好き」と言ってもらえないか…?と刹那に願っていた。
受け身な童貞の思考である。
今思い返すと恥ずかしくて死にたくなる。
『それで何が欲しいんだ?』
『マジックギアだよ』
『なんでそんな物を? 持ってるじゃねえか』
『お金持ちから財布を貰うと、金運が上がるって言うでしょ。あれと同じ。シン君は、マジッカ―強いから』
『願掛けかよ』
『…………………それ以外の理由もあるけどね』
『ぼそぼそ言わないでくれよ。聞き取れない』
『なんでもないよ。さ、練習の続きしよ』