24話 シンの過去
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―――。
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不快で、それでいて尊い思い出が蘇る。
それは、今では、ほど遠い過去。
俺が高校一年の頃の記憶だ。
あの頃の俺は、とにかくマジッカ―に熱中していた。日祝日を返上して部活に明け暮れて、少ない時間と小遣いをやりくりして試合観戦にも行った。チケットが取れなかったときは、本気で落ち込んだ。
金が足りずに、何度も何度も、両親と姉貴に頭を下げた。
この時から、俺は不出来な弟だった。姉貴には感謝しきれない。
俺が通っていた男子校は、良くも悪くも実力主義だった。特に運動部においては、それが色濃く現れており、屈強な者以外は部活を辞めていく。
当然、全ての部活が、毎年のように甲子園や全国大会において、結果を残していた。
そんなある日、他校から、運動部全てに交流戦の申し出があった。
強豪校として名を馳せていた俺の高校では、特に珍しいイベントではない。
いつもなら『またですか、はいはい』と面倒そうな空気が流れるが――今回の交流戦が決まったとき、俺の学校は大いに盛り上がった。
理由は、単純明快。
申し出をしてきた高校が、近所でも有名な女子校だったからだ。
女に飢えた男子校生が、盛り上がらないわけがない。
『彼女を作るぞ!』
『連絡先交換する!』
『童貞を――』
様々な欲望をチラつかせる男子校生達。
正直、俺は、校内に漂う浮かれた雰囲気に、イラついていた。
――真面目に取り組めよ、そう考えていた。
どこぞの誰かさんと同じで、1人で頑張った気になってるバカだった。
こいつらとは違う。俺は出来るヤツだと、心の何処かでつけ上がっていて――
そして開催される交流戦。
そこで1人の女子生徒と対戦を行った。
ピンと伸びた背筋、落ち着いた立ち振る舞いから、行き届いた教育がうかがえる。
目麗しいほどに整った顔立ち。大きくも精緻な瞳、薄くも細緻なピンクの唇。 黒曜石のように、美しく透き通った黒髪を腰まで伸ばした髪から、ダランと垂れる銀のメッシュが異彩を放つ。
本人曰く、メッシュを入れた原因は、両親に対しての不満の表れだったとか。いわゆる、反発らしい。
お淑やかなだけではない彼女の魅力が、そこに現されていた。
――美人。
自分の語彙力のなさに呆れるが、それ以外の言葉が思い当たらない。
浮かれた連中を蔑んでおきながら、容易く心を射貫かれて、一目惚れした自分が情けなかった。
高鳴る動悸が止まらない。
しどろもどろしてしつつも、俺と、彼女――高橋聖華とのマジッカ―部、交流戦が行われた。
女と油断していたが、俺は存外に追い込まれ、互いのHPも一桁という、接戦に持ち込まれる。
他の交流戦をしていた人達は、いつの間にか、俺達の戦いに魅了されいたらしく、観戦に回り、声援を送っていた。
これまで経験したことのない楽しい時間だった。永遠に続けばいいのにと願った。
しかし、俺達のような部活生は、勝つことに貪欲である。
――結果は、俺の勝利。
勝利をもぎ取った嬉しさと同時に罪悪感が、俺の心を刺す。
彼女は今まで負け知らずだったらしく、薄らと涙を浮かべて項垂れていたのだ。
『あはは……。君、強いね』
『そ、そうか……?』
『あのさ……、学校違うけどさ、明日から一緒に練習しない?』
『え……』
『おねがい。あたし、強くなりたいの……』
断れるはずがない。
それから俺は、部活が終わると河川敷に行き、夕日を背に練習する日々を送った。
『あははー、シン君、前より強くなってるね。あたし、敵わなくなってきてる』
『そんなことないよ、高橋さんは、強い。きっと俺なんかより……』
『せ・い・か』
『え?』
『あたしは、シン君って呼んでるだから、聖華って呼んで』
『う……、わ、わかった』
ここまで親しくされたら、「こいつ、俺のこと好きなんじゃね?」と勘違いするのが、恋する童貞の思春期というもの。
『あのさ、聖華……。そのーあのー』
『どうしたの、シン君?』
『今度の日曜日さ、気分転換も兼ねて……、どこかでかけないか……?』
『ごめんね。その日は家の都合があって……』
悶死。
その日は、ベッドでゴロゴロと転がって、本気で泣いた。
それでも諦めきれなかった俺は、童貞のへたれ心に鞭を打って、トライする。
途方も無い苦労の甲斐あって、なんとかゲットした2枚のチケット。
『せ、聖華……。知り合いから、プロマジッカ―選手の試合のチケットを2枚貰ったんだけど……、一緒に見に行かないか?』
『いいの!?』
勝利。俺は心の中で狂喜乱舞のガッツボーズを取る。
目を爛々と輝かせる聖華に、俺は更に惹かれていった。