20話 シンの休日
――早朝の二宮家にて。
土日平日問わず、昼まで寝ているはずのシンが、この日だけは朝早く起床した。
リビングでトーストとコーヒーというシンプルな朝食を取っている瑠偉に近づくと、ごまをするかのように両手をあわせる。
「あーねーきー♪」
妙にニコニコするシンを不審に思った瑠偉は、顔をしかめる。
「私は忙しい。後にしろ」
「いいじゃねえかよー。俺と姉貴の仲だろ? 頼み事があるんだけどさー」
「シンがヘラヘラして頼み事をしてくる時点で、聞く価値が無いと判断できる」
「ひどっ! さすがの俺も傷付くぜ! 聞くだけでいいからさ、頼むよ!」
「言ってみろ。事と内容次第では、協力してやる」
「愛してるぜ、姉貴! ほら、俺もニート辞めて働いてるわけじゃん?」
「私が職を与えたからな」
「これから俺は汗水垂らして労働して、社会的地位を得るために金を稼ぐことになるわけじゃん?」
「ニートがバイト始めた程度で、社会的地位とぬかすな。今のシンは底辺より、ほんのわずか上程度だ」
「姉貴の言葉はトゲありすぎ。泣くぜ? そんで本題に入るけど――」
シンは額、両手、額をフローリングの床にこすりつけた。
「ギブミーマネー!」
見事な土下座である。
「待ってろ。包丁を持ってくる」
瞳のハイライトを消した瑠偉が、静かに立ち上がる。
「冗談でもやめろよ! 目がマジなんだよ!」
「一応、金を欲しがる理由だけは聞こう」
土下座の体勢から、瑠偉を見上げるシンは、うざったらしい表情をすると悠々と語り始める。
「部活指導員のバイト初めても、給料日が来るまで俺の財布は薄いままなんだぜ。俺も19で後数ヶ月もすれば20歳だ。そんで、せっかくだから競馬かパチン――」
ヒュンッ!
シンの顔横をバターナイフが通過する。
勢い余って壁に衝突せいで、バターナイフがぷらーんと突き刺さっていた。
突然の出来事にシンは、目をパチパチとさせて、あんぐりと口を開く。
「な、な、な……」
「ふざけるのも大概にしろ。次は当てるぞ」
どこから取り出したのか、瑠偉が2本目のバターナイフを構える。
窓から射込む朝日を弾き、まるで刃物のようにキラリと光るバターナイフ。
これ以上は、命に関わると悟ったシンは、身体を起こして、ピンと背筋を伸ばす。
「行きたい店があるんですけど、交通費がないんです。給料日は、まだ先だから」
「そういうことか。だが、行ってどうする? 別に給料が出てから行っても、遅くはないだろう」
ごもっともな言い分だった。
二宮シンという男は、自分語りを嫌う傾向にある。例え、血の繋がった姉でも、内面を少しでも晒すことには抵抗はあった。
しかし、今は金を借りようとしているのだ。瑠偉が納得する理由程度は、提示する必要がある。
シンは、頭を掻くと渋々と口を開いた。
「給料日になったら、買いたい物あるんだけどさ、それが中々高いのな。だから、店に行って品定めをしてーんだよ。バス代だけでいいからさ、頼むよ姉貴」
「はぁ……」
弟に、しおらしく懇願され、瑠偉は調子が狂った。
自分の甘さに頭をかかえつつも、瑠偉は、革製の財布から紙幣を取り出すと、シンに手渡した。
「ほら、くれてやる」
「おいおい、一万円じゃねえか! こんなにくれるのか!」
「ニート脱却祝いだ」
喜びのあまり、シンは立ち上がると、一万円札を両手にクルクルと回り始めた。
「感謝するぜ、姉貴! 余ったぶんでエロDVDでも借りてくるか!」
「やっぱり交通費以外は返せ」