2話 マジッカーというスポーツ前半
巨大なスタジアムの天井に設置された大型LEDビジョンに文字が表示された。
【北里息吹 HP100】
【チャレンジャー HP100】
しかし、誰一人と大型LEDには目もくれない。
一点集中。
観客は、スタジアムの中心以外に興味はない。
『まずは様子見だ! どちらが先に仕掛けるか!』
息吹は涼しげな表情で身動きを取らず、まさに棒立ちの状態。
チャレンジャーは、息吹にジリジリと距離を取り――マジックギアを装着した右手を向ける。
「《クイック・ボルト!》」
チャレンジャーの一差し指から、一筋の雷が迸った。
ズババッ!
凄まじく発光する雷は、スタジアムの人工芝を焦がし、息吹を狙う。
『おおっと! 先制攻撃は、チャレンジャーからだ! 雷魔法が、北里息吹選手に、直撃だあああああ!』
雷は弾けると地面をエグり、砂煙が舞う。
ここで、一部の観客が、大型LEDビジョンに視線を動かした。
【北里息吹 HP90】
【チャレンジャー HP100】
チャレンジャーは、にんまりと口角を上げる。
HPが削れた。勝利に近づいたのである。
チャレンジャーは、砂煙が晴れるのを待ち、攻撃のチャンスを覗う。
覗っていた――だけだった。
「《――射貫け・グランドピアス》」
油断していたチャレンジャーの胸元を氷柱が襲う。
スポーツ用に調整された人工魔法のため、外的損傷はない。
しかし、不意打ちを喰らったチャレンジャーは、胸を押さえて膝を着いた。
『さすが北里息吹選手! ただではやられていません! なんと、砂煙に紛れて魔法を詠唱していたようです!』
2発目の氷柱が、チャレンジャーを狙う。
間一髪で身体を捻って氷柱の回避に成功したが、3発目が放たれる。
躱しきれない――と瞬時に判断したチャレンジャーは、立ち上がり、氷柱に右腕を突き出す。
バリンッ!
誰もが、チャレンジャーはダメージを負ったと信じて疑わない、はずだった。
「やりますね。最近の中学生は、ここまで強いのですか」
チャレンジャーに展開された魔力障壁を見て、息吹は笑みを浮かべて、拍手を送った。
『これが、エキシビションマッチの権利を勝ち取った選手の実力でしょうか!? 《シールド》を展開して、《グランドピアス》を防ぎました!』
実況の解説を余所に息吹は、氷柱の発射を続ける。
《シールド》の前に為す術もなく、氷柱は砕け続ける。
『北里息吹選手の反撃が防がれました! これには、チャレンジャーも余裕の表情です! 北里息吹選手、どうするのでしょうか!?』
咽せるほどの熱気に包まれていた観客達に不安がよぎる――ことはない。
観客は、全員知っていた。
彼はプロだ。どんな相手にもリスペクトを忘れず、花を持たせるのだ。
『ここで、北里息吹選手が動きました! い、いったい、どういうつもりでしょうか! 頭上に大量の氷柱を発射させました!』
息吹の思考が読めないチャレンジャーは、呆然と上空を見上げた。
普通は、相手に向かって魔法は放つ。
普通ではない行動の前に思考が止まり、試合中にもかかわらず、呆然としてしまう。
「ここからが本番です――いきますよ」
~ ~ ~
――テレビ越しですら試合の熱気が伝わる。
「…手加減ししぎだろ」
シンはみえみえな試合の結末にあくびが止まらなかった。