第9話「BAD DAY (今日は本当にツイていない)」
黄金のブロンドの髪と、端正な顔立ち。
学園の王子様こと、クリストファー・スミスが。なぜか私の隣に座っていた。
「なんで、あんた。私と同じ授業を取っているわけ!?」
「なんで、と問われても。僕は隣国からの留学生だからね。魔法に関する授業は、なるべく受けると決めているんだ」
「……ちっ。なんて都合の悪い」
「君の舌打ちする姿も、そろそろ見慣れてきそうだよ」
「何よ、嬉しそうに笑って」
「笑っていないよ」
「嘘つきなさい。顔に書いてあるわよ。そもそも、朝食の時だって―」
クリスに煽られるように、私の声が少しずつ大きくなる。
その時だった。黒板に向かっていた先生が、くるりっと振り返り、こちらを見た。
そして、にこっと笑った瞬間。
黒板の板書に使われていたチョークが、急に矛先を変えて、私の脳天に向かって飛んできた。
「あいたっ!」
かつん、と軽い音がして額に鋭い痛みが走る。
それから、わずかに遅れて。隣に座っていたクリスのほうからも、軽い衝突音が響く。
「あぐっ」
さすが学園の王子様。私のように情けない声は上げないものの、額を抑えて必死に痛みに堪える。
「はーい、授業中の私語は禁止です。恋人の痴話げんかは、後にしてくださいね」
「恋人じゃありません!」
こんな奴が相手なんて、とんでもない!
私は、あらぬ疑いをかけられないように猛然と反論する。だけど、先生は優しい目を向けたまま言い放つ。
「はいはい。仲の良い恋人は、決まってそう言うんですよ」
先生の指先に、ふたつに割れたチョークがくるくると飛び回る。そのまま、何事もなかったように授業は再開された。
ぐぬっ、納得できないぞ。
苛立ちがくすぶったまま、なるべく授業に集中しようとする。
……が、隣の奴の反応が気になって盗み見をする。教科書で隠そうとしているけど、やっぱりニヤニヤしているじゃないか。
なので、先生から見えない角度で、足を思いっきり蹴っ飛ばしてやることのする。……げしっ!
「痛っ!」
クリスが悲鳴を上げて、座席から飛び上がる。
先生が2発目のチョークをクリスに飛ばしたのは、そのわずか数秒後だった。けけっ、ざまぁみろ。
あと、授業が終わる時。
魔法学の先生が不良たちを注意していた。
真面目に授業を受けなさい、といった内容だったか。そんなことで怒られている不良たちの目つきは、見ているこちらが嫌悪するくらい、悪意に満ちたものだった。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
……ついてこないでよ!
……無茶を言わないでくれ。同じ授業なんだから仕方ないじゃないか。
ぷりぷりと怒る私の後を、クリスがやや疲れた態度でついてくる。
今日という日は。
本当にツイていなかった。
一時限目の魔法学の授業が終わったら、さっさと教室を出て行って。次の授業の教室へと向かった。
これ以上、あの学園の王子様との噂を立てたくない。逃げるが勝ちだ。そのままトイレに寄って、次の授業である地理の教室に向かう。
そして、その教室に入った瞬間。
授業の準備をしているクリスが目に入ってきたのだ。
……あれ? ミーシャも地理の授業かい?
どこか嬉しそうな顔の学園の王子様に、一発殴ってやろうか、と思った。
なんでも、地理を教えていた教授が実家に引きこもってしまったため、大規模なクラス替えがあったとか。そのせいで、クリスと同じ教室になってしまったらしい。
せめて、隣の席だけは勘弁。
と、素早く教室内を見渡すも、空いている席は一番前の席か、クリスの隣の席だけ。しかも、クリスの隣は快適な窓際の後ろのほう。
最前列か、快適な窓際の後ろか。
ぐぬぬ、と私は葛藤した末に、黙ってクリスの隣に立ち、席に座った。
話しかけるんじゃないオーラを全開にして、なるべく授業に集中する。だけど、視界の端でクリスの横顔が見えるのは、どうにも気が散ってしまう。
くそぅ、神様め!
お前、私を見て楽しんでいるな!
そして、お昼休み。
いつもなら学生食堂で、ぼっち飯。もしくはカナと一緒に食べるのだけど、今日だけは何だか嫌な予感がした。
うっかり並んだ食堂の列にクリスがいたとか、何気なく座った場所がクリスの隣だったとか。そんなことがありえそうで、なんだか怖い。
嫌なことは、続いてしまうものだ。
私は食堂で食べるのを諦めて、普段は使わない売店へと向かった。
学生食堂の使用料金は、年間の授業料に含まれているのでお金は掛からないが、売店で買うパンやサンドイッチは別だ。自分のお小遣いから出さなくてはいけない。
何が悲しくて、自分の少ないお小遣いから昼食代を出さなくてはいけないのか。
ぐむむ、と悩んだ末に。本当は食べたいチョコロールサンドを我慢して、ちょっとでも安いジャム入りコッペパンにした。お釣りを受け取る私は、きっと涙目になっていたに違いない。
せめて、景色の良いところで食べよう。
そう思って、美術館裏にある小さな公園を目指す。
向かい合ったのベンチがあるだけの公園。あまり生徒は寄り付かないので、私だけの秘密の場所でもある。人知れず泣きたいときは、いつもここに来る。寮の部屋には、カナもいるしね。
そこで少しでも元気を出そう。そう思って、美術館の裏へと顔を出すと。
私と同じように売店で買ったパンをかじる、クリスがいた。しかも、彼の手元にあるのは、私が一番食べたかったチョコサンドロールじゃないか!?
……や、やあ。君もここで昼食かい? 奇遇だね。
予期せぬことだったのは、クリスも同じだったのだろう。
目を丸くさせたまま、私と、私の持っているコッペパンの入った紙袋を見る。ふん、コッペパンで悪いかよ。庶民には、これが限界なんだよ。
私は背中を丸めたまま、ゆっくりとクリスの前に立って―
「おい、おめーのチョコサンドロール。私に寄越せよ〜」
「……君は、自分がとんでもないことを言っている、その自覚があるかい?」
・次話更新は、9/22(水)の20時です。よかったら見てやってください! 感想、お待ちしています!