最終話「拝啓、神さま。…お前って、本当に余計なことしかしないな。」
「えーっ! なんで、クリス君と一緒に行かなかったの!?」
あの日。
授業が終わって小鳥寮に戻ってきたカナに言われたのは、そんな言葉だった。
クリスが学園から去り、私には普通の日常が戻ってきた。
違うのは、学長のハーゲルが刑務所送りになったこと。図書館棟の屋上にある温室が、生徒に説明もなく取り壊しになったこと。紅茶愛好会が解散されて、メンバーの全員が病院に通院していること。そのどれもが、私にとってはどうでもいいことだった。
……どうでもええって。そんなこと言ったら、クリス君が悲しむんちゃう?
花壇にジョウロで水やりとしていたドーナ先輩も、呆れたように唇を尖らせていた。
まだ頭に包帯が巻かれているが、本人の強い希望もあって、即日退院。翌週には、学園に戻ってきていた。
……ウチが目を覚ましたら、学長のことをギッタンギッタンにしてやろうと思っとったのに。ミーシャちゃんとクリス君が、全部片づけてしまうんやから
そんなことも言っていたけど、やっぱり罪悪感のほうが強かったらしく。
ありがとう。そして、ごめんなさい。と礼儀正しく謝ってくれた。
そして、今日。
大聖堂の脇にある、女子控室で。私は盛大に口を曲げていた。
「なんで、こんなドレスを着なくちゃいけないの?」
「そりゃ、今日がダンスパーティだからでしょ。……ほらほら、そんな顔しない。せっかくの美人が台無しでしょ?」
カナが両手を腰に当てて、不貞腐れている私を見る。カナのドレスは淡いエメラルドグリーン。小柄な彼女に似合っている、とても可愛らしい姿だった。
……それに比べて、私は。
「何で、私のドレスは赤色なのよ」
「そりゃ、ドーナ先輩のお下がりだからでしょ。今日のパーティに出られないぶん、代わりに楽しんであげないと」
だからといって。
借り物のドレスとはいえ、赤色はないだろう。
それも、深紅。賭けてもいいが、絶対にドーナ先輩はこんなのを着るつもりはなかっただろう。なんか、サイズも私にぴったしだし。急遽、実家に連絡して、一番派手なドレスを持ってこさせたに違いない。
「サイズ、合わない?」
「うん。ちょっと胸が緩い」
まぁ、こんなダンスパーティなんて。ちょっと顔を出して、さっさと帰ってしまえばいいのだ。楽しむ奴は、勝手に楽しめばいい。なんでも、このパーティで結ばれたカップルは、ずっと幸せでいられるなんてジンクスがあるみたいだけど。相手のいない私には関係のない話だ。
「そういえば、今日はサプライズがあるんだって」
「何よ、それ」
「わかんないけど、なんだか隣の国から、すっごいイケメンが来ているんだって。向こうの貴族学校の生徒かな」
「はんっ、まったく興味ないね」
ふんっ、と顎をつきたてて顔を背ける私に、カナは意地悪そうに言った。
「そうだよねぇ。ミィちゃん、失恋したばっかりだもんね。他の男になんか興味ないか」
「ぶっ飛ばされたいの、カナ?」
私が拳を握って、ぐるぐる肩を回すと、きゃーっ、と笑いながらどこかに逃げて行ってしまった。
一人残された私は、ため息をつきながら空いている椅子に腰かける。
はぁ、失恋か。
もしかしたら、そうかもしれない。
心にぽっかりと穴が開いたままで、何にもやる気がでない。いや、元々。私はそれほどやる気のある人間ではなかったはず。だったら、これは日常に戻っただけ。うん、そうに決まっている。
心のどこかで、クリスとの再会を待っている。
なんてこと、あるはずがない。
「……あ、あのー」
「うん?」
声をかけられて、顔を上げる。
そこには見知らぬ女子が数人ほど立っている。どれもパーティのため着飾っていて可愛らしい恰好だった。
同級生か、もしかしたら下級生か?
そんな女の子たちは、心配そうにこちらを見ながら言った。
「あの、元気出してください」
「クリス先輩がお国に帰ってしまって、落ち込むのはわかりますが。私たちはミリツィア先輩の味方です」
「先輩たちのカップルは、とてもお似合いでした。学園の王子様と、清らかなお嬢様であるミリィア先輩。例え、離れ離れになっても、お二人の気持ちは繋がっているはずです」
うるうると涙を浮かばせながら、必死に慰めの言葉を絞り出す。
面倒なのは、もうひとつあった。
なぜか、私とクリスのことが学園中に知れ渡っていて、美しきも悲しい恋の話として広まっていたのだ。おかげで、こうやって見ず知らずの女子から、励ましの言葉やら貰うことになっている。中には、好きでした。俺と付き合ってください、と馬鹿みたいな妄言をはく男子生徒もいたけど、その日のうちに花壇の肥やしにしてやったぜ。
それでも、なぜか私に言い寄ってくる男どもは減らず。週に一度は、愛の告白ないし、ラブレターを貰っている。良質の紙は、よく燃えた。
……そろそろ入場が始まります。
学園の事務のお姉さんが、控室に声をかけてくる。
カナは戻ってくる様子はない。
仕方ない。私は重い腰を上げて、ダンスホールになっている大聖堂へと足を向ける。
先に入っていった上級生たち。
それが、なぜか。私に道を開けてくれるように、左右へと別れていった。なんか、生暖かい視線を向けられている。そんな彼女たちをいぶかしく思いながら、大聖堂へと入っていく。
そして。
そこで待っていた王子様の笑顔に、私は。
眩暈とともに、その場に崩れ落ちそうになっていた。
「初めまして。そして、久しぶり。迎えに来たよ、僕だけのお姫様」
黄色い声の歓声が。
私と、王子様を包み込む。
……神様。お前って奴は。
……本当に、余計なことしかしないな。




