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第33話「亡き王女のためのパヴァーヌ。…願わくば、素敵な王子様と一緒に」

――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「はぁ、どうしようかしら」


 ミーシャの母親が、リビングにテーブルに肘をついてため息をはく。


 一週間が経った後も、ミーシャの実家は散々なありさまだった。

 必要最低限の修理、ということで割れた窓ガラスにはダンボールとガムテープで補強してみたが。ソファや壁は、銃弾でボロボロのままだ。中古ショップで買ってきた小さな卓上照明と、ノイズ交じりのラジオだけが、この部屋の生活を支えている。


「新しく住むところを手配します、って言われてもなぁ。あんな貴族街の豪邸なんて、住みたくないよね」


 ミーシャの母親がホテル暮らしを始めた、その日の夜。


 クリスの代理人という人間が彼女を訪ねてきた。

 転居先を確保できたので、そちらに引っ越してください、というものだった。せいぜい庶民街にある手狭なアパートかな、と高をくくっていたが、彼らから差し出されたのは、超がつくほどの大豪邸の権利書類だった。


 使用人二名、庭師一名。高級リムジン車付き。そして、向こう三十年の固定資産税と人件費などの諸経費を肩代わり。つまり、タダである。


 こんな豪邸、逆に住みたくないわよ。


 素直にそう言って、丁重に書類を返したが、クリスの代理人たちは頑として譲らなかった。お願いします、お願いします。どうか、こちらに住んでください。あなたが承諾してくれないと、我々が非常に困ってしまうのです。額に脂汗を浮かべながら、何度も何度も頭を下げている代理人たち。


 まぁ、そんなことで同情したりしないんだけどね。


 ミーシャの母親は、迷子になった子犬のような目で見てくる中年男性たちを、旦那様と考えるので今日は帰ってください、と笑顔で追い返した。


 それから、この銃撃戦の跡地のような部屋に戻ってきたけど、まだ結論は出せないでいる。


「はぁ、これって。今回の口止め料だけじゃなくて、きっとミーシャちゃんとクリス君の将来のことを考えて、なんだろうな」


 クリストファー・スミス君。

 綺麗な金髪に、黄金色の瞳。礼儀が正しく、何よりミーシャのことを本当に大切に想ってくれている男の子。彼になら、娘を預けてもいいと思える。……思えるんだけどなぁ。


「どうしたものかねぇ。ミーシャちゃんが幸せになってくれるなら、なんだってするけど。……絶対に、本人は嫌がるよね」


 はあぁ、ともう一度だけ深いため息をつく。


 ……あの子は、生まれた時から特別だった。

 小さいころに貧困街に捨てられて、ドン・コルレオーネ氏の孤児院で拾われて。私や旦那さまと出会うまでに、あの子は人を信じることに臆病になってしまった。


 家族に裏切られて。

 いらない子として捨てられて。


 それまでの何の不自由のない裕福な生活から、今日を生きる意味すら奪われてしまった。私たちがあの子を引き取った時、人を愛せる子に育てようと、そう思った。この世の全ての人間ではなく、自分に優しくしてくれる人を。自分の居場所をくれる人を、優しく愛せるような女の子に。


 我が家に来たときは、ずっと部屋の隅で丸くなっていた。

 言葉を交わすまで、一か月もかかった。


 それが、今はどうだろうか。

 あんなにカッコイイ男の子を連れてきて、彼に見せる私服がないとベッドの上でじたばたと暴れるまでに、純粋で人を愛せる子に育ってくれた。


 ……ただ、少し大人になってしまった。


 子供が夢を見る、おとぎ話に。興味をなくしてしまった。

 学校に、社会に、他人に期待することがなくなった。

 誰かに甘えることを諦めてしまった。


 将来の夢や目標など、どうでもいいようだった。自分の人生すら、意味のないものとさえ考えている節がある。


 ……隣の国のお姫様になんて、絶対に興味がないだろう。


「ミーシャちゃん、わかっているのかなぁ。王子様が、ガラスの靴を持って迎えに来たんだよ。後は、あなたが一歩を踏み出すだけなのに」


 ふぅ、とため息をつく。


 何となくお酒が飲みたくなり、戸棚の奥に隠してあるワインをグラスに注ぐ。お酒を飲んだら、すぐに酔ってしまうから、と旦那さまから何度も注意をされていた。


「……隣国の王子様かぁ。ミーシャちゃんも、本当なら。彼と同じような立場の人間だったのにね」


 生まれた時から持っている、左右の違う色の瞳。

 黒色と、わずかに輝きを持つ銀色の瞳。それこそが、彼女が特別な血筋を受け継いでいる証だというのに。


 悲しいかな。

 彼女を守るべき人たちは、そんなあの子が邪魔で仕方なかった。自分たちの権利や遺産を守るために、生まれてこなければよかった、と陰で囁いていた。そして、彼女を守っていた大貴族の実父が亡くなると、虐待して、食事も与えず。最後には貧困街の公園に捨てられた。


 墓地には、お墓がある。

 彼女の本当の名前が記された、墓石が。


「亡き国の王女さま。どうか、あなたにたくさんの幸福があらんことを」


 願わくば、素敵な王子様と一緒に。

 彼と一緒に、幸せな人生を送ってほしい。


「……あ、やばい。ちょっと酔ってきたかも」


 グラスのワインは、まだ半分くらい残っている。

 ミーシャの母親が不機嫌なのには理由がある。

 旦那さまが出張から帰ってこないのだ。そろそろ、旦那さまパワーを補充しないと、また暴走しそうだ。誰にも知られていないはずの旦那様の職場に顔を出して、お弁当を届けにいったときのように。彼が何ともいえない呆れ顔になるのは、もう見たくない。


「あ~ん、早く帰ってきてよぉ。そして、思う存分に構ってよぉ~」


 子供のように、手足をじたばたとさせる。

 その時だ。玄関先からベルが鳴って、ただいま、と低い男の声がした。


 瞬間。ミーシャの母親はテーブルから体を起こして、玄関口へと走り出す。そして、躊躇なく。愛する旦那さまへと飛びついたのだった。


「お帰りなさい、旦那さまっ!」


 名前を呼ばれたミーシャの父親は、飛びついてくる妻を抱きしめることができず。そのまま玄関に後頭部を打って、その場に崩れ落ちた。


 ……意識が戻ったのは、翌朝のことだったらしい。



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― 新着の感想 ―
[一言] ミーシャ(本名)は死んだことにされているのか。 クリスの代理人さん、交渉の相手が悪かった。(兄弟が来ていたら結果が変わっていた可能性もありそう) さらっとユーリィに飛びつかれて、…
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