第32話「もうひとつの結末。学長のハーゲン・ヴィ・ドラクロワの末路」
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夜も更け始めた、首都のホテル街。
安宿が並ぶ通りに、ひと際目立つ豪華な外観の建物。
顧客のプライバシーを何があっても守ると評判のホテルだった。特に、人には言えない趣味を持った貴族たちには、こぞって美しい娼婦をつれて、足しげく通うほどだった。
そのホテルの最上階。
スウィートルームのベッドで、学長のハーゲン・ヴィ・ドラクロワは煙草を吸っていた。傍らには、半裸の女性が寝息を立てている。近くの娼婦街で買ったものだが、存分に満足できる相手であった。
それに、今夜の彼は。
機嫌が良い。
マフィアであるルチアーノ・ファミリーから借りた金が、なんとか返済できる目途を立ったからだ。思えば、長い道のりだった。酒に酔っていたとはいえ、ギャンブルに熱くなり。とても自分一人では扱えない金額を賭けてしまった。
その結果、惨敗。そのままカジノの裏口へと連れていかれて、言われるがままルチアーノ・ファミリーから多額の借金をしてしまった。あれさえなければ、俺は自由だったのに。それが、彼の口癖だった。
だが、もはやそんなことどうでもいい。
『カアシの葉っぱ』を学内で栽培させて、マフィアに流す商売は上手くいった。警察も政治家も手を出せない貴族学校であれば、やりたい放題だ。これから、どんどん儲けることができる。今まで、失った金を取り戻すのだ。
まぁ、そのためには。カアシの葉っぱの栽培に関わった生徒を、世間にバレないように処分しなくてはな。
幸い、貴族の娘は高く売れる。あの紅茶愛好会のクレア・フォン・マゼッドも、そろそろ潮時だろう。卒業する前に、マフィアに売り渡すべきか。傷物の中古品であっても、それなりの値がつくはずだ。
「はっはっは、我が人生。順風満帆なり」
ハーゲルは太った体を震わせて、灰皿に煙草の灰を落とす。
もはや、生徒のことを自分の私腹を肥やすための食い物にしか見えていない。この男には、学園の経営者として、何もかも壊れていた。
……故に。
……これは、必然であった。
「むっ? おかしいな、窓なんか開けたはずがないのに」
カーテンが風に揺れているのを見て、ハーゲンは首を傾げる。
最上階のスウィートルームからの夜景は、この国で一番の絶景だった。視界を遮るものは何もなく、この世界を独り占めしている気分になれる、……はずだった。
「さぁて、景気つけにシャンパンでも開けるか。請求書は学園に送られるから、別に俺の懐は困らな、……い?」
そこで、ようやくハーゲンは気がついた。
電話を取ろうとした、手の先に。
……銃を持った男たちが、薄暗い部屋に立っていた。
「は?」
ハーゲンは緊張感のない声を上げる。
男たちは、迅速だった。
一人が獣ようにハーゲンに詰め寄ると、口を塞ぎながらベッドに押し倒して頭に拳銃を向ける。そして、もう一人が。スーツの内側から最新式のサブマシンガンを取り出すと、優雅にアンティークのテーブルに腰かける。サングラスの奥にある瞳は、青く輝いていた。
もがっ、もがっ!
突然のことで慌てだすハーゲン。
だが、黒服の男が銃を突きつけると、顔を青くさせて黙り込む。
「やれやれ。久しぶりの潜入任務だっていうのに、相手がコレじゃあな」
「そう言うなよ、兄者。俺は結構、楽しいぜ。こうやって、殿下の恋路を邪魔した奴を、直接、ぶっ飛ばすことができるしな」
隣国のガリオン公国の王室警護官。クリス直属である、ペペとナポリが、にやりと厭らしい笑みを作る。
がふっ、がふがふ!
お前たちは何者だ。そう問われている気がして、ペペとナポリは呆れたように肩をすくめる。
「おいおい、学長さんよ。自分の生徒たちのボディーガードくらい把握しておいたほうがいいぞ。特に学園を離れたら、何が起きるかわからないからな」
くいっ、と隣で寝ている女を見る。
穏やかな寝息を立てたまま、起きる気配はない。
「良いご身分だな。女を抱いて、シャンパンを頼んで。勝利の祝杯ってとこか?」
「まぁ、今の内に楽しんでおくんだな。このベッドは柔らかすぎる。あんたには、刑務所の固いベッドがお似合いだぜ」
かかかっ、と笑う黒服の二人。
そんな彼らを見て、学長は大きく身をよじる。
何か言いたいことがあるのか、と学長の口を塞いでいたペペが、頭に銃を突きつけたまま、その手を離す。
「げほっ、げほっ。……お、お前ら、こんなことして、タダで済むと思うなよ!」
学長のハーゲンは顔を青くさせたまま、気味悪く笑った。
「何の目的かは知らんが、俺をただの人間だと思うなよ。俺のバックには、巨大な組織がついているんだ。貴様らなんて、一握りにしてやる!」
「おいおい、大きく出たな。ルチアーノ・ファミリーに借金を返しているだけの男が、何を言っているんだ」
「っ!?」
ルチアーノ・ファミリーの名前を出されて、ハーゲンは激しく動揺する。
どうして。今まで一度だって、マフィアとの繋がりがバレたことなんてないのに。
「他にも知っているぜ。学園内でイケない植物を栽培したり、学生を脅してその管理をさせたり。それ以外にも、在学生や卒業生の個人情報を売って、借金の返済に充てていただろう? お前のせいで、人生を台無しにされた人間が、いったいどれだけいると思っているんだ」
「それだけじゃない。お前は、学園の生徒を売り渡す契約をマフィアと結んだらしいな。それで借金をチャラにしてやると言われたか?」
次々と追及される事実。
そんな馬鹿な。マフィアとの契約は誰にもバレていないはず。それなのに、なんでこいつらは。そんなことまで言っているんだ!?
「……あ、……ああ」
「驚きすぎて声も出ないのか? あんたは自分のことを特別だと思っていたが、それは違うな。あんたは何も特別ではなかった。真面目に学園を運営していればよかったのに。ここには、あんたを守ってくれるものは、ひとつもないぞ」
「だけど、安心しな。俺達には、あんたを逮捕する権限なんかない。まぁ、本当をいえば、手足をしばって、ダンケルク港に沈めてやりたい気分だが」
ぎりぎり、とペペが銃口を突きつける。
そんな実弟を窘めて、ナポリが肩の力を抜いたように言った。
「悪いな。ウチの弟は気が短くてな。それに正義感も強い。あんたみたいな人間のクズには、どうにも気が収まらないらしい」
よっ、とアンティークのテーブルから降りて、部屋の扉へと歩いていく。
「だが、問題ない。俺は大人だから、無駄に怒ったりしない。無駄に苛立ったりしないし、無駄に感情を荒立たせない。……それは、俺たちの役目じゃないからな」
部屋の入口の扉を開いて、廊下にいる者たちを招き入れる。
「それは、彼らの仕事だ」
ぞろぞろと、スーツ姿の男たちが入ってくる。
彼らの胸元に輝いているのは、警察バッジ。その隣には、一部の人間にしかつけることの許されない、もうひとつのバッジがあった。この国の平和と秩序を守るために、命を賭けている男たちの証。
その集団の先頭に立っているのは、異様に眼光の鋭い二十代半ばの男だった。
ワイシャツから見える首元には、金槌の入れ墨が見えた。
「公安の麻薬取締官、ゼノ・スレッジハンマーだ。おたくが学園内で栽培しているイケない植物について、話を詳しく聞かせてもらおうか」
貧困街でサボってばかりのゼノ警官が、今にも気絶しそうなハーゲン学長を見て。
とても意地悪そうに笑っていた……




